日本の感性をよみがえらせよう

PC不調と、私事雑用多忙のため停止させて頂きます。

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           福島にあるもう一つの原発  

 御来訪感謝申し上げます。

 昨日の記事で取り上げた福島第二原発について、「知らなかった」というコメントをたくさん頂戴しました。ほとんど大きなトラブルがなかったのと恣意的な世論誘導により、報道でもあまり出てきませんから、遠方の方は知らないのが当たり前なのかもしれません。
 おそらく反原発派の連中は知っていても知らんぷりしているはずです。大震災+大津波でも無事だった原発が福島にあるのは、それこそ「不都合な真実」だからです。
 昨日も申し上げたように、こういう事実を地元福島県民は皆分かっているから、手のひらを返したように脱原発に転向するはずもなく、また唐突に湧いて出てきた菅総理が公式に発表した「脱原発依存」論に対しては反発を覚えるばかりなのです。
 県民は「今、それを言っている時か?それより目の前にやらなくてはならないことが山積みだろが!!」と言いたくなるのです。
 いつも申し上げるように「政治とは結果を出してナンボ」であります。未来の話は結果を出してから言ってもらいたいのですが、往々にして無能者は目の前の結果を出せないから未来を語ることで逃げようとするものです。
 一番分かりやすい例え話としては、目の前に抱える膨大な借金から目を逸らして、金持ちになった未来を夢想するようなものです。

 地元紙に県民の怒りと想いを見事に代弁している論説が載っていたので、転載させていだきます。


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 【首相の脱原発論】目の前の問題解決が先 (7月20日)  
 紆[う]余[よ]曲折しながらも福島原発は最悪の大爆発を免れられそうな雲行きとなってきた。まだ気を許すには程遠いが、われわれはこれから現実を正確に見詰める目を養わなければいけない。
 この夏をどう乗り切り、年末までにはどのような期待が持て、来年はどういう生活ができるのか。3年後、5年後などと将来も描きながら、今をどうするか。あらためて真実を見詰める必要があると思うからだ。
 例えば、もはや全く信用を失った菅直人首相が「脱原発依存の社会にしたい」と個人の感想を言うことよりも、細野豪志原発事故担当相が「放射能汚染された土で大変なところは国が、自分たちでできそうなところは地元がやるようにして、年末までにはできるだけ家に戻れるように努力する」といったことの方が100倍も重要だという意味だ。
 原発事故で避難している県民にとっては、家に戻り、生活できる事実が大事である。
 第一歩は汚染された土壌の浄化である。そのめどを担当大臣が具体的に示したのだから、よしありがたやと、早速県内の詳細地図を色分けしてどこを国が、どこを県が、どこを市町村がと区分けして、誰がどこに運んで最終的に処理するかの案を作り、月内にも細野大臣に提出せねばなるまい。その上で県を挙げて毎日せっついていくことだ。
 世間は勝手に良きことのように騒いでいる脱原発依存など、今この時点では空理空論だ。日本中の住民誰でもその程度の個人的感想は持っている。ばかばかしい。
 首相は感想を述べるのでなく、選択して決めるのが役目だ。実現するのが仕事だ。今この雰囲気の中で、日本中が大迷惑しているのを踏み越えて将来を見通し、いや「原発は重要だからあくまでも推進すべく大々的なシステム転換をしていく」とでも言うなら、えらいもんだが、「危ないからやりたくない」では話にもならない。
 そもそも直接大被害を受けている地元住民の困惑を解消できずに、一番の実行責任者である首相がこれからは自然エネルギーだなどと人前ではしゃぐとは何事か。
 予想外の遠方の稲わらに放射性セシウムが付いていた問題は食品の安全に根っこから疑惑を生んだ。汚染土の処理と表裏一体の巨大な問題だ。1〜4号機を本当に安定的に冷温停止して、汚染水の海への漏えいを完全防止し、発電所敷地内の汚染がれきを処理し、さらに5、6号機をどうするのか、福島第二原発をどうするのか、浪江・小高地区の原発計画をどうするのか。課題はまだまだ山ほど残っている。それらは全てが巨大事業であり、福島県再建の成否に直結している。
 これらの大仕事は20年も30年もかかる。通常運転の原発より人手も資金も知恵もはるかにたくさん必要とする。
 脱原発依存の空論など何の解決策でもないのだ。
(【福島民報】菊池哲郎の世相診断:前毎日新聞社主筆、福島市出身)

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 敬天があえて申し上げるコメントはありません。
 ただ、ご来訪の皆様にお願いしたいのは、福島には同じように大災害に遭いながら大きなトラブルに至らず、無事に安全停止した福島第二原発が存在することを知っていて欲しいのです。
 つまり福島第一原発事故は「想定外」の大津波のせいとは真っ赤な大嘘で、完全に東電と政府と原子力委員会による人災だったということなのです。
 政府の言う「想定外」だったら、福島第二も同じようになっていたはずです。
 ということは、福島第一の安全管理対策が想定外に不備だったというだけの話なのです。


 未来のない菅が未来を語るのは悪い冗談だぞ!!

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転載元転載元: 新“敬天愛人”のブログ

脱原発と一国平和主義


            東アジアの原発マップ  

 御来訪感謝申し上げます。

 今日は不肖敬天愛人が原発事故の後遺症に苦しむ福島県に住みながら、なぜ“脱原発論”に与しないのかについて書かせていただきます。
 理由としては大きく分けて2つあります。
 一つ目の理由として、下記の引用記事で指摘しているように経済的側面、国のエネルギー政策としての側面、冒頭の参考マップで示されている「現実に中韓の原発に囲まれている日本」という地勢上の理由等の現実、つまり、この現実を無視しての「脱原発論」など、左翼お得意のお花畑脳の「非武装中立論」と同質の空想ファンタジーでしかないと考えるからです。


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 【正論】評論家・屋山太郎 最高の原子炉開発し世界に売れ
2011.7.21 03:07 MSN産経ニュース
 菅直人首相が7月13日に突然、記者会見を求めて「将来的に原発に依存しない社会を目指す」と明言した。この首相発言は、福島第1原発事故に驚愕(きょうがく)している国民の受けを狙ったものに違いない。支持率が10%台まで落ちた首相が、起死回生の策と信じて打ち出したものだろう。しかし、国家の浮沈にかかわるこのような問題を首相が一存で発表すること自体、正気の沙汰ではない。果たして、翌日の閣僚懇談会では閣僚から強く文句をつけられ、首相は「私個人の考え」と釈明したという。

 ◆脱原発で日本企業生き残れず
 首相の言う「脱原発」に国民は大きく心を動かされたろう。20〜30年がかりで原発を廃止に持っていく。その間に風力、太陽光、地熱、石炭・石油火力発電を充実させるといえば、一見可能と錯覚させるが、果たしてそうか。
 北欧の風力発電を見学に行ったことがあるが、洋々たる大地が広がり、そこに穏やかな偏西風が常時吹いている。見た瞬間、「台風常襲国の日本では無理だ」と実感したものである。太陽光発電パネルも良いが、孫正義氏によると、全国の休耕田に設置するという。休耕田を全部潰すつもりなのか。田畑はパネルなどよりも、もっと貴重な農業用財産なのだ。
 いずれにせよ、再生エネルギーが仮にものになるにしても、ここ何十年かはコストの高い電力になる。現在、韓国の電気料金は日本の4割で、法人税も日本の40%に対して24%である。日本の企業が国際競争で生き残れなくなり、海外に出ていけば、日本人は高い電気料金を払えなくなるだろう。
 戦時中に米軍機の空襲で夜毎(よごと)、灯火管制を余儀なくされた。いま「でんき予報」を聞かされるたびに、灯火管制の不愉快さを思い出す。当時は、いつか戦争が終われば、明るい電気の下で家族そろってご飯が食べられると我慢できたが、今回の「でんき予報」には永久に続く恐怖感、不快感を覚える。国全体をこんな縮み志向に陥れて繁栄するわけがない。

 ◆ドイツの選択は駝鳥の平和
 地球を守るために全世界が一体となって原子力発電を止めようというなら話は別だが、地球のエコのためには原発がいいという国もある。世界は原発設置派と脱原発派で二分されている。フランスは全電力の80%を原子炉で生み出し近隣諸国に売電もしている。隣のドイツ、イタリア、スイスは福島の事故を見て脱原発を決めたが、実は、フランスの原発で生まれた電気を買っている。この夏、フランスに行ったが、フランス人は笑っていた。原発は事故の危険があるから造らないと、ドイツ人は言っているが、われわれの原発はドイツとの国境近くに並んでいる。原子炉さえなければ安全だと思うのは、駝鳥(だちょう)の平和だ、と。
 英国は1970年代に設置した原子炉の寿命が来て建て替え期に入っている。福島の事故は英国にも衝撃を与えたが、英政府は「大地震や大津波の心配はなく、建造中の新原子炉の安全性は福島の旧式のものより進歩している」と判断、新設計画を進めている。石炭火力発電所を欧州連合(EU)の環境規制で2015年までに閉鎖せざるを得ない事情もある。
 中国は原発建設方針を変えていない。中国で事故があれば日本は黄砂被害どころではない。
 世界の原発設置派と脱原発派が調和する方法がひとつある。どの国のどこの原発も事故が起こらないものにすることである。

 ◆福島の事故はミスによる人災
 福島の事故を考えてみると、これはどうみても人災としかいえない。第一に、貞観地震による14〜15メートルの津波の記録を無視して建てられた。交流電源喪失でも大丈夫だという原子力安全・保安院の指針も大間違いだった。なぜ、こんな初歩的ミスを犯したのか憤りを覚えるが、その背景が事故後に露(あら)わになってきた。東京電力とそれを規制する経済産業省、監督する同省の保安院が天下りを通じてずぶずぶの関係になっていたのだ。さらに、東電から流れる研究費という名のカネによって、学者までが一体となり、「原子力ムラ」を形成し、安全神話を広めてきた。これを可能にしたのは、地域独占という電力会社の体質だ。
 東電の官僚体質はかつての国鉄と運輸省の関係そっくりだ。国鉄は毎年2兆円の国費を食っていたが、分割民営されてJRになってからは補助金なしで、逆に7000億円の税金を納めるようになった。福島の事故は東電の官僚体質がもたらした人災と断じてよい。東電はすべからく破産させ、発送電分離を進めるべきだ。東京を除き、各ブロックの経済団体会長は電力会社トップで占められている。親方日の丸の会社が経済団体の長を務めることは、経済活動の活性化を損なうと知るべきだ。
 さて、日本は原発をどうすべきか。日本の技術力を結集して、世界最高の原子炉を開発することである。地震にも津波にも耐え、事故も起きない炉をつくり、世界の原子炉を日本製にすることを目指せ。これは夢物語ではない。日本にしかできない業だろう。(ややま たろう)

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 投稿文字数の制限がありますので、上記引用についてのコメントは以下の敬天の(脱原発論に与しない)二つ目の理由の説明で換えさせていただきます。
 
 なぜかマスコミも反原発派も意識的に避けているとしか思えないのですが・・・
 ・・・福島第一、フクシマダイイチと盛んに叫ばれていますが、「第一」というからには第一以外にも原発施設があるということです。
 そうです。福島県内には東電の原発施設はもう一つあります。第一原発のある大熊町から南にわずか7kmしか離れていない、Jヴィレッジのある楢葉町において第一から遅れること11年後に稼働を開始した福島第二原発です。共に太平洋沿岸部に立地しており、3.11大震災でも全く同じ条件で震災津波の被害に遭いました。
 しかし、第二原発の方は震災発生4日後には完全冷温停止状態となり、大事に至ることもなくそのままの状態を保って現在に至っています。
 この第一と第二の天と地ほど違う結果が、第一の事故が何よりも人災であったことを裏付けるものです。この二つの原発施設の違いについて4月6日の朝日新聞が以下のように報じています。

東電の柏崎刈羽原発(新潟県)がこの結果を分析した資料や東電関係者の話によると、津波による設備の損傷の違いは、(1)原子炉の非常用ディーゼル発電機と変圧器などの電源装置(2)原子炉の残留熱を除去するための海水をくみ上げるポンプ――に現れた。
 (1)では、タービン建屋などにある福島第一の発電機が冠水し、6号機の1系統を除き使用不能。原子炉建屋内の福島第二では、1号機の原子炉建屋が浸水したものの、機能が維持された。
 (2)では、設備がほぼむき出しの状態で置かれた福島第一のポンプがすべて運転不能になった。一方、ポンプ用の建屋内に置かれた福島第二では、1、2、4号機のポンプが運転不能となったものの、3号機は機能が保たれ、原子炉を冷却することが可能だった。

 この説明を図表でも解りやすく解説していますので、ぜひ( http://www.asahi.com/national/update/0405/TKY201104050625.html)をクリックして本記事をご覧ください。

 つまり、非常用発電装置や電源装置を第一はタービン建屋に、第二は原子炉建屋。
 冷却用ポンプは第一がむき出しの状態で設置、第二は専用建屋に設置。
 簡単にいえば第一と第二の違いは、完全に管理不行き届きそのものだったということです。あれだけの大地震と大津波にもかかわらず、事無きを得た第二はきちんと非常用設備が保全される環境に管理されていた、という安全管理としては至極当たり前のことがなされていただけなのです。逆に、その当たり前の管理を怠った第一が今に至る悲劇を生んでいるのです。
 未曾有の大災害でも安全を守った第二を考えれば、屋山さんが言っている「世界最高の原子炉施設」はほぼ達成されているのです。そして明らかに事故原因も特定されているのです。
 この現実を決してマスコミも何故か政府関係者も原子力関係者もほとんど触れようとしません。
 敬天だって、第二の方までやられていたら、多分今頃は立派な脱原発派になっていたでしょう。でも、第二の存在(宮城県の東北電力女川原発も然り)があるから日本の原発技術力を信じることが出来るのです。

 この福島第二原発の現実(=事例)をスルーしたままで原発=危険という論理は、軍隊=侵略や、非現実的な「一国平和主義」に通ずる反日左翼のプロパガンダと全く同じ臭いを感じるだけなのです。

 残念なことに県内の著名保守活動家や全国的に高名な保守論客でさえも、第一の事故後簡単に脱原発派に転向してしまいました。そして、彼らも第一の悲劇は語りますが、第二の功績は語ろうとしません。これでは誰か(反日勢力)を喜ばせるだけではないのかと言いたいのです。


  お花畑な日本を尻目に、現実主義者のシナ中共は新興国への原発輸出計画を着々と進めているぞ!!

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転載元転載元: 新“敬天愛人”のブログ

さくらの花びら様の「日本人よ、誇りを持とう」からの転載です。福地先生が民主党を国家解体思想と言っておられますが、鳩山前総理の時の重要演説の草案執筆者とされる劇作家の平田オリザ前内閣官房参与は、ハッキリと、「21世紀は国家解体を目指す100年」だと言っていました。
急激にやっては民衆が反発するので、そこをうまく選挙に負けない程度にいかにうまくやるか、というのが僕の仕事だと言う発言をなんとかシンポジウムで当時の
松井孝治官房副長官との対談の中で言っていました。
要するに、うまいこと言って民衆を騙して、国家解体を目指すってことです。
まさにマニフェスト詐欺で、本当は外国人参政権や、人権擁護法案や、夫婦別姓などで、外国人の人権を強くし、日本人の人権を抑え、国家の最小単位である家族をなるべく個人にまでバラバラにして崩壊し易くするというのが一番の狙いと言うことです。
もともとそういう政党だから、震災復興にも本気も誠意も出せないのです。


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             (平成7年に訪朝し北朝鮮からプレゼントを受け取った菅直人)
 
 
以前、福地惇先生に、
「福地先生の書いたものをブログ記事に載せたいのですが」
に対して、今回連絡を戴き許可を頂きました。
 
歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長である福地惇先生の
貴重な小論文を数回に分けてご紹介したいと思います。
 
まずは「日本民族の危機と民主党の正体」です。
この小論文は今年1月のものですが、多くの国民に警鐘を鳴らしているものです。
歴史を知悉した先生からみた民主党の正体はここに尽きると思います。
 
今回のこの記事は福地先生と日本戦略研究フォーラム様の許可を得て掲載させて頂きました。
福地先生からは「多くの同志に読んで貰いたいと思っています」とのお言葉を賜りました。
・・・・・・
 
 
日本民族の危機と民主党の正体
 
                                                                          高知大学名誉教授 福地 惇
 
1.  日本民族の命運が懸かる次なる総選挙
 
一昨年の総選挙で民主党が自民党に圧勝して政権担当して13カ月が経った。
その間、鳩山、菅と愚劣首相が続く民主党政権が国権衰弱化、国益毀損、政治腐敗温存、
公約不履行を重ねても恬として恥じない無責任政府であって統治能力劣悪であることは、今や誰の目にも明らかである。
民主党政権とその支持者らは、外圧の想定外の高まりを国政運営の困難性の理由にするが、それは本末転倒の言い逃れである。
政権担当の暁には、日本は無責任政党政権による無防備国家になるという類いの重大なサインを諸外国に発信続けて、侵略して下さい、馬鹿にして下さい、と依頼したに等しい愚考を重ねたのは民主党である。
自らの愚行が招いた外圧に対して、拙劣極まる屈辱外交だから事態は一層深刻化したのだ。従って菅首相は言い訳などせずに国権と国益を損ねた重大な失政の責任を取るべきだが、
政権にしがみつこうと見苦しい算段をしている
世相が如何に紊乱していようとも、それは流石に無理な話であって、解散・総選挙は目睫の間であろう。
我々は、次なる総選挙で民族・国家・社会の命運をかけた重大な選択を迫られそうだが、それに応える見識と力量をもった政党が見当たらない自民党が復権するとしても、長期政権担当期に犯した諸々の失策への深い反省を疎かにして、単に民主党の無能力非難だけでは、同じ穴の狢の交代に過ぎないのだ。現代日本の政治状況が内包する弱点は、長期政権が積み重ねたものだからである。
自民党は、今や勇気をもって厳しく自己批判した上で、真の国家再建、国政改革への道を切り開く勇気を出さなくてはならない。
 
 
2.  巨大左翼メディアと民主党幹部の思想の相似性
 
良識ある国民は周知だが、世論を創出するのは有力な報道機関である。
民主党政権は、左翼メディアの有難い後押しが功を奏して登場したのだ。
先述した重要なサインとは、民主党のマニフェストやインデックスに表明される歴史蔑視と国家軽視の諸政策案のことである。
それを理想論であるかの如くに訴えた民主党幹部の詐欺的宣伝や左翼メディアの政権交代必要論の喧伝のことである。その要点は2項目に絞れる。
1つは、主権国家の軽視と人権擁護の強調である。
「友愛精神」で国境を越える発想の根底には、国家解体の思惑がある。従って、日米同盟と国家安全保障上の軍事基地問題への無見識。日本固有の領土が侵犯されても毅然と対処できずに腰砕け。
また、在日外国人参政権付与や移民大量導入や子供手当に託(かこつ)けて尊い血税を外国人に貢ぐが如き愚策や朝鮮学校までも無償化対象にとの国権侵害の政策。こうして、善良な国民を愚弄する。
これを危険視して批判する者には「偏狭なナショナリズム」との常套句で非難して、愛国心を罵倒する。
これぞ正に国家解体思想がこの政党の本質である紛れもない証拠である
2つは、祖国の歴史や宗教・慣習・伝統の蔑視である。
日本は土俗的な神道思想のもと、邪悪な侵略戦争をした戦争犯罪国家だと敵国が日本民族弱体化の目的で創作した政治的歴史観が、彼らの脳髄を浸潤している。
だから、戦争犯罪人たるA級戦犯を合祀する靖国神社に首相・閣僚が参拝するのは「犯罪」に等しい行為だと考える。従って「国家追悼施設建立」政策に固執する。
祖国防衛に雄々しく殉じた英霊は、愚かで頓馬な子孫によって最大の侮辱と恥辱を浴びせられる。
日本民族の魂は腐敗堕落の極致に貶められ、国民の団結心は分裂し、国家は自滅する。
喜ぶのは歴史と国家を呪詛する左翼と敵性国家だ嗚呼
 
 
3.  左翼思想に麻痺させられる国民の危機感
 
一昨年の総選挙の4か月前、民主党代表鳩山由紀夫は、「日本列島は日本人だけの所有物ではないのです」、日本人は度量が狭く、この弱点が真の発展を妨げているとの奇説を自信満々で力説した。当然心ある国民の多くを大変驚かせ、物議を醸し出した。
だが、鳩山は、自分の政治信条である友愛精神に基づく正説であると記者会見で強弁した。
政権が掌握出来れば「外国人地方参政権付与」を実現したいための講釈だと言った。
同じ頃、「国家というものがわからないのです」ともホザいて、似非政治家ぶりを遺憾なく露呈した。
それなのに、国政政治家失格者の発言を本来は厳しく批判すべき立場にある有力メディアは、「政権交代」があれば政治はよくなる、自民党は賞味期限切れだ、との根拠薄弱な民心誘導情報を発信し続けて、民主党人気を煽り、政権交代ムードを醸成した。そして雪崩現象的議席逆転に至った。
ここに認められる真の大問題は、世論や世情に容易に左右されて将来の祖国の命運や自らの運命に無頓着な判断力低劣な圧倒的多数の国民大衆が、長い間の左翼偏向の戦後教育とメディアの世論形成で育てられたという事実である
民主党幹部と左翼メディアの政治思想は同根である。この勢力が、日本民族衰亡化工作の先兵を務めていて、敵性国家と隠微に通牒している。
民主党政権誕生直後に大使節団を率いて北京に入った幹事長小沢一郎がシナ共産党要人らに「シナ人民解放軍の一軍司令官として日本解体に尽力している」と追従した事実は重大な証拠だ。「民主党」なる名称や、「友愛」「東アジア共同体構想」「生活第一」「人権尊重」「二大政党制」等々という抽象的美辞麗句でくらまそうとするが、根底には国家を呪詛する左翼思想が秘匿されている。
ずるずるとこのまま安易に時を過ごしていては、日本民族と国家の命運は間もなく尽きるという危機感を我々は持つべきである。今や日本民族は国家危機の真っただ中なのだ。
 
 
4.  祖国の自主独立を回復する方策は如何?
 
ここで、共産主義や社会主義などの左翼思想の要諦を指摘しよう。
君主制廃滅、国家解体、国境解消、愛国心抹殺、婚姻制度廃止、家族解体で子供の社会的育成、総ての宗教の廃止、そして一極世界政府による諸民族の隷従支配である。
ソ連はその実験例だった。
民主党員やその同調者が、自分はそんな思想は持っていないと反駁するとすれば、その人は自己欺瞞の空け者(ルービー)と言うべきだ。
共産党や社民党は、自分の思想をあまり隠さない。これに対して民主党は美辞麗句で本音をくらまそうと繕う。しかし、彼のマニフェストとインデックスには共産主義者や国際主義者の発案になる諸政策論が詰め込まれている。つまり、民主党の正体は左翼である
なお、現在の自民党幹部や党員・同調者にも相当に似た体質が認められる事態は、実に残念で忌々しいことである。
現今の政治状況は、一朝一夕に形成されたのではない。連合国軍最高司令官下賜の現憲法は、日本民族衰滅への橋頭保である。この体制下の政権に民族衰滅化の麻酔薬を注入する司令塔は、国際連合であり、米国政府部内の左翼勢力であるシナ、ロシア、朝鮮にだけ気を取られていては国際政治の中の日本は見えなくなる。現憲法体制こそは反日左翼の温床だ。
国権回復を目指す自主憲法制定以外に民族危機打開の方策は見当たらない。
(日本戦略研究フォーラム季報掲載より)
・・・・・・
 
 
まさに、民主党の正体ここにありです。
福地先生は私に感想を求められましたが「その通り」と言うだけで実に的を衝いた論文であります。
この小論文は今年1月でありますが、7月の今も状況は変わらないどころか、
民主党とメディアの正体は福地先生のご指摘通りの状況となっています。
 
1月以後の出来事としては、我が国未曾有の国難でもある東日本大震災。
その後、民主政権による原発事故への国会答弁がくるくる変わる自己保身の対応や、
国が真っ先にすべき被災地への復興の遅れ、その見通しのなさ。
必要のないボランティア大臣をつくり、民主党地震対策本部副本部長が被災地をよそにフィリピンでゴルフをしていたり、復興大臣の心ない言葉と態度が被災者を傷つけ、そして権力にしがみつく首相の被災地を横目にして日々豪勢な食事会・・・・・
国としてやるべきことをやらずに、やらなくていいことをやるちぐはぐさ、閣僚もバラバラだ。
メディアが今も報じない菅はじめ民主党議員と拉致実行犯容疑者長男や
市民の党の関係団体などへの多額の献金問題、さらにその裏に隠された闇。
このことを国会で自民党議員が追求しても民主党議員は片手うちわでニヤニヤしたり、
問題をはぐらかす野次ばかりだ。
福地先生はいみじくも指摘されています。
民主党幹部と左翼メディアの政治思想は同根である。
この勢力が、日本民族衰亡化工作の先兵を務めていて、敵性国家と隠微に通牒している。
今回のこの事件はまさにこれであります。
 
敵性国家に繋がっている民主党という左翼政権に牛耳られた日本。
そこを隠して国民を愚民化するメディア。
政治が頼りない、国民が気付かない。
日本はこのままでよいのか?
歴史は繰り返すといいます。
日本は明治維新、そして敗戦によって大きく変わってきましたが、
そこには多くの犠牲が生じました。
今、日本が変わるには維新や戦争に匹敵することが必要かもしれない。
それは、いよいよ敵性国家が日本に侵攻した時、かもしれない。
いや、平和に馴らされた日本人は自分の生活が拘束され不自由になった時にしか
気付かないのかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 1
 
 山谷えり子女史ならやってくれると思っていましたが、今日の質問も歴史に残る神質問でしたね!
 
 本当は、午前中の「菅在日献金問題で返金した時の領収書を出すと約束していたが、今日持ってきたのか?」の質問も動画を載せたかったんですが長くなるので断念しました。興味のある方はYouTubeにあるのでご覧になってください。この質問だけで午前中の質疑が紛糾し休会になったほどでした。
 
 
 菅は言を左右にして領収書の提出を拒否しましたが、語るに落ちたとはこのこと。おそらくそんな領収書は無いかあっても日付が違って虚偽答弁がばれるのが怖いのでしょう。ほんとうに人間の屑だと思います。公民権停止確定ですね。本当は外患誘致罪で死刑にしたいくらいですが…。
 
 
 それにしても山谷さんは凄い!拉致被害家族会事務局長の増本照明さんを参考人として呼んできたのは正解でした。民主党の薄汚い連中は増本さんの魂の訴えをどのような気持ちで聞いていたんでしょうか?
 
 彼は怒りを抑えながら冷静に語っていましたよ。本当は腸が煮えくりかえる気持ちだったでしょう。
 
 
 山谷さんの質問は、今までの自民党議員の追求のうちでも最大級のものでした。在日献金、民主党拉致関連団体献金問題、北朝鮮との闇、民主党の国家意識、国旗国歌問題、皇室に対する不敬行為等々、我々が追及してほしいと思われる問題をストレートにぶつけていました。さすが拉致議連副会長!今回の事相当怒っていらっしゃったんですね!!!
 
 日本人ならぜひ見てほしい動画だと思います。
 
 
 そして同時にこれはマスゴミ(特にテレビ)にたいする踏み絵になると思います。これをまともに報じないところは確実に北朝鮮と繋がっている拉致支援団体、いいかえればテロ支援団体と断じて間違いないでしょう。
 
 
 
 
 この動画を拡散する事は日本人の使命です。売国勢力に日本人の怒りを思い知らせてやりましょう!!!
 
 
 
 
 
 
 

転載元転載元: 鳳山雑記帳

引用開始

民衆が無制限の自由を与えられた結果は?

占領憲法は、民衆に“無制限の表現の自由”を与えることによって、権力機構が民衆をある秩序の下に規制しようとする場合に、これに民衆が反抗するように作られている。そしてその権力機構の権力の行使者は“政府”であるから、そして「“政府”がやる」事を「“国”がやる」というふうに国民が考えるように、憲法の条文は書いているから、結局、この憲法を根拠として、国民が国(又は政府)をつぶすように起ち上がるように規定されているのである。だから私はこの占領憲法を“革命準備憲法”だというのである。大体人間は、「何物からも支配されたくない。支配されるのは奴隷になることだ。奴隷になるのは嫌だ」というような共通的な本能をもっている。この自由を欲する本能を極端に煽動鼓舞したら、国家の秩序というものは破壊されてしまう。何故なら国家というものは“生命体”であり、“生命体”は人体がそれであるように完全な秩序によってその健康が保たれているのであるからである。国家が秩序を保とうとするのは国家自身の防衛本能である。しかも国民が国民でなくなり、単なる民衆となってしまって、ひとりひとりの本能の自由を完全に無制限に実行するということになれば、国家そのものが破壊するということになるのは当然のことなのである。そこで国家が、自己保存の本能から、民衆の自由をある程度制限しようとする。すると、「政府(国側)は憲法違反だ」ということになり、国民と国側が互いに原告と被告となって法廷闘争をやることになる。そしてこの憲法では“三権分立”になっていて、司法権は国に対してさえも独自の判決を下すことが出来ることになっている。ところが、戦後の反国家的・日教組の教育を受けて、現在四十歳前後になって中堅幹部級の裁判官になっている“青法協”の会員の如き裁判官が、国側の敗訴になるように判決を下すのである。こうして国家はだんだん論理的に内部崩壊を来たして、中から滅びるように工夫されているのが、この現行占領憲法なのである。

 

セックスが完全に自由化されたら

三島由紀夫氏は国民に無制限な自由を与えるならば、どんな政治体制でも崩壊してしまうということを早稲田大学尚史会での講話の中で、次のように述べているのである。

『十八世紀のマルキ・ド・サドをお読みの方はよくお分かりと思いますが、人間というものは人間性の中に自然を持っている。我々は大体社会的なルールに従って行動しているのですけれども、もし人間の中の自然、人間の中の野性というものを解放したならば、何が起こるかわからない。サドはそれを非常によく知っていたわけであります。ですからフランス革命が自由平等ということをいくら唱えましても、サドは人間理性というものの裏の、側面をよく知っていた。であるから、人間性を完全に解放したらどういう社会ができるか、もちろん現社会体制は破壊される。その破壊される彼方に何があるかということをサドは予見していたように思うのであります。一例は、もしセックスの完全な自由ということが許されるとすれば、強姦、輪姦くらいで済むならいいが、快楽殺人というものがあって、どうしても人を殺してしまわなければ満足しない人だっているに違いない。そういう人もセックスの権利を自由に許したならば、快楽殺人が横行することになって、殺人も許される。一つの社会が殺人を許し、何を許すということになれば、どんな政治体制でも崩壊してしまう。……』

三島由紀夫氏は、極端な完全自由ということが許されると、快楽殺人が横行することになって、どんな政治体制でも崩壊するということを言っているのであるが、事実は、現在の占領憲法下に於いてはセックスの自由を公許(第二十四条)することによって快楽殺人が許されているのである。即ち性的快楽を味わうために、誰とでも両性さえ合意すれば結合する――それが基本人権であって、その結果、妊娠した子供は、現行の優生保護法では自由に殺して堕してもよいということになっている。これは性的快楽の続きとして生じた子供を殺すのですから、たしかに快楽殺人であって、それが現に日本では公許されている。こんな国家が永続するはずが、道徳的にあり得ないと思うから、私はどうしてもこのような国家破壊の根因をなす占領憲法の無効宣言と、優生保護法の改正を一日も早くして、堕胎のような悪業を犯さないようにしなければならないと切に思うのである。

 

中略

天皇は軍に対して栄誉大権をおもちにならねばならぬ

天皇制が共産政権に利用されたら大へんなことになる。三島由紀夫氏は、現行の憲法ではそのおそれが多分にあることを考えたのである。それは氏の最後のときの“檄”の中に表現されているように、建軍の本義が現行の憲法では失われているのである。自衛隊は、無論、一種の軍であるが、その軍は政府に属する軍であるから、もし共産政権が日本に成立したら、それは、日本なる“伝統と歴史とを保持する国”を破壊する赤軍となるのである。それ故に、それを防ぐためには軍の統帥権は天皇がおもちにならねばならない。そこで現行憲法下に於いても、軍に対して栄誉を与える栄誉大権を天皇に回復せしめねばならぬとて、次の如く説いているのである。

『菊と刀の栄誉が最終的に帰一する根源が天皇なのであるから、軍事上の栄誉も亦、文化概念としての天皇から与えられなければならない。現行憲法下でも法理論的に可能な方法だと思われるが、天皇に栄誉大権の実質を回復し、軍の儀仗を受けられることはもちろん、聯隊旗も直接下賜されなければならない。(中略)……時運の赴くところ、象徴天皇制を圧倒的多数を以て支持する国民が、同時に、容共政権の成立を容認するかも知れない。その時は、代議制民主主義を通じて平和裡に「天皇制下の共産政体」さえ成立しかねないのである。およそ言論の自由の反対概念である共産政権乃至容共政権が、文化の連続性を破壊し、全体性を毀損することは、今さら言うまでもないが、文化概念としての天皇はこれと共に崩壊して、最も狡猾な政治的象徴として利用されるか、あるいは利用されたのちに捨て去られるか、その運命は決っている。このような事態を防ぐためには、天皇と軍隊を栄誉の絆でつないでおくことが急務なのであり、又そのほかに確実な防止策はない。もちろん、こうした栄誉大権的内容の復活は、政治概念としての天皇をではなく、文化概念としての天皇の復活を促すものでなくてはならぬ。文化の全体性を代表するこのような天皇のみが窮極の価値自体だからであり天皇が否定され、あるいは全体主義の政治概念に包括されるときこそ、日本の又、日本文化の真の危機だからである。』

これは『中央公論』誌に発表された論文であるが、三島氏が自刃した約二年四ヶ月前に書かれたものである。氏は現行憲法下に於いても自衛隊が天皇から隊旗を授かる直属の軍隊となり得る可能性をなお認めていられたことが、この論文にあらわれているのである。しかしやがてそれが不可能であることが明らかになったとき、非常手段(自刃)に訴えて日本民族の魂を目覚めしめようと決意されたにちがいない。

 

天皇は概念でも象徴でもない

三島由紀夫氏は『文化防衛論』の五四頁に丸山真男氏が昭和二十一年に書いた有名な「超国家主義の論理と心理」と題する論文の中で書いた次の文章を引用して、

『天皇を中心とし、それからのさまざまの距離に於いて万民が翼賛するという事態を一つの同心円で表現するならば、その中心は点ではなくして実はこれを垂直に貫く縦軸にほかならぬ。そうして中心からの価値の無限の流出は、縦軸の無限性(天壌無窮の皇運)によって担保されているのである』(丸山氏)

という文章こそ日本の天皇の本質と価値とそれより生ずる国家のあり方とを透徹的に描破したものであるが、その無類の日本の国のあり方が敗戦による政治的変革下で完全に破壊されたことを三島氏は残念がっていられるのである。

しかし三島氏は、すでに敗戦以前に、天皇のあらゆる日本の文化の枢軸として天皇から流出する無私無我の価値について気がついた者はなかったことを指摘している。そして氏は天皇統治の「無私」の本来的性格を理論的に変質せしめたものは、既に、天皇と国体を守るために大正十四年に制定された「治安維持法」であるとするのである。即ちその第一条に、

『「国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として……」

という並列的な規定は、正にこの瞬間、天皇の国家の国体を、私有財産制度ならびに資本主義そのものと同義語にしてしまったからである。この条文に不審を抱かない人間は、経済外要因としての天皇制機能をみとめないところの、唯物論者だけであった筈であるが、その実、多くの敵対的な政治理念が敵の理念にしらずしらず犯されるように、この条文の「不敬」に気づいた者はなかった。というところに、「君臣水魚の交わり」と決定的に絶縁された天皇制支配機構が呱々の声を上げるのである。』

この文章をもっと解り易く解釈してみるならば、日本の天皇は、民族の親様であり、国の親様であり、国民が天皇を仰ぎ見て慕うのは、“親様”と“赤子”の関係であり、水にいだかれる魚の如き相互融会一体の関係であったのであったが、それが制度として天皇制支配機構が生まれると、天皇と国民との対立関係になるに至ったというのである。

三島氏は、国と民族との非分離の象徴であり、あらゆる日本文化の価値の本質としての天皇の実相を「文化概念」という語で表現している。私は「概念」というような抽象的、一般化的、観念的用語をもって天皇の御本質を呼び奉ることには賛成できないのである。また天皇はいわゆる“天皇制”ではないのである。象徴はシルシであり符号であって、生ける人格ではないのであり、それは占領憲法下の制度においてあらわれた用語に過ぎない。天皇は一切のものに内在する主体であり、生命であり、一切の価値の流出し顕現する本体であるのである。

 

中略
知行合一

この遺書とも見るべき知人に送った書簡に「私は行動せずして知るということは知ることにならないと信じ、行動そのものには効果がなくともいいと考えてきました……私は文武両道を具現するため、自分の行動のその日にこの小説を脱稿しました。」とある点に注目しなければならないのである。三島氏が目指したのは、文人としての道の完結と士道の完成とである。

氏が何故あの日の朝、『豊饒の海』第四作“天人五衰”の最後の推敲を終って新潮社へ送稿して、その日を選んで自決したのかというと、三島氏の親友、井沢甲子麿氏は『週刊現代』特集号の七四頁に次のようにいっている。

『なぜ三島由紀夫が十一月二十五日という日を選んで立ち上がったか、初七日を終えて家に帰って、はたと気づいた。旧暦に換算すれば、十月二十七日なんですね。安政六年十月二十七日、吉田松陰は井伊直弼の弾圧によって小塚原で処刑されました。』

すなわち三島由紀夫は吉田松陰が明治維新に対して演じた役割を、憲法復元、実相日本回復の昭和維新に対して果たそうと覚悟していたのである。だから、『あの日を延ばすことは絶対にいやだ』と氏はいったのである。


『私は政治のダイナミズムとは、政治的権威と道徳的権威の闘争だと考えるものです。これは力と道理の闘争だと考えてもよいでしょう。この二つはめったに一致することはないから争うのだし、争った結果は後者の敗北に決まっていますが、歴史が永い歳月をかけてその勝敗を逆転させるのだ、と信ずる……』
中略
吉田松陰は一時、小塚原で刑死の運命を受けて敗者の位置に立ったが、それがやがて明治維新を実現する精神的原動力となって勝者の位置に変じたのだ。だから三島氏は現在の政治的権威に対して正義を以て戦っても歯が立たない、けれどもその正義の主張が、自分の一身を危険にさらして、“知行合一”的に行われるとき、その正義の主張が“道徳的権威”をもって来る。そして、やがて「後世」に必ずその勝敗を逆転する時が来ると信じて氏は自刃したのである。


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