日本の感性をよみがえらせよう

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 御来訪感謝申し上げます。

 ここのところ堅苦しい記事が続いたので、少しガス抜きの意味でユルイ感じに仕上げた記事を更新させていただきます。
 連日、(エセ)市民運動家の成れの果てを首班とする内閣の挙動迷妄によって、史上稀に見る悲惨な状況となっている我が国日本ですが、この亡国政権を支えている左翼・市民運動家たちの生態について、ウィキペディアのパロディー版であるアンサイクロペディアに「言い得て妙」的確に鋭く指摘している部分があったので引用します。
 ただし、あくまでもふざけたパロディーですので、生温かい眼でお読みになって下さい。


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【定義】
左翼(さよく)とは、共産革命家の遠まわしな言い方。独裁者の手先やハイジャック犯や爆弾魔を多く含むゴロツキ集団(またはトロツキ集団)なのだが、大人の事情により、左翼・左派・市民などと遠まわしに呼ばれることが多い。平和主義は名ばかりで実際にはやっていないので注意が必要である。

【概要】
左翼・左派の目標は、日本政府をスケこまして社会の不正を糾弾し、資本家のいない中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国に領土を割譲することである。特に中国共産党の意図に適うように行動する左翼は中華翼、朝鮮労働党の回し者として活動する左翼は朝鮮翼と呼ばれる。この目標のために、軍縮を唱える左翼は数多い。その対象はアメリカと日本だけであることは言うまでもない。

【活動】
(デモ)
数列に並んで街中を「核兵器のない未来を」と書いた幕や看板を持って歩き回る。彼らは隣国のナショナリズムに燃える弱者であり、憎むべき日本人を告発することで自らのアイデンティティと自尊心を満たしている。それと申し訳程度に民主主義・軍備撤廃・多民族主義・反差別・平和主義も唱え、それを建て前としているが、彼らは独裁主義の塊のような金日成やヨシフ・スターリンを賛美しているし、パイプ爆弾や火炎瓶で武装しているし、現実に存在する多民族国家には批判的論調が多いし、特定の国民に対する差別は煽るし、平和主義のはずの彼らは内ゲバばかりしている。

【利益誘導】
一般的に自民党の得意技といわれるが、左翼にも同じことが言える。中国や朝鮮(彼らは「アジア諸国」と呼ぶ)の利益になるような政治活動を行う。大韓民国の利益を代弁する左翼も少数ながら存在するが、朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国で主張が食い違わない場合に限って活動する場合が多い。また、彼らが味方するのは「統治機構としての」中国や朝鮮であるため、政府の弾圧から命からがら逃れた庶民などは存在しないし、存在したとしても誰も気にしない。

【洗脳】
このタイプの左翼は学校に多い。日教組に所属する左翼は韓国系の生徒に無理矢理在日意識を押しつけている。

【ビラ配り】
特に田舎で多い。親善目的で寄港する海上自衛隊やアメリカ軍を出待ちして、見学に来る来訪者に「○○港の軍港化に絶対反対!」などと書いたビラを押し付ける。他にも陸自駐屯地の開放日で、入り口に張り付き「一般人に銃を見せ、触らせるの反対!」などと叫んでいる。

【信条】
全ての左翼は、富の再分配のために戦うことが出来る。左翼自身の持つ富は、分配の対象外である。
企業は不況の現在においても内部留保という現金を大量に抱えている。今すぐ内部留保を組合員に分配すべきである。
原子力発電に反対し、全て即時廃止すべきである。(カリウム40も含め)放射性物質や化学物質を含まない生活をすべきである。
ただし中国の核はきれいな核である。
CO2排出量の多い火力発電に反対すべきである。このままでは世界の平均気温は100年で6.4度も上昇してしまう。
ダム建設に反対し、自然と人類との共存を図るべきである。ダムは無駄な公共事業である。
低周波公害を起こす風力発電に反対すべきである。風力発電所の建設に反対!既存の発電所には即時停止を求める。
地熱発電所の建設に反対すべきである。地熱発電所は付近の温泉を枯渇させ、地下から重金属を汲み上げてしまう。
シリコンの採掘に反対すべきである。化学物質であるシリコンはアスベストや産廃処理場周辺に多く見つかり、ガス化したシリコンは重篤な肺水腫の原因となる。
社会的弱者のために、国鉄は復活させるべきである。
日本の人権状況に配慮して、死刑制度は廃止すべきである。
昭和天皇はA級戦犯として断罪されるべきである。東京裁判で絞首刑に処されるべきである。
日本政府は万景峰号の入港を認めるべきである。反論する者は、ネトウヨであり差別主義者である。排外主義を日本から追い出せ!
沖縄に基地は要らない。急増する米兵の犯罪を鑑み、沖縄人民は連帯して基地に反対する運動をくり広げるべきである。
在日の通名報道は妥当である。特定の国籍を名指しして犯罪行為を告発するのは差別である。
日章旗は、廃止すべきである。
アメリカが大量の核兵器を持ちながら金正日はしょぼい核兵器しか持っていないのは不平等である。
新しい歴史教科書をつくる会の教科書を使う学校への公費投入を反対すべきである。
尖閣諸島と白樺は中国人民の糧である。北方領土はロシア人、竹島は韓国人のものである。彼らは弱い立場の人々であり、自衛隊の軍国主義から保護すべきである。
中国やチョソン(北朝鮮)を見習うべきである。資本主義国家、例えばアメリカではオバマ政権の人気低迷が続いているが、これらの社会主義国家では人民に慕われた指導者の下に地上の楽園を築きあげている。
平和主義の実現に不可欠な要素は、非核三原則の保持、対人地雷の廃止、日米安保の解消、自衛隊の解散、ミサイル防衛システムのキャンセル、猟銃の回収、警棒の撤廃、公務員とその家族の包丁所持の禁止である。

【左翼の武器】
左派の武器は真っ赤な嘘である。特に共産主義国家に関係する嘘が多い。ただし最近の左派はクリエイト能力を失い、中国や北朝鮮、カンボジア、リビア、イランの公式見解や、朝鮮総連などの在日団体の主張を左から右へ垂れ流すだけの存在になっている。なお、彼らは弱者であるから、疑う反動どもは総括の対象になる。

【社会の反応】
ストの心配をする。
存在自体にゲンナリする。
面倒なので、形だけ同意する。
遠まわしに、メンタルの受診を勧める。
異常者として距離を置く。
抹殺されることを恐れる。
自分の子どもが赤化されるのを恐れる。
ダブルスタンダードを生温かい目で見る。

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 不肖敬天愛人が中学生の頃、当時東大進学率ナンバーワンを誇った都立日比谷高校の生徒を主人公にして、受験エリートの多感な青春時代を描いた小説「赤ずきんちゃん気を付けて」(庄司薫:芥川賞受賞作)がベストセラーになりました。
 その中で、主人公が東大の学生である兄に「兄さん、兄さんはなぜ勉強するの?」と尋ねるシーンがあります。訊かれた兄は「世の中の皆が幸せに暮らせるようになるにはどうしたらよいかを学ぶためだ」と答えます。
 「世の中の皆が幸せになるには・・・」と非常に聞こえが良い言葉ですが、当時の学生運動華やかりし世相を背景に「皆が平等に豊かで平和に暮らせる世の中を目指して」という社会主義の理想を実現するためにエリート学生たちは学んでいるのだということを著者は訴えたかったようです。
 敬天はこの本を読んだ時は純粋に感動したものでしたが、後でひねくれた大学生になって振り返った時「世の中の皆が幸せになるにはどうしたらよいか」ということは、その方法論がうまく行けば良いが、裏返せば、それが失敗した場合「世の中の皆が不幸になる」ということにもなる、知的エリートの「独り善がり」の思い上がった思想ではないかと思い直したものでした。

 「幸せ」の価値観は人それぞれ千差万別であり、自分が思う幸せが必ずしも他人が幸せに思うとは限らないものです。
 「平等」も何を以って平等と感じるかは、人によってみな違うだろう、と。
 人間を金太郎飴の如く全て同じように考えるほど、不自然な考え方はないだろうと感じたのです。
 多様性があるから人間社会に醍醐味が生まれるわけですし、社会の進歩も生まれるのだろうと思うのです。
 人々の個別の欲求を押さえ込んで、世の中の人間を一つの価値観に押し込もうとする社会には停滞しか生まれないだろうと、イデオロギーに無縁なノンポリ大学生であった敬天でも直感的に感じたのでした。

 ヒトの営みをイデオロギーで片付けようというのは、それこそ「神をも畏れぬ」不遜であり、事実、唯物論を唱える無神論者である左派の空理空論であったことは、その後のソ連とベルリンの壁崩壊を象徴とした東側社会の終焉が示した通りでした。

 日本人や西側先進国の資質と民度の高い人々はイデオロギーとその精神に純粋に忠実たらんとするから、その矛盾に素早く気づくのですが、教育レベルが低く貧しい新興国の民衆を独裁的権力で支配しようとするならず者やゴロツキ集団にはこれほど便利な理論(こじつけ)はありません。
 ゴロツキだからこそ、本性を隠そうと絵空事の美辞麗句を並び立てます。
 美辞麗句の裏側にあるものほど悲惨で残酷なものはありません。
 民主党は勿論のこと、中共や金正日一派がその良い例であります。
 また、日本の左翼は支那や北朝鮮の人民のことなどは眼中にありません。

 今の日本を見ても、万世一系の天皇を戴く我が国に愛国的左翼など存在する訳はなく、国家・国体を破壊せんとする反日のならず者やゴロツキ、外国工作員が左翼を装っているに過ぎません。
 したがって、有能・無能以前に反日左翼集団である民主党が政権を握ってしまった以上、このまま野放しにしておけば日本国民には絶望的な将来しかないことは、現下の最悪な国家状況が雄弁に物語っています。

 まだまだ良識ある国民が圧倒的多数を占めていることを信じ、将来の日本を背負う自分の孫子のためにも、まずは左翼の仮面を被った反国家アウトロー集団を一日でも早く排除しなくてならないと、そればかりを考える毎日です。

 この記事、次回に続きます。

 
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転載元転載元: 新“敬天愛人”のブログ


 戦後の日本は、戦前は軍国主義ですべて悪かったとして、民主主義で明るい社会になったかのように、GHQの宣伝を真に受けて、アメリカに押し付けられた憲法をありがたがり、国家を愛することが間違っているかのように、愛国心という言葉も嫌われ、個人の権利を振り回し、公よりも個が大事という主張がずっと正しいことのように、マスコミも多くの個人も言ってきました。しかし、現実には、家族の崩壊は進み、老人は寂しい老後を送るようになり、若者も、結婚しない人も増え、どんどん一人世帯が増えているというニュースを昨日もやっていました。本当に、日本は明るくなって、幸せな人が増えたのでしょうか。

 戦争で亡くなった多くの英霊を戦後の日本人は馬鹿にして犬死と言って憐れんでいましたが、何の生き甲斐も崇高な理想もなく、肉体的物質的な快楽のみを追い求めている現代人と、今回の大震災で、自衛隊員が見せたような無私の公への奉仕精神、戦前には多くの日本人が持っていた国のためにいざとなったら生命すら捧げようとする生き方、本当の生き甲斐とは、一体どっちにあるのでしょう。

 先日発売された別冊正論には、GHQによって宣伝された日本の侵略がうそであり、本当はコミンテルンによる謀略によってどんどん戦争に追い込まれ、日本はなんとか回避しようとしながらもできなくなって行った真実が歴史の検証によって書かれていました。
 戦後の日本人は勝者が作った歴史を信じこまされ、洗脳され、日本人としての自信を失い、日本人としての根っこの思想を捨て去ってきました。

 日本人は古来より、天皇陛下を中心として連綿と続く歴史を誇ってきました。更に各人は先祖を敬い個人の家も連綿と護ってきました。
 万物にすべて中心があり、それが宇宙の法則だと信じた日本人の思想、理念が古事記神話であり、それが日本文化をすべて形作ってきました。ものにはすべて中心がある。その中心を重んじる思想が日本思想でした。そしてその中心が国家の形として現れたのが、天皇を中心とする皇室制度、その変わらない中心をずっと守ってきた日本の歴史でした。それによって、日本では多くの古代からの記録が保存され、史跡や歴史建造物なども保存され、文化も保存され、連綿と受け継がれるという、世界にも珍しい歴史を織りなしてきました。

 東日本大震災で、天皇陛下が被災地に巡幸された映像を見ても、天皇陛下が国民を家族のように心配されて慈愛深いお言葉をかけられるご様子と、それに対し多くの方が涙を流している光景が見られました。これが古来からの天皇と国民の間柄でした。歴代天皇は常に国民の幸福と国家の安寧を神に真剣に祈られます。そして今上陛下も、歴史上でももっとも祭祀を重んじられ、悲壮なくらいに真剣になさっておられます。それは、日本の中で、最も日本の国に責任を感じられ、最も国民のことを考えられるお方が、本当は誰なのかということを示しています。

 大日本帝国憲法では、天皇が統治権を総覧すると書いてありました。これは、天皇自身が統治するという意味ではなく、天皇の名のもとに、国会や内閣が真剣に天皇の名に恥じないような仕事をするということであり、衆愚政治に陥らず、天皇という神聖性を政治に導入して真の公正な民主主義を確立するための非常なすぐれた制度でした。ところが明治の時代がすぎ、昭和の時代に入ると、いろいろな思想の入り乱れや、コミンテルンの工作もあり、事実上天皇が機関となってしまい、おろそかにされるようになりました。美濃部博士は、その現状をそのまま説として発表したにすぎません。現実がそうなっていたからです。そうして、昭和天皇の意に沿わない戦争をするようになってしまいました。ただこれは、世界的なコミンテルンの謀略と、白人至上主義の世界がもたらした運命の必然として、どのようにしてもさけられないものであった気がします。

 とは言え、敗戦は仕方がないとしても、日本人はGHQの宣伝に洗脳され、あまりにも、自分自身の先人を貶め、歴史を貶め、生き方の根っことなる日本人らしさを失い、国籍不明の民になってしまい、日本人としての誇りすら失いかけて、アメリカの属国、中国の属国、ノーと言えない日本、と成り果ててしまっていたのではないでしょうか。

 もう一度、戦勝国に押し付けられたのではない、真実の歴史を見出し、自分の根っこを見つけ出し、日本人としての生き甲斐を取り戻そうではありませんか。古来から連綿と続いてきた皇統を見直し、日本人にとって天皇とはどういう存在なのかを深く考え、もっと大切に敬おうではありませんか。日本人とはなんなのかを静かに考えようではありませんか。
 そして今上陛下が発表された国民へのメッセージを始め、昭和天皇の詔勅をもう一度読み返してみようではありませんか。更に明治天皇の教育勅語も、世界では多くの国で、その内容が採用されているという話ですが、なぜ日本では悪いもののように言われるのか、本当に日教組の言うことが正しいのか確かめるために、きちんと読んでみようではありませんか。

教育勅語
日本人にとってなにが「大切なこと」なのかを示された手本

http://www.meijijingu.or.jp/img/about/tenshi/p01.jpg


明治天皇は明治元年、国是五箇條を神々にお誓いになり、新生日本の大方針を明らかにされました。政府はこの方針にそって、近代国家の建設には人材の育成が急務であるとして、明治5年学制を公布し、全国的に学校を設置して義務教育の制度を確立し、教育の普及に努めました。しかし当時は文明開化の風潮により洋学が重んじられ、我が国伝統の倫理道徳に関する教育が軽視される傾向にありました。

このような実情を深く憂慮された明治天皇は、徳育の振興が最も大切であるとされ、わが国の教育方針を明らかにするため明治23年10月30日、教育勅語を渙発されました。勅語には、日本人が祖先から受け継いできた豊かな感性と美徳が表され、人が生きていくべき上で心がけるべき徳目が簡潔に述べられていましたが、戦後に教育勅語が排除された結果、我が国の倫理道徳観は著しく低下し、極端な個人主義が横溢し、教育現場はもとより、地域社会、家庭においても深刻な問題が多発しています。

今こそ、私たちは教育勅語の精神を再認識し、道義の国日本再生のために、精進努力しなければなりません。




【教育勅語の口語文訳】
 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

〜国民道徳協会訳文による〜


 
 昨日はあるツテで、地元○○市の教育委員会に行ってきました。
 
 先月急に市の教育委員会に一緒に行かないかという話があったので、なんとか時間を割いて教科書について調べて、昨日地元○○市役所の教育委員会の方に会って、直接色々と意見を言わせていただきました。
 
 不勉強な私は、近年自由社や郁朋社の教科書が出版されるようになったので、それなりに改善されてきたのかと漠然と思っていたのですが、どうも東京書籍や帝国書院などの歴史教科書(ほとんどの小中学校が使っている教科書)は却ってひどくなっているようです。折角、安倍政権が教育基本法を改正したのに、民主党政権誕生もあって、教科書会社は「左翼に受ければより多く売れる」と思って、さらに左傾化した教科書を作っているというわけです。(公民の教科書に民主党議員があちこちに多数載せられていることも違和感を感じざるを得ません。) 折角教育基本法が改正されても、それを無視するように、教科書自体がさらに左傾化していたのではどうにもなりません。
 
 もっとも、諸先輩方の多大なご努力により、是正された面も確かにあると思います。(たとえば、南京事件で「30万人虐殺」という数字が消えた。ただし、女・子供が虐殺されたと未だに書かれている。) また、多少なりとも日本の神話について教えられたり、歴史人物について具体的に教えられるようになったことは進歩として評価すべきだと思います。
 また、数学・理科は教科書のページ数も大幅に増えて、内容がより高度なものとなっています。これは安倍政権の教育改革が、ゆとり教育を是正して、理数系を立て直していく上で、大きく前進させた点だと思います。
 
 しかし、今の教科書を見てみれば、反天皇・反国家イデオロギーはむしろ却って強化されているように思います。私が小中学生だった頃には教科書にほとんどなかった「アイヌ」「沖縄」「在日」の人権問題がやたらに大きくクローズアップされており、歴史の教科書でそれとなく「夫婦別姓」が推奨されていたりします。
 また、国語の教科書なのに、”ハングル語”が出てきたり、”ジョンレノンの詩”が出てきたり、”日本語の改革(その実、日本語の破壊運動)”が吹聴されていたり、そうかと思えば、反米思想が織り込まれていたり・・・一体これのどこがまともな「国語」の教科書と言えるのか、常軌を逸している・・・いや、もう完全に左翼プロパガンダだと感じざるを得ません。
 
 保健体育の教科書(学研)ではやたらと薬物の知識が細かく書れていたり(今時子供たちは薬物の知識を知れば、興味がわいて、却って薬物に手を染める可能性が高まるでしょう)、また、性病についてやたら詳細に記してコンドームの使用を推奨していたりします。中学生に薬物の詳細な知識やコンドームの活用法を教えて一体どうするのでしょうか? その前にもっと大切な、教えるべきことがあるはずです。
 今や中学生どころか、小学生が「試しに」セックスをしてみるということがあちこちで起こっている時代です。いや、もはや学校教師の不倫などどこでも当たり前のように起こっているし(私の中学生時代の教師は不倫で懲戒免職となりました。しかしそれはまだマシな方で、教師の不祥事があってももみけされていることのほうがはるかに問題)、若い人たちは”でき婚”が当たり前で、一般家庭でも不倫が日常茶飯事・・・。もう性道徳のかけらもなくなってしまったのかと思う昨今で、そのような中にあって保健体育の教科書はさらに輪をかけて道徳的堕落を進めようとしています。
 
 
 安倍政権の教育基本法改正、自由社や郁朋社の新しい教科書出版など保守派の多大な努力により巻き返しも成りましたが、民主党政権の誕生により、教科書はむしろさらに左傾化し、国家解体の方向に進みつつあります。
 
 
 
 
 
 
 この異常なまでの反日教科書は一体何なのか?
 
 ここまで公然と教育基本法の改正も無視して教科書を作り、洗脳教育を行うとは、もはやただ事ではないと思います。単に左翼が自慰的に自虐史観を弄んでいるレベルではありません。
 
 
 
 
 
 このブログに訪れてくださっている皆さんの少なからぬ人がもうそう思われていることと思いますが、朱雀の独断ではっきり言ってしまえば、
 
 
 この無茶苦茶な反日教科書は、
 支那の命令で書かれている!
 
 
 
 
 
 
 アイヌが大和民族に搾取されてきただの、
 琉球は元々中国に服属していただの、
 在日コリアが差別されてきただの、
 
 ふざけるな!
 
 
 
 
 
 日本は古くは聖徳太子の十七条の憲法を持ち、鎌倉時代には御成敗式目を作り(正々堂々たる武士の美学)、江戸時代はすでに見事な法治国家を築いた(武士道精神)。明治時代には五箇条の御誓文、教育勅語という高い道徳律を掲げ、大日本帝国憲法という世界に冠たる民主的な憲法を有していた。
 そして何より、日本は万世一系の天皇陛下を戴いて、八紘一宇(人類はみな兄弟であるという精神)という建国の理念もって、君民一体のすばらしい国柄を保ってきた、まさに天壌無窮の天皇国です。
 こんなに平和で豊かで差別のない自由な国家があるでしょうか?
 
 にも関わらず、アイヌが大和民族に搾取されてきただの、琉球は元々中国に服属していただの、在日コリアが差別されているだの、明らかに事実に反することをばかり、教科書は子供たちに刷り込もうとしている。
 
 
 東京書籍、帝国書院などのメジャーな教科書は日本をこき下ろすことばかり言っていて、日本を解体しようという意図しか読めない。
 
 こんな嘘八百を子供たちに教えれば、みな反日左翼思想に染まるのは当たり前です。日本の神話を教えず、誇りある歴史を外国人の視点で断罪し、夫婦別姓・外国人参政権を推進し、性道徳を破壊し、家族を解体し、自衛隊(国防)を否定する・・・
この教科書を読んで喜ぶのは、支那・朝鮮くらいなものでしょう。
 
 
 いや、もっと突き詰めて言えば、
 「沖縄を支那のものにしよう」という意図がありありだと感じられます。
 
 
 
 
 今、尖閣諸島ばかりが注目されていますが、どうもそれは目くらましになっているように感じます。もちろん、尖閣を守ることは大切ですが、むしろ支那と反日左翼は沖縄をこそ一点突破の目標としているのではないか?
 
 
 
 よく知られているように、支那は超限戦(孫子の兵法)を仕掛ける国です。彼らは何も通常の戦いだけが戦争などとは全く思っていません。 兵は奇道なり ――― いかに巧みに相手を騙して勝つか があの国の伝統的な思考です。
 朱雀の独断では、支那は日本の左翼を利用して反日教科書と反日マスコミを使って、日本人を洗脳しようとしていると思います。まさしく支那が仕掛ける情報戦です。左翼はただ支那の走狗に過ぎません。
 
 大きく見れば、支那は教育・マスコミを通じて日本に情報戦を仕掛けており、内部から弱体化させるようにしています(「戦わずして勝つ」が最上の策との考え)。そして、経済についても「日本は自力で再生などできない」「支那に頼るほかない」と思い込ませようとしているのです。これも歴とした情報戦であると私たちははっきりと認識する必要があると思います。
 
 
 
 すでにご存じかと思いますが、7月1日から沖縄を訪れる中国人に数次ビザが発行されるようになります。このビザの発行を受けた中国人は1回の訪日につき90日間日本に滞在できるようになり、3年間何度でも来られるようになります。民主党政権や外務省は、中国人観光客をたくさん招いて、沖縄の経済を振興するだの、被災地復興をするだの言っていますが、年収の少ない中国人が大挙して日本にやってきて、90日間も一体何をするのでしょうか? どうせそのうち支那人観光客を相手とする支那人によるビジネスが繁盛して、支那人の不法滞在が増えて、いつのまにか支那人の声が大きくなっていくに違いありません。そうなったときに、支那人が外国人参政権を主張して、元々琉球は中国の領土だったのだと唱え、地域主権で沖縄独立へ持っていくことは、彼らの長期的な遠大な計画であると見るべきでしょう。そうなれば、日本も支那人に支配される東南アジアの国々のようになってしまいます。
 
 「日本は大きな借金を抱えており、財源がなく、被災地を復興する力もなければ、自力で経済を再生する力も方法もない。だから、支那経済に頼って、とりわけ支那人観光客を多く誘致して、日本経済の助けとせよ・・・」 マスゴミは連日そんなことばかり言って国民を洗脳していますが、本当にそうでしょうか? 私にはただの”支那人移民計画”(=日本解体計画)にしか思えません。
 いい加減、国債を刷ってはいけないだの、政府の貨幣特権を発動してはならないだの言って、自縄自縛になって、支那経済に傾斜するようなことばかりやっている場合ではありません。大局を見誤ってはいけません。こんな日本経済弱体化政策は、支那を喜ばせているだけです。
 
 反日マスコミは、支那はいくら紙幣を刷っても紙くずになることはないが、日本はちょっとでも紙幣を刷ったら紙くずになるとでもいうのでしょうか? 一体どこまで「自虐的経済観」に浸っているのだろうと思います。世界で最も優れた生産力があり、デフレで深刻に苦しんでいるくらいなのですから、日本が大インフレになどなるわけがありません。
 日本経済など紙幣(国債でも、政府貨幣でもよい)を刷って、大々的に総需要を喚起すれば、たちまち回復します。(※国債発行は三橋貴明氏、政府貨幣発行は丹羽春喜氏が強く提唱しています。今年に入って平沼赳夫先生がケインズ主義的な総需要喚起政策を大々的に打ち出すべきだと言われるようになりましたが、まさにそのとおりだと思います。自民党では西田先生が以前からそう主張されています。恐らく稲田先生も理解されていることと推察します。また、西村真悟先生は何年も前から丹羽先生の政府貨幣発行を主張されています。) しかし、そんな経済政策はある意味小手先の話で、もはやそんな小手先の話でいちいちつまずいている場合ではないと思います。
 
 
 
 それよりもっと重要なのは教育だと思います。これは本当に年月がかかるし、教師が心血を注いで取り組まねばならず、簡単なことではありません。教育は単にお金をかけてすぐにどうこうなる話ではなく、長い歳月をかけて立て直していくべきものだと思います。
 
 
 
 
 戦後日本人はアメリカの日本弱体化政策により、教育・マスコミを通じて洗脳されて、見事に弱体化されてきましたが、今はもはや支那がマスコミ、教育(左翼)を通じて情報戦を仕掛けて日本国民を洗脳し、沖縄をかすめとろうとしています。
 
 私が申すのは僭越でありますが、私たち保守派が総力をもって反撃しなければ、日本は本当に追い詰められていると思います。 
 
 
 
  ことびと
 異人と 共ども払へ 神風や
 正しからずと わが忌むものを
 
孝明天皇御製   
 
 
 松浦光修教授によると、「攘夷」とは何も闇雲に外国人を排除するということではなく、当時アジア・アフリカの各地で植民地支配を行っていた白人の不正を許さない、日本侵略を許さないものであるとのこと。私はこの説明を聞いてなるほどと思いました。”正しくないこと”を”させない”というのが「攘夷」という考えの根っこにあるというわけです。
 まさに今は私たちは、支那のまがごとを打ち払うべきときだと思います。
 支那の不正を許さない!支那に日本を侵略させない!と断固行動を起こすべき時です。
 
 
 
 今、全国各地で教科書展示会が開催されています。
 
イメージ 1
 
 各社の教科書が展示されていて、来年度以降使用される教科書の採択について、国民が意見できるのはこの機会をおいてありません。6月30日まで全国各地で教科書展示会が行われていますので、是非地元(市レベル)の教科書展示会場を調べて、教科書をよく調べて、貴重な意見を届けて頂ければと存じます。もちろん、自由社、郁朋社などの保守系の教科書がより多くの地域で採択されることが強く望まれます。(会場には鉛筆しか置いていないところもあり、改ざんされる恐れがありますので、ボールペンを持参することをお勧め致します。)
 

転載元転載元: 蘇る日本! 日本を良くすることができるのは、わたしたち日本人です

原発事故と日本人


         6月17日いわき市を行啓された秋篠宮両殿下

 御来訪感謝申し上げます。


 6月15・16日と脱原発(反原発)の流れについて記事を書いてきましたが、今日はまとめとさせていただきます。
 大地震・大津波・原発事故・無能政府による人災と4重苦にあえぐ福島県に在住する者として、最近頓(とみ)に高まっている脱原発(=反原発)の動きに関して僭越ながら個人的な見解を申し上げたいと思い、一連の記事を書き始めました。

 15日の記事での最初の書き出しは、「世の中は口に出してはいけないことで成り立っている」という、ある人物の言葉を拝借して始まりました。

 この言葉に敬天が反応したのは「この言葉こそ、戦後日本をいろいろな意味で象徴する言葉ではないか」、と強く感じたからです。
 その時にも書きましたが「口に出してはいけないこと」とは「タブー(禁忌)」であり、タブーということは、どうしても避けたい「不都合な真実」のことだろうと敬天は解釈したからです。

 戦後日本は大東亜戦争でアメリカに物理的に負けたことによる傷ついた日本人の心と自負心をごまかすために「戦争=悪」、その「悪」を導いた主謀者は暴走した軍部ということで、戦争を招いた背景や責任をすべて軍部の責任に帰して、一般国民はあくまでも軍部の暴走による被害者だったという立場にして、敗戦に対する免罪符を得ようとしました。
 したがって、そこには戦争に対する総括も反省も生まれませんでした。
 こういうと「いや、戦争に対する総括も反省もしたではないか」と必ず指摘する声が出てきます。 しかし、それは「軍部の暴走を許してしまった国民の責任」という、大東亜戦争を総括する上においては枝葉末節でしかない事実を大げさに誇大評価して自虐史観を植え付けるためにも、戦争の本質から目を逸らすための便法にすぎません。

 歴史に学ぶというのは、歴史上において実際に何があったのが、何が行われたのか、その背景には当時のどんな情勢があったのか、あるいは戦争の各当事者それぞれの事情に何があったのかなど、事実を元に検証する作業を行うことです。
 ところが戦後の日本はその基本的な作業(総括と検証)から逃げるばかりで、真摯に向き合うことを先送りして今日まで過ごしてきました。

 安倍晋三氏が首相に就任した時に「戦後レジームからの脱却」を国民に訴えかけました。戦後レジームとは「平和を愛する諸国民の 公正と 信義に 信頼して、 われらの 安全と 生存を 保持しようと決意した」という憲法前文で宣言された、アメリカ人によって作られた戯言をベースに構築された戦後日本の体制でした。
 敬天がこの言葉を戯言と吐き捨てるのは、この言葉をよく噛み砕いてみると「平和を愛する諸国民」を日本が無謀にも侵略したために平和を脅かした事態になったことを反省して・・・ということになります。つまり、ひとえに日本だけが悪かったのだと。
 まるで、日本以外の諸国は「平和を愛する」国々であって、それらの国々を侵した日本にすべての責がある。だから、日本はそれらの悪行を反省してこれからは「公正と信義を持って平和を愛する諸国民」に自分たちの運命を委ねますよ、ということになってしまったのです。

 今までの日本=悪、戦争相手である諸国はみな善であるという論法であります。
 つまり、戦後体制は日本人の贖罪意識を絶対的前提として形成された訳です。
 こんな詭弁を根底にして作られた戦後レジームから完全に脱却するには、方法論として、それこそ実は戦争相手であった諸国は悪であり、日本は善であったという歴史観に転換させようとする相当なる覚悟(史実の検証や東京裁判史観の見直しなど議論の喚起も含めて)がなければ出来る訳がありません。

 しかし、自民党政府は戦後レジームを脱却すると言いながら、村山談話を踏襲するとして「アジア諸国を侵略し多大な迷惑をかけた」と外交機会の事あるごとに謝罪していたのでは、言っていることとやっていることが真逆のダブルスタンダードになってしまいます。
 案の定、マスコミや左翼・特亜などを中心に戦後レジームを必死に支えたい勢力の激しい抵抗に遭った結果、安倍政権は短期間に崩壊してしまいました。
 ということは「戦後レジームからの脱却」も「口に出していけないタブー」だったということになります。
 安倍晋三氏が今でも尚、一部保守層から評価されるのはそのタブーに敢えて斬り込もうとしたからです。

 今回の福島原発事故を契機に反原発派が息を吹き返したように活発化してきたのも、元々「原発=悪」という価値観を信条にして来た連中が、これ幸いと騒ぎ出して来たからです。 
 誰か(何か)を一方的に悪者にし、それを全否定することで、それまで裏では自分たちも加担して来た事実や利益を享受してきた事実を隠蔽しようとしたり、その責任から流れるために、必死に活動をしている連中です。
 本来なら、原発事故に至った背景や原因を謙虚に検証し、安全対策や自然災害に対する不備などの総括をして、更なる対策や管理の充実を図るべきなのに、その議論(問題の本質論)をすることすら許しません。

 自民党の石原伸晃幹事長が「集団ヒステリーだ」と指摘しましたが、まさにその通りで自分たちの主張に反する議論や言論は断固として弾圧するという原理主義的な強圧的姿勢を見せています。
 これも本質論から目を背けて、考えることすらしたくないという戦後体制の主流である思考停止状態そのものです。
 
 じゃあ、原発事故の本質論とは何か!といえば、悪いのは原発ではなくて人間だろう?ということです。
 反原発派の理屈として「事故が起きた時、人間がコントロールできないような危険なものはダメだ」というものがあります。
 しかし、神様が作った自然をコントローすることは人間にはできませんが、人間が作ったものは人間がコントロールすることは間違いなくできるのです。
 なぜなら、人間が原理や仕組みを考え出した結果完成されたモノだからです。
 ということは、モノの故障や不具合は原理や仕組みを突き詰めれば必ず解決策は生まれるはずです。また、事故を未然に防ぐには管理する人間が考え得る限りあらゆる安全対策を施すことにより、99%可能となります。
 一番良い例が新幹線です。今回の大震災でも海外が驚いたのは、これほど大地震に見舞われたにもかかわらず、東北新幹線に事故が発生しなかったことです。
 東北新幹線は約15分に一本の割合で運行されており、上下線合わせれば相当の本数の列車が震災時にレール上を200km/h〜300km/hの高速で走行していたにもかかわらず事故が発生しなかったのは、まさに新幹線の原理と仕組みを弁えて日頃から安全管理を突き詰めていたからに過ぎません。

 しかし、福島原発には安全対策の不備や安全管理の不手際があったにもかかわらず放置されて来た結果が、今の不幸な状況を生んでいるということです。
 因みに、宮城県の東北電力女川原発は被害も事故も免れたばかりか、被災者の避難所にもなっているほどです。

 これこそ、因果応報ではないでしょうか。つまり、日頃からの人的ミスが致命的な被害をもたらした人間の問題であったということです。
 であれば、これらを全て検証し「想定外」という逃げ道を作らずに完全な安全対策を新たに構築するノウハウを身に付ければ、これ以上ない安全な原発を作ることができるのです。
 日本が原発をやめても、支那や印度、ベトナムなどの新興国は原発をどんどん建設していきます。それらに大事故が発生した場合、今回の日本の経験とノウハウが活かされることにもなり、それこそ地球を救うことにもなるのです。
 しかし、今原発を全否定すれば経験が活きなくなるばかりか何のノウハウも生まれません。また、被災者をはじめ福島県民も永遠に救われません。
 これが本質論ではないでしょうか。

 戦後、誰も責任を取りたくなくて本質論を避けてきたシワ寄せが、今一気に日本を襲っているのではないかと、敬天は考えています。

 すべて根っこは同じなのです。
 問われるべきものは原発ではなく、不都合な真実に目を瞑って来た日本人の姿なのだと思うのです。


  今こそ、日本人の転換期です!!

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転載元転載元: 新“敬天愛人”のブログ

日本人と祭祀への信

 今上陛下のご意向のもとに、皇太子殿下への歴代天皇に関するご進講が始まったのは昭和52年である。この年の記者会見で、「(歴代天皇のご事跡のご進講は)殿下(今上陛下)が直接お勧めになったのですか」との問いに、陛下は、
 
 ええ、これは皆で考えた問題ですけれども、天皇の歴史というものを、その事実というか、そういったものを知ることによって、自分自身の中に、皇族はどうあるべきかということが、次第に形作られてくるのではないかと期待しているわけです。
 
 とお答えになっている。
 それから数年を経て22歳をお迎えになった皇太子殿下は、記者会見での記者の質問「歴代の天皇についてのご事跡のご進講で最も印象に残っているのは何でしたか」に対して、次のようにお答えになった。
 
 いままでお話を伺ったのは、第九十二代の伏見天皇までの歴代の天皇のお話しを伺って来ました。ですから歴代天皇全部のお話を伺ったのではないわけですけれども、そういうお話を伺って感じることは、歴代天皇が文化を大切にしてこられたということです。
 それと、これはこの次の機会にお話を伺うことになっている花園天皇という天皇がおられるんですけれども、この天皇は先ほどの九十二代伏見天皇の皇子に当たるわけですが、その天皇がその時の皇太子である量仁(かずひと)親王、のちの光厳天皇となる人ですが、その親王に当てて書き残したものが残っているんです。
 誡太子書(太子を誡(いまし)むるの書)と呼ばれているんですが、この中で花園天皇は、まず徳を積むことの必要性、その徳を積むためには学問をしなければならないということを説いておられるわけです。その言葉にも非常に深い感銘を覚えます。
 
 殿下は花園天皇については次にご進講をお受けになると言われているので、まだご進講をお受けになっていない天皇について自ら意欲的に学んでおられることが拝察できる。誡太子書は千四百八十九字から成る漢文だが、後醍醐天皇の御代、建武の中興の四年前に書かれたこの文書を、殿下は御祖先の声として、切実にお受けとめになったのである。
 平成二十二年二月お誕生日の記者会見で、殿下はこの書について再び言及された。
 
 花園天皇の言われる「学問」とは、単に博学になるということだけではなくて、人間として学ぶべき道義や礼義を含めての意味で使われた言葉です。私も五十歳になって改めて学ぶことの大切さを認識しています。
 とお述べになった。
 
 花園天皇の誡太子書に「余、性拙く智浅しと雖も、粗(ほぼ)典籍を学び、徳義を成し、王道を興さんと欲するは、ただ宗廟祀りを絶たざらんが為のみ。宗廟祀を絶たざるは、宜しく太子の徳にあるべし」の一節がある。古来、祭祀は天皇第一の務めとされ、歴代天皇はその伝統を継承して今に至っている。
 
 終戦時に、徹底抗戦を主張した、阿南大将が、鈴木首相に自決を覚悟して暇乞いの挨拶に来られたとき、鈴木首相は阿南大将の最後の心残りであるであろう「国体の護持」がなされるかどうかについて言われた。
 「阿南さん、皇室は必ずご安泰ですよ、なんとなれば、今上陛下は春と秋の御先祖のお祭りを必ずご自身で、熱心におつとめになっておられますから。」
と言ったのは、単なる慰めではなかったであろう。敗戦というぎりぎりの状況下で、最後まで信じられるものは何か。
 「皇室は必ずご安泰ですよ、なんとなれば、今上陛下は春と秋の御先祖のお祭りを必ずご自身で、熱心におつとめになっておられますから。」
 終戦時の宰相のこの言葉は、二千年の歴史に培われた日本国民の信の結晶のように思われてならないと、ジャーナリストの打越和子氏は言っている。
日本人にとって、日本の国を護っているのは、その時代の国民だけでなく、多くの先祖の御霊も一緒にこの国を守り支えているのだという意識があるのだ。そしてまた、皇祖皇宗の御神霊の御加護が、なによりそれに応えてくださるという信仰もあるのである。それは多分各個人の家も同様であったのであろう。その家を護り支えているのはその現代の一代のみではない。多くの先祖の御霊が支えてくださっているという意識があり、それゆえに一層家を絶やしてはならない、先祖に顔向けが出来ないという意識が芽生えるのであろう。
そして、天皇の熱心なご祭祀のお姿に、揺らぎない神州不滅の信念を持つのは、当然であろう。
 美智子皇后陛下も、ご皇室の印象を「歴代天皇が、祈りに終始していらっしゃる」と仰せられたが、この皇室の祭祀は、敗戦時にも途切れることなく続いた。まるで天界の意志を示しているかのようである。
 
 
 
平成の御代、天皇陛下は昭和天皇がご高齢のため制限された祭祀をすべて元に戻して継承された。「おそらく、歴代天皇の中でも特に真面目になさっていると渡辺允前侍従長は証言している。
最近ある人から、今上陛下は石清水八幡宮に金銀の幣帛を納められたと聞いた。歴代天皇が、石清水八幡宮に幣帛を納められることはよくあるそうである。しかし金銀の幣帛を納められたことは、歴史上三回しかないという。一回目は蒙古襲来の時であり、二回目は、幕末において孝明天皇が納められた。そして今回が三回目だという。今上陛下がいかに現代の日本に危機を感じておられるかが、ひしひしと伝わってくるようである。
 
 ところで、渡辺允氏が以前何かの原稿に、陛下が皇太子時代から新嘗祭についてお詠みになった御歌を示しながら、陛下は斯様に皇太子時代から祭祀にご熱心であると書いたところ、陛下がお読みになって、それはちょっと違うとおっしゃられたという。皇太子時代は祭祀を見ていたのだ、だからあのような歌が詠めたのである。天皇となってからはひたすら祭祀に務め、一心に祭神に心を集中しているのだから、祭祀に臨む心構えは全く違う、と。
 
  松明の火に照らされてすのこの上歩を進め行く古「いにしへ」思ひて
  新嘗の祭始まりぬ神嘉殿ひちりきの音静かに流る
  ひちりきの音と合せて歌ふ声しじまの中に低くたゆたふ
  歌声の調べ高らかになりゆけり我は見つむる小さきともしび
  歌ふ声静まりて聞ゆこの時に告文読ますおほどかなる御声(みこえ)
  拝を終へ戻りて侍るしばらくを参列の人の靴音繁し
  夕べの儀ここに終りぬ歌声のかすかに響く戻りゆく道  (昭和45年にお読みになった連作七首)
 
 新嘗祭は、天皇陛下が神嘉殿で新穀を皇祖始め神々にお供えになり、神恩を感謝された後、陛下自らお召し上がりになる祭典で、毎年十一月二十三日に行われる。純白の絹の祭服をお召しの陛下が、夕の儀、暁の儀とそれぞれ二時間余りを務められる皇室の重儀である。神嘉殿の本殿で天皇が神饌を供されている間、その隣部屋ともいうべき神嘉殿の西隔殿に、古来より皇太子だけが坐すことを許されている。西隔殿から本殿の祭祀の様子をみることは出来ない。さきの七首の御歌は、昭和天皇のご所作をお偲びになりながら西隔殿に座しておられる折のことをお詠みになったものである。
 
 打越氏は次のように書いている。
 新嘗祭の神秘的な夜が、これほど具体的に再現された御歌はないであろう。ここに祭祀への真摯な御心が表れているのは当然である。ただこれは天皇ではなく、西隔殿に座している皇太子であるからこそ、お読みになれた御歌だったのだ。天皇の祭祀は、それほどまでに厳粛であり、しかしその境地に進むためには、ひたすら西隔殿で心耳を澄ます皇太子としての年月が必要だということではないか。
 平成の皇太子も、すでに二十年、この新嘗祭の体験を積まれてきている。その事実に、粛然たる思いを禁じ得ない、と。




参考文献 「皇太子殿下、皇位継承者としてのご覚悟」 明成社編



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