日本の感性をよみがえらせよう

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先日の記事「昭和天皇と和歌について」の続きとして、夜久正雄氏の昭和天皇 の和歌にかんする文章から引用しました。
 
今上天皇の御歌の価値について現代の歌人はどう考えているのだろうか?

斎藤茂吉は御歌について「御発想が如何にも御自由で具体的で、従来のいはゆる御製調とも、いふべきものから著しく展開していることに瞠目した」(『天皇歌集・みやまきりしま』所載の論文より)と言い、その「展開」は「すべて、終戦後の御詠に属する」と言っている。「従来のいはゆる御製調」については、「歴代天皇の御製を拝読すると、お歌柄の上に何か一貫した特質と言ったものが感ぜられるやうに思ふ」と言い、「清純とか、おほどかとか、平明とかいふやうな抽象的な言葉を以て表現される、共通したある匂ひがあるのではあるまいか」と言う。


釈迢空・折口信夫もまた、異なる見地から同一の感じをのべている。「昭和御製と宮廷ぶりの歌」という御歌論に、まず短歌のれきしについての独自の見解を述べ、「帝王の御歌」の特質についてこう述べている。「その中、不思議な程、他と異なっているのは帝王の御歌であった。歌を読むと同時に、その組みあはされた個々の題材の関係などを了解する。その先に、いち速く来るのは、外形要素――しらべが、まづ特殊だと言ふことに気のつくことである。知識でもない、権威でもない、圧力でもない、おほどかにしてあたたかに、清くしてまどかなもの、さういふ形式要素が、何よりも強く我々に響くことに心づく。


これはおそらく、我々の持ってゐる伝統的な短歌に対する直感と言ふものが、既に綜合された感覚から出発してゐて、これが宮廷ぶりだと言ふことを、一刹那無意識に感じ、瞬間に他と判別することが出来るからであらう。だから私の話は別に神話を語り、呪詞を説いてゐるのではない。論より証拠、文学史上の証拠であり事実である。次いでは科学の裏書きが出て来るはずである」と。


また近ごろ『文藝春秋』の随筆欄に木俣修氏が、「今上陛下の御歌」と題する小論を寄せ、「歴代の天皇の御製に比べて陛下の御歌にはその人間としての御感情が何のおはからいもなくいきいきと流れていて、それぞれの御歌がわれわれの身近ににぐんぐんとせまって来るような思いがする」「自由でとどこおりのない人間的な御抒情のなかにおかすことのできない位を保たせておられる御歌風こそ、天皇ぶりの昭和の新風といってよいのではなかろうかと思う」と言う。


私自身の感想を述べると、今上天皇の御歌を読むと、自分のくるしみや悲しみがとけてゆくような感じがする。われわれがいきてゆく上には、理不尽な目にあって苦しみなやむ時もあるし、どうにもならぬ悲しみに沈むこともある。そういう時、今上天皇の、殊に戦後の御歌をよむと、その御歌には、自分の苦しみよりももっとはげしい苦しみをへてきた人の息づかいが感じられ、自分の悲しみよりももっと深い悲しみがたたへられているように感じられて、自分のくるしみや悲しみが御歌の作者の大きな悲哀と苦悩とにつつまれてしまうのである。

ここに、今の世の中をもっとも深く味わい、もっとも誠実に生きておられるお方がある、とおもうと、勇気が湧くのである。


この感じ、この感じを伝えることができれば、くどくどと理屈めいたことを書く必要はない。ぼくは、ただ、この感じをたしかめようとして、御歌を研究したのである。そして、いま、この感じは自分ひとりの感傷ではない。この感じをもたらすものは、御歌の価値である、と信ずるのである。人はこれを信仰とよんで笑うかもしれない。それはそれでいいが、そのために、御歌の芸術的価値は、変わることがないものと思う。

                         (昭和三十四年十月十五日)

 
ここで、明治天皇の御製と、昭和天皇の御製の感じの違いを味わって見るために、幾つかお二人の歌を謹載いたします。


明治天皇御製

(明治42年)
おのが身のまもり刀は天にますみおやの神のみたまなりけり 
湊川懐古(明治35年)
あた波をふせぎし人はみなと川神となりてぞ世を守るらむ
柱(明治42年)
橿原のとほつみおやの宮柱たてそめしより国はうごかず
書(明治43年)
いそのかみふるごとぶみは万代もさかゆく国のたからなりけり
歌(明治39年)
すなほにてををしきものは敷島のやまと詞のすがたなりけり
折にふれて(明治45年)
思はざることのおこりて世の中は心のやすむ時なかりけり
折にふれて(明治39年)
みちのべにわれを迎ふるくにたみのただしきすがた見るぞうれしき
 
 
昭和天皇御製


洞爺丸事故(昭和29年)
その知らせ悲しく聞きてわざはひをふせぐその道疾くとこそ祈れ
(昭和22年)
をちこちの民のまゐきてうれしくぞ宮居のうちに今日もまたあふ
戦いにやぶれし後の今もなほ民のよりきてここに草とる
雲仙嶽にて(昭和24年発表)
高原にみやまきりしま美しくむらがりさきて小鳥とぶなり
朝陽映島(昭和24年発表)
高どののうへよりみればうつくしく朝日にはゆる沖のはつしま
和倉にて(同上)
月かげはひろくさやけし雲はれし秋の今宵のうなばらの上に
8月15日那須にて(昭和天皇と30年)
夢さめて旅寝の床に十とせてふむかし思へばむねせまりくる
千鳥ヶ淵戦没者墓苑(昭和34年)
くにのためいのちささげしひとびとのことを思へばむねせまりくる
立山御歌碑(大正14年)
立山のそらにそひゆるををしさにならへとぞ思ふみ代のすかたも
河水清(大正15年)
広き野をながれゆけども最上川海に入るまでにごらざりけり
香川県大島療養所(昭和25年)
あな悲し病忘れて旗をふる人の心のいかにと思へば
船ばたに立ちて島をば見つつ思ふ病やしなふ人のいかにと
折にふれて(昭和22年)
老人をわかき田子らのたすけあひていそしむすがたたふとしとみし
 

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