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昔ドイツの声楽家で、ゲルハルト、ヒッシュという人が伊勢神宮に参拝したそうです。その時、神宮のたたずまいに感じ入って、「われわれの民族も、大昔はこのような素晴らしい、なつかしいものを持っていました。だが、それはキリスト教の普及によって、失われてしまいました」
と洩らしたそうです。以前皇后陛下の和歌を「セオト」というフランス語での和歌集として竹本忠雄氏が編纂したとき、この皇后陛下の和歌の中にある、日本民族の根っことも言える感覚、情緒を、読んで味わったフランス人或いはアフリカ人が、なつかしいものを感じ、自分達の民族の失われた根っこを、まるで記憶の中から呼び覚まされたような感覚で感じ取ったらしいことを、国際派日本人養成講座の記事で読んだことがあります。
ヨーロッパ人の民族の根っこというものが、かなりキリスト教によって失われたということは、根っことはその民族の宗教観に結びついたもの、そして宗教とは、その民族の世界観そのものであるといえるかも知れません。
とすると、日本人は、仏教と儒教を大陸から取り入れましたが、「日本人は仏教と儒教の普及によって、やまと心は失われてしまいました」と、言わなくてもすむことは、実に素晴らしいことなのではないでしょうか。そして、なぜ失われなかったかといえば、それは天皇の御存在こそが、その理由であると言えます。
明治天皇が、日露戦争の折に
しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける
と詠まれたように、日本人のやまと心は、尊皇愛国の道に通じています。また国難に際しては天皇自ら当たらせられ、昭和天皇のように、身を投げ出しても国民を守ろうとされました。この君民一体の国柄が、常に外国の文化を受け入れながらも、やまと心を失うことなく、民族の根っこを守り続けてきたのではないでしょうか。
しかし、現在、かつては和をもって貴しとした日本の国民は、戦後の日本国憲法の下、権利の意識ばかり肥大し、個人の自由を最大の価値と位置づけ、そのため世の中には、モンスター◯◯と呼ばれる人々さえあらわれるようになりました。
占領政策によって、国家観を失い、”家”の観念を失い、今や家族すらもバラバラになりつつある日本に、周辺の隣国の動きはというと、尖閣諸島周辺に中国戦艦が頻繁にあらわれ、ロシアも、韓国も乗じるように本来日本の領土である場所に基地を作るといいます。北朝鮮では、新支配者の権威付けにテロが起こす可能性もあるといいます。国内では、一体どこの国に奉仕するのかわからない政治家やマスコミでいっぱいです。それでも危機感を感じない国民も大勢いるのです。
ただ、今回の東日本大震災で、日本は尊い犠牲の上に、滅私奉公という美徳を、戦後初めて素直な賞賛の気持ちをもって見たのではないでしょうか。一旦緩急あれば義勇公に奉じた人々の崇高な精神、そして被災者のお互いを気遣い合う心、日本人はいままで捨ててきたやまと心を見、それを美しいと感じたはずです。
そして天皇皇后両陛下の被災者を見舞われる慈愛と真心のお姿、そのお二人に励まされる人々、総理大臣には真似できない威厳と温かさを、長い歴史に連綿と受け継がれた本当の国の中心とは誰かを感じ取ったのではないでしょうか。
建武の中興の頃、かつて唐に学び、忠臣菊池家の子孫を指導した大智禅師は、こんな詩を賦しました。
冷暖分明、只みずから知る
男児、あに人に欺かるべけんや
日本真金の貴きをもって
大唐の鍮子(真鍮)に博易(交換)して帰ること勿れ
(暖かいか冷たいか、日本本来の心に合うか合わないかは、自分でわかろう。日本人たるもの、外国かぶれして、欺かれちゃいけないよ。日本には純金にも比すべき貴いこころがあるものを。何で自分の国を卑下してまで、外国の主義思潮と交換することがあろうぞ)
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>国内では、一体どこの国に奉仕するのかわからない政治家やマスコミでいっぱいです
日本のガンは除去すべきです。
傑作○です。
2012/1/13(金) 午前 10:40
宗教が、争いの種として世界中にばら撒かれましたね。
その最たるものがキリスト教。
戦争のほとんどが、宗教戦争であると言った方も居ました。
心を大切にし、相手を思いやる気持ちがあれば争いには成らない筈ですが、キリスト教を始めとする宗教を見る限り「宗教は争いの基」であると思います。
ちなみに、仏教は宗教であっても、日本の神道は宗教では無いと思っています。
マトモな人ならば、それを感じ取れるのだとも・・・
☆!
2012/1/13(金) 午前 10:43
こんの様
ほんとです。がんは切除しなくては命に関わりますからね。
傑作ありがとうございます。
2012/1/13(金) 午後 1:25 [ さざんか ]
ジョウジ様
宗教というものが、教義、経典を持って、他の教義を排斥するものとすれば、神道は当てはまりませんね。
しかし、真の宗教が、人々をお互いに和解させ、手を握らせ、眼に見えないものを感じ畏敬し、万物に感謝をするものならば、神道こそが本物の宗教かなとも思います。
☆ありがとうございます。
2012/1/13(金) 午後 1:32 [ さざんか ]
憲法も教育もダメな日本でありますが、わが国には天皇陛下がおられる限り日本人はまだまだ大丈夫でありましょう。
傑作
2012/1/13(金) 午後 3:23
さくらの花びら様
おっしゃるとおり、天皇陛下のいらっしゃる限り、日本は復活するでしょう。ほんとに天皇陛下は、起き上がり小法師の中心のような方ですからね。
傑作ありがとうございます。
2012/1/13(金) 午後 5:35 [ さざんか ]
転載させて頂きます。
応援&今日の傑作 ポチ凸
2012/1/14(土) 午前 8:53
神道は「宗教」ではなく、「祭祀」ではないでしょうか(^^)。
祭祀の劣化したものが宗教ではないかと。
2012/1/14(土) 午後 1:10 [ - ]
なるほど、そういうふうにも考えられますね。
と言うか、宗教の定義がよくわからなくなりました。
世の中宗教と言いながら、形骸のみのものが多いので、形骸を宗教というのか、本質(悟りのようなもの)を宗教というのか。
でも祭祀の劣化したものが宗教、これはちょっと目からウロコの考え方ですね。
2012/1/14(土) 午後 2:21 [ さざんか ]