日本の感性をよみがえらせよう

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日本人として

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昔ドイツの声楽家で、ゲルハルト、ヒッシュという人が伊勢神宮に参拝したそうです。その時、神宮のたたずまいに感じ入って、「われわれの民族も、大昔はこのような素晴らしい、なつかしいものを持っていました。だが、それはキリスト教の普及によって、失われてしまいました」

と洩らしたそうです。以前皇后陛下の和歌を「セオト」というフランス語での和歌集として竹本忠雄氏が編纂したとき、この皇后陛下の和歌の中にある、日本民族の根っことも言える感覚、情緒を、読んで味わったフランス人或いはアフリカ人が、なつかしいものを感じ、自分達の民族の失われた根っこを、まるで記憶の中から呼び覚まされたような感覚で感じ取ったらしいことを、国際派日本人養成講座の記事で読んだことがあります。

ヨーロッパ人の民族の根っこというものが、かなりキリスト教によって失われたということは、根っことはその民族の宗教観に結びついたもの、そして宗教とは、その民族の世界観そのものであるといえるかも知れません。

とすると、日本人は、仏教と儒教を大陸から取り入れましたが、「日本人は仏教と儒教の普及によって、やまと心は失われてしまいました」と、言わなくてもすむことは、実に素晴らしいことなのではないでしょうか。そして、なぜ失われなかったかといえば、それは天皇の御存在こそが、その理由であると言えます。

明治天皇が、日露戦争の折に

しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける

と詠まれたように、日本人のやまと心は、尊皇愛国の道に通じています。また国難に際しては天皇自ら当たらせられ、昭和天皇のように、身を投げ出しても国民を守ろうとされました。この君民一体の国柄が、常に外国の文化を受け入れながらも、やまと心を失うことなく、民族の根っこを守り続けてきたのではないでしょうか。

しかし、現在、かつては和をもって貴しとした日本の国民は、戦後の日本国憲法の下、権利の意識ばかり肥大し、個人の自由を最大の価値と位置づけ、そのため世の中には、モンスター◯◯と呼ばれる人々さえあらわれるようになりました。

占領政策によって、国家観を失い、”家”の観念を失い、今や家族すらもバラバラになりつつある日本に、周辺の隣国の動きはというと、尖閣諸島周辺に中国戦艦が頻繁にあらわれ、ロシアも、韓国も乗じるように本来日本の領土である場所に基地を作るといいます。北朝鮮では、新支配者の権威付けにテロが起こす可能性もあるといいます。国内では、一体どこの国に奉仕するのかわからない政治家やマスコミでいっぱいです。それでも危機感を感じない国民も大勢いるのです。

ただ、今回の東日本大震災で、日本は尊い犠牲の上に、滅私奉公という美徳を、戦後初めて素直な賞賛の気持ちをもって見たのではないでしょうか。一旦緩急あれば義勇公に奉じた人々の崇高な精神、そして被災者のお互いを気遣い合う心、日本人はいままで捨ててきたやまと心を見、それを美しいと感じたはずです。

そして天皇皇后両陛下の被災者を見舞われる慈愛と真心のお姿、そのお二人に励まされる人々、総理大臣には真似できない威厳と温かさを、長い歴史に連綿と受け継がれた本当の国の中心とは誰かを感じ取ったのではないでしょうか。

建武の中興の頃、かつて唐に学び、忠臣菊池家の子孫を指導した大智禅師は、こんな詩を賦しました。

  冷暖分明、只みずから知る
  男児、あに人に欺かるべけんや
  日本真金の貴きをもって
  大唐の鍮子(真鍮)に博易(交換)して帰ること勿れ

(暖かいか冷たいか、日本本来の心に合うか合わないかは、自分でわかろう。日本人たるもの、外国かぶれして、欺かれちゃいけないよ。日本には純金にも比すべき貴いこころがあるものを。何で自分の国を卑下してまで、外国の主義思潮と交換することがあろうぞ)


靖国神社の神門に油がまかれ、放火されたとの話を聞きました。すぐに消し止められ、大事には至らなかったという話ではありますが、非常に怒りを覚える仕業です。ネットでは、放火を予告する在日外国人らしき書き込みもあったというはなしです。
 
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靖国神社は日本の国を命をかけて守ってきた先人の御霊を祀る神社です。この神社に放火するなど、もしそれが外国人の仕業ならば、いかに日本が舐められているかということではないでしょうか、また日本人ならば、戦後の自虐史観がどれだけその精神をいびつに歪めているかということです。

民主党政権になってから、一度も閣僚が靖国参拝したことはありません。自民党政権の時ですら、中国韓国に配慮だか遠慮だかして、終戦の日に靖国参拝を首相がしなかったのが日本政府です。自国の英霊に堂々と参拝できないような国が、どうしてその英霊を祀る神社の権威を外国人に示すことができるでしょうか。もし国をあげて、靖国神社を大切にしていれば、たとえ反日の外国人でも、あるいは日本人でも、このような所業は行い得なかったと思います。

これは、戦後もうすぐ70年になろうとするのに、いまだにあの東京裁判史観に、日本人が呪縛され続けていることのあらわれではないでしょうか。本来は国家護持すべき靖国神社を、まるで軍国主義の象徴であるかのように、日本人自身が忌避し、一部の保守思想の人々のみの参拝で、多くの日本人は自分とは全く関係のないものとして無視しているのが現状です。

外国では、こうした国のために亡くなった兵士を祀る施設は、国家が実に丁寧に維持しており、国をあげて慰霊が行われているといいます。国民もこれらの自国の兵士の御霊に誇りと尊敬を持ってお参りします。

このような先人への誇りと尊敬が我が国では得られないのは、敗戦後の占領軍による、極東軍事裁判で、戦争そのものの責任者、指導者を戦犯として裁いたことによります。これは満州事変から大東亜戦争までの17年8ヶ月に及ぶ期間の指導者百名以上の中から28名が被告に指定され、審理が行われました。

この裁判の基準となる”極東国際軍事裁判所条例”は、いかなる国際法にもない恣意的なものであり、遡及法(事後法)というべき、法治主義においては禁忌の法をもって裁いたのです。だから、東京裁判は勝者が敗者を裁くという歴史上いまだかつてない裁判といわれ、連合国による復讐裁判であり、さらには日本人を洗脳するためのプロパガンダとしての道具であったのです。

占領軍はこの東京裁判の儀式によって、巧みな言論統制を使いながら、二年六ヶ月という長い歳月の間に、416回もの公判を開き、次々と罪状を暴き立て、平和と人道に対する犯罪として、さらには人類の文明に対する犯罪としてきめつけ、抗弁することもゆるさず、「侵略戦争」という烙印を押したのです。大東亜戦争という日本人の側からの戦いの呼び名も太平洋戦争と呼ぶように強制されました。これによって、敗戦の虚脱状態にあった日本人は、大きな衝撃を受けて自虐史観という傷を心に負うことになりました。

しかし、本当に侵略をしたのは、欧米列強の方ではなかったでしょうか。アフリカ人を奴隷として、人間として扱わなかったのは白人です。アメリカ大陸で多くの現地人を少数民族になるまでほとんど根絶やしにしてしまったのは白人です。アジア、アフリカを植民地にして、過酷な支配をしたのは白人です。彼らは白人は生物の頂点にあるとして、その下の有色人種以下すべての生物を支配する権利を持っていると信じていました。

そんな白人の植民地主義を打ち破って、大東亜解放の戦争を行ったのが日本です。左翼言論人はそれは単なる結果論であって、日本も植民地主義で白人と同じであったと言います。

しかし単なる結果論で、あくまで戦争を行ったことは絶対に悪かったと、それで片付けていいような当時の世界だったでしょうか。

たとえ百歩譲って結果論であるとしても、当時の植民地支配の白人支配の世界を、もし日本が大東亜戦争を行わなかったならば、その解放はなかったのではないか、あるいは解放がどれだけ遅れていたか。それは人類の大きな悲劇であり、どれだけの有色人種が一方的に酷使され、一方的に殺されて、地獄の日々を生きなければならなかったでしょうか。

この解放に立ち上がることのできた国は、アジアで唯一未だ嘗て植民地支配を受けたことのない日本にしか出来なかったことは明白です。

植民地支配は過酷で、多くの植民地では現地人は教育も受けられず、歴史も文字も失ってしまった国さえありました。もちろん戦う武器だってありません。近代国家に立ち向かうには、武器を持ち、訓練された軍隊でないと、単なる現地人の暴動ではすぐに鎮圧されてしまうでしょう。また長年の支配から、白人にはかなわないという諦めの意識が出来上がって、気力も失っていました。

日本は開戦をなるべく避けようと努力しましたが、ルーズベルト大統領の陰謀で日本が戦争に引きずり込まれたことは、今や公開されたベノナ文書で明らかです。

開戦した日本人は、大東亜解放を旗印に戦いました。この大東亜解放の旗印を単なる国民を騙すための旗印だとか、日本も欧米と同じ植民地主義にすぎないとかいう人は、この事実の世界史上に於ける意義をあまりに軽視しているのではないでしょうか。

開戦後の勢いに乗って、現地で一時的にせよ白人を駆逐し、その後の現地を支配した日本が、現地人に教育を施し、現地人に防衛のための軍事訓練を施し、国の経営の仕方を教えたことをなんと思っているのでしょうか。

この訓練が日本が敗戦したあとの、現地の独立運動を支えたのです。また有色人種であり、体格の小さい日本人が白人を駆逐した事実は、現地の人々に大きな希望をもたせ、自分達にもできるという自信を与えたのです。さらに敗戦が決定的になった日本は武装を解除する口実で、現地人にこっそり武器を渡しました。また一部の人々は現地の人と独立運動を一緒に戦いました。これらの事実は、世界史上、大きな出来事です。

これを、たまたまとか、結果論などと言ってしっかりと認識しないことは、世界平和だとか、人権とか言いながら、本当の平等思想も、アジアへの共感も持たない机上の空論にすぎません。

戦後、多くのアジアの国々が独立していき、さらにはアフリカも独立して行きました。このきっかけが大東亜戦争であったことは間違いのないことです。

だからククリックド・プラモード氏 (タイ国元首相 )も

「日本のおかげ でアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、産まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が米 英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるのか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、我々にこの 重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」

と言ってくださったのです。多くのアジアの人々がそのように思っているのです。実際に多くの日本兵は、心底それを信じて戦った人は多かったのです。

もし天の意思というものがあるならば、まさに日本はこの有色人種の解放を使命付けられた国であったでしょう。そして、白人を駆逐した後、現地人を訓練し終わった日本は、敗戦というかたちで、撤退することにより、現地の国々がみずから起ち上がり独立を果たすというシナリオを、考えたと言わざるをえません。

アジアを解放し目的を遂げた日本は、みずからは敗戦の傷を負ってしまいますが、この大東亜戦争で、植民地を失った欧米が本当に勝者かといえば、その戦勝の目的が達せられなかった国々ですから、目的達成の意味でいえば、真の勝者は日本かも知れません。

今こそ日本人は、もう一度大東亜戦争の意味を見直し、東京裁判史観を脱却するべき時です。左翼政党社会党の後継というべき民主党のこの土下座外交は、東京裁判史観の結実したものです。

戦後まるでわが意を得たように左翼社会主義者が言論界マスコミ教育界と牛耳って来ましたが、彼らの理想としたソ連や中共が、どれだけ大量の人民虐殺を行ったか、あるいは日教組の信奉する北朝鮮がやはり人民を虐殺し搾取し、我が国の国民を拉致してきたことをどう言い訳するのでしょうか。

日本軍を糾弾しながら、社会主義を理想とする人々のこの矛盾、民主主義と言いながら、実は社会主義の信奉者たちの、日本解体の意図を実現させてはなりません。一刻もはやく、東京裁判史観を脱却しなくてはなりません。






11・6 
拉致された国民の救出
拉致された領土の奪還
拉致された憲法の復憲
TPP 参加  断固反対
 
「国民大集会・大行進」 
勇気のある国民は、立ち上がろう! 
11月6日午後1時開催 日比谷公会堂 
このままでは、滅びを待つだけだ 
「日本」そのものを救い出せ!
  
(大 義)
 
憲法無効宣言国会請願
 
帝国憲法は生きている・・生きているなら救い出せ
憲法前文の毒に気づけ! 
◎付帯決議項目 
国家主権の回復
TPP断固反対
外国人地方参政権阻止!
増税は亡国への道
フジテレビ韓流ゴリ押し反対
朝鮮学校無償化反対
竹島の不法占拠強化に抗議する 
 
この世に留めぬ 魂(こころ)なりけり・・・ 
日本再生・甦り(よみがえり)を祈る! 
 
錦の御旗「けんむの会」 
 
あたにちる 花を思ひの種子として 
 
この世に留めぬ こころなりけり
 
(後醍醐天皇 御製)
  
いにしへの 心をくみて よし水の
ふかきあはれに 袖はぬれけり
 
(本居宣長)
  
平成の温故創新(建武の忠孝)
  
錦の御旗は進む
 
「けんむの会」・・奈良の吉野にて旗揚奉告祭
 
鹿児島〜山口〜高知〜岡山〜大阪〜愛知〜静岡〜神奈川〜東京
  
「拉致、領土、憲法、典範、教育などの問題解決は、原状回復から始めよ」
「占領憲法では国家は守れない」
「占領典範ではご皇室は守れない」
 
 
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生きているのに、何故救い出せないのか?』 
今こそ、「全国民」が結集し、
 
「拉致された国民」
 拉致されて助けを求めている、「拉致被害者全員」を必ず救い出そう!
 
「拉致された領土」
 日本固有の領土である「北方領土・竹島・尖閣列島」を守ろう!
 
「拉致された憲法」
 現憲法を「無効破棄」して「日本国民による日本国民のための憲法」に復憲する!
 
日 時
    平成23年11月6日(日)
      受付  12:00
      開催  13:00
      デモ行進 15:30
場 所
    会場 日比谷公会堂
    東京都千代田区日比谷公園1−3
                              デモ行進(ルート:日比谷公園→霞ヶ関→国会議事堂) 
                   移動→流れ解散→有楽町駅へ
参加者
 
    拉致された「国 民」を救出したい人
     拉致された「領土」を奪還したい人
     拉致された「憲法」を復権したい人
 
        ※ 参加希望者は事務局までご連絡ください
 
ご来賓
 
  田母神俊雄
 
  西村 真悟
 
  水島  総
 
   三宅  博
 
  南出喜久治
 
     若狭 和朋
 
     戸塚    宏
 
     伊藤  玲子
   
     土屋 たかゆき
 
     遠藤健太郎
 
     三輪 和雄
 
   田中 直子
 
       山村 明義
     
雨天の場合
      デモは、雨でも実施します
      決行致します(雨の場合傘やレインコート)は各自持参ください   
 
参加費
     無 料
 
携行品
    日本の国旗・錦の御旗(小旗でも可)
     垂れ幕・プラカードは「けんむの会」指定のものだけ 
 
 飲料水等
    各自でご準備して、ご持参ください
 
主催
   『けんむの会』
 
    参加希望者予約申し込み先
 
      けんむの会 会長     吉水神社 宮司 佐藤一彦(素心)
 
                                    頑張れ日本全国行動委員会奈良県本部事務局長
                            北朝鮮に拉致された日本人を救う会・奈良会長
                けんむの会 会長
                関西師友協会 奈良師友会 会長
 
           電話 0746−32−3024
 
           FAX 0746−32−3024
 
 
協 賛 
 
頑張れ日本全国行動委員会 奈良県本部
 
北朝鮮に拉致された日本人を救う会 奈良
 
参考資料・・・・・・デモコース 
 
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転載元転載元: 世界遺産の吉水神社から「ニコニコ顔で、命がけ!」

和文化が子供達の感性を育てる
 
ある不登校の女子高生が、偶然にも触れた茶道によって、段々と心が落ち着いてくると
、人との関わりもスムーズになったという例があります。
脳科学から見た子供の発達では、様々な場面で、子供の脳を測定し、その活性度を
見るのですが、茶道を幼稚園児に学ばせると、脳の前頭前野に、良い影響を及ぼす
ことが証明されています。
 
また小学生の子供の和太鼓練習の中で、特徴的なことは、最初に太鼓を叩く子供に
続いて、次の子がその音に合わせて太鼓を叩く、つまり共鳴して「共感性」が育つ
ということです。
最近では、重度の障害児に対して和太鼓の指導を施し、太鼓の音に手が動き出し、
段々と脳が活性化していったという例があります。
子どもたちの「感性」を育てる時、心に落ち着きを持たせ、人間性知性の育成や、
共感性を育むという面で、日本の伝統文化は、大変に役立つのです。


「三つ子の魂 百までも」
「しっかり抱いて 下に降ろして 歩かせる」

 
岡潔(おか きよし)が「日本人は心の民族」と言ったようにこの国の人々は、心や
情緒といったものを大切にしてきたのに、それがどんどん崩壊している事が、近年
相次いで起きています。その意味で教育基盤そのものを、どうやって変えていくのか
という事を今、考えていく必要があるのではないでしょうか。
 
親が親らしくなくなってしまえば子供は「優しさ」を学ぶチャンスを失う事に
なります。「育む」という字は「羽で含む」というのが語源で、親鳥が子供を抱きしめる
愛着によって、心が育つという事なのです。まず親に対する
 
 
一番目のメッセージは「しっかり抱いて下に降ろして歩かせる」子供への
   関わり方の基礎基本だという事です。
二番目は「脳には臨界期がある」ということ。
三番目、は千利休の残した「守破離(しゅはり)」という言葉です。
 
子供は一番信頼出来る大人に甘え、依存して、やがては反抗しながら自立していきます
。この甘えて依存するという段階が愛着で、「三つ子の魂、百までも」と言ってきたのです。また「しっかり抱いて下に降ろして歩かせる」という意味は、「しっかり抱く」という
段階は「愛着」で、「下に降ろす」は「分離」、そして「歩かせる」は「自立」でこれが
子供の発達過程なのです。
 
しかし家庭で抱きしめられる事がないのに、学校で思いやりを持ちましょう、
人権を尊重しましょうと言われても
右の耳から左の耳へと抜けるだけなのです
 
今、日本の子供達は、十分に親に甘える事が出来ないし依存出来ない、それから
反抗出来なくなっている子供が増えています。それは昔から比べると、母性的な
関わり、父性的な関わりを持つ事の出来るお父さんやお母さんが少なくなってきて
いることが影響しています。
 
また脳の臨界期とは、三歳までに脳細胞は六割程度が完成してしまうということで、
「三つ子の魂、百までも」という諺が、最先端の科学によって再発見されたのです。
日本人が古くから言ってきた知恵というのは、実は脳科学の問題提起と繋がって
いるのです。その意味で日本の伝統、子育ての知恵というものを、創造的に再発見
する事も課題なのではないかと思います。
 
千利休の残した「守破離(しゅはり)」についてですが、形から入って躾をすると
いう事が、教育界では、押し付けだとか、強制になるという方もいますが、
歴史文化の中で受け継がれてきたもの、形の奥にある心に気付かせる事が大切な
ポイントなのではないでしょうか。
「規矩作法、守り尽くして破るとも、離るるとても本を忘るな」、
「離れる」という段階が自分らしさや個性、創造性の段階なのです。
 
戦後は個性尊重と言ってきましたが、そのベースとなるものは「守」なのです。
日本の伝統文化には、「形」というものが貫いています。茶道、華道、剣道、柔道と
「道」の付くものは、最初に形の継承から始めますが、それは子供の興味関心で
選択する事は出来ないのです。「俺流で受身は嫌だ」と思っても、それは無理な話で、
必ず基本の型というものを継承しなければならないこれが教育の出発点
なのです
 
家庭においても、形の継承である「躾」というものを、親がしっかりと教えなくては
ならない。「身を美しくする」というのは形から入る訳ですが、その形を守り、
破り、そして形から離れる・・・というのが本当の個性や創造性なのです。
 
 
続く
 
                                   高橋史朗先生講演より
 
 
 
 



転載元転載元: サイタニのブログ

教育勅語
 
 
明治23年(1890年)10月30日121年前の10月30日、明治天皇陛下より「教育ニ関スル勅語」が渙発されました。
荒廃した今日の日本社会、およそ日本人の政党ではないのではないかと疑いたくなる民主党政権の横暴、国民、権力と化したマスコミ、東日本大震災後の風評被害、すべて戦後教育の歪みであります。
素晴らしい人材を輩出し、崇高な精神を誰もが持ちえた戦前の日本と戦後日本を考え、教育勅語の日を迎えるにあたり、今一度、教育についてご考慮いただけたらと思う次第です。
また、「教育勅語の日」の復活を強く願うものであります。
 
 
以下明治神宮HPより引用
明治天皇は明治元年、国是五箇條を神々にお誓いになり、新生日本の大方針を明らかにされました。政府はこの方針にそって、近代国家の建設には人材の育成が急務であるとして、明治5年学制を公布し、全国的に学校を設置して義務教育の制度を確立し、教育の普及に努めました。しかし当時は文明開化の風潮により洋学が重んじられ、我が国伝統の倫理道徳に関する教育が軽視される傾向にありました。

このような実情を深く憂慮された明治天皇は、徳育の振興が最も大切であるとされ、わが国の教育方針を明らかにするため明治23年10月30日、教育勅語を渙発されました。勅語には、日本人が祖先から受け継いできた豊かな感性と美徳が表され、人が生きていくべき上で心がけるべき徳目が簡潔に述べられていましたが、戦後に教育勅語が排除された結果、我が国の倫理道徳観は著しく低下し、極端な個人主義が横溢し、教育現場はもとより、地域社会、家庭においても深刻な問題が多発しています。

今こそ、私たちは教育勅語の精神を再認識し、道義の国日本再生のために、精進努力しなければなりません。




【教育勅語の口語文訳】
 私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

  国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

  このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。

〜国民道徳協会訳文による〜
 
 
 

教育勅語の十二の徳目】

孝行 (こうこう親に孝養をつくしましょう
友愛 ( ゆうあい )兄弟・姉妹は仲良くしましょう
夫婦 ( ふうふ ) ノ ( の ) 和 ( わ )
夫婦はいつも仲むつまじくしましょう
朋友 ( ほうゆう ) ノ ( の ) 信 ( しん )友だちはお互いに信じあって付き合いましょう
謙遜 ( けんそん )自分の言動をつつしみましょう
博愛 ( はくあい )広く全ての人に愛の手をさしのべましょう
修学 ( しゅうがく ) 習業 ( しゅうぎょう )勉学に励み職業を身につけましょう
智能 ( ちのう ) 啓発 ( けいはつ )知識を養い才能を伸ばしましょう
徳器 ( とくき ) 成就 ( じょうじゅ )人格の向上につとめましょう
公益 ( こうえき ) 世務 ( せいむ )広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう
遵法 ( じゅんぽう )法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう
義勇 ( ぎゆう )正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう

引用終わり
 
 
明治天皇陛下による「教育ニ関スル勅語」は戦前まで日本国民の精神を培った教育基本法ですが、これは明治天皇陛下が新たに決めたものでもなく日本古来からの伝統であり教訓をこれを普遍的に続く道徳であるとして、明治天皇陛下みずからも努力して実践しようではないかと国民に呼びかけているものであり、陛下が一方的に国民に押し付けたものではありません。
 
戦後敗戦国となった日本は連合国に「教育勅語」を廃棄・失効させられ、これに代わって日本人の魂を狂わせ、戦後の教育や社会が悪化・堕落するように周到に仕掛けてあった社会科教育などの占領政策である。
現在の70歳以下の国民は戦後の教育で育ち現在の教育に何ら矛盾を感じないのです。
戦前は社会科という教科はなく、「修身・地理・歴史」という教科で学びました。
連合国は日本の精神の強さ、気品ある国柄を恐れ、再軍備し再び米国に立向かわないよう教育の場から「骨抜き」にしてしまったのです。
占領期間はわずかな期間で終わりましたが、占領政策に関しては倍の年数をかけています。
なぜなら、占領政策は「魂の原爆」となって、二度と米国に刃向かわないよう属国とし、日本の戦後60年の間、社会や教育悪化に深刻な影響を及ぼす骨抜き政策だったのです。

教育勅語こそ、先祖代々・明治以来百年の父祖の精神、品格ある国家と品格ある日本国民を生んだ大本だったのです。
 
連合国は、日本人を恐れ「教育ニ関スル勅語」を恐れたのです。
現在連合国の罠にまんまと嵌り、もがき苦しんでいます。
 お国柄を忘れた夢遊病者のように・・・・
 
 
 
朕(ちん)惟(おも)ふに 我が皇祖皇宗(こうそこうそう) 国を肇(はじ)むること宏遠(こうえん)に 徳を樹(た)つること深厚(しんこう)なり 我が臣民(しんみん) 克(よ)く忠に克く孝に 億兆(おくちょう)心を一(いつ)にして 世々(よよ)厥(そ)の美を濟(な)せるは 此(こ)れ我が国体(こくたい)の精華(せいか)にして 教育の淵源(えんげん)亦(また)実に此(ここ)に存す
爾(なんじ)臣民(しんみん) 父母に孝に 兄弟に友に 夫婦相(あい)和し 朋友(ほうゆう)相信じ 恭儉(きょうけん)己れを持し 博愛衆に及ぼし 學を修め業(ぎょう)を習ひ 以(も)って智能を啓発し 徳器(とくき)を成就(じょうじゅ)し、進んで公益を広(ひろ)め 世務(せいむ)を開き 常に国憲を重んじ国法に遵(したが)ひ 一旦緩急あれば義勇公に奉じ 以って天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運(こううん)を扶翼(ふよく)すべし 是(かく)の如(ごと)きは 独(ひと)り朕が忠良の臣民たるのみならず 又以って爾祖先の遺風を顕彰(けんしょう)するに足らん
斯(こ)の道は 実に我が皇祖皇宗の遺訓にして 子孫臣民の倶(とも)に遵守すべき所 之(これ)を古今に通じて謬(あやま)らず 之を中外(ちゅうがい)に施(ほどこ)して悖(もと)らず 朕爾臣民と倶(とも)に挙々服膺(けんけんふくよう)して咸(みな)其(そ)の徳を一(いつ)にせんことを庶(こ)ひ幾(ねが)う
 
明治二十三年十月三十日
      御 名   御  璽
 
 
園児達の教育勅語の暗誦が素晴らしい動画です。

転載元転載元: 美しい国

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