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遺伝子工学博士の話
生命科学の立場から 「子供は誰のものか?」
人々の生き方や考え方にもさまざまな問題があり。たとえば、夫を亡くした
女性が、冷凍保存しておいた夫の精子を使って、夫の死亡後に人工受精を
受けて子供を出産したケース技術的には何の問題もない。
子供は健全に生まれ、健全に育っていくでしょう。法的にも現段階では明確な
規定はない。個人的には「愛する夫の子供がほしいという気持ち当然」であり、
良いことと受けとめる人もいます。
一方でそういう子供の相続など法律問題がどう扱われるか?いわば、問題
含みだというこですが、こういう議論を見るにつけ、私は生命というものに
対する見方のズレが生じてきている、という気持ちが拭えません。
どういうことかというと、子供は親の所有物ではないということです。また、
私たちは「子供をつくる」と軽々しくいいますが、子づくりに関して両親は
いったい何をしたか、男も女も、ただ「受精のお手伝い」をしただけだからです。
生まれてきた子は、自己のもつ遺伝子の一刻も休みない働きによって成長を
遂げていく、こうした生命の営みを見るかぎり、子供は人間業を越えた大自然
サムシング・グレートの偉大な働きの結果といわざるをえない。
人間は「私たちがつくった」という顔をしているだけなのです。子供は、その
両親がつくった親の所有物などでなく、サムシング・グレートからの預かり
ものである。あくまでサムシング・グレートが主役であり、両親は脇役である。
こういう事実を私たちは再認識する必要があると思うのです。戦後日本人は
口では「人の生命の尊さ」を唱えながら、現実は自分達の欲望のままに
、むしろ生命を粗末に扱ってきたのではなかったか。そうでなければ、
一年間に失われる胎児の生命が届け出数だけで35万人などとならない
でしょう。戦後からいままでに葬り去られた胎児の生命は、6700万人と
いわれ、この数字は過去百年間に世界中に起こったすべての戦争の
犠牲者の数にほぼ匹敵するのです。
これは日本人の生命観が変わってしまい、「子供はつくるもの」という
意識が強くなったからです。生命科学の現場にいて、つくづく感じることは、
細胞一個でも生きている基本的な仕組みについて、肝心なことはまだ
わかっていない。
それほど生命は不思議で素晴らしいものだということです。同時に自分の
遺伝子を使って、自分のコピーをつくりたいとか、死んだ夫の精子で子供を
つくるなどは人間のエゴ、奢りのようなものを感じざるをえないのです。
生命は、宇宙、地球、サムシング・グレートが、膨大時間を費やして
つくり出した最高傑作です。人間の知恵や工夫でできたものではない。
そのことをけっして忘れずに謙虚な気持ちで接することが大切であると思います。
※ サムシング・グレート、(神・仏)
一般の宗教と間違えられないように博士が命名されてました。
連載 「私の日本憲法論」
占領憲法の非真理性とその影響
国民の権利の根拠はどこにあるか
だいたいこの占領憲法が国家の権利に優先して個人の権利が
一層尊重されているのは、いかなる根拠によるものだろうか。
権利、権利、と個人の飽くなき欲望の満足を主張して互いの欲望の
主張が衝突するところに闘争が起こるのであり、予想した欲望が
充足されない時、欲求不満が起こり、政府を怨み、国家を憎む不逞の
国民を産みだすにいたるのであります。
私の尊敬している一燈園の故西田天香師は「許されて生きる」とか
「お光、に生かされて生きる」という語をよく使われたものであります。
お光、というのは、神、または、仏、の別名で、一宗一派の宗教に
使う文字を故意にさけて、こうした通宗教的名辞を用いられたもので
あると思うが、
人間が地上に生まれて来たのは、自分の力で自己主張して生まれて
来たのでなく、「生まれる」という受身の語がおのずから示すが如く、
生まれて来た(IWasbon)のである。
人間はその出生の根源が自分の力でなく、われを産み給うた神の力に
よるのである。したがって、根源的に、人間には何の権利もないのである。
「自分」から出て来たものは何一つなく、神の力によって生まれ、父母の
恵みによって生かされ、大自然と衆生との御恩によっていろいろの生活の
必需物を供給されて、その生存を維持しているのである。
「これだけは誰の世話にもならない、本来自分のものだ」というものは
どこにもないのであります。
それなのにどうして、占領憲法の第二十五条のように
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
などと、そんな権利を主張する根拠があるのだろうか。
これは権利なのではなく、「そのような健康で文化的な生活を創造するの
義務を負う」でなければならないのであります。
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いまの民主政権を見るかぎり、政権担当者がその政策の実行をどれだけの思いを込めて、為しているのかあるいは為さないでいるのか、それがまったく感じられません。ひたすら責任逃れと、名誉欲だか権力欲だかのパフォーマンスにしか感じられません。
民主政権が誕生してから、思えばこの政権ほど、天皇陛下を蔑ろにした言動が多かった政権はありません。まさに占領政策で、占領軍が意図した日本の伝統や国柄を崩壊させ、日本という国家を破壊しようと押し付けた日本国憲法の精神をそのまま極限まで開花させた政権というしかありません。 日本国憲法では、第一条で、天皇は象徴ということになっていますが、それはあくまで、主権者である日本国民の総意に基づくと書いてあるのです。この条文の行間を読めば、国会の決議次第では、いますぐにでも天皇の地位は廃止可能であると書かれているようなものです。 政権交代で、過半数を占めた民主党は、いつでも天皇という地位を廃止できるという驕りもあって、もともと社会主義を信奉する旧社会党や社民連から来た人々の多い党ですから、その本心が思わず出たと考えられるのではないでしょうか。 日本国憲法には、国家を規制する条文はたくさんありますが、国民が国家に奉仕するという精神はほとんど皆無です。唯一納税の義務しかありません。国家はあらゆることで、規制され、個人の権利の前には、国家は何も出来ない状態です。 この国家観のない憲法のもとで、究極の国家観のない政権が誕生したと言えるのではないでしょうか、尖閣事件を見ても、予算のバラマキを見ても、国家が先ずしっかりと確立することが国民生活の安定につながるということも無視して、国家よりも経済優先、国家よりも選挙政策、なにより国家を蔑ろにする政権といえるのではないでしょうか。 憲法の精神は、国家のすべての行動を縛ります。この憲法がある限り、政治も教育も、国家観のない状態に、つまりは日本という伝統と歴史を持った国家は息の根を止められて行きつつあるのです。日本列島という土地と、日本人という民族はあっても、日本という国家が失われつつあるのです。 日本国憲法は、占領軍による占領基本法であり、日本弱体化憲法なのです。正式な大日本帝国憲法のもとで改正手続を経て誕生した憲法ではありません。 大日本帝国憲法からすれば違法な憲法です。本来は占領終了と同時に無効宣言すべきものでした。しかし、占領政策によって、この憲法が人類普遍の原理であるという洗脳をされた日本人は、未だにこの憲法を全く一言も改正もせずに世界記録となるほどの期間にわたって護ってきました。いまからでも遅くはありません。違法なものはあくまで違法なのです。無効宣言しましょう。 そして正式な大日本帝国憲法を復活させましょう。そして時代に合わせて大日本帝国憲法を改正すればいいのです。 以下、大日本帝国憲法の精神について、葦津珍彦氏の論文より転載。 明治天皇は、祭政一致の制度を典型的に、明確にしめされたが、天皇御自らの第一のおつとめは、祭祀にひたすら御専念なさることにあった。全国いたるところに行幸され、親しく民情を知ろしめされたが、天皇が政策論争や政権移行について直接干渉なさることはなかった。大臣や議員は、皇祖の神器とともにあらせられる天皇を拝し、天皇国統治の神聖なる第一義的目的について反省させられた。 政策の決定は、国会や閣議の論争を通じて行われたが、そこでは当然に権謀術数の策も展開されたけれども、常に天皇の存在そのものが、政治的手段に流れようとする政治家に、強い反省力を与えた。所定の手続きを経て後に、一つの政策が決定され、それがただの一党派一セクトの主張ではなく、国の法令として公にされるためには、それはすべて天皇に報告し、天皇の裁可を必要とした。天皇が裁可なさらぬということはなかったが、政治家はそれが天皇の名に於いて裁可されるにふさわしいものであるかどうかを反省させられる機会を与えられた。また政府に対する批判者、反対者の側でも、ただ政府の政策が、おのれの利に反するということでなくして、それが神聖にして公正なる天皇の統治として認め難いということを立証するにつとめた。それが天皇統治の「思想の論理」であった。政策論争は、どちらがより公正にして神聖なる「天皇統治」の目的に一致するか、との共通の論理の上に立っていた。それが激しい政治的対決のために、ともすれば救いがたい泥沼の謀略闘争に落ちてしまいがちな政治に、大きな自己反省を与え、手段のために神聖なる本来の統治目的を見失わせない偉大な力となった。
それは天皇国日本の証書を見れば明らかである。国家の大事を決するときには、天皇の詔書によって明示された。政策のプラン・メーカーは、権謀の泥沼の中にあって、いろいろの動機によって動かされ、様々の策謀を巡らせた。しかしそれが最終的に、国是として定まるのには、それが由緒正しき、神聖なる天皇の詔(みことのり)としてふさわしいものとなるまで、浄められ高められねばならなかった。天皇国日本の詔書は、つねに神聖なる道義の線から外れることは許されなかった。その間の消息について、詔書の起案や審議をしばしば経験した故吉田茂氏(内閣書記官長、厚生大臣、軍需大臣等を歴任して戦後神社本庁の事務総長として没す)が、詔書の起案審議について語った談話は、はなはだ印象的である。
私が、閣議に列して詔書の起草に奉仕した経験からいうと、詔書の起草の時ほどに“皇位”の神聖を痛感することはない。形の上でいうと、詔書は内閣書記官長が起案して閣議に提出する。各国務大臣が、それぞれに意見を述べて修正加筆、削除がされる。最期の決定案が出来て、内閣から陛下の御裁可を仰ぐ。御裁可を仰いだ後に修正されたというようなことは、私の知る限り帝国憲法実施以来、かつてないことと思っている。これを外側から形ばかり見ていると、閣議の決議書と同じではないかというような浅薄な感想を持つ人もあろうが、これは精神的にはまったく別のものである。
書記官長も詔書の起案には、二、三の助言者を求めて執筆するが、その時の心境はまったく平常とは異なるものとなる。自分というものを考えない。陛下の御心境、御立場を拝察しての歴史的文章であることを考えているので、平素には思いも及ばぬような高い心境に到達する。
閣議で審議される時も同様である。いつもの閣議では、閣僚は各省長官として、または一政派の代表としての意識に支配されており、策略的な駆引きの空気が議場を支配する。だが詔書の審議の時には、それらが一切消え去ってしまって、すべての閣僚が、いかにして崇高な大御心を伝えるかという一点に真剣になる。あの大臣が、この大臣が、こんなに崇高な精神に思い及ぶのであろうかと驚嘆するような発言をする。詔書起草の時の閣議には、皇祖皇宗の神霊が臨ませられ、閣僚が全く大御心に帰一して動いているのを決して疑わない。詔書は、まさしく大御心の表現であると信ずべきである。もとより国務大臣の詔書はその輔弼の責任を証するものであるが、詔書を以て内閣の決議書のように考えるのは断じて誤りである。詔書起草の閣議を経験した人は、皇位の精神的威徳のいかに偉大なるものであるかを決して疑い得ないであろう。(『神社新報編集室記録』の中の吉田茂氏談話)
云々と。立法や行政のことばかりでない。司法にしても同じである。明治の憲法以来司法権は、厳として独立しており、天皇は一切を裁判書に御委任になっていた。いかなる裁判に対しても、天皇が干渉し指示されることは決してないのである。だが天皇は、裁判官を任命され「天皇の名に於いて」裁判させられた。裁判官は、天皇国の法律に照らし、ただ自己の良心において、これが神聖なる天皇の裁判であると信ずるところにしたがって判決を下した。裁判のことを考えれば、天皇統治の大権の意味がよくわかる。
天皇が六法全書を解釈して判決されるわけでもなく、紛争を調停されるのでもない。そのようなことは、複雑な現代社会では、決して望みうることはではない。それは専門の法律に詳しい裁判所に御委任なさる。だが日本国の司法権そのものは、天皇の神聖なる大権に属するとの大義だけは動かないのである。そこで裁判官は、もとよりのこと、被告にしても原告にしても、天皇の臣民としての同一の思想の論理の上に立って、論争し判断しなければならなかった。裁判所は、ただ利害相反する不倶戴天の敵が、相対決して、権謀と実力を行使して闘争する修羅場とは考えられないで、同一の日本国民が理義をつくして討議し、公正にして神聖なる天皇裁判のまさにあるべき判決をもとめる場所と信じられたのである。
帝国憲法第五十七条「司法権は天皇の名に於いて法律に依り裁判所之を行う。裁判所は法律を以て之を定む」と定められていた。この条文を解説した『憲法義解』(伊藤博文編)の中には、次のような語がある。
裁判は必ず法律に依る。法律は裁判の単純の準縄(じゅんじょう=物事の標準、基準)たり、しかして又必ず裁判所に由り之を行う、但し君主は正理の源泉にして司法の権亦主権の発動する光線の一たるに外ならず故に裁判は必ず天皇の名に於いて宣告し以て至尊の大権を代表す――
君主は裁判官を任命し、裁判所は君主の名義を以て裁判を宣告するに拘らず、君主自ら裁判を施行せず、不羈(ふき=束縛されない)の裁判所をしてもっぱら法律に依遵し、行政威権の外に之を施行せしむ、是司法権の独立とす、此乃三権分立の説に依るに非ずして仍不易の大則たることを失わず。
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