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明治天皇陛下、昭憲皇太后陛下 御尊影
明日、11月3日は明治天皇陛下の誕生日、明治の天長節の日です。
明治天皇陛下は、僅か16歳でご即位され、剛毅果断の性格で進取の気象に満ちていました。この若き天皇陛下を中心として、時代は大きく転換してゆきました。慶応3年10月、徳川幕府十五代将軍、徳川慶喜公は大政奉還を行い、政権は700年ぶりに朝廷に返されました。これを受けて、明治天皇陛下は、同年12月、王政復古の大号令を発せられました。翌年の明治元年(1868)3月、天皇は、五箇条の御誓文をもって、国是としてお示しあそばされました。
その後のわが国の発展はめざましく、翌2年版籍奉還、4年廃藩置県、5年学制頒布、鉄道の開通、太陽暦の採用などが進められました。さらに、明治22年、明治天皇陛下は大日本帝国憲法を発布、翌23年には帝国議会を開設し、また教育勅語を下賜あそばされました。
こうしてわが国は、明治天皇陛下の下、僅か半世紀の間に、アジアで初めての近代化に成功し、文明開化、富国強兵、殖産興業、教育の普及、文化の向上など、欧米に伍した近代国家として躍進していったのです。 明治天皇陛下は6度にわたって地方御巡幸をされました。
まだ交通手段が発達していない当時ですから、馬車や船による旅行は、身体的に大きな負担だったことでしょう。しかし、天皇陛下は自分の目で国内各地の様子を見られ、また国民に接せられ、直接世情を知りたいという強い希望をもっておられました。御巡幸の旅は、2ヶ月の長期に及ぶこともありました。今日も各地に明治天皇陛下が巡幸された記念碑が建てられています。
明治天皇陛下は避暑避寒などはほとんどされなかったそうです。記録に残っているのは、わずかに東京・小金井に遠乗りして桜を賞でたとか、また多摩の丘陵の兎狩り、清流での鮎漁ぐらいと伝えられます。
我が身をいとうことなく、常に国家国民のために尽くす指導者としての明治天皇陛下の姿がうかがわれます。
明治の国難は、日清・日露戦争です。
新興国日本の「国家の威信」「国運」を賭けた戦いでした。
明治天皇陛下は、その間、常に国民の先頭に立たれ、国利民福のためひたすら尽力されました。そして出征兵士と苦労を共にするという考えから、炎暑の最中でも冬の軍服を着用しておられました。
日露戦争の際は、明治天皇陛下は非常な心労を続けられ、それがもとで健康を害され、明治45年7月30日、61歳で崩御あそばされました。
その御代は、ひたすらに「公」のために尽され「私」を省みない明治天皇陛下の生涯でした。
幕末から明治の時代は、欧米列強から独立を守るため、わが国が急速に変革を成し遂げねばならなかった時代でした。この変革に成功しえたのは、明治天皇陛下を中心に、国民が君民一体となって懸命の努力をした結果でした。
戦前は明治天皇陛下のご遺徳、偉業を讃え、偲ぶ日として明治節が制定され、国民が明治天皇を偲び、国民の精神を支える日でもありました。
戦後、文化の日と名前を変え、意味のない祝日になってしまいました。
声を大にして、「明治節」「明治の日」と呼びたいものです。
誇り高き日本国民でありながら、明治節、天長節さえも知らない国民が増えつつあるのを哀しく思い、また民族の行く末を危惧するものであります。
いつまで、戦後なのか? 誇りは何処へ行ったのか?
かっての誇り高き日本を取戻さんが為、かっての祝祭日への回帰を願ってやまず、国是「五箇条ノ御誓文」、億兆安撫国威宣揚の御宸翰(おくちょうあんぶこくいせんようのごしんかん)を今一度、熟読せられ、日本人としての誇り、矜持をもって欲しいと願うばかりです。
国是「五箇条ノ御誓文」
『五箇条ノ御誓文』(明治元年または慶応4年3月14日--原文) 五ケ条の御誓のあったその日、億兆安撫、国威宣揚の宸翰が宣布せられた。急変する時代、次々と打出される改革に、国民のとまどうことをおそれ、旧来の晒習を破り、天皇親ら艱難の先に立って、未曽有の時代を乗り切ろうとの御宣言である。その文の平明雄勁なる、格調高き中に叡慮の切々たる、まことに明治維新の精神が凝って、ここに千古の大文字となって宣言せられた。宸翰は、武門が政権を握ってから、表には朝廷を尊奉しながら実は敬して遠ざけ、天皇と国民の間の真情も隔てられて来たことを嘆き給い、
今般朝政一新の時に腐り、天下億兆一人も其の処を得さる時は、皆朕か罪なれは、今日の事、朕自身骨を労し心志を苦め、艱難の先に立ち、古列祖の尽させ給ひし蹤を履み、治蹟を勤めてこそ、始めて天職を奉して億兆の君たる所に背かさるへし。(現代語訳)
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2011年11月02日
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少し調べてみた。
時間があまり無くって、少ししか調べられていないのですが
どうしても疑問に思う事が解決出来ず、それどころか更に多くなっていくだけ・・・
で、その問題と言うか疑問符のモノというのが『TPP』なんです。
今、最も騒がれているTPP・・・
今回は水産関係からも反対って声が出てて・・・
<TPP>JF全漁連が集会 交渉不参加を求める決議採択全国漁業協同組合連合会(JF全漁連)は1日、東京都内で「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉参加に反対する全国漁業代表者集会」を開いた。約150人が出席、例外なき関税撤廃を原則とするTPP参加は漁業経営の悪化や水産資源の枯渇につながるとして、交渉不参加を政府に求める決議を採択した。 私的にも、記事にある通りで「水産物市場は既に十分に開放されている」と感じています。
問題は、アメリカ議会が望んだ事を断れないようになる部分・・・
たとえば、日本の良質な水産物を海外企業が自由に獲って自由に販売出来るようにと
漁業権の解放(宮城県知事が既にその先駆として動いていますが・・・)にと動いたりして
徹底的に獲り荒らして次に移っていくとか充分に考えられます。
例えば、あまり知られていない事なのですが
アメリカは、アメリカ国内での天然エビの捕獲を禁じています。
記憶が間違い無ければ、20年ぐらい前からだったと思うのですが
その頃より日本食が様々な意味でもてはやされ味覚的にも合う海老が余計に消費されたのでしょう。
なので、全てを海外から輸入している訳ですが、その輸入量と同時にやり方が凄いんです。
外国では枯渇するくらいに徹底的に獲り荒らしても構わない(法的に問題が無いから)と考えている節がある。
貧乏人(海老輸出国)には金を掴ませれば何をやってもいい、札束で頬を叩けば・・・ぐらいの気持ちらしい。
自国を守る為には、凄い強制力を掛けるのですが
他の国がどうなろうと「金を払っているのだから関知しない」節があるようです。
さて、それらを踏まえてTPPに参加させられた後の日本の水産業界がどうなるか考えて下さい。
様々な想像が出来る筈です。
それと、賛成派の方の意見を色々と調べているのですが本当によく解らないのです。
ほとんどの人が農業分野の事ばかり言っていて、私には
(もしかして、農業分野に意識を集中される事で目を逸らそうとしているのか?)
そう感じずにはいられないんですよね。
それに「日本の農作物は高過ぎる!トマトやリンゴとかが1個¥150もするのは日本だけだ!」
そんな書き込みや似たような書き込みを至る所で見掛けました。
でも、本当に解って言っているのでしょうか? もしかして、「とにかく品質に関係無く、安いが一番!」って思っているのでしょうか?
それなら、危険な輸入品をもっと安く買う方法があるのに・・・
私は10年近い海外生活を経験しても居ますが、
日本のリンゴなどの海外での評価を知っているなら絶対にそんなセリフは言えないと思うんですよね。
日本国内で1個¥150程度で買えるリンゴが海外だと1個¥1000ぐらいします。
それでも、売れています。
そういう事実を知って言っているのでしょうか?
正直、あまりにも情報を持ち得ていない人ばかりなのでしょう、私も含めて。
TPPについての詳しい情報を知っているのでしょうか?
海外事情をシッカリと掴んでいるのでしょうか?
「参加しなければ世界の孤児になる!」なんて経団連の連中が言っていますが
TPP参加の国が果たしてどれだけあるのでしょうか?
そして、その個々のメリットと日本のメリットを把握しているのでしょうか?
誰かに言われたとか影響されたでは無く、シッカリと情報を集め自身だけの判断を持つべきだと思います。
事は、農業だけではないのです。
文化に関わるところにまで及ぶ筈です。
今の自分だけでは無く、近い未来の子供達子孫にまで影響していく事柄です。
こんなにも、強引で良い筈は無いと感じます。
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