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平清盛と白拍子たち

 NHKの大河ドラマが平清盛という話を聞き、昔やはり大河ドラマで『新平家物語』というのをやっていたのを思い出した。その時も、平清盛を美化して主人公にしていて、なんかおかしな気がしたのを覚えている。まあ見ようによってはいろんな解釈もあるから、そういうものかなと思っていたが、今回は、またも平清盛を主人公にして、更に、天皇をまるで韓国が呼ぶように、この国の王だとかいう言い方をしているらしく、しかも清盛という主人公に対する悪役として描いているらしい。NHKは、日本人の歴史観を書き換えようとしているのかとも思う。

 ところで、かつて『新平家物語』をやっていた頃に書かれたエッセイがあるので、ご紹介したい。平清盛の人間性を、『平家物語』がどのように書いているかが判る。

嵯峨の山里
――祇王祇女と仏御前――

田中忠雄


  月更け 風をさまって後

 心のおくを 尋ぬれば

 仏も昔は凡夫なり

 われらも おもへば仏なり

 いづれも仏性 具せる身を

 隔つるのみこそ おろかなれ

 

この歌は、むかし白拍子と呼ばれた舞姫の祇王が、入道相国清盛のやかたで歌った今様である。

祇王の歌う今様は、秋の夜の鈴虫のように澄んだ声で、並みいる人々のあわれをさそったのであった。

けれども、この歌詞は、身分いやしき白拍子の歌う歌とは思われぬほど凛としている。やはりあの秋の夜のしじまにすだく鈴虫のように、張りがあって凛としているのだ。

夜もふけて月が中天に懸かり、風がおさまって、あたりが静かになったとき、気を落ち着けて、しみじみと心の奥をたずねると、仏ももとは我らと同じく迷える凡夫であった。我ら凡夫も、やがては仏となるべき身である。なべての人はみな仏性をそなえて生れてきたのだ。それだのに、いかなれば、かくも愛と憎しみに隔てられるのであろうか。愚かなるかな、世の人の為すわざよ。

この歌は祇王祇女のあわれな物語をつづった『平家物語』の一節にしるされている。

(中略)

テレビの「新平家物語」では清盛を大へん美化して描いてあるが、もとの『平家物語』には、次のような書き出しになっている。――

 

入道相国(しょうこく)は一天四海を掌(たなごころ)に握って心驕(おご)り、世の謗(そし)りをも憚(はばか)らず、京の都に聞えた美人の白拍子祇王を西八条の宿所に引き入れ、その母とぢと妹の祇女を美邸に棲(す)まわせ、月々莫大な金品を与えた。これを羨む人々は、祇王祇女の富貴にあやかるため、子弟の名前に争って「祇」の字をつけた。(ただし、『平家物語』には義王義女となっているので、義一とか儀徳という名前にしたと記されている)

 

しかし、一方に祇王祇女の今をときめく栄華を嫉む者があり、名前や文字で運命が変ったりするものかとあざわらった。「果報は、ただなに事も、生れがらにてこそあれ」と彼らは言うのであった。「生れがら」とは、「生れながら」ということで、生れながらに人の運命は定まっているので、努力したとて何にもならないという意味である。

世のため人のため、これということもなく、一躍して忽ち栄華を極めるような身分になる者があると、世の常の人は、人間は努力しても無駄だと思うようになること、平家の古も昭和の代も、人心はすこしも変らないのであろうか。

祇王が京の人々の羨望や嫉妬のなかで栄華を極めて三年ほどした頃、「仏」という名のあでやかな白拍子が現われた。この仏御前は加賀の国の出身ということで、京の男どもは、これほどあでやかで美しい遊女(あそびめ)はまたとあるまいと騒いだという。

あるとき、仏御前は車に乗って西八条の清盛の屋敷へ行き、「太政大臣が嬌名(きょうめい)隠れなき妾(わらわ)を招き給はぬこそうらめしけれ」と叫んだ。清盛はこの騒ぎを聞いて烈火の如く怒ったが、祇王はもとのわが身に引きあてて人ごとと思えず、この白拍子をかばって清盛にとりなした。

最愛の寵姫がとりなしたので、清盛も機嫌をなおし、仏御前を召し寄せ、なんぞ今様など、ひとつ歌ってみよやと命じた。このとき仏御前の歌った今様は、まことにめでたく優美で、清盛はすっかり気に入ったのである。

 

 君をはじめて みる時は

 千代も経ぬべし 姫小松

 御前の池なる 亀岡に

 鶴こそ群れて あそぶめれ

 

清盛が感じ入って、次には舞を所望し、「いざ、鼓うちめせ」と侍女たちに言った。仏は十六歳だったが、「みめ、かたち、ならびなく、髪のかがり、舞すがた、こゑよく、ふしも上手なれば」並みいる人の魂を奪うのであった。

清盛は「いらいらしき人」……気の早い人だったので、いきなり仏を抱いて内なる寝所に入ろうとした。

仏御前の申すよう、「祇王御前のとりなしにて召されしものを、そのやうになされて憚り多く候。まこと妾に思召あらば、後日召され候へかし」

清盛はこれを聞き入れたが、「但し祇王に憚るか、其儀ならば祇王を出(いだ)さめ」と言った。そなたが祇王に気兼ねするようなら、祇王を追い出すまでのことよというのだ。仏御前は、それをおしとどめ、妾はお召に応じてときどき参りますゆえ、祇王を追い出し給うな、それでは気がとがめてなりませぬと言う。しかし、清盛は聞き入れなかった。『平家物語』の文章は、この権力者にたいして強く抗議しているのである。

こうして祇王は、「三とせがあひだ住みなれし、障子のうちをいづるにぞ、名残もをしく悲しくて、甲斐なき涙ぞ流れける」……彼女は泣く泣くわが部屋の障子に一首の歌を書き残して去って行った。

 

 萌え出(いず)るも 枯るるもおなじ 野辺の草

 いづれは秋に あはで果つべき

 

萌え出る野辺の草も、いずれは秋に出会って枯れゆくときがあるものぞという、あわれな歌であった。

祇王は西八条から暇が出たというので、いざや彼女を呼びよせ遊ばんとて、文や使いをもって招く者が多かったが、祇王はそれに応じなかった。

かくてその年も暮れて春になる頃、清盛は寵姫の仏御前が「つれづれげ」に見え退屈してふさいでいるらしいので、彼女を慰めるために祇王を招いた。祇王はたとえ命をとられても、これには応じない決心だったけれども、応じなければどんなとがめがあるやも知れないと母親が泣いて諫めるので、妹の白拍子、祇女を伴って心ならずも車を西八条へ走らせた。

行ってみると、二人ははるか下座におかれて、仏御前を慰めるため、今様一つ歌えとの命令であった。無念の涙をおさえつつ、このとき祇王の歌った今様が「月更け、風をさまって後、心のおくを尋ぬれば、仏も昔は凡夫なり。われらもおもへば仏なり。いづれも仏性具せる身を、隔つるのみこそおろかなれ」というのであった。おのおの仏性を持ちながら、好きと嫌いで調和できないこの世を嘆いたのであったが、同時にそれは入道相国にたいする全身の抗議だったのである。

このことあって後、祇王と祇女は母とよくよく話し合い、ついに菩提心を発して三人とも丈なすみどりの黒髪を切って尼になり、ひそかに嵯峨の奥なる山ざとに身をかくした。ときに祇王は二十一、祇女は十九、母は四十五歳であった。

 

 かくて春過ぎ、夏立ちぬ。秋の初風立ちぬれば、星あひの空ながめつつ、あまの渡(と)わたる梶の葉に、おもふことかく此(ころ)なれや。ものおもはざらん人だにも、くれ行く秋の夕べはかなしかるべし。いはんや、ものおもふ人の心のうち、おしはかられて、あはれなり。西の山の端にかかる日をみては、あれこそ西方の浄土にてあん(る)なれば、いつかわれらも彼の所に生れ、ものをおもはですごすらん。これにつけても、昔のことの、わすられで、つきせぬものはなみだなり。

折しも竹のあみ戸を、ほとほととたたくひとがあった。秋の夜も暮れて、のきばにすだく虫のこえごえ、ともしびのかすかなるなかで、親子三人が相寄って仏の御名をとなえているときであった。

竹のあみ戸をおしひらき、訪う人は誰ぞと尋ねる。問われし人が、かついだきぬをとると、これなん、昔の仏御前の髪を切った姿であった。

「祇王さま、あなたの御慈悲で妾は栄華を得ましたが、あなたが追われたまいしことは、明日はわが身のうえかと思い、あなたの書き残された歌、いずれは秋にあわで果つべきの文字を眺め暮らしておりました。年月とともにこの思いはいやまさり、ついに暇を乞いましたが許されず、こうしてやかたをのがれて、ここまで辿り着きました。妾のために世をわびて、草のいおりに住みたまうおんもとさまを慕い、たずねたずねてようように参りました。お許しくださいませ」

仏御前は、こう言って、さめざめと泣くのであった。このとき彼女は十七だったと記されている。

祇王と祇女は、仏御前のけなげな志に感動して、「わたくしどもは、こうして御仏につかえながらも、折りにふれ都のことが思いだされ、空を仰いで嘆くこともありますのに、あなたはまだお若くて、そのいさぎよい決心とは、わたしどもこそ恥ずかしい。仮の世の恩讐は、いまは露ほどもありませぬ。よろしかったら、いつまでもこの草のいおりにとどまって四人一緒に仏の道をならいましょう」と、二人こもごもいたわり励ました。

入道相国は仏御前を失って狼狽し、ただちにその行方を追わせたが、その姿は杳(よう)としてわからなかった。「仏はあまりに、みめよかりつれば、天狗がとりたるにこそ」と言って、彼はついに断念したという。

 

祇王祇女の墓は、いまもこの地に残っていて、今なおここを訪れる者が多い。私も京都に住んでいた頃、新婚の妻と一緒にこのあたりを歩き、松風の音を聞きながら、石に腰かけて、『平家物語』の美しくもまた悲しい物語を語り合った。いやしい遊女ながら、どこか一点きりりとしたところがあって、全身で権勢に抗議した昔の女性が、こよなくなつかしく思われるのである。


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