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自国の偉人を尊敬しない不幸平成の国難を乗り超えるもの
日本の偉人、先人の生き方に学ぶ 日本政策研究センター主任研究員
岡田幹彦 自国の偉人を尊敬しない不幸
私は子供の頃から歴史好きで、最初は歴史小説から入りました。
20代の時にある言葉に出会い、大変感銘を受けました。
「古今を通じて素晴らしい人物を見逃してはならない。出来る限り素晴らしい
人物に学ぶべし。すぐれた偉人に学ぶべし。それが何よりも立派な人間を
作る。それが立派な日本人になる根本」この言葉に発奮して、今日まで四十年
間日本の歴史上の優れた人物をずっと学び続けてきました。
日本政策研究センターで歴史人物の講演をはじめて二十三年になりますが、
現在は年間百回以上行っています。その講演会の席で、時々「日本の歴史上の
人物で深く尊敬する人はいますか?」と質問します。ほとんど返事がありません。
そこで私は言います。
「日本人として生まれて尊敬する偉人を持たないことは実は日本人として
不幸なことであり、恥ずかしいことです。日本人であるということは、換言
すれば、日本の歴史上に尊敬する偉人を心に抱いているという事です。
どこの国でもそうです」
例えばアメリカは230年という歴史の浅い国ですが、アメリカ人として生まれた
以上、皆、小さい時からワシントンやリンカーンを尊敬すべき人物として徹底的に
教えられます。どの国もその国をよくするために、また立派な国民をつくるために
、必ず歴史上の偉人というものを胸に抱(いだ)かせるようにします。
しかし戦後の日本は米国の日本弱体化政策、日教組の教育により、 日本の偉人を教えて来なかった。
その結果、今日の政治家、指導者層が目もあてられないような惨状になって
しまったのです。結局彼等には日本上の尊敬する人物は一人もいない。
悲しいかな尊敬するのは海の外のマルクス、レーニン、毛沢東などです。
官さんが十月十日の辛亥革命(しんがいかくめい)百周年に首相として是非訪中
したいと言っているのは、その現れです。菅首相の魂の祖国は日本ではなく、
共産主義国家シナにあるという事です。
続く
注:こういう常識的な事をしらないと、外国人と話しても商売上の話は出来ても、
人間としての真のつながりは出来ず。信頼される人物にはなりえないという
ことでしょう。それが鳩山であり、菅であり、今の日本の現状でしょう。
はたして、野田はどうでしょうか?
日本の偉人、先人の生き方に学ぶ八十人の偉人に共通すること
私が講演会でお話しするわが国の偉人は、今日までに八十人を越えましたが、
ある時、偉人達に共通するものがあることに気づきました。
一つは、深い尊皇愛国の心の持ち主であるということ。敬神、純忠、至誠の 心の持ち主であり、世のため人のため、国家のために自己を献げて
生きた人達でした。
二つは、彼等はことごとく人生において筆舌に尽しがたい艱難辛苦 (かんなんしんく) に出会い、大きな挫折、失敗を経験していること。
例外なく逆境試練を経ているということです。
三つ目は、大変な逆境にも負けることなく、生涯、不撓不屈の求道、修養、努力を 貫き、世のため、人のためになる仕事を遂行したことです。たとえ最期
が悲惨な死であったとしてもです。
現在の政治家をはじめ各界の指導者と歴史上の偉人とを比べて何が違うかと いうと、現在の指導者にはこの三点が不足ないし欠けています。最も大切な
皇室を尊敬し、国を愛するという根本の心構えがありません。
それから、艱難辛苦の苦労があまりにも足りない。お母さんに莫大な子供手当を 貰っていた政治家もいるくらいです。
特に歴史上の偉人達はもうそのくらいにしてくれと言いたいくらい大変な目に 会っています。例えば二宮金次郎。田畑の流失、両親の死亡、桜町での辛苦など
、よくもこんなに災難が次々と降りかかるなと思うぐらいの運命ですが、
彼が大偉人になり得たのは、まさにあの艱難辛苦があったからです。
こうした偉人の壮絶な生き方や、日本の国を守り抜いてくれた先人の血と汗と 涙の生涯を学ぶと、やはり同じ日本人であれば必ず感動、感激、感泣します。
この感激、感動の心が大切であり、私達の生きる力となります。
「好きこそものの上手なれ」という言葉があります、歴史上に好きな人物を持つと、 その人の真似をしたくなります。自分はこのような立派な人間になりたい、その
人を手本、鏡として、こういう人間になりたい、こういう立派な日本人になりたいと
思うようになります。そこに歴史を学ぶ意義があります。
注: 「山本五十六は果たして英雄か!」
今日、新聞に山本五十六の映画の広告があったが、彼は果たして英雄で
あったのか、この頃疑問に思うのである。彼の事は映画を見たくらいだが、
戦後有名な人物はほとんど左翼が作り上げた人物像であり、それから推察
すると疑問が出てくるのである。彼は真珠湾も、ミッドウエイ攻撃も日本に
いたのである。ロシアのバルチック艦隊を撃滅した、東郷平八郎は戦艦
三笠の艦橋の砲弾の中で指揮していたのである。前線に出るのが必ずしも
正しいとは、思わないが、彼は、ただ反対しただけの、戦後の左翼の作り
あげた英雄か!誰か知っている方あるなら教えて欲しいものである。
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