日本の感性をよみがえらせよう

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日本人とは・・・

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古来、日本人は、森羅万象すべてに神々が宿ると信じ、崇敬してきました。また他者に対しても、同じ運命を背負う人間仲間として捉え、深く共感できたのです。そこから、「思いやり」「いたわり」という優れた感性が芽生え育んできたのです。
無常とは、元来仏教用語ですが、他の仏教国では捉え方が異なります。
いかに権勢を振るって栄耀栄華を極めようとも、多くの権勢なき人々と同じように、やがて死を迎えます。
未来永劫、盛者であり続けることなどできず、無常を知ればこそ、敗者や弱者の姿に、明日のわが身を見る思いがして、敗者への思いやりとか弱者へのいたわりといった感情が湧き上がるが、日本人だけが持ち得る感性なのです。
 
武士は侍とも書きます。もののふともいいます。
またその語源は天孫降臨された皇祖ニニギノミコトより前に天孫降臨されたとされるニギハヤヒミコトを祖とし、大和朝廷では国の軍事氏族として活躍した、物部氏(もののべうじ)とされてます。
侍=その文字が示すとおり、もともと高貴な人に侍り、その身辺警護が仕事でした。役目柄、要人より華美な振る舞いは許されず、常に死を覚悟していなければなりませんでした。このことが質実剛健な精神構造を生み出し、支配階級となったあとも、「武士道」として武家社会の規範になっていきます。明治維新で武士階級はなくなりましたが、代わって徴兵制が採用されたため、武家だけの「武士道」からむしろ国民全体にも拡がり、大東亜戦争終戦まで、日本人の精神的支柱であり続けました。

武士道における価値観は、西洋とでは対極をなします。


          (


   ・新しいものよりも古いもの
   ・華美よりも質素
   ・物質的な豊かさよりも精神的な豊かさ
   ・私よりも公( 滅私奉公)
   ・動よりも静
   ・剛よりも柔
 
自分の命より名誉のほうを重んじ、それに増してすばらしいのは、「惻隠の情」(そくいんのじょう)(かわいそうに思うこと。あわれみ)に高い価値を見出していたことです。弱い者いじめや敗者に鞭打つなどの卑怯を最大の恥とし、弱者敗者をいたわり、護ってやるのが武士の情でした。

 戦後、アメリカ的価値観を妄信する人が増え、武士道精神は急速に忘れ去られようとしています。軍国主義と結びつけて、頭ごなしに非難する人たちもいますが、しかし、卑怯者がはびこる現代社会にあって、かつての凛とした日本を取り戻すためには、「武士道」を蘇らせるしかないとおもうのです。
 
人間は、神代の昔から変わることなく、自然の恵みを受けて生活しています。森羅万象、見えないものまで、自然は子々孫々に受け継がなければならない人類共有の財産です。太陽・空気・水、どれが欠けても人間は生きていけません。これらすべてのものを、当然あるものと考えていないでしょうか。自然は人間が創り出したものではなく、一度無くしてしまったら取り返しがつきません。古代の日本人は、自然を崇敬し護るべきものと知っていました。失ってしまったらら元に戻せないと知っていたからです。古代人に習い、自然への感謝と畏怖の気持ちを忘れてはなりません。これらが、 『斎庭(ゆにわ)の穂(いなほ)の神勅』と繋がっているのです。
 
一人の人間は、小さな能力しかなく弱い存在なのに、なぜこの地球上に人類が君臨しているのでしょうか。太古の昔から、助け合うことが力になる、という知恵をもっていたからです。原始時代の人々は、火を熾せるようになり、道具を使うことも覚えました。皇室のご祭祀は、火を熾すことから始まります。古代さながらの鑽火(きりび)(堅い板に棒を揉み込み自然に起す清浄な忌火)で行われます。
そして神聖なものと崇められています。また、全国各地の神社の新嘗祭でも、新穀を得たことを神様に感謝し、境内で火を焚き上げ、火の災いを鎮める祭りが行われています。
 
人には必ず両親がいます。父母各一人の合計二人です。その両親にも両親がいます。自分からみれば、祖父母にあたる人です。父方と母方の祖父母各一組合計四人です。祖父母、つまり三世代前程度でしたら多くがご存命でしょうからすぐ思い浮かびますが、何世代前になるともうわかりません。
では、20世代前に遡ると何人になるでしょうか?
52万4288人、さらに30世代前になると5億3687万0912人、40世代前では2748億7790万6944人になるのです。
世代間年数を二十年とすると、20世代前で400年、30世代前で600年、40世代前では、800年前になります。
800年前は、源頼朝が鎌倉に幕府を開いて19年後にあたります。人一人のご先祖様が800年前まで遡ると2748億7790万6944人もいるのです。
勿論、我国の人口が鎌倉時代初期に2748億も存在するわけがありませんから、同一人を重複して数えることになります。
 同じ父母から生まれた兄弟姉妹。または、同じ国土に生まれた人々、同じ国民、また、同じ民族のことを同胞(どうほう)といいます。
上記の数字からも、日本人が殆ど、血の繋がりのあることの証左でもあります。
系図のなかった庶民では辿りようもありませんが、間違いなく同じ父母から生まれているのです。数多くのご先祖様のうちたった一人でも欠けていたら、今の自分は生まれてこれなかったはずです。これは生命の奇跡としか言いようがありません。一人一人の生命はやがてつきます。しかし、生命そのものは親の代から受け継ぎ、子の代へと引き渡されていきます。
 

筆者が子供の頃には、どこの家庭にも神棚と仏壇があり、日常の明け暮れに神仏に祈り朝日に手を合わせ、夕日に感謝する親や祖父母の後ろ姿がありました。
勿論、お正月、国の慶事には、国旗がどこの家にも掲げられていました。

 そして、食べ物と大切にしていました。
一粒でもご飯を食べ残したり、好き嫌いを言うと「もったいないと、親は子供を叱りました。食べ物や、ものに対して「いただきもの」「さずかりもの」と天地自然への感謝の気持ちをいつも忘れませんでした。みんな昔話になってしまったのでしょうか。ほんの40年前のことです。

 「ご先祖さまに顔向けできないようなことを、してはいけないよ」親の言葉が頭のどこかにあるから、自制心がはたらき、悪いことをしょうと思ってもできません。「おてんとさま(お天道さま)が見ているよ」おじいさん、おばあさんの口癖が、いつも心の片隅にあり、心に残っています。

 親や祖父母の教えが、「生き方の規範」になって、より良き行いをしようと心掛けます。かって人々は「人の道」という、歩むべき方向を持ちあわせていました。

 ご飯を食べ残したり好き嫌いを言っても、最近の親達は「もったいない」と叱らなくなりました。子供は食べ物があふれているのに、自分好みの品を求めてとめてコンビニに行きます。 

 精神の不安定な時期にある青少年の自暴自棄の行動、大人達の自分勝手な独りよがりの行い、失望と絶望、人々はさまざまな心の不安を抱きながら、日々明け暮れしています。 

 現代人は老いも若きも「生き方の規範・人の道」という、心のよりどころを持たないから、ストレスで心身を病み、自信を喪失し、ささいなことにつまずいてしまいます。

 「もったいない」という言葉をつぶやきながら、天地自然に手を合わせても、いいのではないでしょうか。
 「ご先祖さまに顔向けできないようなことを、してはいけないよ」 「おてんとさまが見ているよ」「神さま、仏さま、ご先祖さま、おてんとさま」と拝む、日常行動があっても、いいのではないでしょうか。

 経済や政治・社会情勢に押し流されるようでは、潤いのある生活はできません。昨今のように混迷する社会情勢のもとでは、人々は目先のことばかりに心うばわれます。そんなご時世であればこそ、なにか大きな恐れるもの、畏敬の念を抱くものがあれば、かえって安心します。

 神仏や、天地自然に手を合わせる、積極的な行動によって、
子供達は健やかに成長し、大人達は希望と自信をとりもどし、安らぎを得ることができるでしょう。

 
かっての日本人とは、そのような民族だったのです。
そして、その時代のほうが、皆幸せであったように筆者は思います。
今一度、大らかで、高貴な、こころ優しい日本人の戻ってみませんか・・・
子孫の為にも・・

 
 
 
 
 
 
 
 

転載元転載元: 美しい国

新嘗祭

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天皇陛下 御尊影
 
 
 
 
 
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皇后陛下 御尊影
 
 
 
 
君が代
 
 
 
 
明日は「新嘗祭(にいなめさい)」の日です。
皇紀2671年、日本伝統の新嘗祭に際し、国民の一人として、新穀の実りと畏くも天皇陛下、君が代、日章旗に感謝を捧げます。
畏くも天皇陛下におかせられましては、ご不例でもあり臣民の一人としてご平癒を心より 祈念します。
 
 
國を思う皆さまにはご存知の通り、この十一月二十三日は、「勤労
を尊び、生産を祝い、國民互いに感謝しあう」、との主旨をもとに、昭
和二十三年(一九四八年)に「勤労感謝の日」として制定されましたが、この日は、本来、新暦(太陽暦)で「新嘗祭(にいなめさい)」の日に当たります。農耕民族である我國の食は人の命を支え養う大切な財(たから)です。ゆえに最も大切な日であります。
この食を支える年々の実りに感謝する。そのために、日々汗して働くことを尊び合う。新嘗祭は、その結晶である新穀の実りをお祝いし、時の陛下が新米を神前に奉納する儀式を淵源としています。民間においてもその年の新穀をそれぞれに供え、感謝の念を以って食(は)み、収穫を祝う日とされて来ました。
新嘗祭の記述は日本書紀にまで遡(さかのぼ)ることができ、「皇極
天皇の元年十一月十六日に「天皇は新嘗祭を行われた」と記されてい
ます。この「皇極元年十一月十六日」は、太陽暦に約せば六四二年十
二月十二日となり、干支は丁卯にあたります。以って、当時に遡れば、
すでに皇極天皇の御代には、陰暦十一月第二の卯の日(太陽暦における十一月二十三日)に新嘗の儀が執り行われていた。この史実の一端からも、新嘗祭の伝統深き意義を拝することができ、先ず感謝を以って応分の礼となす日本人の文化・精神の高さが感じられます。
この古来より伝わる日本の佳き伝統の心に触れ、日の丸を粛々と掲
げ、日々臣民の幸せを願われておられる畏くも天皇陛下、皇室に感謝し、本年の新穀の実りに感謝致す日でありたく思います。世界の諸国には様々な変遷はありますが、日本は不変にして皇紀連綿と今日にまで続く無類の国であります。幾多の先人・ご先祖の智慧と労功、そして、尊い命に支えられてこその今日の日本があります。
その心に感謝する日でありたいと願う次第であります。
畏くも天皇陛下、君が代・日の丸は、日本國民の誰もが共有すべき財(たから)です。
先祖代々の日本の國です。
君が代・日の丸は、両親、祖父母、およびその前々の代から伝わるかけがえのない宝です。
世界の國歌の中で「君が代」ほど重厚で平和を願った美しい國歌は類をみません。
世界の國旗の中でも最もシンプルであり、美観が整い、これほど明快な国旗は他に類を見ません。
現在の國際情勢、世界での我國がおかれている状況は厳しいものがあります。
今年は、東日本大震災という未曾有の災害で多くの同胞の方々が亡くなりました。その後も止まぬ災害。
我国に起こるすべてのことを一身に受け止めあそばされる畏くも天皇陛下のご不例。
我國古来よりの、伝統、風習、が失われつつあることにも不安もありますが、次世代に胸を張って引き継げる日本を願い、いかなる台風にも折れない巨木の威容にも喩(たと)えるべき厳とした日本人の誇れる強い心を以って、日々畏くも天皇陛下、君が代・日の丸のもとに凛然たる日本を願い、前へと歩を進めてまいりたく思います。國思うみなさまとともに、新嘗祭に際し、天神地祇に感謝し、皇室を崇敬し、建国以来、神々と皇室とともに歩んだ先人を偲びたいと思います。


ふりつもるみ雪にたへて色かへぬ松ぞ雄々しき人もかくあれ
 
 
終戦後の絶望の中であっても、雪の中の青々とした松のように国民も強く生きて欲しいという、昭和21年の先帝陛下の御製です。
先帝陛下の国民への思いです。今上陛下におかせられましても国民への思いは同じであられます。
畏くも天皇陛下は常に国家安寧を祈って居られますが、震災後、日本国民に発せあそばされた玉音放送は悲しみにくれる国民に希望を与えていただき、哀しみをも共有あそばされました。
しかしながら、政情未だ定まらず、荒廃していく世情、親の心子知らずと言いますが、畏くも天皇陛下の大御心、臣民知らずなのではないでしょうか?
 
 
 
尊 彌榮 彌榮 彌榮
 
 
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
 
 
 
 

転載元転載元: 美しい国

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1123日は稲の収穫に感謝し、豊穣を祈る新嘗祭です。
天皇陛下の宮中祭祀であります。 
・・・・・
 
終戦後、宮内省庁舎の2階にあった侍従武官府では戦争が終わったため侍従武官たちは仕事がなくなっていました。
侍従武官とは、陛下の常時お側で軍との連絡をとるために奉仕する陸・海軍将校で、エリート将校の中から選ばれた選りすぐりでありました。
終戦時、彼らはまるで気が抜けており、夕方になると武官府にたくさんあった清酒「惣花」を酌み交わしていたという。
この「惣花」は灘の生一本で、明治天皇が好まれたことから宮中の専用の銘柄となったものです。
 
戦争中は、毎朝8時に侍従武官が陛下のもとにあがって、その日ごとの天気予報を報告することになっていました。これは天候によって作戦が左右されるからでした。
この報告は海軍が気象情報を収集していたので、その日の当直の海軍侍従武官が行うことになっていました。
戦争が終わり、空襲被害や戦況の上奏は行われなくなっていましたが、天気予報の報告だけは数日間そのまま続けられていました。
 
830日の夜、今井秋次郎中佐は海軍の当直でした。
今井は終戦で空襲がなくなったのでそのまま熟睡し、翌朝7時半ごろに目が覚めました。
この頃には軍令部から天気予報についての電話もかかってこなくなり、陛下もいつも無表情で聞かれていたので、ご負担をおかけしては畏れ多いと思い、報告をしていませんでした。
 
すると、侍従から電話がかかってきて、
「御上が天気予報を待たれている」と言ってきました。
今井は慌てて軍令部に電話をかけて天気予報を聞き出し、
御執務室の前の廊下でいつものように待っていると、陛下が背広を着て出御されました。
陛下に従って部屋に入ると、天気予報について報告しなかったことを詫びてから、
「ここ数日は、曇天か小雨になるものと思われます」と申し上げました。
陛下はいつものように黙って聞いておられました。
そして、報告が終わると陛下は頷かれ、窓の外に目をやられ、独り言のように言われました。
「では、稲は大丈夫だね」
 
今井は愕然として衝撃に打たれたようにたじろぎました。
戦争が終わったので、天気予報にはもう用がないだろうと勝手に思っていたら、天皇は稲作について心配されていたのでした。
 
今井は武官府に戻ると泣きながら陸軍武官の当直であった吉橋戒三大佐に話しました。
すると吉橋も感激して、泣きはじめたのです。
今井も吉橋も、陛下が毎朝空襲の被害状況について聞かれ、戦況が大きく動かなくても、
夕方に戦況について報告を受けられていた理由が初めてわかったのです。
陛下は常に国民のことを想っていらっしゃったのでした。
 
昭和天皇はいつも農作物の出来具合を心配されていました。
天皇陛下は国民の安寧と繁栄を祈る神官であり続けたのです。
歴代天皇はずっと皇祖を祀り、民草の幸福を祈ってきたのです。
これが我が皇室の伝統です。
 
昭和63年、この年は長雨が続きました。
昭和天皇は病床から白いレースのカーテン越しに小雨が降っているのをご覧になりながら、
「長雨にたたられた今年の稲の実りはどうなっているのか」と言われました。
陛下も吹上御苑の東南にある小さな水田で、ゴム長靴をはいて水から田植えされ、稲を育てられました。今上陛下も同じ水田で田植えをされて、刈入をされています。
 
これは天照大御神が高天原の斎庭(ゆにわ)の稲穂をとって皇孫に授け、耕作を命じた神勅にもとづいているのです。天皇陛下は日本神話と一体となっておられました。
日本神話で天孫降臨といわれますが、天照大御神の孫のニニギノミコトが大御神の命によって
日本の国土を統治するために、稲穂を持って今の宮崎県の日向の高千穂峰に降りられたのです。
 
ちなみに、日本酒「惣花」は今も日本盛によって販売されています。
「惣花」の由来は、めでたいと今日も朝から大祝い、千客万来の福招き商売繁盛、です。
 
この銘酒「惣花」は、明治32年に皇室御用酒となり、
昭和34年には今上陛下のご成婚の祝い酒としても用いられました。
 
「惣花」は幻の酒と言われ、それほど多く生産されていません。
特別な製法で造られており、通常の純米吟醸酒が60%の精米歩合のところ、惣花は贅沢にも55%まで酒造好適米とされる、丹波の山田錦を削って造られています。さらに特別な惣花酵母を使用し、10度くらいの低温の環境で3段仕込みをしています。丹念に造り上げられたまろやかな味わいときれいなごく味、高級品の風情を楽しめる、最高級の日本酒であります。(日本盛HPより)
 
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転載元転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」

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福島空港に到着し、記念写真を撮る台湾からの観光客=19日午前
 
 
 
 
 
 
 
日本人は忘れやすい民族です。
次から次へと起こる諸問題、今年3月に東日本大震災で多くの同胞が亡くなりました。その後復興への歩みも遅いうえに、福島を襲う風評被害。
その被災地にブータンの国王陛下、王妃陛下が福島を見舞われ、福島のみなさんに希望と勇気を与えていただきました。
福島の観光業も悲惨な状態にあります。福島空港は、東日本大震災で運航に支障が出るほどの被害は出ていませんでした。
東京電力福島第1原発事故の影響で、ソウルや上海と結ぶ国際定期便がストップしている福島空港(福島県須賀川市、玉川村)に19日、外国人観光客を乗せた国際便が約8カ月ぶりに姿を見せました。
それは、政府が友好国と呼ぶ、韓国、中国からの国際便ではありませんでした。
 
台湾の航空会社「復興航空」のチャーター便で、「復興航空」が台湾の旅行会社数社にツアーの企画を呼びかけてくださり実現したものです。
今回のツアー参加客約180人は3泊4日の日程で福島県の会津地方を中心に観光。折り返し便は、福島から200人近くの高齢者を乗せて南台湾の高雄国際空港に到着した。
高雄市政府が日本のシルバー族を対象とした深みある旅行プランの参加者で、台湾の3泊4日の旅を楽しんでいる。

同市の陳盛山観光局長は空港まで出迎え、現地のスポットを紹介したほか、旬の果物や手土産もプレゼントした。
多くの航空会社が東北地方への便数を減らしているなか、復興航空は八月十二日に記者会見を開し、九月八日より秋田へのチャーター便を復活させています。三月の震災後、台湾から初めて東北地方に飛ぶ民間航空機となりました。
 
来日中のブータン王国には厚意ある支援、台湾の皆様、には東日本大震災後、多額の支援をしていただいた。
両国の支援は、何も見返りを求めない「まごころ」の支援です。
真の友好とは、時が過ぎてもお互いの厚情を忘れず支えあうことではないでしょうか?
筆者は両国の厚情に、胸が熱くなりました。
我国は確かに、経済大国です。しかし、本当に、「こころ」は満たされているでしょうか?
支援を戴いた国々に同じことができるでしょうか?
我国から多額の支援を受け「経済大国」「軍事大国」となった中国、その刃は、ブータン王国、台湾、我国へ、そのほかの国々に向けられています。
我国の責任は大きいです。
 
真の友好とは何か?今一度国を挙げて考えねばならぬのではないでしょうか?
 
 
 
 

転載元転載元: 美しい国

ブータン王国と日本

 
 

 
昨日、畏くもブータン国王陛下、同王妃陛下をお招きして、国会にて歓迎会が執り行われました。
ブータン国王陛下におかれましては、素晴らしい演説をなされました。
ブータン王国は東日本大震災の翌日に国王主催の「供養祭」が挙行され、18日には義援金100万ドル(日本円で8150万円)が、日本に贈られました。
 ブータンの1人当たり国民総所得は2000ドル(約15万4000円)足らずですので、ブータン王国の厚意が感じられます。
また被災地への行幸もなされる予定です。
ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王陛下の父君であられるジグミ・シンゲ・ワンチュク前国王陛下も1972年に16歳という若さで即位されました。
平成元年に昭和天皇陛下の大喪の礼参列のため、民族衣装「ゴ」の礼服姿で来日されている。その際に、多くの首脳が日本から経済協力支援を得るため葬儀前後に日本政府との会合、即ち「弔問外交」を行っのに対し、ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王陛下は一切の「弔問外交」を行わず、大喪の礼で弔意を表され、帰国された。新聞記者がその理由を国王に尋ねると、国王陛下は「日本国天皇への弔意を示しに来たのであって、日本に金を無心しに来たのではありません」と答えられました。
 
前国王陛下自ら当時の君主制から国民が投票して決める民主 ­制への移行を提唱され、国内各地を遊説された。むしろ ­国民のほとんどが今までどうり君主制でと、国王に懇願したそうです 。君民の強い絆が窺われます。
ブータン王国は、金銭的な豊かさの指標となる国民総生産(GNP)ではなく「国民総幸福量(GNH)」を提唱しています。
ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク前国王陛下は、1970年代、今後のブータンの国づくりを探るため、日本を含む欧米先進国を研究したそうだ。そして国王が出した結論は「欧米はGDPを伸ばすという方向性で国づくりをしている。しかし環境はボロボロになり、人の心はすさみ、文化は継承されなくなっている」というものでした。
 つまり、GDPを追求してもいいことは何もない。だったら、GNH(国民総幸福量)を大事にしようということだった。ブータンではGNHの指標があるが、その項目は人々が情緒的にどれだけ満たされているか、地域社会がどれだけ生き生きとしているか、というものです。そして国勢調査で、それを把握して政治に生かす施策をとられました。ブータン国民に「あなたは幸せですか?」と質問したら、94%の人が「はい」と答えたそうです。
 
ブターン王国で農業指導に尽力し、同国民にもよく知られている故西岡京治さんの妻里子さん(75)が16日、来日中のワンチュク国王陛下、同王妃陛下とともに宮中晩さん会に招かれました。
故西岡京治氏については、投稿文字数に制限がありますので、以下の動画にてご覧ください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
西岡里子氏は、「経済の価値だけが全てじゃない。日本はもう少し、本当に不幸な人を減らせるのでは」と感じ、「GNHはドル支配の世界で『お金はなくても豊かに生活している』という国王の世界へのメッセージだった。経済成長を経た日本は今、『お金のない人はだめな人』になっているのでは」と指摘し、述べられています。
 
GDPが増えても国民が幸せになるとは限りません。国民は不幸せでもGDPは増えて行きます。寧ろ国民の不幸の上に、GDPの成長があるのかもしれないのです。
現在、日本は立派な経済大国といえる。だがこれは日本の人口が多い(世界10位)というのも大きな理由であるのです。“1人当たりGDP”で比較すると、日本は世界17位になります。
かっての日本、日本人は清らかで美しかった、貧しくてもみんなが幸せだった、
ブータン王国に素晴らしい王室があるように、我国には素晴らしい皇室がおわします。
我国は本当に豊かな国なのか? 改めて問い直す時期に来ているのではないだろうか。その上で、このままグローバル資本主義にどっぷり突入してゆくのか、それとも日本独自の新しい目標と指標に基づいた国づくりを進めてゆくのか、真剣に考えてみる時期に来ているのではないでしょうか?
 
世界の誰もが認めた「美しい国、日本」を・・・・・
 
 
 
畏くも天皇陛下におかせられましては、ご病気が平癒あそばされることをこころから願い、祈念いたします。
 
 

転載元転載元: 美しい国

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