|
我国最古の石鳥居、「元木の鳥居」建立されてから1000年以上と言われ、国の重要文化財に指定されています。(山形県山形市)
みずみずしい”という言葉がありますが、私たちの体内の水含有率は、新生児では80%以上、大人では60%前後で年齢とともに減っていきます。老化とは、細胞からの水分の減少といえるかも知れません。
人間に限らず、自然界にあるものすべて水がなければ「生」を保つことはできません。農耕民族の我々にとって水は最も重要なものの一つであります。
水の状況によって収獲が左右されることから、水は、私たちに大きな恵みを与えてくれるとともに、生命や財産をも奪う恐ろしい存在でもあるのです。
最近では、台風12号、15号による水害は自然の力をまざまざと見せつけられました。
それゆえ祖先は、水が集まる川に対する感謝や畏怖は、生活に直接かかわるため、信仰という形で古くから私たちに伝えられてきました。川の神様、水の神様である水神として、あるいは水神が姿をかえた竜や蛇、河童などがあり、水神の神使とされたり、神そのものとして崇めてきたのです。
日本神話には、水に関する神として以下のような神が記述されています。
罔象女神(みつはのめのかみ)は『古事記』の神産みの段において、火の神、軻遇突智(かぐつち)、を生んで陰部を火傷し苦しんでいた伊邪那美(いざなみ)がした尿から、和久産巣日神(ワクムスビ)とともに生まれたされ、『日本書紀』の第二の一書では、イザナミが死ぬ間際に埴山媛神(ハニヤマヒメ)と罔象女神を生んだとし、埴山媛神と軻遇突智(カグツチ)の間に稚産霊(ワクムスビ)が生まれたとしている。
灌漑用水の神、井戸の神として信仰され、祈雨、止雨の神得があるとされる。
闇龗神または、淤加美神(おかみのかみ)貴船神社(京都市)のほか、丹生川上神社(奈良県吉野郡)では罔象女神とともに祀られ、全国に「意加美神社」などと称する神社がああります。龗 (おかみ)は龍の古語であり、龍は水や雨を司る神として信仰されていた。 「闇」は谷間を、「高」は山の上を指す言葉である。祈雨(きう)、止雨(しう)、灌漑(かんがい)の神として信仰されています。
闇罔象神(くらみつは) 闇龗神いずれも祈雨(きう)、止雨(しう)、灌漑の神として信仰されている。
天之水分神(あめのみくまり)・国之水分神(くにのみくまり) 分水・分水嶺の神
天之久比奢母智神(あめのくひざもち)・国之久比奢母智神(くにのくひざもち) -- 瓢(ひさご)・灌漑の神
八岐大蛇(八俣大蛇、八俣遠呂智、ヤマタノオロチ) -- もとは肥河(斐伊川)の水神であったと云われています。
我々の祖先は、水・川に対する感謝や畏怖を、信仰という形で古くから私たちに伝えられてきました。川の神様、水の神様である水神として、あるいは水神が姿をかえた竜や大蛇として崇めることはその現われなのです
河川改修・治水事業が進み、ある程度は洪水からの恐怖は少なくなったものの、川が私たちに与えてくれる恩恵はもちろん、恐怖は、現在でも変わらないと考えられます。
戦後GHQの施策で核家族化が進み、山間部の人口流出が進み、山々の保水力が低下し昨今のゲリラ豪雨をかんがえれば、。水神様のような存在を自然のシンボル化と考えれば、川に感謝することや、あるいは畏怖の念を抱くことは、今の私たちが忘れてしまった、とてもたいせつなことなのではないでしょうか。
我国は海に囲まれた国です。
海辺に住む人々は、漁をし、生活の糧としてきました。
海をつかさどる神を海神(わたつみ、わだつみ、うながみ、かいじん)と言います。
「ワタ」は海の古語、「ツ」は「の」、「ミ」は神霊の意です。
日本神話では、海に関する神として以下のような神が記述されています。
大綿津見神・大海神(おおわたつみ)
海神豊玉彦(わたつみとよたまびこ)
神話の山幸彦と海幸彦の段では、火照命又は火須勢理命(海幸彦)の釣針をなくして困っていた火遠理命(山幸彦)が、塩土老翁の助言に従って綿津見大神(豊玉彦)の元を訪れ、綿津見大神の娘である豊玉姫と結婚している。二神の間の子であるウガヤフキアエズはトヨタマヒメの妹である玉依姫に育てられ、後に結婚して神日本磐余彦尊(神倭伊波礼琵古命・かむやまといわれひこ)らを生んでいる。綿津見大神の出自は書かれていないが、一般にはオオワタツミと同一神と考えられている。
底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)の総称を住吉三神といいます。
住吉大社にともに祀られている息長帯姫命(神功皇后)を含めることがある。海の神、航海の神とされています。
住吉は「すみよし」は、元は「すみのえ」と読み、住吉の「吉」は古来では「エ」と読み、、「住吉」は「スミノエ」と読んだが、平安時代の頃から「スミヨシ」と読むようになった。スミノエとは「澄んだ入り江」のことであり、澄江、清江とも書いた。古代における天皇陛下即位の際の重要な祭儀である八十嶋祭の清めの海を表しており、天皇陛下は即位すると住吉(スミノエ)の海で清めの儀式を行ったのである。住吉大社周辺の墨江や住之江という地名は、「スミノエ」の読みに漢字を当てはめたものです。
住吉三神を祀る神社は住吉神社などという社名で、日本全国に約600社あり、三韓征伐に由来する神社が多いです。
船魂は、船中にまつられる船の守護神。住吉大明神・猿田彦神・綿津見神など。春日・八幡・大日・薬師なども数え入れ十二船玉という。男女一対の人形やさいころ二個・五穀・銭一二文・女の髪などを神体とし、帆柱の受け材である筒(つつ)の下部に穴をあけて封じ込める。
亀や魚などは海神の使者であるとも考えられ、それを助けたために、海の底の宮殿へ行くことが出来たという説話が数多く伝えられています。浦島太郎の話などはその代表例です。
海の神々は命のやりとりをする漁業関係者に今もなお、広く信仰されています。
次回に続く・・・・・
|
無題
[ リスト | 詳細 ]
|
天皇陛下、皇后陛下 御尊影
天皇陛下、皇后陛下 御尊影
天皇陛下、皇后陛下動静 22日(木)(宮内庁発表分)
【午前】
天皇陛下 ポーランド、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コンゴ民主共和国に赴任する大
使が拝謁(宮城・御所)
天皇陛下 皇后陛下 各大使夫妻をご接見(御所)
【午後】
天皇陛下 皇后陛下 離任するネパール大使夫妻をご引見(御所)
秋季皇霊祭・秋季神殿祭秋季皇霊祭遥拝式 (伊勢神宮)
日本に昔からあった先祖まつり、春分と秋分の日を、中日とした七日間を彼岸といいます。
この期間に法要や墓参りをしたり、お寺では彼岸会(ひがんえ)が催されるなど、仏教の影響が色濃く感じられます。しかし、仏教思想とは解釈できない要素が含まれていて、もともと我が国固有の信仰行事が、基調をなしていることがわかります。 「日本書紀」には、「皇祖神武天皇陛下」が、「皇祖天神を祭りたまふ」とあり、天武天皇十年(682)五月十一日条に「皇祖の御魂を祭りたまふ」と記述がみえます。
従って、このような祖先祭祀の伝統が前提にあったからこそ、やがて仏教的なお彼岸会も行われるように至ったのです。
中世・近世の宮廷では、御所の一角(清涼殿のお黒土)に歴代天皇の霊牌(れいはい)や念持仏を安置して、ご命日の法要など営まれてきました。
明治維新の際、神仏分離令により、従来の歴代霊牌は、京都・東山の泉湧寺(せんにゅうじ)などへ遷されました。明治二年(1869)改めて神祇官で歴代天皇の御霊代(みたましろ)を招き祭り、明治天皇陛下の御拝礼がありました。
明治十一年六月、「春秋二季祭」を置き、「神武天皇を御正席とし、先帝まで御歴代天皇、ならびに后妃以下皇親(皇族)」も「合祭」すると定められました。
この時、春秋二季(春分・秋分)の皇霊祭が、明治六年以来の国家的な「祭日」(元始祭・神武天皇祭・孝明天皇祭・神嘗祭(かんなめさい)・新嘗祭(にいなめさい)。他に「祝日」は、新年宴会・紀元節・天長節)に付け加えられました。
それによって全国の神社などでも一斉に祭典が行われるようになりました。
さらに、明治四十一年公布の「皇室祭祀令」で皇霊祭は「大祭」と定められ、祭典の中で東遊(あずまあそぶ)(楽師の歌舞)も奉奏されることになりました。
この春分と秋分には、皇霊祭に続いて神殿祭が行われます。
その神殿には、日本国中の天神地祇(てんじんちぎ)が祀られています。
天神地祇の由緒を遡れば、記紀神話にみえる高天原(九州)から降臨された、大和朝廷と関係氏族が奉齊する天神(あまつかみ)と元来地上にいた土着氏族が奉齊する地祇(くにつかみ)から成るとみられています。
両方が長らく共存交流し、不離一体となっていますので、むしろ「八百万神」(やおろずのかみ)というほうが相応しいかもしれません。
歴代天皇陛下が古くから直接的な祖先神だけでなく、全国の神々を崇敬してこられたことは多言を必要としません。
例えば、大宝・養老の「神祇令」に「天皇即位(踐祚)したまはば、惣(すべ)て天神地祇を祀れ」と定められています。
また「延喜式」では、「宮中神」以下全国の「天神地祇」総計三千百三十二座をあげ、そのすべてが毎年二月の祈年祭には神祇官か国司の国幣に与る(あずかる)とされています。
それらは、中世・近世に衰退し、廃絶したものもありますが、明治維新の際、積極的に復興されました。
明治二年、神祇官に神殿を設けて、中央の座に宮中八神(神産日神(かんむすびかみ)〜事代主神(ことしろぬしかみ)、西の座に歴代皇霊、東の座に天地地祇を奉齊している。ついで明治四年、その三座
で春秋二季に「祈念祭」が行われることになり、翌明治五年、宮中八神と天神地祇を合祀して一座とされました。
明治二十四年、春分と秋分に行う「神殿祭」と定められ、その十年後から、新築(現存)の宮中三殿の「神殿」において「天神地祇」が祀られるようになりました。
さらに、明治四十一年公布の「皇室祭祀令」により、春分と秋分の神殿祭は、皇霊祭と同じく大祭と定められました。
このように皇室、全国の神社では、先祖の供養(くよう)をする日とされています。ところが、こうした行事の意味を知らずに、休日であるからといって結婚式を挙げたり、行楽に出かけたりする方を最近多く見受けますが、このようなことは慎まなければなりません。春・秋の中日は、氏神さまや、お墓参(はかまい)りをしてご先祖さまをお慰めし、感謝をする大切な日であることを忘れてはなりません。
古来、日本人は家族や地域の共同体の「和」を大切にし、名誉を重んじてきました。何気無い不用意な自分の行為が、家族や地域の人の和を損(そこ)なわないように、自分を律(りつ)する自制心を高めるために、常に身を修(おさ)め、家を斉(ととの)えてきたのです。
近年は個人主義の考え方が非常に強くなり、遠いご先祖から続いてきた家の意識や家族や親族の絆(きずな)の意識が希薄になってきています。その結果、自分さえよければ、他人の苦しみや痛みをまったく無視するような風潮さえ生じてきました。
経済優先・物質万能主義による現代人の生活形態は、限りある天然資源を枯渇(こかつ)させ、環境を破壊させて止どまる所がありません。 日本人は、「人もまた、自然の一部である。」という世界観(せかいかん)のもとに、自然に優しく抱かれながら、山川草木はもとより、すべての生きとし生けるものと共に、生活をしてきた民族です。 日本古来の習俗を体現され、今日に継承されておられる、皇室。 「敬神崇祖(けいしんすうそ)」のこの日に日本人としてのありかたを考えなければなりません。
日本の国は現世の人々の為にあるわけではなく、神代の昔からの祖先と、未生の子孫の為にあるのですから・・・
参考文献 所功 著
天皇の「まつりごと」
畏くも天皇陛下、皇后陛下、皇族方がいつまでもお健やかであられますよう臣民の一人として祈念いたします。
日本国民は(やまと民族)は皇室と共に
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳
皇室 彌榮 彌榮 彌榮
|
|
■1.「微量の放射能は健康に良い」
「微量の放射能は健康に良い」と聞いて、耳を疑った。いかにもイカサマ科学のように聞こえたからだ。しかし、考えてみれば、大量に摂取したら体に毒だが、微量ならかえって健康増進効果がある、という話はあちこちで聞く。 その典型例が種痘だ。かつて天然痘は40%もの高い致死率をもたらす恐ろしい伝染病だったが、イギリスの医学者エドワード・ジェンナーが、より軽度の牛痘のワクチンを接種すると、種痘にはかからないことを発見した。 微量の弱い病原体を接種することにより、体内に抗体が作られ、感染症にかかりにくくなる免疫力がつく、というのが、ワクチンの考え方である。 同様に微量の放射線を浴びると、体内の免疫力が増進して、ガンによる死亡率が大きく減少するという効果が、大規模な医学研究の結果、あきらかにされてきている。 ジェンナーの種痘法はヨーロッパ中に広まったが、医学会はそれをなかなか認めなかった。また、一般民衆も「牛痘を接種すると牛になる」などという迷信から、なかなか脱却できなかった。 ■2.ラドン温泉でガン死亡率が減る 微量の放射能がどのような影響を持つのか、簡単明瞭な例としてラドン温泉、ラジウム温泉の例がある。鳥取県の三朝温泉は、世界有数のラドン温泉である。 ウランは14回の変化を経て、最後は鉛となって安定するが、その変化のたびに放射線を出す。5回目がラジウムで、その次にラドンになる。ラドンは気体で、空中にも水中にも存在する。ラドン温泉とは、このラドンを含んだ温泉なのである。 三朝温泉地区の住民は、当然ながら温泉に入ったり、また気体のラドンを吸い込んだりして、放射線への露出度が高いわけだが、各種癌での死亡率を見ると、以下のように圧倒的に低い数値が報告されている。 以下は、それぞれの全国平均を1として、三朝温泉地区と周辺比較地域(鳥取県)の死亡率を比較したデータである。 三朝温泉 周辺比較地域(鳥取県) 全ガン 0.49 0.8 胃ガン 0.395 0.8 肺ガン 0.345 0.735 大腸ガン 0.185 0.7 周辺比較地域の人々も0.7〜0.8と全国平均より低いのは、たまに三朝温泉に入ったり、またそこから流れてくるラドンを吸っているのだろう。三朝温泉地区の住民は、そのさらに半分から3分の一という圧倒的な低レベルである。 ラドン温泉、ラジウム温泉は健康に良い、ということは我が国の先人たちは昔から体験的に知っていたのが、それを実証するデータだと言える。 ■3.福島原発の20倍もの放射線を浴びる宇宙飛行士 微量の放射能は健康に良い、という学説を最初に唱えたのは、ミズーリ大学の生命科学の教授トーマス・D・ラッキー博士だった。ラッキー博士はアメリカ航空宇宙局(NASA)から、宇宙における放射線の、宇宙飛行士への影響を調査することを依頼された。 宇宙船内では、毎時45マイクロシーベルト(μSv)の放射線を浴びる。宇宙船内で約半年間を過ごすと、19万μSvほどになる。地上で我々が浴びる自然放射線量は世界平均で年間2400μSvなので、その80倍程度である。 また福島第一原発から20〜30Kmのエリアでは8月末現在で1万μSvだから、宇宙飛行士の被曝量はその19倍ほどにあたる。 (1000μSvは1ミリシーベルトmSvに相当するが、本稿では分かり易いように、すべてμSvで統一する) しかしラッキー博士が10年以上をかけて、多くの宇宙飛行士の健康状態を調べると、宇宙に行く前よりも、行った後の方が、良くなっている、という事実が明らかになった。 ラッキー博士は、この研究成果を米国保健物理学会誌"Health Physics"(1982年12月号)に発表したが、世界の放射線学会からは黙殺された。 当時から放射線の健康への影響については、放射線はどんなに微量でも有害である、と信じられていた。これは米国の遺伝学者ハーマン・J・マラー博士が、ショウジョウバエへのX線照射実験で得られた「当てた放射線量と発生した遺伝子異常の数は比例する」という実験データによる。 過度の放射線を照射されて遺伝子変異を起こし、モンスター化したショウジョウバエの写真は、一般人にいたるまで放射能への恐怖を植え付けた。 マラー博士は、この研究によって1946年度のノーベル生理学・医学賞を受賞し、以後、世界の放射線学会はこの考えに基づいて、放射線の安全基準を設定してきた。 ラッキー博士の発見は、これらの安全基準の正当性を根底から引っ繰り返すものであったから、当時の支配的な学者たちが黙殺した理由も想像に難くない。 ■4.微量の放射線がガンを抑制する 黙殺されていたラッキー博士の発見に、スポットライトを浴びせたのが日本の電力中央研究所の服部禎男博士だった。服部博士を中心とする研究者たちの実験観察は、ラッキー博士の正しさを証明するとともに、マラー博士の誤りも明らかにしていった。 我々の体の各細胞は、活性酸素や自然放射線により、一日あたり5万〜50万回もの頻度で、DNA損傷が発生する。これに対し、数百種類の修復酵素がDNAの修復を行う。 DNA損傷を修復しきれなかった細胞は「老化」による休眠状態に入るか、ガン抑制遺伝子により「自殺」するかだが、それでも処理しきれなかった異常細胞がガン細胞として暴走し、時には人体自体を死に追い込む。 強い放射線は激しいDNAの損傷を起こし、修復機能が追いつかなくなって、各種のガンで人体を死に追いやる。しかし、微量の放射線を浴びると、活性酸素抑制酵素、DNA修復酵素、ガン抑制遺伝子などが活性化して、修復機能が増進し、ガン細胞の発生が抑えられる。 マラー博士の頃は、このDNA修復のメカニズムは発見されておらず、また博士が実験に用いたショウジョウバエのオスの精子は、もともとDNA修復力を持たない細胞だったので、微量の放射線による健康増進効果は、見過ごされてしまったのである。 ■5.広島・長崎の被曝者の調査研究 ラッキー博士と服部博士の研究から、その後、微量放射能の健康への影響が広く研究された。その重要な成果の一つに、広島、長崎の被爆者を対象に行われた様々な健康調査がある。その詳細を見る前に、ラッキー博士の総括を引用しておこう。 __________ 被爆者の両親から生まれた子供に遺伝子異常のモンスターは一人も見つかっていない。半世紀に及ぶ研究の結果、次のような点に関し統計的にみて異常と思われるような影響は見つかっていない。先天性欠陥、死産、白血病、がん、子孫の死亡率、男女割合、幼少期の成長・発達度合い、遺伝子異常、突然変異などである。 個々の調査結果を見ると、「異常と思われるような影響は見つかっていない」どころか、実際には健康増進効果が見つかっている。 たとえば広島・長崎両市で約2万μSvの被曝線量を受けた7400人の人々のガンの死亡率は、通常よりも著しく低かった。約2万μSvとは、現在の福島第一原発から20〜30Km圏内では1万μSvだから、その2倍に当たる。この水準は、まだ健康に良いレベルだということになる。 また同レベルの被曝量を浴びた母親の妊娠例5万以上では、死産、先天性異常、新生児死亡などの比率が通常の数分の一というデータも得られている。 こうした調査を行った欧米人研究者の一人は、次のようなコメントを残している。 とりわけ、この研究成果は研究に協力してくれた数多くの日本の被曝者やその子供たちを安心させることに役立てなければいけない。なぜなら、彼らの絶大な協力がなければこの研究は不可能であったし、また彼らは長年にわたり誇張されてきた遺伝子異常のリスクを喧伝されて苦しんできた被害者なのだから。 科学的な調査に基づくことなく放射能の怖さのみを訴えてきた反核派の人々は、そのプロパガンダによって、被曝者を言われなき差別で苦しめてきたのである。 ■6.微量放射能の「ワクチン」効果 さらに大規模な調査が核施設労働者を対象に行われている。8つの研究で、合計800万人年(一人10年としたら、80万人分)と、一般平均サンプル約700万人年のデータに基づいている。 これによると、5万〜10万μSv/年を浴びた各施設労働者たちのガン死亡率は、研究によってバラツキはあるものの、一般平均サンプルの10〜50%の水準となっている。 そして8つの研究のいずれにおいても、10万μSv/年程度までは、被曝量が増えるに従ってガン死亡率が減少している。 これらの大規模な観測データは、いずれも、微量の放射線が損傷したDNAを修復する能力を高め、ガンを予防する、という医学的仮説と合致している。 もちろん大量の放射能はDNAを損傷して危険だが、数万μSv/年という程度であれば、その微量の放射能が人体の免疫力を増進する「ワクチン」役を果たす、という事が確かめられつつある。 ■7.放射能に汚染した牛肉? こういう研究結果をもとに、最近の我が国における放射能騒ぎを見てみよう。 福島県の農家から出荷された肉牛から、「暫定基準値」(1キロ当たり500ベクレル)の6倍の放射性セシウムが検出されたとして、世間を騒がせた。 1キロあたり500ベクレルの放射性セシウムが検出された肉を200グラム食べると、被曝線量は1.6μSvとなるという。広島・長崎の被曝者で、健康に好影響のあったという2万μSvの1万分の1以下のレベルである。 逆に言うと、こういう肉を200グラムの1万倍、すなわち2トンほど食べると、広島・長崎の微量被曝者と同程度の被曝量となる。 2トンといえば、毎日200グラム食べても1万日、すなわち、27年かかるわけで、そんなに食べても放射能としては、健康には問題のない、あるいは好影響のありうる水準なのだ。逆に、こんなに牛肉ばかり食べていたら、肥満、動脈硬化、高血圧で早死にしてしまうだろう。 となると、そもそも、この「暫定基準値」の根拠は何なのか、ということになる。結局、これも半世紀以上前のマラー博士の研究に基づいて、「放射能は少なければ少ないほど良い」という仮説から、根拠もないままに、無理矢理低い水準を設定したものなのではないか。わざわざ「暫定」とつけている所に、そんな逃げ道が感じられる。 こんな「暫定基準値」を何倍か越したからと言って、風評被害にあう農家の方こそ良い迷惑である。無知に基づく放射能ヒステリーが、被災地をさらに苦しめている、という他はない。 ■8.中国の黄砂による放射能には、なぜ騒がないのか? かつての反核派は、アメリカの核ミサイルには大騒ぎしていたのに、ソ連や中国の核ミサイル、核実験にはなんら声を上げなかった。これをダブル・スタンダード(二重基準)と言うが、現在の放射能騒ぎにもそれが見られる。 放射線防護学の第一人者・札幌医科大学の高田純教授は、中国がウィグル地区で広島の原爆の1375発分に相当する規模の核実験を行い、100万人以上のウイグル人たちが死傷している事を訴えている。 高田教授によれば、地表核爆発によって黄砂が放射能汚染され、それが偏西風に乗って、日本にも流されてきている。教授の推定では、黄砂によって日本人の体内に蓄積された放射性ストロンチウムは2千−5千μSvに達している、という。 1.6μSvの牛肉に大騒ぎするなら、2千−5千μSvの黄砂には、その千倍以上も大騒ぎしなければならないだろう。しかし、こういう事を騒ぎ立てるマスコミはない。 世論もマスコミも、そして政府ですら、根拠のない放射能アレルギーで空騒ぎをしているようでは、「唯一の被爆国」という看板が泣くのみである。 国際派日本人養成講座 |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
福島事故後も原発支持増加 英、科学協会が世論調査「非常時こそ慌てずに行動するという精神」
ドイツに比べてイギリスはまともだね。
そもそも「誰も死んでない」んだから、安全なのは間違いない。
それよりもエネルギー政策を買い取り法案かなんかで
反日国家に依存する事の方が
より多くの死人が出る可能性が高い。
みんな歴史を忘れたのかね?
歴史に学んでいないのはバカ左翼ばかり也。
今現在、日本はかつて多数の死傷者・惨害を出した、
第二次世界大戦と同じ轍を踏もうとしている。
日本は石油・鉄鋼の輸入を止められて戦争に突入した。
エネルギーはその国の命である。
それを他国、しかも世界で一番日本が嫌いな国に依存しようとするなんて、
戦争をまたやりたいとしか考えられない。
戦争をやりたい方々は、どうぞ「脱原発」を唱えなさい。
私は戦争なんてしたくないんで、「ファイト〜原発!」
ということで、まずは「原発維持路線」でいきます。
核兵器と原発が似てるのは、まずその「廃止」に関しては
一つの理由が達成されない限りムリだということだ。
核兵器よりも安価で破壊力のある兵器が開発されれば核兵器は無くなる。
原発よりも安価でエネルギー発生効率が優る物が開発されれば原発は無くなる。
↓応援クリック,お願いします。
くつろぐブログランキング〜ニュース〜社会カテ
|
|
自国の偉人を尊敬しない不幸平成の国難を乗り超えるもの
日本の偉人、先人の生き方に学ぶ 日本政策研究センター主任研究員
岡田幹彦 自国の偉人を尊敬しない不幸
私は子供の頃から歴史好きで、最初は歴史小説から入りました。
20代の時にある言葉に出会い、大変感銘を受けました。
「古今を通じて素晴らしい人物を見逃してはならない。出来る限り素晴らしい
人物に学ぶべし。すぐれた偉人に学ぶべし。それが何よりも立派な人間を
作る。それが立派な日本人になる根本」この言葉に発奮して、今日まで四十年
間日本の歴史上の優れた人物をずっと学び続けてきました。
日本政策研究センターで歴史人物の講演をはじめて二十三年になりますが、
現在は年間百回以上行っています。その講演会の席で、時々「日本の歴史上の
人物で深く尊敬する人はいますか?」と質問します。ほとんど返事がありません。
そこで私は言います。
「日本人として生まれて尊敬する偉人を持たないことは実は日本人として
不幸なことであり、恥ずかしいことです。日本人であるということは、換言
すれば、日本の歴史上に尊敬する偉人を心に抱いているという事です。
どこの国でもそうです」
例えばアメリカは230年という歴史の浅い国ですが、アメリカ人として生まれた
以上、皆、小さい時からワシントンやリンカーンを尊敬すべき人物として徹底的に
教えられます。どの国もその国をよくするために、また立派な国民をつくるために
、必ず歴史上の偉人というものを胸に抱(いだ)かせるようにします。
しかし戦後の日本は米国の日本弱体化政策、日教組の教育により、 日本の偉人を教えて来なかった。
その結果、今日の政治家、指導者層が目もあてられないような惨状になって
しまったのです。結局彼等には日本上の尊敬する人物は一人もいない。
悲しいかな尊敬するのは海の外のマルクス、レーニン、毛沢東などです。
官さんが十月十日の辛亥革命(しんがいかくめい)百周年に首相として是非訪中
したいと言っているのは、その現れです。菅首相の魂の祖国は日本ではなく、
共産主義国家シナにあるという事です。
続く
注:こういう常識的な事をしらないと、外国人と話しても商売上の話は出来ても、
人間としての真のつながりは出来ず。信頼される人物にはなりえないという
ことでしょう。それが鳩山であり、菅であり、今の日本の現状でしょう。
はたして、野田はどうでしょうか?
日本の偉人、先人の生き方に学ぶ八十人の偉人に共通すること
私が講演会でお話しするわが国の偉人は、今日までに八十人を越えましたが、
ある時、偉人達に共通するものがあることに気づきました。
一つは、深い尊皇愛国の心の持ち主であるということ。敬神、純忠、至誠の 心の持ち主であり、世のため人のため、国家のために自己を献げて
生きた人達でした。
二つは、彼等はことごとく人生において筆舌に尽しがたい艱難辛苦 (かんなんしんく) に出会い、大きな挫折、失敗を経験していること。
例外なく逆境試練を経ているということです。
三つ目は、大変な逆境にも負けることなく、生涯、不撓不屈の求道、修養、努力を 貫き、世のため、人のためになる仕事を遂行したことです。たとえ最期
が悲惨な死であったとしてもです。
現在の政治家をはじめ各界の指導者と歴史上の偉人とを比べて何が違うかと いうと、現在の指導者にはこの三点が不足ないし欠けています。最も大切な
皇室を尊敬し、国を愛するという根本の心構えがありません。
それから、艱難辛苦の苦労があまりにも足りない。お母さんに莫大な子供手当を 貰っていた政治家もいるくらいです。
特に歴史上の偉人達はもうそのくらいにしてくれと言いたいくらい大変な目に 会っています。例えば二宮金次郎。田畑の流失、両親の死亡、桜町での辛苦など
、よくもこんなに災難が次々と降りかかるなと思うぐらいの運命ですが、
彼が大偉人になり得たのは、まさにあの艱難辛苦があったからです。
こうした偉人の壮絶な生き方や、日本の国を守り抜いてくれた先人の血と汗と 涙の生涯を学ぶと、やはり同じ日本人であれば必ず感動、感激、感泣します。
この感激、感動の心が大切であり、私達の生きる力となります。
「好きこそものの上手なれ」という言葉があります、歴史上に好きな人物を持つと、 その人の真似をしたくなります。自分はこのような立派な人間になりたい、その
人を手本、鏡として、こういう人間になりたい、こういう立派な日本人になりたいと
思うようになります。そこに歴史を学ぶ意義があります。
注: 「山本五十六は果たして英雄か!」
今日、新聞に山本五十六の映画の広告があったが、彼は果たして英雄で
あったのか、この頃疑問に思うのである。彼の事は映画を見たくらいだが、
戦後有名な人物はほとんど左翼が作り上げた人物像であり、それから推察
すると疑問が出てくるのである。彼は真珠湾も、ミッドウエイ攻撃も日本に
いたのである。ロシアのバルチック艦隊を撃滅した、東郷平八郎は戦艦
三笠の艦橋の砲弾の中で指揮していたのである。前線に出るのが必ずしも
正しいとは、思わないが、彼は、ただ反対しただけの、戦後の左翼の作り
あげた英雄か!誰か知っている方あるなら教えて欲しいものである。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



