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日露戦争から学ぶもの

 
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歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を、福地先生から送付して頂き読ませて頂きました。これはぜひ多くの日本人の方に読んで頂きたいと思い、福地惇先生にブログ掲載許可のご確認をさせて頂きましたら快諾して頂きましたので、数回に分けてご紹介したいと思います。
今回は「日露戦争から学ぶもの」です。 明治の先達が明治天皇のもとで、国運をかけて戦い抜いた日露戦争。しかし、その舞台裏にあることはあまり知られておりません。特にこのことはマスコミが一切避けており、その部分に触れるとボツにされてしまうと言います。近代の戦争というものは目に見えない“モノ”で動かされていることを多くの日本人も知るべきです。・・・・・・・
  
日露戦争から学ぶもの
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                                      高知大学名誉教授 福地惇
 
 1.  帝国主義の時代における我が国の位置
 
世界史の中で「近代」と呼ばれる時代は、欧米白人キリスト教の諸強国(列強)が圧倒的な軍事的・政治的・経済的な力量と活動力を以て、有色人種世界の征服を目指した時代である。
列強による無慈悲で思い上った覇権の下に非欧米世界のほとんどが置かれていた時代だった。「文明世界」と言えば白人キリスト教諸国のことであって、他のあらゆる有色人種の宗教や文化や社会は「半文明」とか「未開・野蛮」と見下げられた。この異様な時代を「帝国主義時代」と言うが、現代も明らかにその延長線上にある。この帝国主義の時代に我が日本は如何なる国際的位置にあったか。
明治維新以降の国家・社会の体制大変革は、侵略意欲猛烈な白人帝国主義列強の脅威への対応策であった。先達は、白人列強の植民地支配の餌食にならずに独立主権国家としての名誉ある地位を占めるためには如何したら良いか、それを重大課題とした。国策としての国家・社会・宗教・思潮の改造が、所謂「近代化=欧米化」だが、長く一貫した歴史を持つ我が国なるが故に、それを「復古と維新」と言って、必死に推進したのである。
 
2.   開国から5大強国
 
開国から日清・日露両戦争の勝利を経て欧州大戦までの凡そ有余年で欧米列強と対等の位置(所謂5大強国の一員)に立つまで成長した。それは有色人種の国家としては初めての偉業であり日本民族の栄光であったが、後で思えば手放しで喜べる話ではなかった。
強国建設の努力と急速な成長を白人キリスト教列国側は大きな脅威と受け取った。日本が「文明化」したと喜んだのではなく、脅威と嫌悪を覚えたのである。その指導者層に「黄禍論(イエロー・ペリル)」が台頭したのは、正にその証左であった。
逆の事態も現れた。白人列強の属国や植民地に貶められて呻吟(しんぎん)を余儀なくされていた多くの有色人種に深い感銘と大きな勇気を与えたという現象である。つまり、それなるが故に、白人列強は日本帝国が更に国力・国威を増進して、有色人種「解放」の指導者に成長する可能性を問題視した。そこで、独善性と利己心に満ちた白人列強の指導部は日本帝国を自家薬籠中の弱小国家に引き戻そうとの大戦略を立てたのだ。国際連盟や国際会議を以て「国際化」や「軍縮」という形で、謂わば「日本封じ込め戦略」を推進した。貪欲で狡猾な彼らは、東アジアを「分割して統治」する戦術で、共産ロシアや混乱続きのシナの有力軍閥に対して、「天皇制解体」や「反日・侮日・抗日」の日本攻撃作戦を展開させ、黒船の来襲時代に劣らぬ重大な脅威・外圧が我が国を襲ったのである。
 
3.   日露戦争とは
 
日露戦争とは、20世紀の初頭に満州方面を全面占領していたロシア軍を北満州まで押し戻して、日本と朝鮮半島との安全を確保した戦争であると(左翼以外の)一般には理解されている。だが、これでは表層的な理解の域を超えない。実は、日露戦争は日本とロシアの戦争という2国間の利害・対立問題を遥かに超えた、巨大にして不気味な背景があったのである。
米国大統領セオドア・ルーズベルトが日露講和を斡旋した動機には、満州・シナ大陸への利権拡大の思惑があった。これは、目につく一例で、今の日本の歴史常識は欧米勢力の日露戦争への関与という重大な背景を見落としているのだ。
20世紀に突入した時点で列強を巧みに金融で操る「国際金融財閥」は、愈々(いよいよ)彼ら年来の目標である世界支配運動を本格化した。先ず、せん滅の対象として狙った餌食は安定した「王制国家」、帝政ロシア、帝政ドイツ、帝政オーストリアそして皇室制度の下で急速に国威を増進する日本帝国だった。この、謂わば「闇の世界権力」は、ロシア帝国に対しては満州・朝鮮半島方面へ積極的進攻を誘導しながらも、他方ではロシア帝国解体への国内撹乱工作を展開した。つまり、共産革命勢力=帝政打倒勢力には膨大な運動資金を竊(ひそか)に提供してロシア帝国の破壊工作を進めさせた。一方で、ロシア帝国の南下に脅える小国日本に対しては、日英同盟を成立させ、戦費を融資して、ロシアとの大戦争を誘ったのである。
当時の日本政府は戦争資金の欠乏から財政家高橋是清(当時日銀副総裁、後の蔵相、首相)を欧米主要国に派遣して外債募集の任務に当たらせた。だが、巨大な陸軍帝国ロシアに対して東洋の小新興国家が勝利できようと予想する欧米の軍事専門家は皆無だった。従って、高橋の外債募集は困難を極めたが、そこに偶然を装って戦費融資の話に乗ってきたのが、クーン・レーブ商会のヤコブ・ヘンリー・シフなる国際金融財閥の有力者だった。シフの巨額な対日融資が誘い水になり、外債募集は満額を超えたのである。ロシア帝国のユダヤ人虐待を見かねて対露戦争に立ち上がる日本を支援したと、シフは語ったと、高橋は自伝でシフの民族愛と義侠心を称賛している(『高橋是清自伝』)。だが、国際金融財閥の思惑は、そんな情緒的問題を超えて遥かに壮大だった。クーン・レーブ商会は、欧州の金融大財閥ロスチャイルド家の米国における代理人の位置にいた者で、当時、ドイツやロシア方面の共産過激革命勢力に密かに資金を提供して革命運動を支援していた。帝政ロシア解体大作戦に東洋の新興国日本を一枚噛ませて、金融面で日本をより一層自在に操縦しようとの思惑である。つまり、世界支配を目指す、彼らの一石二鳥を狙った戦略だったということだ。戦後、律儀な日本は融資者に巨額の元本と利息を支払い続けたのだ。要するに、我が国にとっての日露戦争は独立と安全のための必死の自衛戦争だった訳だが、世界史大に視野を広げてみると、世界単一政府を目指す「国際金融財閥」による有力民族国家の操縦と支配、そして最終的には民族国家の解体という壮大な謀略の一環に組み込まれていた戦争だったと言うべきだと、筆者は見ているのである。
 
4.   日露戦争勝利後の日本の苦難の予兆
 
ところで、対露戦争の勝利は日本が急速かつ確実に立派な国家建設を進めていることを実証したわけだ。そこで、日本を利用して支配しようとする勢力は、改めて新興国日本帝国の前進に危惧を抱き、本格的に日本国家の成長と自律的活動を抑圧する方向に舵を取り始めたのである。
金融コントロールを筆頭に、米国政府による対日強硬政策の展開は、満州利権への介入、オレンジ計画の策定開始、ホワイト・フリートの日本寄港、そして太平洋艦隊の編成として早速に実行に移された。他方、ロシア帝国は、敗戦の打撃で政治と社会は混乱し、共産革命への趨勢が増大して、敗戦から12年後のロシア・ボルシェビキ革命へと経過していく。また、シナ大陸では大清帝国が敢え無く解体して共和制国家を目指す民族革命が追求されるが、これが東アジア世界の複雑さと不安定さを増大するのである。
従って、この「戦争と革命」の時代に本質に着目せずして、現代日本史を云々することはできない。国際政治・軍事・経済・社会全体の構造変動の一環に東アジアがあり、日本があるのだから、「国際金融財閥」や米英列強の諸動向を注視しながら、祖国の歴史を考察せずしては、「近代日本の栄光と苦難」の真実は把握できないのである。(日本戦略研究フォーラム季報掲載より)
・・・・・
 
歴史を語る上で避けることが出来ないものを福地先生が触れられております。多くの出版社が拒否するために歴史の深層が知られにくいわけです。
さて、小論文にあるヤコブ・ヘンリー・シフ。シフの個人代理人のジョージ・ケナンは日露戦争の陰の主役であったと私は見ています。ジョージ・ケナンは日本への融資の功労者として日本政府から従軍記章、そして皇室から瑞宝章を授与されました。ジョージ・ケナンは日本だけではなくシフの代理人としてロシアの共産主義革命にも資金と武器を持ち込みました。
こうしてみると日露戦争とはロスチャイルドがロシアを経済支配下に置くために日本を誘導して起こしたのだと言えます。その日本は戦争に勝ちましたがロシアから賠償金を獲得できず、シフに金利を払い続けました。このため、「日露戦争で最も利益を得たのはシフ」と言われたのです。
 
・・・・・・・・・
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_0?20120109114628

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_1?20120109114628

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良識ある日本国民の皆様には、中共が皇太子殿下のご訪中を要望しているのはご存知だと考えます。

中国政府、皇太子訪中を要望 対日感情改善狙う

中国政府が今年の日中国交正常化40周年に合わせ、皇太子ご夫妻の中国訪問の要望を非公式に日本側に伝達していたことが7日、分かった。中国国内の対日感情を改善し、両国関係強化につなげる狙い。複数の日中関係筋が明らかにした。実現すれば皇太子さまの訪中は初めて。

 日本政府は慎重に検討する方針。一昨年の尖閣諸島沖・漁船衝突事件の影響で日中関係にしこりが残る中、実現には曲折が予想される。
 中国側は時期について、40年前に日中共同声明が調印された9月29日にちなんで、今秋を想定している。
(共同通信)
http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012010701001361.html

>中国政府が今年の日中国交正常化40周年に合わせ、皇太子ご夫妻の中国訪問の要望を非公式に日本側に伝達していた

非公式・・・、民主党政権で初の首相として訪中した野田首相は、昨年12月25日に温家宝首相と会談していますが、中共の人民元建て国債の100億ドル購入だけではなくて、皇太子殿下のご訪中まで要望されたのでしょうか。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_2?20120109114628

>中国国内の対日感情を改善し、両国関係強化につなげる狙い

反日感情を高め続けているのは中共政府で、反日感情で国をまとめようとする映画なども多く、中共は世界での存在感を高めようと映画産業に力を入れて、昨年12月にも捏造した南京大虐殺の反日プロパガンダ映画を公開しています。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_3?20120109114628

南京虐殺映画に主演したクリスチャン・ベイル、「プロパガンダではない」
http://www.afpbb.com/article/entertainment/movie/2845372/8194904

>日本政府は慎重に検討する方針。一昨年の尖閣諸島沖・漁船衝突事件の影響で日中関係にしこりが残る中、実現には曲折が予想される

日本政府は検討するな!、民主党政権は、尖閣諸島沖衝突事件でも中共に土下座外交をしていますし、2009年12月に、中共の習近平国家副主席を宮内庁の30日ルールを破ってまで、天皇陛下に謁見をさせたので信用できません。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_4?20120109114628

>中国側は時期について、40年前に日中共同声明が調印された9月29日にちなんで、今秋を想定している

中共が皇太子殿下のご訪中を要望しているのは、国際社会に対して、中共国内にも、胡錦濤から習近平への国家主席継承について政治利用したいだけですが、民主党政権だけではなくて、自民党政権、創価学会も、皇室を政治利用しています。

外務省には「大鳳会(おおとりかい)」との、同省内における創価学会信者の集まりがありますが、外務省内で創価学会の信者を拡大している状況ですし、創価大学の卒業生、エリートの池田信者が各省庁などでも増えています。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_5?20120109114628

外務省50人、国税庁44人、裁判所49人、そして一流企業53社に続々 【スクープレポート】池田大作【名誉会長】の“発言”通りに国の中枢へ創価学会【創価大学OB】エリート「30年の就職先」リスト付き(週刊現代2005年3月26日号)より抜粋

≪公務員編≫ 

外務省50 防衛庁11 総務省10 法務省14 法務局13  検察庁7 財務省4 国税庁44  文部科学省4 厚生労働省9 経済産業省1 国土交通省20  海上保安庁1 警察(地方)6 裁判所49 

2008年6月、ブラジルへの日本人移住100周年を慶祝する記念式典で、聖教新聞の第一面に、皇太子殿下と池田博正SGI副会長の写真を掲載しましたが、企んだのは、サンパウロ新総領事で創価大学の一期生と言われています。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_6?20120109114628

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_7?20120109114628

中共は、1972年の日中国交正常化の地ならしを行った池田大作を、「井戸を掘った功労者」と評価、強い力を持った政治家と位置付けて、胡胡錦濤と池田大作は3回も会談をした旧知の仲ですから、創価学会が公明党を使って動く可能性はあります。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_8?20120109114628

「池田大作」創価学会名誉会長が中国から貰った「駐日大使」というお年玉 〜 中共の「程永華駐日大使」は創価大学のOB(週刊新潮2010年1月21日号より)

創価学会の他にも、外務省のチャイナスクール出身者や、1972年の日中国交正常化の半年前、1972年3月には中共で商売をして「中国最強商社」と自負している伊藤忠商事出身、丹羽宇一郎が駐中共日本大使ですから問題です。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_9?20120109114628

中共は2012年9月頃に、日中国交正常化40周年に皇太子殿下のご訪中を要望していますが、日中国交正常化20周年の年、1992年の自民党政権で天皇陛下のご訪中を要望、ご訪中をさせて皇室を政治利用しました。

1989年6月4日、中共での民主化を要求して北京の天安門前広場で座り込みをしていた学生や市民に対して、中共政府は、人民解放軍が戦車で学生や市民を轢き殺すなどの大虐殺を行なった、天安門事件が起きました。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_10?20120109114628

天安門事件の後、西側諸国は中共への制裁に投資を激減させるなどをした結果、中共は孤立した状況で、経済的にも窮地に追い込まれていましたが、1991年に首相の海部俊樹が訪中をして、日本は対中制裁を全面解除しました。

1992年に首相になった宮沢喜一は、「日中国交20周年」などと、自民党内の反対派議員、多くの日本国民の反対を無視して、天皇陛下のご訪中を閣議決定して、10月に天皇陛下がご訪中されましたが、中共による政治利用でした。

日本が対中経済制裁解除をしても、他の西側諸国は中共への態度を変えませんでしたが、天皇陛下のご訪中によって、西側諸国も制裁を解除させることになりました。

中共の銭其元外相は「外交十記」との回想録で、「日本は西側共同戦線の脆弱な部分で、最もいい突破口だった。(天皇訪中は)西側共同戦線や圧力を打破するのにプラス効果をもたらした」と記しています。

天皇陛下がご訪中された翌年、1993年に江沢民が国家主席に就任しましたが、「愛国主義教育実施要綱」が伝達されて、更なる反日教育を推し進めました。

1998年11月26日、国賓として来日した江沢民国家主席を歓迎する天皇・皇后両陛下主催の宮中晩餐会で、出席者全員がブラック・タイの礼服でしたが、江沢民は中山服(人民服)という平服姿で臨席、皇室を侮辱しました。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_11?20120109114628

江沢民は、日本各地での講演だけではなくて、宮中晩餐会でも「日本軍国主義は対外侵略拡張の誤った道を歩み、中国人民とアジアの他の国々の人民に大きな災難をもたらし・・・」などと日本を批判しました。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/1c/80/x1konno/folder/1120903/img_1120903_36068474_12?20120109114628

天安門事件で窮地にあった中共は、天皇陛下のご訪中を政治利用しただけで、反日教育を推し進めては、反日感情を高め続けているのですから、皇太子殿下ご訪中で対日感情改善はありませんし、敵国へのご訪中は阻止すべきです。

中共が日中国交40周年で皇太子殿下のご訪中を要望していますが、反日感情で国をまとめようと反日感情を高め続けているのは中共政府で、日中国交20周年での天皇陛下ご訪中と同じで中共による皇室の政治利用です。

良識ある日本国民の皆様、皇太子殿下にご訪中を求める中共についてご考慮下さい。

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転載元転載元: 近野滋之・民族主義者の警鐘

私たちの国 日本

 
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下に終戦後の日本と昭和天皇の貴重なカラーの動画があります。
本日、1月7日です。・・・
 
日本はかつて白人が覇権を握る世界で明治維新を成し遂げ、西洋を学んで近代化し、日清、日露戦争に勝ち、第一次欧州戦争でついに一等国となっていきました。これはアジアの中でも日本だけが行えたことでした。
このような偉業を成し遂げたのは、日本人の質が高かっただけではなく、真面目で、信義に厚く、忍耐強く、負けじ魂があり、我欲を抑え、倹約し、公を重んじ、ルールを守り、約束を守り、和を尊び、恩を忘れない、家族を尊び、友を大切にし、力を合わせて心を一つにし、思いやりの心を持ち、忠君愛国で、皇室を尊ぶなど、社会の質もすぐれていたからでありました。
特に天皇陛下こそ日本の国柄をあらわし、偉業を成し遂げた源泉でもあります。
支那の歴代皇帝や朝鮮の国王は、人民の窮状をよそに、民衆から欲しいままに収奪して贅沢にふけることが多かったのです。しかし日本の天皇陛下は節度を守ってきたのです。
明治天皇は『五ヶ条の御誓文』で「上下心を一にして・・」とし、
『軍人勅諭』で「朕と一心になりて・・」とし、
『教育勅語』では「朕、なんじ臣民とともに、けんけんふくようして、皆その徳をいつにせんことをこい願う」と呼びかけています。
これが支那の皇帝や朝鮮の国王ならば民衆と心や徳を一つにして、ともに心を合わせて国を守ろうと述べること自体考えられないことであり、民衆もそんなことは信じられなかったのです。
 
昭和天皇は日露戦争の3年前の明治34年に、明治天皇にとって初の皇孫であり、皇位を継承すべき皇太孫として生まれました。これが裕仁親王であります。御称号として迪宮(みちのみや)と命名されました。裕と迪という字には「広く大きな心で国を治め、人類の幸せのために尽くすように」という意味がこめられています。
 
その昭和天皇はいつも天気予報を聞かれていました。
終戦後の昭和20830日にも天気予報を聞かれ、報告を受けると陛下は「では、稲は大丈夫だね」と、窓の外を見られながらおっしゃりました。
 
昭和63年、長雨が続く中、昭和天皇は病床から、白いレースのカーテン越しに小雨が降っているのをご覧になりながら、「長雨にたたられた今年の稲の実りはどうなっているか」と言われました。
天皇陛下は常に日本国民の安寧と繁栄を祈り、農作物の出来具合をお心配なされてきました。
そして同じ年の919日、昭和天皇は吐血され、そのまま回復されることなく、翌年17日に崩御されました。
 
昭和天皇は吹上御苑の小さな水田でゴム長靴をお履きになり稲を育てられました。
そして、今上陛下も同じ水田で田植えをなされ、刈入をなされているのです。
 
 
 
 
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

昭和天皇陛下を偲ぶ


昭和天皇陛下、香淳皇后陛下 御尊影





天皇陛下崩御



明日一月七日は昭和天皇祭です。
先帝陛下が崩御あそばされてから二十三年になります。
先帝陛下の御遺徳を偲び、皇室の彌榮を祈念します。




やすらけき世を祈りしもいまだならず
 
               くやしくもあるか きざしみゆれど
 
 
 
昭和六十三年に、「全國戦没者追悼式八月十五日」と題されて詠ませられた畏くも、昭和天皇陛下の御製です。
陛下最晩年の御製であり、公に発表された御製でこの後に詠まれた御歌は二首のみです。
畏くも、昭和天皇陛下のお嘆きの深さを痛感致します。
ご病状も進み、那須の御用邸でご療養中であられたにもかかはらず、八月十五日の『全國戦没者追悼式』にヘリコプターで移動あそばされ、御親覧あそばされたのであります。
畏くも、昭和天皇陛下はそれほどまでに戦没者に対する慰霊と感謝の思いをお持ちになっておられたのであります。有難き限りであります。
 
畏くも、昭和天皇陛下はこの2年前に、
 
この年のこの日にもまた靖國の
 
               みやしろのことにうれひはふかし
 
と詠まれあそばされ、必死の力をふりしぼり全國戦没者追悼式の壇上にのぼられたのであられました。
六十三年間もご在位になり、この全く異例の恐れ多い最後の國事に対しての御製になったことは臣下として全く申しわけなく思います。
出雲井晶さんは、「『やすらけき…』を拝誦しますとき、申しわけなさに身のちぢむ思いがするのは私だけではないでしょう。…國民みなが思し召しを自分の問題としてとらえ、無私の大御心をみならおうと努めるとき、現今の様々な危機的状況は次第に消えましょう。
わが國の本当の姿である『明き清き誠の心』がみなにあらわれ、わが國は新しくよみがえりましょう。天上にいます昭和天皇にご安堵いただける日のくることを祈らずにはおられません。」(『昭和天皇』)と書かれています。
 
 
國父の大御心、臣民知らず、最も恥ずべきことであります。
國家のことに一身に背負われるのは、行政の長、内閣総理大臣でも、政治家でもありません。肇國以来、天皇陛下ただお一人なのです。
 
 
先帝陛下の御製、
やすらけき世を祈りしもいまだならず
 
               くやしくもあるか きざしみゆれど
 


心ある臣民の皆様には、今一度熟考いただきたい。


 

 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
尊 彌榮 彌榮 彌榮
 
 
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
 


天皇陛下、皇后陛下 万歳! 万歳! 万歳!





転載元転載元: 美しい国

 
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4日午前0時50分ごろ、広島市中区の平和記念公園にある原爆慰霊碑に金色の塗料が吹き付けられているのを警備員が見つけ、広島中央署に通報した。同署が器物損壊容疑で捜査している。署によると、慰霊碑正面の「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれた文字のうち、「過ちは繰返しませぬから」の部分に吹き付けられていた。公園に設置された警報装置が作動したため、警備員が駆けつけて発見した。 警備員によると、監視カメラの映像に、手提げ袋からスプレー缶を取り出し、袋のようなものをかぶって塗料を吹き付ける白髪の男が映っていたという。(2012.1.4 朝日新聞)
・・・・・ 
 
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」。
この広島の慰霊碑の碑文によって過去には多くの論争や碑文に傷をつけることが起きていました。
左翼作家の大江健三郎は「原爆投下は日本の戦争に究極の責任があり、日本人が人類に対する罪を犯した報いだ」と言い、「中国などにとっては原爆は救世主だった」とも言いました。
原爆を投下したアメリカの罪を日本になすりつけてチャイナを擁護するとは、さすが現地にも行かずに『沖縄ノート』を書いたデタラメ男であります。
 
昭和27年、この碑文は被爆者でもある広島大の雑賀忠義(さいかただよし)氏が浜井信三広島市長の依頼で作ったものです。 しかし、この主語はアメリカだ、という意見が出ると碑文はすべての人びとが、原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉である」と説明文をつくったのです。
 
さらにインドのパール博士(東京裁判の判事)が広島の慰霊碑を訪れて、この刻まれた文字を見た時こう言いました。「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手はまだ清められていない」。
すると雑賀は「誰それが悪いという次元の考えで、これからの人類が一体となって恒久平和の実現ができようか」と言ったのです。雑賀は「アメリカが悪い」という意見に、どうしても「日本も悪い」と言って譲らなかったといいます。
 
しかし左翼がいくら「過ち」の主語を「全ての人」「人類」と誤魔化して言っても絵空事でしかないのです。
まず、「過ち」とは何か?です。
これは説明文ではいつの間にか「戦争」にすり替えられていますが、この碑文が広島原爆慰霊碑にあるということはこの「過ち」は「原爆を落とした」ことであるのは明らかです。
この「原爆を落とした」のはアメリカであり、「原爆犠牲者」は多くの日本人であります。
 
しかし、左翼は戦争をしていた日本も悪いのだから「原爆犠牲者」となった、つまり日本が悪いから日本人が犠牲になったということです。そして、「過ちを繰り返さない」というのは「過ち」イコール「原爆」を落とすようなことは繰り返さない、つまり核兵器廃絶、反戦を言っているのです。
 
西村眞悟氏の時事通信「原爆の投下と広島の石にある「文句」 No.360」平成2085日には、
「原爆投下の直後、広島に入った部隊があった。その部隊の兵士は、おびただしい被災者の死骸と生きているが道ばたにうずくまっている人々の群れをみる。そのうずくまっている人々は、彼にこう言った。「兵隊さん、敵(かたき)をとってください、敵をとってください」 敵をとって欲しい、これは被爆者の自然の願いであった。この事実に目をつぶって追悼はない」とあります。
原爆直後の被爆者の気持ちは「敵をとって欲しい」であったのです。これは敵国アメリカと戦っていたのですから当然でありましょう。戦っている最中に敵国の爆弾にやられて「日本が悪かった」と言いながら亡くなっていった人はほとんどいないでしょう。
それがいつの間にか原爆「被害者」が日本の戦争の「犠牲者」にされてしまったのです。
これでは原爆で亡くなられた方々は浮かばれない。しかも左翼に利用された平和式典の「核廃絶」などにはお怒りなのではないか。
 
しかも現実の世界はそんなに甘くないのはご存じのとおりです。
核廃絶を訴えても年々核保有国が増え続けており、一旦核を持ってしまえばどこの国も核を手放しません。核を持てば核を撃ち込まれる危険が減るからです。
 
広島というと広島県民全員が核廃絶を訴えているイメージを植え付けられていますが、これも沖縄と同じトリックなのです。広島の被爆者二世の方々には「被爆国だからこそ核を持つべき」という考えも増えており、
同胞よ、厳しい現実から目をそらすなかれ。夢の言葉は今は要らない。祖国の平和と、自由と繁栄のために何をなすべきかを深く思考せよ。三度目の核の惨禍を防ぐ手段を備えよ」と訴えています。
これではテレビ等でやっている広島とは違うではないか、と思いますが、毎年行われている広島の平和式典も実際には全国から日教組の家族などの左翼が集まって来て、地元の被爆者はほとんどいない、と86日に広島に行った田母神さんが言っておりました(過去記事1過去記事2過去記事3)。
 
そして今、福島第一原発が爆発した時に「バンザイ」をした連中が、
福島を、沖縄、広島のような左翼集結の場所にしようと虎視眈々としているのではないか。
脱原発、核兵器廃絶、そして反戦のために広島原爆ドームのように福島原発の廃炉を利用し、福島の事故も「過ちを繰り返しません」とやるのだろうか・・・
 
・・・・・・
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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