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政治は、元来「まつりごと」とよばれるものでした。日本の本来の「政治」というものは「まつりごと」であったのです。即ち神を祭ることが政治だったのです。斎祀(いつきまつ)ると言いますが、“いつく”というのは清めるということです。神を祀っていると、自然に心が神様の心と釣合って、清まってくるのです。「まつり」の語源は「真釣り」であり、真に釣合うということです。それはあたかも天秤の両端のように、こちらの天秤の皿に神様の心を載せる、こちらの天秤の皿には人間の心を載せ、それがどちらも重い軽いなしに、ぴたりと一つに釣合って神様の御心と、国を治める人間の心とが同じ御心になって釣合う、それがまつり(真釣り)なのです。
キリスト教徒の主の祈りと呼ばれる「御心の天になるが如く、地にもならせ給え」という祈りがありますが、それと同じように、日本人は、高天原の状態を地上に持ち来たそうとして、天照大御神がしろしめす高天原と同じように、地上の日本国もそうなるように願ったのです。
現代の政治家はまるで俗物の見本の如きイメージがありますが、政治家と言うのは、本来重大な使命をもっているのであり、権勢欲によって権力を得たいとか、地位を得たいとか、利権問題にたずさわって、財産を築きたいとか、そういう野心をもっている人が、政治をやると、神の御心とまつり合わないので、よき政治は行われません。だから、政治は神様の御心を受けた人が政治をやらなかったならば、それは本当の“まつりごと”ではないから決してこの世の中は良くならないのです。また国民は幸福にならないのです。
古事記の神話において、天照大御神の御子孫が天皇として、まつりごとをなさり、広く国民の心を知ろしめして政治をなさるという形は、日本民族の政治というものを、そのように捉え、そのようなものでありたいという心、願いが形を表したものであり、だから長い歴史のなかで、連綿と受け継がれた国柄であり、国体となっているのです。
この国柄は古代より、民族の理想であり、日本という国の理念なのです。だから日本人はこの国柄に本当に誇りを持って来ました。日本の国の本当の統治者は、常に神を祀られる天照大御神の御子孫である天皇だと思っているから、いざというときには天皇を中心に結束することが出来ました。また常に神と心が真釣り合った天皇がいらっしゃるということは、国民には大きな安心感があり、神州不滅を信じる事が出来ました。
幕末の国難にも国民は天皇を中心に結束して近代的な立憲君主制へと政治体制を変革しましたが、この天皇中心の国柄の考え方は古来より不変でした。明治天皇がご自身で政治をなさるわけではありませんでしたが、統治権の総攬者としての位置におられて、神をまつり国家と国民の幸福を願われていらっしゃることで、政治家は天皇を仰ぎ見て政治をすることで、私利私欲にまみれることが防がれたのです。 また国の欧米崇拝の行き過ぎで人心が乱れかけた時も、国民を我が子のように心配される明治天皇により、教育勅語が渙発され、人心の乱れが忽ちに治まっていきます。
この天皇中心の国柄は、日本の長い間の伝統であり、理念であり、これを失ったら、もはや長い歴史のある日本という国は失われた事になります。長い歴史の初めよりずっと続いてきた民族の理想であり、国の理念なのです。日本は単一民族として国民が家族のようにお互い親しみ睦み合ってきました。天皇はまさに父親のような存在でした。民族国家である日本の国は、天皇と国民の間にある愛情、国民同士の間の愛情が他の国に比べて、ひときわ強く、その心の奥底に同一民族の一体感や思いやりがあって、平和な穏やかな道徳心を生み出さずにはいませんでした。
しかし戦後、占領軍による占領政策で、天皇と国民は分断され、天皇は政治の分野からは全く切り離され単なる象徴という、あたかも学生帽の徽章のようなお飾りの位置に押し込められ、すべての権利から遠ざけられました。また各個人の家も、家督相続が廃止されたため、その各家々にあった歴史や先祖と個人が分断されて、バラバラの個人のみが重視される国になりました。
今や家族よりも個人の自由が何よりも価値あるとされる考えが普通になっています。過去の封建的な日本思想からの解放のごとくに宣伝されて広まった個人の権利という考え方は、確かに外国では、それを獲得するための闘争の歴史があったのでしょう。しかし、日本で本当に、個人の権利が抑圧されていたために、それをもとめて戦ったという歴史は、あまり聞きません。全くないとはいいませんが、日本では個人が公に奉仕するという美徳を尊ぶことで、自然に皆がその恩恵を受けるような国だったのではないでしょうか。
かつて朝日新聞に石川達三氏の小説『人間の壁』が連載されていたそうです。この小説は、佐賀県教組の実際の事件をモデルにしたものらしいのですが、ある日の連載に、黒住宗忠というとても親孝行の人の話を、教員たちが話題にしているところがあって、宗忠が母親からお遣いを頼まれて、その時母親が空を見て、雨が振りそうだから高下駄を履いて行きなさいと言ったので、言われたとおりにハイと高下駄を履いて出ようとすると、父親が天気を見て、雨など降らないから草履で行けと言ったので、またハイと素直に答えて、宗忠は片方の足に高下駄を履き、もう片方に草履を履いて行ったという有名な逸話があるのを批判しているのです。
そして、「あんな封建道徳というものは、大変な間違いだ。一方の足に草履を履いて、他方の足に高下駄をはいて、ねえ、あんな能率の悪いことを、親の言いつけだからと言って素直に従うなんて、そんな馬鹿な封建道徳があるか」といって問答している場面があるそうです。
私は読んだことがないから詳しくはわからないのですが、これを読んだあるご夫婦があり、奥様がご主人にどう思うか聞いたところ、ご主人がつぎのように答えておられるのです。「これは石川達三の言う通りだよ。石川達三の言うのは間違っとらん。それは論理的には間違っとらんけれども、それは知識の判断だけだ。愛がないのだ」と言われました。さらに、「知識というものは、善とか悪とか能率とかなんとか、そんなことばっかり考えるんだ。ところが愛というものは、善悪の判断を越えて、能率なんかの判断を越えて、そして愛する人が『こうしてくれ』と言われたら、その通りにしてあげたくなるのが愛なんだ。それで現代の教育の荒廃というものは何処から来るかというと、愛がないからなんだ。愛がないから、親に仕えるということはしないで知識ばかりで、親を審(さば)くことを教えている。知識っていうやつは善悪を裁いて、それで屁理屈を言って、互いに喧嘩することばかりやっているんだね。そこに、今の教育の欠陥があるんだよ。」と言われたのです。
これはまさに、戦後の民主主義、個人主義が蔓延した日本社会そのものにも言えるのではないでしょうか。個人の権利を振りかざし、批判精神ばかり旺盛で、社会も家庭も、冷たく温かさがなくなってしまっているのです。だから青少年の自殺は増え、老人は行方不明になっていてさえ、届け出る家族もいない状態まで家庭が崩壊してしまったのではないでしょうか。 戦後占領軍によって押しつけられた日本国憲法は、国家に対して国民の権利ばかりが書かれています。これは日本の国柄や文化を全く表していません。この憲法が、大日本帝国憲法の改正手続きに則って改正されたというのは、全くのウソです。占領軍のサーベルの圧力のもとで強引に違法な改正の形をとっただけの占領基本法であり、本来無効ですから、今も尚、大日本帝国憲法は生きているのです。明治の大日本帝国憲法は、日本の古来よりの日本人の政治の理想、天皇中心の国のあり方、そして、歴史を流れて受け継がれていく国の生命への思いが込められた憲法です。この大日本帝国憲法を復活させなくては、今後日本という国は失われていく可能性があると思います。 |

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