今、そこにある映画

傑作も駄作も、ともに見る。ともに、愛する。 変態です。出来れば映画はフィルムで見たい。別ブログ「昔の映画を見ています」もあるでよ

日本映画

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 この監督の前作にして出世作「ジャーマン+雨」は、気になりつつも未見。
 松山ケンイチがうまい。子供たちがめちゃくちゃ自然。麻生久美子はいつもどおり(うまい)。この半世紀なんでこの人は重用されているの、と疑問の渡辺美佐子すら、初めていいと思った。藤田弓子さえ、浮いていない。「歩いても歩いても」に続いて医者役の原田芳雄も快調。つまり、この監督は新人にして演出力の達人か。映像も水準以上。
 しかし、ストーリーが。人物設定が。誰一人として感情移入が出来ない。全ての人物・エピソード・ショットが、ぼくには他人事。顕微鏡で何かの細胞を見ていて、ああ、いい動きするなあこの細胞、と感心するが、所詮、それだけ。だから、どうした、が、ない。面白いでも、つまらないでも、なく。(ぼくにとっては)あまりにフラットすぎて。退屈もしない。退屈をするには、対象との間に何らかの感情の行き違いが必要だが、その行き違いがない。右から左へするするっと流れていって、眠ることすらない。いや、実はほんの一瞬、かくっと意識不明に陥ったが、それはこの映画があまりにフラットすぎて、前後不覚になっただけのこと。退屈だったわけではない。
 凡庸なわけでもない。むしろ、うまいくらいだ。しかし、ぼくにとって、ウルトラでも、ミラクルでも、なかった。何らかの形容詞が存在しうる映画とはとても思えない。あるいは、こういう映画こそ、何十年かのちには、当時の観客には理解されなかったのが不思議なくらいの傑作だ、ということになるのかもしれない。そうあってもほしいと思う。そのときは、ぼくはもはやこの世にいないかもしれないが、それではじめて、この映画と接点ができる。

 前作「ゆれる」は、世評の割には、あまり心を引かれなかった。肝心の橋も全然「ゆれ」ていなかったし、人の心も、あの程度は普通で、特別「ゆれ」ている気がしなかった。タイトルも違えば、別の感想もあったのかもしれないが、何しろギャグがほとんどなかったのが、ぼくにはつらい(ギャグも、また、真っ当な世界に「ゆれ」をもたらす一要素で)。いや、ギャグなしで成立する世界、映画があることはぼくも知っているが。それも含めて、肝心の「ゆれる」がほとんどなおざりにされていたのが、つらい。映画で、いろいろなものが「ゆれる」のは、結構大事なことで。「ゆれる」の主役、オダギリジョー、香川照之の演技は一切ゆれることはない。つっころばしの二枚目演技が平然と出来てしまうオダジョー、あまりにうますぎて一切の「ゆれ」を感じさせない香川、今回の「ディア・ドクター」を見て、この監督の資質に、「ゆれる」のこの二人は合わないのでは、と、なんとなく思っただけなのだが。
 で、今度の新作は、ほどのよいギャグもあり、主役鶴瓶の「ゆれる」演技も満足で、言うことなし。香川も、脇に徹すれば、別に不足はないし。いや、鶴瓶の「ゆれる」演技というのは、別に彼の演技が下手で、泳いでいる、という意味ではない。何か、得体の知れない、奥がある、奥がありそうに見える、というのが大事なのだ。そういう意味で、鶴瓶の演技はすばらしい。
 ただし、鶴瓶は、天才ではない。大部分の人間が、彼を本物の医者であると認識していて、しかし観客には似せであるとわかっている、という二重構造の演技を、完璧にこなすには、天才を必要とする。たとえば、かつてそれなりに活躍していた高橋昌也をせりふなしで使う、贅沢といえば贅沢なシーンだ。高橋演じる老人が大勢の家族に看取られ、往生する。ニセ医者鶴瓶は延命処置を行おうとするが、家族のみんなは人工的な措置などとらずに、大往生させてやれ、という空気になっている(それは、この映画のメインエピソードの八千草薫も同じ思いだ)。その空気を見回す鶴瓶(ここの演技がちょっと、下手。というか、空気を読む演技なんて、天然じゃなきゃ、違和感あるのが普通)、じゃ、延命、やめましょ、となる。ところが、ここで絶命したはずの高橋の口ひげ周辺が微妙に「ゆれ」て動くのよね。かつての三流四流の日本映画で、死体役の役者の表情が「ゆれる」のは、結構あったが、まさか、西川美和クラスがそんなショットは採用しないよね、ましてヴェテラン高橋昌也もそんな演技はしないよね、ってところで、それを察した似せ医者は、高橋老人を抱き起こして、よくこれまでがんばったね、と<生前の闘病生活>を激励する浪花節な振りで、いささかオーヴァーに背中をたたいて、そして、そのショックで高橋は完全に息を吹き返してしまう。大喜びする家族。
 しかし、この二重構造三重構造、往生させてやれよ、という空気を読みつつ、しかし彼だけがまだ老人が死にきっていないことを察してしまい、何とか<自然に>老人をこの世に復帰させるには、という手練手管、この、瞬間瞬間のショットのたびに意味が変わっていく演技を完璧にこなすには、ああ、惜しい。鶴瓶も監督も、まだまだ、若いよね(笑)、ってことだ。かつて鈴木清順が「(俺の)映画がつながっていないように見えるのは、役者の演技が下手だからだ」と天下の暴論(しかし、映画的には、正論。もっとも監督が下手な場合もあるが)を吐いたが、確かに役者の演技が超絶にうまければ、どんな無理難題、理不尽な展開も、観客は、それなりに納得してしまうのだ。しかしそんな超絶技巧は、真の天才にしかなしえないことで(たとえば、往年の高倉健、鶴田浩二クラス)、ぼくはこの映画に十分満足(自分でもほめているのかどうかわからなくなってきた<笑>)。しかし、この映画は今年の映画賞でかなりの巾を占めるはずだ。
 推測するに、鶴瓶が主演男優賞候補。八千草薫、余貴美子、井川遥が助演女優賞候補。ただし、このなかでは井川が、すばらしいのだが、いささか出番が少ないので、不利か。なら、八千草を主演女優候補に格上げしよう。これは八千草薫の代表作の一本として語り継がれるものだ。男はちょっと苦しいが、松重豊が助演男優賞候補。瑛太は、いいけど、まだまだ青い演技だ(笑)。
 ラストシーンについて、いささか賛否両論があるようだが、
1 八千草薫の笑顔で映画を締めくくらせたかった
2 落語家・お笑い芸人の鶴瓶の映画だから、ラストはサーヴィス・カットの落ちがあるべき
 (八千草はしばしば落語のカセットを聞いている、という伏線がある) 
というのは、納得。ちょっと、ビリー・ワイルダーの快作「あなただけ今晩わ」を思い出した。あれも、ジャック・レモンが偽者として孤軍奮闘する映画だったなあ(しかも、やはりレモンがラストに思いもかけないサプライズをする)。

 木村大作が撮影監督としてクレジットされる映画も、かなり見てはいるが、一度として、いいなあ、とか、うまいなあ、とか、面白かったなあ、と満足したことがない。一応、その名の通り、70年代以降の東宝系大作映画のキャメラを任されることが多いのだが、大作というより、大味な印象のほうが勝るものばかり。コクがなくて、キレもなくて、雑味ばかりの映画。そういう映画を好んでキャメラを回す大作氏なのだが、ではせめて映像がすばらしいか、というと、これまた、よく出来て観光絵葉書の一枚。きわめて安定した技術に支えられた職人技とも、見る側の動揺を誘うような超絶映像とも、まったく無縁。かつての蓮実の名せりふを借りれば、よく言っても<そつのない凡庸さ>に収まってしまうものだった。
 で、その木村大作撮影監督が始めて監督も兼任したのがこの一作。映像は相変わらずの観光絵葉書で、きっと素材はすごいのだが、料理人の腕がいまいちで、という感じにしか見えない。ただ、監督としては、おそらく撮影監督より向いているようで、浅野忠信、香川照之の演技を邪魔しないだけの謙虚さが感じられる。
 マスコミへのインタビューで、恋愛映画やホームドラマは撮りたくない、と語る大作氏だが、ほほえましい浅野忠信と、かわいい宮崎あおいの新婚家庭シーンのほうが、肝心の山のシーンより楽しかったりするのは、まずいでしょう。もっとも、このシーンでは、うまい宮崎と、それについていける浅野が、監督はどうでもよく、かってに雰囲気を盛り上げたのかも知れないが。本人が志向する<雄大な自然のなかで繰り広げられる骨太の人間ドラマ>よりも、つつましいホームドラマのほうが向いているのかもしれない。
 ところで映像に写すと、危険な場所も険しい山も、なぜかマイルドに見えてしまう。醜悪なごみの山も、映像化すると、割と綺麗に見えてしまうのと同じで。そういうハンデを、この映画もまた克服できなかった。剱岳の登山難易度が映像からは実感として沸かないし、中村トオルら物見遊山な日本山岳会のメンバーが、衣装も汚さずに、らくらく登山したように見えてしまうのも、ちょっと、ずっこける。

大友啓史「ハゲタカ」

 船橋ララポにて。
 ま、フンイキだけ。ぼくが経済に詳しくないので、大森南朋が、奇策を繰り出して勝負をかけても、ああそうですか、としか思わないのはこちらの事情だが。ただ、叙情の描写があまりにとおりいっぺんで、それを何度も繰り返すのは、はっきり見苦しい。散々見せておいて、ラスト主人公まで現場を見に行くのは、屋上屋にさらに屋上屋を架すようなもの。

磯村一路「雨鱒の川」

 DVDにて。2004年。
 天才的絵描き少年にして、釣り好きの少年に須賀健太。「三丁目の夕日」で有名子役になったが、釣り好きが高じて「釣りキチ三平」(未見)の主役も。その幼なじみの少女に志田未来。ともに九歳の名子役たちがすばらしい。この子たちの成長後の大人を演じるのは、かなりハイレヴェルでなくてはならないだろう。それが、玉木宏と綾瀬はるかだ。つまり「鹿男あおによし」コンビ。
 須賀/玉木の母に、中谷美紀、志田/綾瀬の父に阿部寛、祖母に星由里子。かなり豪華なキャスティングだ。久々に見る星由里子は、おばあちゃんでもかわいい。阿部寛はどんな役でもいい。
 かつて川上健一の原作は読んでいたのだが、これが原作どおりの進行。魚と話せる少年少女、というファンタジーは文字の小説ならなんら問題はないが、絵にすると、ちと苦しくなるのは難しいところ。
 最後もファンタジックに収束するところは、もっと図太くやらないと絵にならない。でも、出演者がみんなよくて、楽しめました。

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