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船橋ララポにて。
本作の監修・脚色とクレジットされている福井某のこれまでの映画「ローレライ」「亡国のイージス」「戦国自衛隊」リメイクは、あまりにお粗末な映画だった。みんな同じ話、つまり内部に裏切り者があって、首都圏に極めて強力な爆弾を発射しようとし、主人公側がそれを阻止する、という同工異曲、ならぬ同工同曲。それで面白いならまだしも、凡作ぞろいなのだった。CG多様の、所詮書割映画。CGCGなんてえらそーにいうけど、あれは所詮書割ですからね、あなた。書割の前で芝居をするなら、それは19世紀に戻るっつうことですからね。
で、あまり期待せず見に行って、まあ、主役がお気に入りの玉木宏ですからね。映画版「ウォーターボーイズ」ではあまり印象に残らなかったが、TVの「のだめ」「鹿男あおによし」では好印象。
で、それなりに楽しめました。福井某が監修にとどまって、原作・脚本は別にいたせいかしらん。
ただし、このての<戦争映画>の致命的な欠陥からどうしても逃れられない。作り手側の基本姿勢が、やっぱり平和がいいね、戦争はしちゃいけないね、というところ。そういう考えを持つのは別にいいんだけど、そういう手合いがなぜ<戦争映画>を作るのかと。極端なたとえ話でいくと、登場人物全員が悪の手先ばかりの映画を作ってるのと同じでしょう。正義の主人公というものが一人もいない、それはゲージツ映画ならともかく、一応娯楽映画で成立するのか。それを成立させるために、本当はいい人が主人公になるとか(本作ではチャーミングな玉木がそれだ)、あるいは悪の手先全員が実はいい奴だったりとか(本作がまさしくそれだ)。
なんか、いまいち矛盾したものを見せられるこっちの身になってみい、と。ちっとも辛くないカレーを食わされる身に。
戦争はいけない。確かに。しかし、戦争の代行品である、サッカーは人を興奮させるではないか。であるなら、戦争映画が戦争の代行品であっても、いいのではないか。
なお、玉木宏が冗談を言う。音楽好きの少年に、俺もオーケストラの指揮者になりたかった。別のシーンでは、俺も絵描きになりたかった。
ということで、気になりつつも未見だった、玉木宏が天才的絵描き少年になる「雨鱒の川」を、見ることにした。
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