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前回、日本の国の理念について書きましたが、前段が長すぎて、字数制限もあり、日本の国の理念については、書き足らない感じになってしまいました。そこでもう一度、日本の国について考えてみたいと思います。
日本の国が長い歴史の間、天皇を中心とした国であったことは間違いのない事実です。天皇から権力が武家に移った期間も長かったし、経済的にも困窮された時代はありましたが、一度として、国の最高権威であるという地位から、離れられたことはありませんでした。これは、まさに奇跡的なことで、世界のどの国においても、権力を失ったものが、権威を失わずに残るということは考えられないことです。 有史以来連綿と続いて、ついには幕末に国家がかつてないほどの危機、西欧列強の植民地となるかどうかというときに、幕府側も倒幕派もみな天皇を中心に民意の統一を図るということでは一致したというくらい、国家、国民を統合させる中心的存在で在り続けたのです。
それは、天皇という存在が、日本民族の理念的存在であったからではないでしょうか。理念というものは、決して壊れることのない原型であり、また絶対的な完全性を持っているのが特徴であり、現実の世界にはありません。しかし、その原型が現実の世界において、限りなく理念に近い形のものになります。
世界にはいろんなアイデアが溢れていますが、すぐに姿を消すもの、形は変わりながらも永久に残っていくものがありますが、永久のものこそ、円や直線と同じような完全性をもった理念的存在と言えるのではないでしょうか。日本民族が古事記で表現した天皇という存在、それは高天原の統治者である天照大御神の子孫であり、高天原から地上に天下って、日本国家の統治者となられた方です。高天原というのを、理念の世界であるととらえるならば、理念の世界から現実世界へと天下った存在、そういう存在として天皇を、日本民族は捉えたということだと思います。
古事記に描かれた高天原、それが日本民族の捉えた宇宙観であり、高天原がいわゆる仏教やキリスト教でいう天国であり浄土であろうというのは、誰でも考え及ぶことです。民族によりその捉え方は微妙に違っても、それは民族の視点の相違であって、同じものを見ても、民族が違えば、ものの捉え方、表現の仕方で、世界観、自然観、宗教が違ってきますが、人類であるかぎり、その民族的視点や表現を超えた共通のものに行き着くのもまた自然のことであると思います。
日本人の捉えた高天原の特徴は、天照大御神という中心がある世界だということです。太陽が太陽系の中心であり、万物に光と熱を与える存在であるように、中心者である天照大御神の御徳がすべてのものに行き渡って万物を活かす世界です。安田與重郎氏は、日本民族の使命はこの高天原の状態を地上にもたらすということであると言われました。天皇が長い歴史の中で、現実には、必ずしも完全な統治者の姿ではあらせられず、経済的困窮という悲惨な情況も経験されながらも、歴史に耐えて、中心者としての存在であられたのは、その公平無私な精神で民の親として民をいつくしまれ、民族の神々を祭られるという祭祀王としての役目を忠実に守られたからです。その現実の一人一人の天皇の背後に理念としての天皇を、日本民族は見続けていたと言えるのではないでしょうか。
かつて神宮司庁教学研究室室長であった幡掛正浩氏は次のように言われました。
『源平盛衰記』に時の帝のことを、「伊勢大神宮に入れ替らせ給へる御方」と表現している箇所があるように、天子様が大嘗祭を執り行なわれることによって、天祖(天照大御神)の霊が天皇に憑(よ)りつかれるのである。それが日継ということであり、年々の新嘗祭は一層これを入念にさせ給う平時の繰り返しである、と。これが、天皇が天照大御神の「現御神(あきつみかみ)」ということなのです。このように、日本の天皇は祭祀によって皇統を継承してこられ、天祖の神勅を神器とともに伝えてこられたのです。さらに天皇は御自身の血脈をも天祖から万世一系につたえ給うのです。だから天皇は日本国民にとって、神であり、神皇と言い得られるのです。
これが正しい「神話」にもとづく日本人の正統な歴史感覚に根ざした天皇観なのです。
余談ですが、昔、後水尾天皇が水疱瘡にかかられたとき、特効のお灸があるにもかかわらず、現人神たる玉体にすえることは、畏れ多いという異議が出たために、ついに譲位をなさって、お灸の治療を受けられたということがあるそうです。天皇という御位は、大嘗祭によって天照大御神の霊を受けられることで、現御神になられるのです。御退位になれば元の人に戻られます。明治以来は、天皇は終身位となられましたから、御退位はなくなりましたが、こうしたことを考えると、やはり終身位としたのは正しいと思います。
ところで、戦前東京帝国大学の助教授で、経済学者の難波田春夫博士は、戦後公職追放にあわれ、その後はいろんな大学で教授をされた方ですが、博士が天皇について、次のような文章を残しておられます。
自己否定的な人倫的愛の原理は、家において最も純粋に現れる。そこで、他の一層広い人倫はしばしばこの家を原型とし、家の拡充として考えられて来た。たとえば、まず第一に国家がそうである。一つの家が成り立つためには、家族全体の幸福を考えて行動する“あるじ”がなければならない。と同時に一つの国家が統一的な国家として存在するためには、私心のない、公的な、人民の利益のみを考え、それの実現だけを念願する主柱がなければならない。国家に於けるこのような“あるじ”が天皇である。日本民族は大和島根に二千年もの間、外敵の侵略を受けることなく混血したため、他の国に見られないほど純粋な血の統一を形成しているが、このような血の統一における中心が同時に以上の如き意味における精神的統一の中心でもある。日本の国はこのようにして天皇を“あるじ”とする家族国家ともいうべき形をとり、人民は赤子であると観念せられ、天皇と人民の関係は父子の間柄に比喩せられた。……人民の間には利益の衝突がある。従って、もし天皇が私心のある存在であらせられるとしたならば、その存在は、対立している人民のいずれかの側に有利であることとなり、利害の衝突はますます激化する。日本民族がその内部における多くの変革を通じてなお一つの統一を保って来たのは、このようにして全然“私”を持たれぬ天皇が血縁的精神的帰一の中心となって来たからであった。日本の国家的統一を可能ならしめたものは、かくして天皇であった。
昭和天皇が自分の身はどうなっても良いから戦争を止めると言われ、マッカーサーのもとに出向いて自分は絞首刑になっても良いから、国民を救ってくれと言われたように、自分の身を棄てても国民のことを考えられる天皇という存在こそ、国民の父なる理念です。日本人にとって、皇室は民族の宗家であり、天皇は父であり、民族の神を祭られる祭祀王であるのです。
しかし、日本国憲法によって、国家観は希薄になり、家の観念もなくなりつつあります。この国家、家の観念が希薄になることで、国家の安全保障すら我関せずの国民が増え、さらには我々国民自身の家族の絆も少しづつ破壊されてきました。国の基本法に民族の理念が入っていないのですから、この憲法を守っている限り、日本の国家はどんどん破壊されていきます。日本が日本であるためには、この現行占領憲法を無効宣言して、大日本帝国憲法を復活させるしかないと思います。
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憲法
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この前ケーブルテレビのヒストリーチャンネルを見ていたら、恐竜から哺乳類に進化する過程をやっていました。最初の哺乳類の先祖は齧歯類(げっしるい)のような生物で、まだ卵を生んでいたそうです。それが胎盤を発明したことによって、それによって恐竜に襲われたときに、いままでは卵を置いてゆかざるを得なかったのに、自分のお腹の中に入れて移動でき、育てることで、子孫を残す確率が上がったと言っていました。こういう番組では、いろんな動物植物の進化を、擬人的に、何々という生物は、何々という技術を発明することで、何々を発明し獲得することで、とか言っていますが、いつもそれを聞きながら、その発明は誰がしたんだと聞きたくなります。哺乳類の誰が胎盤を発明したのか?そのネズミのような生物の誰かが考え出したのか?と。おそらく生物学者は、たまたま偶然に突然変異が発生し、それがたまたま環境に適応するのに都合が良かったから、遺伝していったのだというのでしょう。
でも自然界を見渡して、そのような都合の良い偶然によってすべてがなりたっている、ほんとにただそれだけの世界なのでしょうか。小さな微粒子が集まって少し大きな物質分子になって、それが複雑に結合して、微生物が出来て、それがどんどん複雑な組織に進化して、ついには人間のような高等生物ができたと。それが全て偶然なのでしょうか。むかし若い頃、物理のはなしをおもしろくやさしく書いたような本を読んでいたら、宇宙はエントロピー増大の法則というのがあって、すべてのものは自然の中では、秩序から無秩序に向かってエネルギーが流れているとかなんとかいう話がありました。それなのに、単純から複雑へと、無秩序のものが秩序ある組織へと進化していく生命というものが、ほんとに物質の力だけで、いつの間にか超複雑なものが気付いたら出来上がっていた、なんてことがあるのだろうかと思ったりします。私は理系ではないし、エントロピーについて考え違いをしているのかも知れません。でも例えば、昆虫の中に、擬態というのがあります。花カマキリなどというのが、いい例ですが、熱帯地方のその地域に咲くランの花にそっくりの形をしています。このランにそっくりの形をその昆虫が真似るときに、そのカマキリの先祖が、話しあってこの蘭にそっくりの形態をもとうじゃないかとか、あるいはカマキリの伝説的な偉人が、擬態というものを発明して、一族に広めたなどというわけではないのに、いったい擬態というものを考え出したのは、カマキリなのか誰なのかと思うのです。たまたま偶然にそこにあったランの花そっくりに突然変異が起こったなどということがあるでしょうか。
私は別に宗教の話をしたいわけではないのですが、こういう生命だとか宇宙だとかのことを考え出したら、どうしても、この世界のいろんなものを生かしている存在、それを神と呼ぼうが、仏と呼ぼうが、大自然と呼ぼうが、呼び方は何でもいいですが、なにか眼に見える物質だけではないものの存在を認めなくてはならないと思うのです。
ところで、話は変わって、私は数学で、直線は幅のない長さだけの真っ直ぐ無限に伸びるものとか、円の形というものは完全にまん丸で、このような数学上の概念は現実の世界では存在しなものとされ、そういういろんな数学上の概念(図形だけでなく虚数だの、累乗の概念など)を考えていると、理系でない私は、気が遠くなりそうに感じることがあります。たしかに現実の世界では、限り無くそれに近づけることは出来ても実際それを表すことは無理です。しかしだからといって、直線も円も存在しないということではないと思います。現実の世界に表すことはできないけれど、理念とでもいうべき存在として、やはり存在していると考えるべきではないかと思うのです。例えばここに時計があるとします。この時計を壊してしまってバラバラに分解すれば時計はなくなります。このようにして世界中の時計をすべて壊してなくしてしまったとしたら、時計は現実の世界からは、一個もなくなります。しかし本当に無くなったのでしょうか。現実の世界から姿は消してしまっても、時計の技術者が、やっぱり時計がないと不便だと、もともと時計の作り方を知っているのでそれにしたがって作れば、すぐさま時計は復活します。それは現実の時計をいくらなくしても、時計というものの設計図、あるいは時計というものの理念がなくなっていなかったからです。理念というものは目に見えなくても存在しているのです。この場合、ほんとうの時計は、現実の時計なのか、理念の時計なのかという話ですが、形あるものは全て壊れます。しかし形の元になったアイデア、即ち理念というものは壊れることはありません。
さてここで、日本の国のことを考えてみましょう。日本の国が敗戦して、占領軍から日本国憲法を押し付けられました。日本国憲法では、主権は国民にあると宣言されています。アメリカ式の民主主義では、個人というものがあって、その個人がたくさん集まって、お互いが協力し合えば、近隣の人間たちの集団が、攻めてきて土地を奪ったり、生産物を略奪されたりするのを防ぐことができる。だから組合のようなものを作って、お互い相互扶助し合おうというので、国家ができました。そしてお互いその運営のためのルールを決めようというので憲法ができました。だからアメリカ式の民主主義では、国家よりも先に人民があるのです。その人民が集まって国を作ったからです。いわば国家を作ったのは人民であるわけですから、作者の人民に主権があるのです。人民が気に入らなければ作品である国家をいかようにも改ざんして、別のものに作り上げたりすることもできます。外国に於いては、だから革命も起こります。
しかし日本の国はどうでしょう。日本の建国の神話は、天照大御神の神勅を受けて、瓊瓊杵尊が地上の日本国に降臨されます。それ以来ずっと続いている国です。神話というものは、その民族の考え方が最もはっきりと現れたものです。それは日本民族の国家というものに対してもつ理念であるといえます。日本民族は日本の国を人民が集まってできた集団というふうには考えなかったのです。宇宙の中心である天之御中主神、そのより具体的顕現とも言える天照大御神から天下った理念によってできた国、その理念の顕現身とも言える天皇を中心とした国であると考えたのです。そのような理念を持つ国の憲法がアメリカ製の憲法になってしまったのです。国民主権というのは、時計という理念が先ではなく、ネジや歯車や秒針等の部品が集まって、協議して、いろいろお互いが組合ったら、きっと何かいい機械か道具ができるに違いないから、一つ組合ってみようじゃないかと言って組合ったら、たまたま時計になったというようなものではないかと思うのです。つまり、進化論と同じ、唯物史観というやつです。物質が先にあって、偶然の組み合わせで、いつの間にか高等な生物ができあがったのです。
そのように、日本の国も人民が先で、国家は人民が創り上げたものだから、人民の権利こそ最大限に尊重すべきもので、国家というのは人民に奉仕するためにあるのだという考え方を押し付けられたのです。
それに対して、帝国憲法は、国家主権の考え方であり、国家を建国の理想にもとづく理念の国として捉えていますから、国民はみな国家に神聖な価値を感じ、国家の悠久な生命と自分の生命との一体感を感じていました。だから、いざというときには、自分の肉体的生命を捧げても惜しくないほどの価値を感じたのです。それは、目に見えないものの存在を知っていたからではないでしょうか。唯物史観では、眼に見えないものの存在は否定されます。したがって、自分の生命以上の価値を見出すことはできません。人間にとって、本当の幸福とは、どちらでしょう。
この戦後の日本国憲法の精神で進んできた日本の国が、いまどのような幸福を実現しているかで、その成果のほどがわかるのではないでしょうか。経済的な繁栄は実現しましたが、戦前に比べて、家族の絆はどうなったでしょう。教育の現場はどうなっているでしょう。単純に見れば、それが答えです。
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前回の続きです。
立法、行政のことにしても、とくに裁判のごとき場においては、人々の利害は相反し、対決闘争の修羅場と化しやすい場所である。国家統治の場は、こうした場であり、ただ自然の勢いに任せて放任しておけば、一国は分裂して崩れて行く危機をさけがたい。人間はただ権謀をもって衆を集め、力をもって敵を圧倒することのみを志とするようになる。それでは人心の胸中ふかくに欲する神聖をもとめる心は、抹殺されてしまう。
それを救うのが、天皇統治の大権というものである。統治権を総攬(そうらん=すべてまとめにぎる)されるからといって、天皇が、立法、行政、司法その他複雑他端統治の作用に直接的に介入なさるのではない。それぞれの国家の公的な機関があって、その責任と権限とにおいて統治に参与する。しかして、その国家機関の権限や責任については、社会政治情勢の推移によって、変遷し対応していかねばならないであろう(政体の改正、または変革)。しかしながら、その統治の大権そのものは、天皇に帰属するとの理義を失ってはならない。これが日本人の伝統的な信条であった。それは、この理義を明確にしておくことによってのみ、日本国の統治そのものをはてしのない対決闘争と罪けがれから守り、日本の民心に「神聖をもとめる心」を保全し得ると信じたからである。
天皇こそは、日本人に対して、神聖感を授け得る唯一にして共通の存在と信ぜられた。しかしてその神聖感のもとづくところは、天皇が、日常不断、この国の始祖たる皇祖に対して、ただひたすらにお祭りなさる方である、というところから生ずる。
しかるに、今やその国体は大きくゆがめられている。国の統治の上では、天皇は象徴として、最高の儀礼を執行される地位には止まっておられるけれども、ことさらに国政上の権能なきものと明記したのが今の憲法である。しかして、天皇の祭祀大権なるものを、いまの国家の法は、まったく無視している。
これでは日本国の政治が紊乱し、対決闘争にのみ終始して統合するところを失うにいたるのは、やむをえないであろう。日本人の心中ふかくに求める神聖感は抹殺され、人心はただ官能的欲望にのみ支配されて行くほかにないであろう。
日本国を憂うべき現状から救い出すには、天皇の祭祀大権を確立し、行為の重きことを再確認するよりほかにない。これは日本が講和独立して以来のわれわれの心情であり主張であるが、現下の国情は、いよいよそのことの緊急なるを痛感せしむるものがある。
追記・祭祀大権と統治大権とが表と裏になって統合されるというところに、日本の国体がある。この理義が、憲法と皇室典範とによって確保されるのでなくては、日本国の神聖は回復されない。もっとも統治大権といっても、それは必ずしも天皇が統治権を直接に行使されることを意味しない。この点の分かりにくい人は、本文における司法権の法理についてよく再読し検討してもらいたい。統治権が、いかなる国家機関によって行使されるかということは、政体の問題であり、国体の問題とは区別されるを要する。それは国家社会の変遷とともに、フレキシビリティ(柔軟性)をもって改変されてしかるべきもので、万世不易の国体とは異なる。
以上、葦津珍彦氏の論文より引用しました。
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前回の続きです。この記事は本来(1)から(3)まで続いた文章を分けて掲載しておりますので、コメントくださる方は、(3)まで読んだ後にくだされば、ありがたいです。
明治天皇は、祭政一致の制度を典型的に、明確にしめされたが、天皇御自らの第一のおつとめは、祭祀にひたすら御専念なさることにあった。全国いたるところに行幸され、親しく民情を知ろしめされたが、天皇が政策論争や政権移行について直接干渉なさることはなかった。大臣や議員は、皇祖の神器とともにあらせられる天皇を拝し、天皇国統治の神聖なる第一義的目的について反省させられた。
政策の決定は、国会や閣議の論争を通じて行われたが、そこでは当然に権謀術数の策も展開されたけれども、常に天皇の存在そのものが、政治的手段に流れようとする政治家に、強い反省力を与えた。所定の手続きを経て後に、一つの政策が決定され、それがただの一党派一セクトの主張ではなく、国の法令として公にされるためには、それはすべて天皇に報告し、天皇の裁可を必要とした。天皇が裁可なさらぬということはなかったが、政治家はそれが天皇の名に於いて裁可されるにふさわしいものであるかどうかを反省させられる機会を与えられた。また政府に対する批判者、反対者の側でも、ただ政府の政策が、おのれの利に反するということでなくして、それが神聖にして公正なる天皇の統治として認め難いということを立証するにつとめた。それが天皇統治の「思想の論理」であった。政策論争は、どちらがより公正にして神聖なる「天皇統治」の目的に一致するか、との共通の論理の上に立っていた。それが激しい政治的対決のために、ともすれば救いがたい泥沼の謀略闘争に落ちてしまいがちな政治に、大きな自己反省を与え、手段のために神聖なる本来の統治目的を見失わせない偉大な力となった。
それは天皇国日本の証書を見れば明らかである。国家の大事を決するときには、天皇の詔書によって明示された。政策のプラン・メーカーは、権謀の泥沼の中にあって、いろいろの動機によって動かされ、様々の策謀を巡らせた。しかしそれが最終的に、国是として定まるのには、それが由緒正しき、神聖なる天皇の詔(みことのり)としてふさわしいものとなるまで、浄められ高められねばならなかった。天皇国日本の詔書は、つねに神聖なる道義の線から外れることは許されなかった。その間の消息について、詔書の起案や審議をしばしば経験した故吉田茂氏(内閣書記官長、厚生大臣、軍需大臣等を歴任して戦後神社本庁の事務総長として没す)が、詔書の起案審議について語った談話は、はなはだ印象的である。
私が、閣議に列して詔書の起草に奉仕した経験からいうと、詔書の起草の時ほどに“皇位”の神聖を痛感することはない。形の上でいうと、詔書は内閣書記官長が起案して閣議に提出する。各国務大臣が、それぞれに意見を述べて修正加筆、削除がされる。最期の決定案が出来て、内閣から陛下の御裁可を仰ぐ。御裁可を仰いだ後に修正されたというようなことは、私の知る限り帝国憲法実施以来、かつてないことと思っている。これを外側から形ばかり見ていると、閣議の決議書と同じではないかというような浅薄な感想を持つ人もあろうが、これは精神的にはまったく別のものである。
書記官長も詔書の起案には、二、三の助言者を求めて執筆するが、その時の心境はまったく平常とは異なるものとなる。自分というものを考えない。陛下の御心境、御立場を拝察しての歴史的文章であることを考えているので、平素には思いも及ばぬような高い心境に到達する。
閣議で審議される時も同様である。いつもの閣議では、閣僚は各省長官として、または一政派の代表としての意識に支配されており、策略的な駆引きの空気が議場を支配する。だが詔書の審議の時には、それらが一切消え去ってしまって、すべての閣僚が、いかにして崇高な大御心を伝えるかという一点に真剣になる。あの大臣が、この大臣が、こんなに崇高な精神に思い及ぶのであろうかと驚嘆するような発言をする。詔書起草の時の閣議には、皇祖皇宗の神霊が臨ませられ、閣僚が全く大御心に帰一して動いているのを決して疑わない。詔書は、まさしく大御心の表現であると信ずべきである。もとより国務大臣の詔書はその輔弼の責任を証するものであるが、詔書を以て内閣の決議書のように考えるのは断じて誤りである。詔書起草の閣議を経験した人は、皇位の精神的威徳のいかに偉大なるものであるかを決して疑い得ないであろう。(『神社新報編集室記録』の中の吉田茂氏談話)
云々と。立法や行政のことばかりでない。司法にしても同じである。明治の憲法以来司法権は、厳として独立しており、天皇は一切を裁判書に御委任になっていた。いかなる裁判に対しても、天皇が干渉し指示されることは決してないのである。だが天皇は、裁判官を任命され「天皇の名に於いて」裁判させられた。裁判官は、天皇国の法律に照らし、ただ自己の良心において、これが神聖なる天皇の裁判であると信ずるところにしたがって判決を下した。裁判のことを考えれば、天皇統治の大権の意味がよくわかる。
天皇が六法全書を解釈して判決されるわけでもなく、紛争を調停されるのでもない。そのようなことは、複雑な現代社会では、決して望みうることはではない。それは専門の法律に詳しい裁判所に御委任なさる。だが日本国の司法権そのものは、天皇の神聖なる大権に属するとの大義だけは動かないのである。そこで裁判官は、もとよりのこと、被告にしても原告にしても、天皇の臣民としての同一の思想の論理の上に立って、論争し判断しなければならなかった。裁判所は、ただ利害相反する不倶戴天の敵が、相対決して、権謀と実力を行使して闘争する修羅場とは考えられないで、同一の日本国民が理義をつくして討議し、公正にして神聖なる天皇裁判のまさにあるべき判決をもとめる場所と信じられたのである。
帝国憲法第五十七条「司法権は天皇の名に於いて法律に依り裁判所之を行う。裁判所は法律を以て之を定む」と定められていた。この条文を解説した『憲法義解』(伊藤博文編)の中には、次のような語がある。
裁判は必ず法律に依る。法律は裁判の単純の準縄(じゅんじょう=物事の標準、基準)たり、しかして又必ず裁判所に由り之を行う、但し君主は正理の源泉にして司法の権亦主権の発動する光線の一たるに外ならず故に裁判は必ず天皇の名に於いて宣告し以て至尊の大権を代表す――
君主は裁判官を任命し、裁判所は君主の名義を以て裁判を宣告するに拘らず、君主自ら裁判を施行せず、不羈(ふき=束縛されない)の裁判所をしてもっぱら法律に依遵し、行政威権の外に之を施行せしむ、是司法権の独立とす、此乃三権分立の説に依るに非ずして仍不易の大則たることを失わず。
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ここ最近、葦津珍彦氏の論文ばかり載せて申し訳ない気がしますが、氏の論文を読んでいると、紹介したい文章がたくさんあって、載せずにはいられない気になってしまいます。今回は、なるべく読みやすくするために、ほんの少しだけ省略と補筆して、平易な文章となるようにしました。
この記事は本来(1)から(3)まで続いた文章を分けて掲載しておりますので、コメントくださる方は、(3)まで読んだ後にくだされば、ありがたいです。 日本国憲法には、戦争放棄の条文のみでなく、世界の憲法にまったく例のない特殊な法思想の上に立っている条文が多い。祖国への神聖感、忠誠をまったく否定しているのも、そのいちじるしい例である。
憲法第22条に「何人も――国籍を離脱する自由を侵されない」と明記してある。このように国籍を捨て去る自由を明記した憲法条文は、世界にその例が一つもないそうである。国が国として存続する限り、国というものは国民に忠誠を期待する本質を持っている。ところが、この憲法では、日本国民として自分の権利が行使できて自分に都合がいい間はいいが、将来どんな状況下で、祖国への義務を強いられるかわからない。その時はさっさと国籍を離脱してもいいということなのである。何しろ外国人が日本国を弱体化する目的で作った憲法であるから、世界に例がない条文が出来上がるのである。
忠誠を否定し、祖国の神聖性を否定していることをもって、それでこの憲法は真に自由で文明なのだと護憲論者はいう。はたして、忠誠とか神聖とかいうのは否定されるべきことなのか。帝国憲法では「天皇の神聖」という言葉があった。これを大変旧時代的な近代の民主主義に合わない異例のもののように評する者もいるが、無知もはなはだしい。民主的な王制のデンマークでも、スウェーデンでもノルウェーでもその憲法では、国王の神聖は明記されている(英国は不文憲法の国なので、ここでは省かれる)。国の元首の神聖を憲法で明記するのが一般の通例であって、日本国憲法のように、国の象徴たる天皇の神聖をことさらに明記しないのが異例であり変則なのである。
今の日本人は、神聖などといえば、通常の人間心理とは、ほど遠い非常識な不自然のことのように思う者があるらしいが、それは誤りである。
人間は、だれでも生物的な官能的欲望を感じ、その欲望に動かされている。だがそれだけでは、自ら安んずることが出来ない。その低俗なる欲望から生起してくる罪と穢れを祓って、神聖に近づきたいとの精神的欲求を固有している。この精神が高められれば、やがては生物的本能の中で、最も根強い生命保存の本能にすらも打ち克って、高貴なる精神のために自らの生命すらも捧げようとの心となる。この絶ちがたき生物的本能と、神聖なるものを求めてやまぬ精神との間を往来しているのが人間である。
日本では、遠く悠久の古代から祓いが行われ、祭りが行われて、民族の中にこの「神聖をもとめる心」が保たれてきた。村々では、人々の罪穢れを祓い浄めて、人々が神々の恵みのもとに仕事に励み、豊かな経済をいとなみ、穏やかで安らかな共同社会が保たれることが、祈られた。それは村ばかりでなく地方の国々においても行われたし、そのすべてを統合しては、天下の祭として行われた。その祭り主こそが天皇である。
天皇のおつとめの第一は、祭り主をなさるということなのである。この祭りによって、天下の人心の神聖をもとめる心を保たれることである。天皇は親しく祭りをなさるとともに、天下万民をして祭りを執行せしめられた(このことを明治以降の近代法学では、祭祀大権というような語で表現した)。
祭りこそは天皇の第一のおつとめである。だから天皇は、御即位後に大嘗祭の重儀を行わせられ、その後毎年数々の恒例臨時のお祭りをなさるのみでなく、日常不断に祭り主としての御生活をなさる。その天皇のお祭りなさる第一の神は、皇祖神(天照大御神)である。皇祖の神宮は、伊勢に鎮まりますが、皇祖からお授けになった三種の神器のなかで、御鏡は、内侍所にあり、剣璽は常にお近くの剣璽の間にあり、天皇は常に神器と共に進退される。皇居の外にお出ましになる時には、必ず剣璽を護持した侍従がお供をする。それが万世一系の不動の御おきてであった。日常、片時といえども、神明への祭りということから、御心を遠ざけられることがない。
この天皇の存在が、日本人の神聖をもとめる心を保ってきた。この天皇を、日本人は現御神(現人神)という。現人神というのは人間ではないというのではない。人間であらせられるからこそ、皇祖神への祭りを怠らせられないのである。天皇は、神に対して常に祭りをなさっている。そして神に接近し、皇祖神の神意に相通じ、精神的に皇祖神と一体たるべく日常不断の努力をなさっている。天皇は祭りを受けられているのではなく、自ら祭りをなさっている。祭神なのではなくして祭り主なのである。その意味では人間であらせられる。けれども臣民の側からすれば、天皇は決してただの人間ではない。常に祭りによって皇祖神と相通じて、地上において皇祖神の神意を表現なさる御方であり、まさしくこの世に於ける神であらせられる。目に見ることのできる神である。だからこそ現御神(現人神)と申し上げる。けれども天皇を神であると申し上げるのは、高天原の神なのではなくしてこの地上の神なのである。
これは大切な点だと思う。天皇は、神聖であり神聖の根源であらせられるが、決して過ちをおかされることのない無謬の神(中世ローマ法王は、全知全能の神の代表者と称した)だなどとは、自ら思っておられるのではない。罪と過ちのあることをおそれて、常に御精進なさり、神に接近すべく努力されるばかりでなく、天下万民に対してもいろいろ進言することをもとめられる御方なのである。今上陛下(昭和天皇)の御製に、
日々のこのわが行く道を正さんとかくれたる人の声をもとむる
と詠ぜられたのを拝しても、深く感ぜられることであるが、天皇おん自らは、いつも過ちなきか、罪けがれなきかとおそれて御精進なさっている。天上の神になってしまって、謬つことなき万能の神だと宣言なさった天皇はない。
古い天皇の宣命では「現御神と大八嶋国所知天皇が大命(あきつみかみとおおやしまぐにしろしめすすめらみことがおおみこと)」と申し上げるのが例であるが、この現御神とは、地上において高天原の神意を顕現なさる御方というのであって、決して無謬、無過失の神だというのではない。それは、ただの人間ではないが地上の存在であらせられる。
このような天皇があって、天皇が祭りをなさり、全国津々浦々の神社における祭りが行われることによって、日本人の神聖をもとめる心が保たれて来た。天皇は、全国数多くの神社に幣帛(へいはく)を共進せられ、国民とともに同じ神々を祭られた。全国いたるところの神社は、それぞれにその多様にして多彩な郷土の特殊性を保ちながらも、その祭りの根本第一義は、天皇のお祭りに神習うて来た。その祭りに際しては、日常不断の罪けがれを祓い、それぞれの仕事にいそしみ、豊かにして安らかな国、道義正しい共同社会の生活をまもっていただきたいと神々に祈って来た。
この祭り主たる天皇、祭祀大権者を、日本では天下統治の大君と仰いで来たのである。この祭祀権と統治権とを一つにする考え方は、支那の王道などでも同じである。天下統治の目的とするところ(民安かれと祈る)が、祭祀の目的とするところと同じであるからである。だが統治(政治)ということの作用法則は、祭祀とは著しく異なる趣きがあり、その間の関係については、とくに深く心得ておかなくてはならないことがある。
政治というものは、その目的においては、神聖・高貴なものであるにしても、それを現実に具体化し実現していくには、そのための手段、政策、さらに政策の担当者の選定、端的に言えば権力の帰属についての問題が必要である。その間にどうしても意見の対立が起こりやすい。現実には一つの政策の結果として、国民の誰かが利を得て、誰かが損をすることは、避けられない。それで政治は古くからの対決闘争の場となり、権謀術策の場となることを免れない宿命がある。近代の政治はそのことをはっきり認めて、政策の対立、権力の対立を、徹底的に表に露出させ、一定のルールのもとに自由に闘争させて、その闘争の成果を待って、政策も権力の帰属も決定させようとするのである。だが当然そこには、対決闘争と、謀略が生ずる。しかしそれは仕方が無い。けれども、それを仕方が無いからと言って、ただそれだけに放任しておけば、国民の精神は、ただ分裂して統合するところを知らず、謀略闘争のみに終始して、罪けがれの泥沼におちて、人間の神聖感をうしなってしまうであろう。
そこで政治に対して、常にその点をきびしく反省させる必要がある。政治の第一の目的とするところは、本来は天下を安らかにするとの神聖なる祭祀の目的と同一なのであって、闘争と謀略の生ずるのは、目的のための手段から生ずるのであるから、手段のために目的が失われるところまで行ってはならないとの反省をさせねばならない。この反省をきびしく要求するところに、日本国の祭政一致という精神なり、制度の存する理由がある。
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