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ゴダール「シャルロットとジュール」
日比谷シャンテのマヌエル・オリヴェイラ「ブロンド少女は過激に美しく」は、同作品が1時間弱の中篇であるため、短編をオマケにしている。 ジャン・リュック・ゴダールの、初期短編。十数分の小品(白黒・スタンダード)だ。 若くて、ある意味ぺらっぺらっの、ジャン・ポール・ベルモンドが、とにかく、全編で、しゃべるしゃべる。途切れない、マシンガン・トーク。 なにをしゃべっているかというと、自分を捨てて、ほかの男に走った、元カノに、いかに、お前が間違っているか、いかにお前が捨てた俺が素晴らしくて、いかにお前が走った男がくだらないか、そういう判断をしたお前が、いかにダメか、延々としゃべり続ける。 うざい。 相手の女の子は、終始にこにこ、ときおりむっとしはするが、数少ない言葉、笑顔、ボディランゲージ。でも、最後には、決定的な落ちを演じ、ベルモンドのもとを去っていく。 ふられたベルモンドの、こんなはずでは、という戸惑いの表情でエンド。 「ブロンド少女は過激に美しく」に、付け合せるオマケ短編、いっぱいストックがある中、本作を選んだ配給もとの思惑は、わかりやすいよね。 「ブロンド少女は過激に美しく」は、上から目線で女を攻める展開があるが、本作も同様、ベルモンドが、上から目線で、がんがん攻めまくる。まあ、彼女に捨てられる不安の、裏返しなんだけどね。 しかし「ブロンド」は、男の上から目線で終わり、本作は、男が捨てられる。 まあ、この短編で、女性観客の不満を、少しでも、抑えようという、姑息なカップリング。 でも、本作だって、ラストの少しばかりの落ち時間を除いては、ぺらい男に、延々上から目線で攻め立てられるわけで、当然女性観客は、不満なんでは? 50年前の、おしゃれなフレンチ都会恋愛コメディは、おそらく現代の女性たちには、不満だろう。 フランス映画社は、こんな<こじゃれた>カップリングより、いかに渋谷で見せるか、に、腐心したほうが良かったのに。 まあ、本作自体は、ゴダールの、いかにも若々しい、皮肉な、恋愛コメディ。 若い感性のゴダール短編と、100才オリヴェイラ、その対比も、狙ったのかもしれない。 しかし、いかにヌーヴェルヴァーグとはいえ、50年たつと、際立つセクハラ。 フラれたベルモンド、フッた美少女、ともにキュート。 |

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