日本の感性をよみがえらせよう

PC不調と、私事雑用多忙のため停止させて頂きます。

国語、文学

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

平和の架け橋

   数年前、皇后陛下が「子供時代の読書の思い出」と題してビデオを使って、何かの世界大会で講演されたニュースを見ました。皇后陛下は静かな声で、実に自然でよどみない英語で話されて、その和訳の字幕が画面下に映っていました。その内容はとても深くそして分かりやすくて、ほんの一部の映像ではありましたが、見ていて私は日本人として、心から皇后陛下を誇らしく感じました。皇后陛下のお姿、お声、話される英語の滑らかさ、講演の内容の素晴らしさ、全てが、日本の国の品格の高さを表しているようでした。

以下国際派日本人養成講座から転載


■1.皇后様のご講演■
 昨平成10年9月21日、皇后様はインド・ニューデリーで開催
されたIBBY(国際児童図書評議会)世界大会で、ビデオにより
「子供時代の読書の思い出」と題する英語での53分間にわたるご
講演をされた。当日、会場にいたJBBY(日本国際児童図書評議
会)の猪熊葉子会長は、その時の様子を次のように語った。

ビデオ終了直後から万雷の拍手が鳴りやみませんでした。皆

様、大変に感動なさって「あなたがたは、素晴らしいエンプレ
ス(皇后陛下)をお持ちだ」と周囲の人から何度も言われまし
た。[1,p8]

この御講演について、文芸評論家・東京大学名誉教授の佐伯彰一

氏は次のように評している。

格別にお声を高められることもなく、むしろ淡々と、落ち着

いた平語調で、いわば古代以来の「やまと心」を外国の聴衆に
語りかけ、訴えかけられた。これは、戦後のわが国の文化史、
思想史の一つの「事件」とさえ呼びたい気がするのだ。
[2,p41]

■2.自分と周囲との間に橋をかける■


皇后様がご講演をされるきっかけとなったのは、平成6年にIB

BYが授与するアンデルセン賞を、日本人ではじめて詩人のまどみ
ちお氏が受賞した事である。まど氏の詩を美しい英語に訳して世界
に紹介されたのが、皇后様だった。今回はそのご功績が讃えられて、
講演依頼があった、という次第である。

50分以上ものお話なので、ここでは国際派日本人に参考になる

部分のみ、紹介させていただく。そのキーワードは、次の一節に見
られる「橋」であろう。[3]

生まれて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、

人とも物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きて
いきます。この橋がかからなかったり、かけても橋としての機
能を果たさなかったり、時として橋をかける意志を失った時、
人は孤立し、平和を失います。

子供の成長の過程だけではなく、我々が外国の人々との理解を深

めていく場合も、同じ事が言えよう。

この橋は外に向かうだけでなく、内にも向かい、自分と自分

自身との間にも絶えずかけ続けられ、本当の自分を発見し、自
己の確立をうながしていくように思います。

異国で長く生活していると、本当の自分とは何者だろうか、と考

えるようになるものである。そこから自分探しの旅が始まる。その
本当の自分とは、どこを探したら良いのか? 皇后様はご自身の体
験を語る。

■3.根っこと翼■


一国の神話や伝説は、正確な史実ではないかもしれませんが、

不思議とその民族を象徴します。これに民話の世界を加えると、
それぞれの国や地域の人々が、どのような自然観や生死観を持
っていたか、何を尊び、何を恐れたか、どのような想像力を持
っていたか等が、うっすらとですが感じられます。

父がくれた神話伝承の本は、私に、個々の家族以外にも、民

族の共通の祖先があることを教えたという意味で、私に一つの
根っこのようなものを与えてくれました。本というものは、時
に子供に安定の根を与え、時にどこでも飛んでいける翼を与え
てくれるものです。(中略)

他者との間に橋を架けようと思ったら、こちら側にしっかりと根

を下ろし、そして向こう岸に飛んでいける翼がなければならない。

(この本との出会いは)その後私が異国を知ろうとする時に、

何よりもまず、その国の物語を知りたいと思うきっかけを作っ
てくれました。私にとり、フィンランドは第一にカレワラの国
であり、アイルランドはオシーンやリヤの子供達の国、インド
はラマヤナやジャータカの国、メキシコはポポル・プフの国で
す。

二、三十年程前から、「国際化」「地球化」という言葉をよ

く聞くようになりました。しかしこうしたことは、ごく初歩的
な形で、もう何十年−もしかしたら百年以上も前から−子供の
世界では本を通じ、ゆるやかに始まっていたといえないでしょ
うか。(中略)

遠く離れた世界のあちこちの国で、子供達はもう何年も何年

も前から、同じ物語を共有し、同じ物語の主人公に親しんでき
たのです。

この国際化イメージをよく味わってもらいたい。それは皆同じよ

うな「国際人」という根無し草になるのではなく、それぞれが自分
の根っこを持ちながら、相手の根っこを表した物語を読み、それを
翼にして、橋を架けあうという光景である。

■4.愛と犠牲と■


しっかりした橋を架けるには、それだけ自分の側にしっかりとし

た「根っこ」を持たなければならない。皇后様はご自身の子供の頃
の経験を語られる。

父のくれた古代の物語の中で、一つ忘れられない話がありま

した。

年代の確定出来ない、六世紀以前の一人の皇子の物語です。

倭建御子(やまとたけるのみこ)と呼ばれるこの皇子は、父天
皇の命令を受け、遠隔の反乱の地に赴いては、これを平定して
凱旋するのですが、あたかもその皇子の力を恐れているかのよ
うに、天皇は新たな任務を命じ、皇子に平穏な休息を与えませ
ん。悲しい心を抱き、皇子は結局はこれが最後となる遠征に出
かけます。

途中、海が荒れ、皇子の船は航路を閉ざされます。この時、

付き添っていた后、弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)は
自分が海に入り海神のいかりを鎮めるので、皇子はその使命を
遂行し復奏してほしい、と云い、入水し、皇子の船を目的地に
向かわせます。この時、弟橘は、美しい別れの歌を歌います。

さねさし相武(さがむ)の小野(をの)に燃ゆる火の火中

(ほなか)に立ちて問ひし君はも

このしばらく前、建(たける)と弟橘(おとたちばな)とは、

広い枯れ野を通っていた時に、敵の謀(はかりごと)に会って
草に火を放たれ、燃える火に追われて逃げまどい、九死に一生
を得たのでした。弟橘の歌は、「あの時、燃えさかる火の中で、
私の安否を気遣って下さった君よ」という、危急の折に皇子の
示した、優しい庇護の気遣いに対する感謝の気持を歌ったもの
です。

悲しい「いけにえ」の物語は、それまでも幾つかは知ってい

ました。しかし、この物語の犠牲は、少し違っていました。弟
橘の言動には、何と表現したらよいか、建と任務を分かち合う
ような、どこか意志的なものが感じられ、弟橘の歌は(中略)あ
まりにも美しいものに思われました。「いけにえ」という酷
(むご)い運命を、進んで自らに受け入れながら、恐らくはこ
れまでの人生で、最も愛と感謝に満たされた瞬間の思い出を歌
っていることに、感銘という以上に、強い衝撃を受けました。
はっきりとした言葉にならないまでも、愛と犠牲という2つの
ものが、私の中で最も近いものとして、むしろ1つのものとし
て感じられた、不思議な経験であったと思います。

この物語は、その美しさの故に私を深くひきつけましたが、

同時に、説明のつかない不安感で威圧するものでもありました。
(中略) 今思うと、それは愛というものが、時として過酷な
形をとるものなのかも知れないという、やはり先に述べた愛と
犠牲の不可分性への、恐れであり、畏怖であったように思いま
す。

■5.複雑さに耐える生き方■


古事記の一節である。弟橘の生き方は、悲しみを背負いながらも、

自らの運命に直面していく素直な雄々しさに満ちている。これは万
葉集中の防人(さきもり)の歌[4]や、本講座でも紹介した日露戦
争を戦った将兵とその家族の生き方にもつながるものである[5]。
そしてそれは皇后様ご自身の「根っこ」となって、たゆみなく皇室
のつとめを果たされる生き方を支えているのであろう。

読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれ

ました。私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならな
いということ。人と人との関係においても。国と国との関係に
おいても。

ちょっとした我慢ができずに、すぐキレて、犯罪を犯す子供達、

口先だけで国際平和を唱えていれば、それが実現すると思っている
大人達。人生の複雑さに耐えられない子供や大人が多い。

この輻輳する国際社会で、真の平和と友好を実現しようと思った

ら、我々はその複雑さに耐えつつ、自らの「根っこ」を見つけ、翼
を鍛えて、相手の「根っこ」まで辛抱強く橋を架けていかなければ
ならない。

これはそのまま本講座での「国際派日本人」の理想像でもある。

そういう青年達が育つことを皇后様は願われているのである。

[参考]

1. 日本の息吹、日本会議、H10.12
2. 祖国と青年、日本青年協議会、H10.12
3. 皇后さまがビデオで講演、朝日新聞
4. 日本思想の源流、小田村寅二郎、日本教文社、S46
5. JOG(48) 「公」と「私」と


ウィスパー・ボイス さんのブログよりの転載です。おどろきです。幼児用の絵本にも、すでに反日洗脳のためのしかけがしてあったなんて。とくに福音館の『絵で見る日本の歴史』のひどさには驚きました。教育熱心なママがわが子の英才教育にと、あまり深く考えずに買ったりして幼い低学年の子などに読ませたら、その子は日本を悪い国というイメージをもつように刷り込まれ、日本への誇りを失ってしまうでしょう。許せないですね。 

ここから転載です。

うぃすぱー・ぼいす


『ぐりとぐら』 『こどものとも』の児童書 福音館は反日出版社
〜 天皇を貶め、自虐史観に満ちた子供向け絵本


http://image.with2.net/img/banner/banner_23.gif ←はじめにクリックお願いします m(__)m


自分はクリスチャンではありませんが、時々、教会に行くことがあります。
最近、カトリック教会を訪ねたら、DV相談とかの案内チラシまで置いてあった。
役所の無料相談所じゃねえっちゅうに!
“DV”とかいう言葉を見るだけで、カトリックにまで及ぶ左翼の凄まじい影響力がひしひしと感じられ、とても気持ち悪く思った。
下記では、カトリックはまだマシと書いてるが、どうやら最近はカトリック教会でまで、家庭崩壊を扇動する左翼による、ナリフリかまわぬ信者の取り込みが画策されてるようだ。
本来、離婚とかは絶対否定するカトリックであるはずだが・・・・・いったい誰が教会でまで、こんなことやるよう仕向けてんだ!? これって事実上の離婚相談だろ。
当然、そういう相談の受付するよう、本部から指令が出ているからなんだろうが・・・・・
左翼はカトリック教会にまで、すでに工作員を送り込んで配下に置いているということだ。

尚、下の福音館『絵で見る 日本の歴史』のページ内容を入手したので、問題箇所の一部をアップさせていただきます。
Amazonのコメント欄にも、この絵本の自虐 日教組史観に怒っている方が見受けられます。
http://img.whisper-voice.tracisum.com/20100721_1093619.jpg
↓各時代をクリックでページが表示されます。
弥生時代
  古墳時代  奈良時代  明治  昭和1  昭和2
-------------------------------------------------------------------------------
(2009.3)
小さな子を持つお母さんなら、このタイトル見て、卒倒するような方が、きっと多いことだろう。

日本における子供への左翼洗脳。
そのワナはそこかしこ、いたるところに仕掛けられている。
平和や平等を利権に日本を貶める、日本の左翼勢力とは、何と強大であることか。

絵本の福音館、子供を持つお母さんならみなご存知。
「ぐりとぐら」、「エルマーのぼうけん」、子供向け絵本雑誌の「こどものとも」などで、とても有名。

講談社や朝日新聞・TV朝日、TBSらの反日メディアグループに勝るとも劣らず、実は児童書で有名な福音館も筋金入りの反日左翼出版社。

以下は、福音館の「日本の歴史」という子供向け絵本の記述。大体、こんな具合。
*********************************************************
古墳時代
各地に大きな墓がつくられ、なかでも天皇のものは巨大でした。墓をつくるため大陸や朝鮮から来た人たちの技術がつかわれました。

奈良時代
天皇は政治の中心となる都を定めました。農民たちは、華やかな都に暮らす天皇・貴族の生活を支えるため、重い税を納めました。

昭和時代
中国に戦争を仕掛け、太平洋・東南アジアにまで侵略を続けた日本軍は、各地で激しい抵抗にあいました。やがて敗退し、日本本土がアメリカ軍の空襲を受け、広島と長崎に原爆まで落とされました。

*********************************************************

数十ページの絵本で文章の記載は、ほんのわずか。
しかも、奈良時代の豊かな文化に触れることなど一切なく、天皇のために農民が重い税を納めさせられて苦しい生活を強いられただけであるような、天皇を貶める記述。
こんな書き方では、無垢な子供の心に、王様(天皇)はエライ人でなく悪い人だと、潜在的にスリ込まれることとなる。

他にも世界に誇れる日本の豊かな文化についての記載は、一切なし。
太平洋戦争だって、すべての戦争責任を日本人に押し付け。
こんなんで日本人としての自信など、もてるはずない。
子供が、日本人は悪いことばかりしてきたと信じてしまうぞ!


福音館はもともとプロテスタント系キリスト教の出版社。

自民の石破さんは軍事マニアのくせに、なぜか日本の戦争責任を認める自虐史観を持っていること、くわしい方ならご存知だろう。
石破さんはプロテスタント教徒。自分は、石破さんが自虐史観気味なのは、プロテスタントであることが影響しているのではないかとも考えている。
対して愛国 麻生さんはカトリック。

そしてプロテスタント系の教団には、平和デモとかで、やたらヒステリックに騒いでる団体がある。
さらに、日本のプロテスタント系教会の牧師には、実は朝鮮人が多い。
もちろん、すべてのプロテスタントがそういうわけではないので誤解なきよう。
でもよく調べてください。中にはカトリックにも、一部の団体で反日のところもあるらしい。

そして自民党総裁の谷垣さんも、プロテスタント教徒、、、ちと心配。

ぐりとぐら、、まあ、よく考えれば、大きな卵を動物みんなで分けて食べる話で、とても左翼的。
月刊誌絵本「こどものとも」にも、子供を左翼思想に洗脳する爆弾が随所に仕掛けられてることに、疑いの余地はないだろう。
子供へのスリ込み、洗脳は、大人になっても非常に大きな影響を残す。

子を持つなら、妻が子に読ませてる絵本、福音館がないか、至急チェックすべし!

ぐりとぐら、こどものとも、、、、
子供に読ませるのやめましょう。

もともと日本の昔話は、桃太郎や一寸法師などヒーローが出てくる、勧善懲悪モノが多かった。
しかし左翼の児童向け絵本は、悪役がおらず、みんな仲よくがモット−。
もちろん、みんな仲良くは大事だが、それだけでは危機管理や有事への対処ができない。
ぶっちゃけて言えば、左翼系の児童書・アニメばかり見ると、単に人がいいだけの“バカ”になるということだ。
勤労や危機管理を怠らなかった子ブタが勝利する、「3匹の子ブタ」はとてもよいお話。

左翼系の児童書では、強い者や権力者が出てきたら常にワルモノ扱い、命を賭けて戦う者など・・・・
これらを全部否定する。

もちろん、日本で反日教育を牛耳る日教組のイデオロギーは、これらに習う。


ちなみに、靖国神社を米国が廃棄しようとした時、国のため戦って死んだ人々へは、いかなる国の人々もそれに対して敬意を示すべき、として反対したのが、カトリック ヴァチカンのヴィンテル神父。
靖国は、ヴィンテル神父のおかげで破壊されずに済んだと言える。
---------------------------------------------------------


転載終わり



和歌の前の平等

 今回は和歌という我国伝統の真心の表現法を、記事のテーマにしてみました。今回も、国際派日本人養成講座よりの転載です。


1.夏休みの宿題の短歌が選ばれた 
 
 夏空に音は広がりかげろふの揺れる道の辺(べ)パレード終る
 
 大阪の女子高生・佐藤美穂さん(17歳)が夏休みの宿題で作っ
た短歌だ。この1月14日、皇族、各界代表者約80人が参列した
新春恒例の「歌会始(うたかいはじめ)の儀」で、10首の入選歌
の一つとして、朗詠された。お題「道」に寄せて、日本全国、海外
から詠進された2万16百余首の中から選ばれたものだ。高校生の
入選は、実に39年ぶりである。
 
 この歌に関して、ニフティサーブの吹奏楽の会議室では、次のよ
うな感想が寄せられた。
 
     夏の青く暑い空に自分たちの音が広がっていったこと、ふと
    見た道の辺に陽炎がたっていたこと、そういう中でパレードが
    無事に終えられたこと、このような小さな自分の感動をよく見
    つめて歌を詠んでいるなぁ、と思いました。
   
     パレードに一生懸命取組んだ佐藤さんの生き生きとした姿が
    よく伝わってきます。普段雑事に奔走しているワタシも、なん
    かこう、ふうっとなつかしくなり、ほっとさせてくれる歌でし
    た。不思議ですね。(岡山英一)
 
 歌を始めたばかりの女子高生が自分の経験を詠んでみた。その歌
を通じて、その時の気持ちが手にとるように伝わる。まさに短歌と
は「詠む人の想いを言葉で真空パックした贈り物」であると言える。
儀式の終了後、天皇、皇后両陛下にお会いした佐藤さんは「おめ
でとうございましたと両陛下はやさしくほほ笑んでおられまし
た」と語った。
 
2.いじめに負けず 
 
 次に朗詠されたのは、北九州市の放送作家、吉永幸子さん(二
七)。20代での入選も、33年ぶりだ。小学生のときからいじめ
にあい、高校時代にはついに登校拒否に。成人式にも出られず、母
親が作ってくれた振りそでを着られなかった。歌会始には、その振
り袖を初めて着て、参列した。「今回初めて応募したが、入選でき
て、失われた青春時代も報われた気がする」と手放しで喜ぶ。
 
 いちにちがきらきらとして生まれ来ぬ海の道ゆく父の背あかるし
 
 西に向かって博多湾を出ていく小さな漁船。その上にすっくと立
つ父親のたくましい背中に東から朝日があたっている。一面のさざ
波が朝日にきらめいて、一日が生まれ出た所である。そんな情景が
浮かんでくる。吉永さんは父親の頼もしい背中に励まされ、その体
験を歌に詠むことで、いじめによる心の傷を癒したのであろう。両
陛下から「ご両親もさぞかしお喜びのことでしょう」とお声をかけ
られたという。
 
3.移民の労苦を偲ぶお歌 
 
 皇后陛下は若い二人の入選を特にお喜びになった、と伝えられて
いる。その皇后様は、次のお歌を詠まれた。
 
 移民きみら辿(たど)りきたりし遠き道にイペーの花はいくたび
 咲きし
 
 昨年のブラジルご訪問の時に詠まれたものである。ブラジルの農
園に至る道に咲くイペーの花をご覧になられて、三代に渡る移民達
が、いくたびこの花を見上げながら開墾作業に向かったかを、思わ
れてのお歌である。きびしい農作業のあいまに農民をなぐさめたイ
ぺーの花を通じて、日系移民達の心を皇后様が思いやられる、さら
にそのお歌を通じて、我々にも皇后様のお心が偲ばれる。まさに歌
とは、人々の心をつなぐ架け橋である。
 
4.和歌の前の平等 
 
 このように和歌は、歌のテクニックを競うものではなく、そこに
こめられた「まごころ」を歌い、詠み味わうものである。
 
 現代では「まごころ」とは誠実さとか、人に対する思いやりとい
う意味で用いられるが、古来の大和言葉では、「まごころ」とは
「真心」であり、「人間の真実の思い、こころ」と言う意味であっ
た。そして人間の真実の思いを大切にし、それをお互いに理解する
事が、大切である、そういう考え方のもとに、自らの「真心」を見
つめ、互いの「真心」を通わせるために日本人が発明した独創的な
方法が和歌なのである。
 
 我が国最古の歌集、万葉集においても、地位や財産などの外形的
なものよりも、人間の真実の思いを尊ぶ姿勢は、すでに明確に現れ
ている。そこには天皇の歌から、名もない農民や兵士の歌まで収録
されている。たとえば、次のような歌がある。
 
 父母が頭かき撫で幸(さ)くあれていひし言葉ぜ忘れかねつる
 
     出がけに、父母が自分の頭を撫でながら、「くれぐれも気を
    つけていっておいで」と言ってくれた言葉が、忘れられない。
 
 天平勝宝七年(西暦755)に、大陸からの侵攻に備えて、東国か
ら九州太宰府に派遣された少年兵士の詠んだ歌である。年の頃は、
冒頭の高校生の佐藤さんと同じ位ではないか。その親を思うまごこ
ろは、1200年以上も後に吉永さんが「父の背あかるし」と詠んだ親
子の情と変わらない。
 
 万葉集は、地位や財産に関係なく、老若男女に関わりなく、まご
ころを詠んだ歌、そして、そういう歌を残した人を長く歴史に留め
ておこうとしたのである。
 
 キリスト教での「神の前の平等」に対し、これを「和歌の前の平
等」と喝破したのは、渡部昇一の名著「日本語のこころ」(講談社
現代新書)であった。我が国では、この「和歌の前の平等」を原理
として、国民がお互いにまごころを通わせるような国を理想と考え
ていたのである。
 
 歌会始はこの理想を国家的制度にまで具現化したものである。
 
5.世界から見た歌会始め
 
 歌会始めは平安時代から行われていたようだ。宮中恒例の年頭行
事となったのは、後土御門天皇御在位(1464-1500)の頃と言われ
ている。国民一般の詠進が始まったのは、明治5年。それからすで
に125年もの歳月が経っている。
 
 今年の歌会始で女子高生が宿題で詠んだ歌が、両陛下以下、新聞
やテレビを通じて全国民に披露されるというのは、この「和歌の前
の平等」の伝統が現代の歌会始にも脈々と息づいている事を示した
ものである。
 
 このように天皇と国民が一同に会して、お互いに歌を通じてまご
ころを通わせ合うというのは、外国人から見ても、驚くべき文化伝
統であった。イギリスの桂冠詩人ブランデン、今上陛下の家庭教師
であったアメリカのヴァイニング夫人は、それぞれ歌会始に陪席し
て、美しい感想を残している。
 
 また白百合女子大のマリー・マリー・フィロメーヌ教授は、

”The New Year's Poetry Party at the ImperialCourt -Two Dec

ades in Post-war Years, 1960-1979" (北星堂、昭和58年)で諸
外国に皇室の歌会始めを1冊の本で紹介され、
 
     日本の皇室と国民との間に、歌を介した美しい、次元の高い
    交流がある
   
と記された由である。(皇后陛下の御歌集「瀬音」p235-7
 
 「和歌の前の平等」という優れて精神的文化的な伝統が我が国の
古来からの国柄の一つとなっている事を、2月11日、建国記念の
日に思い起こしたい。

おたより 大石 郁夫さんより

 
 ひとつひとつの短歌に感動し、心が洗われるようでした。特に、
昨年ツアーでブラジルに行って、日本人の評価が高いのを知り、日
系移民の苦労をしみじみと感じたところなので、皇后様のお歌には、
思わず涙してしまいました。良き意味で日本人としての誇りを思い
起こしてくれました。
 
 
                 Japan On the Globe (23)
_/ _/ _/ _/ _/_/ 国際派日本人養成講座
_/ _/ _/ _/ _/ _/ 平成10年2月7日 1,972部発行より転載

 保田與重郎氏の『日本の伝統』のつづきです。

 昔の日本人は、人生五十年と言いました。織田信長は、桶狭間に出陣するときに、『人生わずか五十年、下天のうちに比ぶれば、夢まぼろしの如くなり』と謡って、大嵐の中を疾風のように馬を飛ばした、という有名な逸話があります。
 この時代の武士は、その思想や人生観からいいますと、立派な武士道といった思想を、まだもっていません。百年くらいあとの大石良雄の時代になりますと、山鹿素行というような偉い先生の学問がおこなわれたりして、その考え方や心がまえに典型的な武士道が現れます。戦国時代の武士は、だいたい、思想というようなものはなにもない。ところが、何かしら別の、感情のなまのもの、無垢なものをもっています。日本人としての気概気風です。それは、どうしてできたかといいますと、日本の風景、山河自然がつくったものだと思います。
 信長は乱暴な人ですが、この出陣のときは、まことに颯爽としています。外国の武将はこうした時、部下の軍隊に演説をしています。ギリシャ、ローマの英雄から十九世紀のナポレオンまで、英雄の演説集が残っています。日本の英雄は演説も雄弁もありません。
 日本の英雄はだれも演説しません。古の日本武尊が演説された記述はなく、大事なときに傑作の歌は残しておられます。木曽義仲も源義経も豊臣秀吉も演説しません。
 西郷隆盛が明治十年、西南の役に鹿児島を出発するときに、出陣の演説をしていません。西南十万の若者は、西郷さんという英雄を慕って集まってくるのです。何も知らないものを徴発して集めてきたのであったら、演説をして出兵の主旨などを知らしめ、また元気づけをする必要がありますが、自分から進んで生命を捨てに来た人達だから、今さら何を言う必要もなかったのでしょう。近い時代のどこをみても、こんな英雄は見あたりません。わが国は、ひとつの民族の集まりですので、互いの民俗、習慣、思想などはほとんど同じですから、相互の無言の信頼にたよって、言葉を費やさねば意志が疎通しない、というようなことにこだわらなかったようです。
 戦後、自分の意見を口にしないのは、馬鹿か腹黒い見本のように言われ、かん高い声をはり上げてどなりたてる者が民主主義者でかしこい人だと言います。外国人がそう思うのは、国を構成する民族の違いや、日本の歴史を知らない、あさはかな考えです。
 聖徳太子が演説をされたということは日本書紀にはありません。太子の時代は、国際情勢から言っても、国内状態から言っても、現在よりも難儀な時代です。太子の雄弁の記録はありませんが、一時に十人の言う事を聞かれたという逸話はあります。
 太子の時代につづく大化の改新まえの時代も、日本の国がどうなるかという点で、人間の知恵では先の見とおせないときですが、この時代を打開された中大兄皇子にしても、また藤原鎌足のような人でも演説をしていません。そのとき、国の大方針をきめる朝廷の会議が3日も続けて開かれています。この会議で何をどう議論したかというような記事は書紀には一行もありません。
 蘇我の山田石川麻呂の論だけが誌されています。その時のただ一つの真理を言ったのです。この人は大化の改新第一の人物でした。会議というようなものは、政治家の会議であろうと、役人の会議であろうと、先生の職員会議であろうと、あとから考えると、時間と労力のむだづかいで、ろくな議論などない。ですから、記録に残しても何の益もないと考えたのでしょう。
 石川麻呂は、
「日本の国は、昔から、神の教えのままを、しきたりにやってきた国だから、昔の式を信じましょう。」と言い、その通り決まったと、記録されています。



 保田與重郎氏の『日本の伝統』のつづきです。

 孫文と日本人

 支那の清朝を倒して、中華民国をつくったのが、孫文という人です。この孫文さんの革命を、多くの日本人が助けました。
 大正一三年、孫文さんが日本にやって来、それが最後の日本訪問となったのですが、この時、神戸へ立ちより、山田純三郎さんという人の家を訪ねました。純三郎さんの兄さんの山田良成さんは、明治二三年、孫文が初めて革命の兵を挙げて、清朝の軍と戦って敗れた恵州事件に参加して戦死しました。革命軍の死者は全部で四名で、山田さんはその一人、日本人として支那革命犠牲者の最初の人となられました。
 純三郎さんは、孫文が、多くの日本人同志の中でも、おおいに信頼していた一人でありました。
 孫文がこの純三郎さんの子供の名付け親となって「華生」と命名しました。この子は支那で生まれたのです。
 「華生は大きくなっただろうな、一ぺん見たいな」と孫文さんが言われました。
 孫文は、もう少し人情味があってもよいと思うほど、私的な話はせぬ人で、全て公的なことばかりで暮らしている人だった。いままで一度も、そんな子供のことを言わぬ人だったのに、と山田さんは、その時、思ったそうです。あとから考えると、この折の訪日が最後で、もう華生とも会えないという予感があったのではないかと、山田さんは述懐していられます。
 そこで、山田さんは、
 「子供は学校へ入ってから一度も休んだことがないので、華生を休ませることができない」と答えられました。
 これを聞いた孫文は、感動します。うしろにいる奥さんをふり返って、「おい、慶齢、これが日本の今日ある故因だ。これを学ばねばいかぬ」
 日本人は学校へ行き、学問をすることを非常に大事にする。日本が短い年月の間に近代国家や文明を築きあげたもとになったのは、これなのだ。支那もこのもとのものを学ばねばならぬと言ったのです。
 私は、華生さんを孫文さんに会わしておいた方がよかったのではないかとも考えますが、山田さんはこう考えたのです。子供も学校を休みたくなかったのかもしれません。
 孫文さんは、支那だけの偉人ではなく、二十世紀の世界を見渡しても、最も立派な偉人の一人で、そう度々出現するような人ではありません。したがって、こういう人と会える機会は、ふつう、人の一生を通じても、殆どないと言えます。山田さんも立派な人です。
 偉い人や立派な人と出会ったことで、その人が立派な人になるとは言えませんが、立派になった人は必ず、立派な人や偉い人に出会い、その感化を受けています。
 明治大正時代の学校の義務教育は、いまとちがって自覚のある先生が多く、従って、国民も尊敬していました。社会に出て成長した人で、小学校の先生を一番尊敬しているという人は、大正時代から昭和の戦前には少なくありませんでした。


 先祖の恩恵
 
 日本人は、ずっと古い昔から、未知のもの珍しいものを取り容れることが好きだったのですが、しかし、歴史的に見ますと、それがために自分自身を失ったということはないのです。ある時期にゆきすぎると、それをもとにもどすような力を、民族としてもっていたのです。維新初期の人の中にも、西洋文化を取り容れても、日本本来のものを失ってはいかぬと警告しています。また、ヨーロッパ文化に日本が侵害されて、日本人であることを忘れてしまった世相を嘆いて、過激な行動をした人もありましたが、あとになってみると本筋を失っていなかった。
 日本人全体として、生活にも思想にも、現実の変化に適応して、しかも本来のものを喪失しないという根柢のものがあったのです。日本人の生命が幾千年もつづき、民族として衰えず、民族の気分として、いつも若々しかったという事実から考えますと、自己の根本を逞しく育てるために、外来のものをどしどし栄養として摂取し同化するという素質があったのです。無意識のうちに、そういう素質が働くのです。これは、そういう素質に生んでくれた先祖の恩恵です。
 本来のものがしっかりしていれば、外のものは、できる限り多く、取り容れる方がよい。健康な体の人は、好き嫌いなくいろいろの食物を多くる。それがまた健康の元になるのと同じです。それで、本来のものがしっかりしていないところでは、外のものを取り容れることも出来ないとも言えます。
 国のなかにも、本来のものをしっかり守っている人と、外のものをどんどん取り容れる人との両方が存在してよいわけです。また、人の一生のうちでも、どちらかが主となる時期があるものです。だいたい、老人は前者の人が多く、若者は後者の範囲に入る人が多いのが普通です。
 私は老人の仲間ですから、年寄りのものの考え方をしたいのです。年ををとっても若い者の考え方をしなければいかぬと言いますが、この意見は私はとりません。老人は老人の考え方をしてくれぬと、歴史は続きませんし、民族は進長しません。若い人の真似をするのは簡単ですが、年寄りの真似をするのはたいへんむずかしい。むかしの年寄り、私たちの祖父の年寄りの真似をしたいと思うのですが、非常にむずかしいのです。今は年齢を重ねても、立派な年寄りになれない。特に都会地ではそうです。以前は見事な年寄りが沢山いました。ふんだんに味のある言葉がきかれたものです。


全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
さざんか
さざんか
女性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(19)
  • 清丸
  • 光
  • 櫻井よしこ大講演会名古屋
  • たけし
  • 敬天愛人
  • 夕日の丘
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事