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日本人の自然観というものが、よく現われている対話文ではないかと思います。日本人は、意識的にしろ無意識的にしろ、こうした自然への向き合い方をしてきました。
故郷の自然、あるいは神社、仏閣の山や森に対して、まざまざと感じるその森あるいは山の持つ気配、それは生き物という言い方が実によく当たっているような感じがします。 以前東山魁夷画伯の画集を眺めていたとき、その森林の不思議な空気が実によく描かれていて、その山や森の持つ意識が、迫ってくるような感覚がしました。作品の一つには、山霊というタイトルがついていたような気がします。 日本人にとって、山には山の霊、魂が存在することは、当り前の感覚でした。霊山というのがあるのも、日本ならではかもしれません。しかし大きな霊山でなくても、山々、森はみなこうした感覚をもって、私達に迫ってきます。この日本人的感覚を、現代人が失わずに、ずっと持ち続けることが出来れば、環境問題の解決の緒も日本から生まれるような気がします。 A 大仏次郎(おさらぎじろう)さんの『天皇の世紀』は、昭和48年4月25日付の155回で終に絶筆となりました。 B 本当に残念でした。昭和42年正月から朝日新聞に連載されました時、先ずこの題目に魅せられました。『天皇の世紀』とある、その天皇は明治天皇さまです。 A 正直申しまして私も、読売の『昭和史の天皇』(昭和48年5月13日現在で2088回)と朝日の『天皇の世紀』とを、毎朝切り抜くことから一日が始まったと言ってよい位の、あしかけ6年余の生活でしたから、『天皇の世紀』の絶筆は、本当に淋しく心に空洞が生じた感じです。 B その『天皇の世紀』のはじめにこんな記事がありましたんで、私は感動のあまり或る新聞に感想を寄せ、これは、ただならぬ大仏さんのライフ・ワークだと言ったことがありました。 それは明治天皇さまの御懐妊のことがわかってから、明治天皇の御聖母、中山慶子さまの御里から、大阪の座摩(いがすり)神社に安産祈願の手紙が届けられたんです。その手紙の主は中山家の諸大夫、かくれた勤王家の田中河内介でした。 彼は皇子御出産の無事を念じて、別に大阪まで足を運びましたが、その時、座摩神社で偶然にも佐久良東雄(さくらあずまお)に会っているんです。東雄はもとは僧侶でしたが水戸学の影響を受けて還俗し、皇室への忠誠を絶対の信条としていまして、神社で神勤に励んでいたひとです。その彼が皇子御懐妊のことを河内介から聞いたので大いに発奮興起したようでした。 祐宮(さちのみや、後の明治天皇)御誕生の安産祈願をめぐって勤王家同志の偶然の出会いは、深い、みえない縁につながるものがあるとその時しみじみ感じ入りました。そういうことにまで筆をさかれる大仏さんという人が、「謎としての歴史の正体」を見透すことの出来る無私の眼の持ち主だったと評されるのは当たっていると思います。大仏さんの死後、小林秀雄さんがそういってましたけれど、私はこのような記事一つにも、「歴史の不思議」を感じましてね、本当に心がふるえました。 大仏次郎
A その大仏さんが、戦後の23年に『帰郷』を毎日新聞に連載しました。あの小説が大好きで愛読しました。主人公の守屋恭吾は「自分の悲憤慷慨だ」といっていますが、あの公憤ぶりが私は好きだったんです。 B 貴方もそうでしたか。あの主人公は、もと海軍軍人で、ある不正事件の犠牲となり、ヨーロッパを放浪している間に、日本では死んだものとして墓が建っていた位の扱いで、過去に消えた人でした。その彼が日本に帰郷しました。長い間の国外生活で身に固めていた強い孤独感が、日本の人や風土に接して、何時の間にか薄れて「触れあう人と限らず、風景とも、知らず識らず溶けあって」「孤立しているつもりでいて、持って生れた血から何かが動き、心の奥からそこはかとなく刺戟するものがある」とわかるようになってゆくんです。知らぬ人達の生活の影が、いつの間にか、自分に移ってくるように、人々の生きている労苦や悦びや、小さい心の動きまでが判るようにさせられてしまうんです。そういった、いわば共感の実感を見事に描いています。 「国籍を失った者の不思議な心の動き」は「魂を寄り掛けて休息出来る所」を求めてやまない訳でしょう。二十年捨て児のようになって外国で暮らして来たこの男が、帰郷してみて、自分をこの日本の国土につないでいるものが何か。「思いがけないことだったが、それが古い寺や社であるとは。寺や社がなんで、こうも自分を惹きつける力があるのか」と不思議がる所があります。「石ばかりの外国の街を歩いていては、こういう感情にならない」と主人公に言わせています。 A ただ今の御指摘で私もあの箇所を思い出しました。近頃はやりの脱日本を試みる者が最後に「魂を寄り掛けて休息出来る所」として、ぎりぎりの所で選びとるものを暗示している。そのように私は広く考えたいと思います。結局は、それが土の香りの強いこの日本の国土であること、その国土に自分をつなぎとめるものが、それこそ信仰のあるなしを超えて、神社や寺であるということを言ってくれているのに目がさめる思いがします。このいつわりのない感慨は公害が問題となっている今でも、変わりないんじゃありませんか。日本人一人一人に。そんな風に今改めて思ってみたのです。 B そうですね。はからずも、日本人の帰り付き、魂の据えおかれる場所としての国土の自然、社寺の話になりましたが、大仏さんの『帰郷』とあわせ、或る意味で『帰郷』以上に私共の対話に役立つのは、横光利一の『旅愁』ではないでしょうか。 横光利一
A 私はそれを読んでいないのでわかりません、よい機会ですので教えて下さいませんか。 B 作者の横光利一は昭和11年2月にヨーロッパにゆき、8月シベリア経由で帰国しました。その時の旅行の体験と、今一つは三重県上野中学(現、上野高校)で同窓だった哲学者の由良哲次さんの滞欧記が素材となって書かれたようです。 A 『旅愁』の主題、構想はどうですか。 B 大変大きなねらいをもっていたと考えられます。それは、日本の心と西欧文明との葛藤でした。いわば大東亜戦争まで起こしたものと同一なんです。 A 日本と西洋の両文明の対決は、近代の大問題ですが、それはどう処理されたんですか。 B 両文明を代表する神道とキリスト教、この小説ではカトリックとなっていますが、この二つの間の矛盾、対決を、内省的性格の歴史学者、矢代と、彼の愛人でカトリック信者である千鶴子との出会いとして描いております。 A 主人公の矢代はどんな経歴の人ですか。 B 矢代は、かのキリシタン大名、大友宗麟によって滅ぼされた或る九州の城主の末裔という設定になってます。この作品での圧巻は、彼が、京都で千鶴子と別れてその故郷を訪ねたところです。 A そこの描写が圧巻だとおっしゃいますけど。 B 彼は、「故郷に戻った刺戟のためか、今まで千鶴子のことを忘れていた自分を思い出して、久しぶりに純粋な感動にひたれた一日を有難く思った」んです。「こうして自然の風物が生き物に見えてくるのも、彼には不思議な故郷の気持ちだった」とあります。この故郷の自然が生き物に見えてくるという所の叙述が素晴らしく、人は神秘的だと言うでしょうね。常に私が圧巻だと思っている所なんです。それを御披露しましょう。 矢代が細い村道の辻まで来て振り帰ると、沢山並んだ峯々が姿を消している中から、たった一つ、祖先の眠る城山の峯だけが見えたんです。彼は、その様子にはっとして襟を正しました。というのは「文句なく遠い先祖が起き上り、黙って彼を見送っていてくれた姿に感じた」からでした。そこで、故郷に一泊もせず、愛人の待つ京都に急ぐ自分を、「どうもすみません。今日だけは赦して下さい」といって、帽子をとり、山の方へ向き変って鄭重にお辞儀し直した、と横光は書いています。しかも、山の高みの頭の部分に当たる所に黒松が繁っていて、見れば見る程、それは狩衣を着た姿に見えてきたし、頂上の砦へのぼっている山襞は袖付の裂け目に見えてきました。とうとう矢代はこの山の「顔と活き活きと」会話出来るようになるのです。山は申しました。「さあ、お前は行きなさい」と。矢代はこみ上がって来る感動に堪えかねて、とうとう泣いてしまいます。そうして「今が今までこの姿を忘れていた自分」に気付かされるんです。まさに故郷の自然が生き者=祖先としての形姿をもって対話できるようになる。そこのところを見事に描ききりました。そこで、先祖の城を滅ぼした大友宗麟の信じた信仰、カトリックを愛人の千鶴子も信仰していることが、あらためて問題になってきました。何か明瞭でない漠然とした不安――それは決して遠い過去の敵意の仕業ではないのですが――の新しい芽が彼の中で伸びるのを矢代は感ずるようになります。 A その不安はどう解消されるんですか。 B さあ、そこが重大なポイントですね。 京都に戻った晩、二人の舞妓の踊る舞を見ていて二人が甲と乙の異なった定律の舞でありながら老妓の唄う一本の呼吸に調和されていることを知り、「排中律と、二つを調和さすもの」を暗示的に理解するようになります。二つの信仰の調和に気付くようになるんです。 A なるほど、<争いもまた調和だ>ということに気付かされた根本は、自然を「おのずから、そうあるもの」と固定して把えず、「おのずから、そうあらしめられる」こととして把えた日本人独特の自然感のたまものと言ったらよいでしょうか。 B そう見事にまとめられると、こちらが恐縮します。全くそうなんです。ついでに、カリフォルニア大学、歴史学のリン・ホワイト教授のいったキリスト教の自然観についてあげておきましょう。 「キリスト教にとっては一本の木は物理的事実以上の何物でもなく、神聖な森という考えもキリスト教と無縁、西洋の精神とも無縁である。二千年近くもキリスト教の伝道師は神聖な森を伐り倒してきた。それは、自然に精神を前提とすれば偶像崇拝になることを恐れたからだ」(『機械と神』第五章)というのです。これに対し、日本人は『帰郷』や『旅愁』にみられたように、「自然に、精神、いな生命」を感得します。これは大変な相違だと思います。 『日本の感性』 戸田義雄著から |

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