美しいシモネッタ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

第7場 陰謀の足音

○メディチ邸(広間)
       

   ロレンツォとジュリアーノが話している。
ロレンツォ「この話しは内密だが、シクトス四世はフィレンツェの内情をまるで見ているようにご存じだと言われる」

ジュリアーノ「シクトス四世は、パッツィ家ゆかりの教皇。さまざまな者が密偵として、ローマからフィレンツェへ送り込まれていると言われます」

ロレンツォ「反メディチ包囲網をつくるために。そして後ろで糸を引く者は・・・」

ジュリアーノ「パッツイ家出身のサルビアーティ大司教ですか」

ロレンツォ「それだけだと思うか」

ジュリアーノ「はっ」
 背中を向けて窓のそばに行く。そのまま戸外を見下ろす。

ロレンツォ「ふーむ。美しい。夫が死んで数年になるのにまだ喪に服しているのか。貞淑な女だ。黒い衣装が美しさを際だたせている。口さがない連中は、自分の美貌を引き立てるために喪服を脱がないのだと噂している」。

ジュリアーノ、急いで兄の横に立ち、下を見下ろす。そのまま扉のほうに行こうとする。
兄の手がその肩を抑えつける。

ロレンツォ「待て。町の人々がおまえを見ている。メディチ家の人間は軽々しく行動すべきではない」
ジュリアーノ、兄の手を振り払う。

ロレンツォ「人々がシモネッタをなんと呼んでいるか知っているか。『ジュリアーノの恋人』。おまえが毎日のようにヴェスプッチ家の門の前に立っているのもみんな知ってる。これをなんとかスキャンダルに仕立て上げ、メディチの名を地に落としたいと願っている者もいる」

ジュリアーノ「申し訳ありません」

ロレンツォ「ちっとも申し訳なくなんかないさ。フィレンツェ中の女がおまえに恋している。普通の女ではだめだ。シモネッタこそジュリアーノの恋人にふさわしいとだれもが思ってるんだ」
姿勢を正してジュリアーノに向き直る。

ロレンツォ「この春サンタクローチェ広場で開かれる騎馬試合、それにおまえは出場するんだ」

ジュリアーノ「サンタクローチェ広場の騎馬試合・・・」

ロレンツォ「そして優勝し、勝利の女神、ミネルバからおまえにカブトをささげられるだろう」
ロレンツォの妻のクラリーチェが部屋に入ってくる。

クラリーチェ「おや、わたしの愛する弟にだれがカブトをささげるですって?」

ジュリアーノ「姉上、お元気そうで何よりです」
ジュリアーノ、クラリーチェの手をとって口づけする。

クラリーチェ「それほど元気ではございません。この人のために4人の子を生み、すっかりおばあさんになってしまいましたわ。容色も衰えました」
   ロレンツォ、せきばらい。

ジュリアーノ「姉上は、いまも美しいですよ」

クラリーチェ「義理の姉への礼儀としても・・・その言葉ありがたく受け取りますよ。あのシモネッタとかいうひと、今でも喪服を身につけているとか・・・」

ジュリアーノ「はい、貞淑な女性の鏡のような方です」
クラリーチェ、背中を向けて窓のほうへ。

クラリーチェ「そうでしょうか・・・」

ロレンツォ「どういう意味だ」

クラリーチェ(ほっほほ・・・)。私には、見せつけのように思えてなりませんわ。自分がいかにも貞淑な女だと。いえ、私が嫉妬してるとかそういう意味ではありませんのよ。ローマから嫁いで以来、家柄を鼻にかけた女とか、顔はともかく子を産むことだけに脳のある女・・・などと市民が噂しているのは知ってますわ。でもそんなこと、ちっとも気にかけたりしておりませんわ」

ロレンツォ「ああ、おまえは心の広い妻だよ」
クラリーチェ、夫のそばに顔をよせ、ささやく。

クラリーチェ「私の実家のものが申しております。教皇シクトス四世がますます反メディチ色を強めていると・・・」

ロレンツォ「教皇は就任以来、見せつけるように、取引銀行をメディチ銀行からパッツィ銀行に変えた。パッツィ銀行ローマ支店にはいま、フランチェスコ・パッツィが行っている。さぞかし、いろいろな密談が交わされていることだろう。さらには、メディチへの当てつけのように、反メディチのサルビアーティ大司教をフィレンツェに送りこんできた。まったくスパイと毎日昼食をともにするようなもんだ」

ジュリアーノ「教皇は、神の世界ばかりでなく、地上のことも思い通りにしようとなさる」

ロレンツォ「まあ、仕方がないさ。シクトス四世は教皇はパッツィ家ゆかりの教皇。こんなときだからこそ、ジュリアーノ、おまえが頼りだ。その美しさと勇気で、フィレンツェの市民を熱狂させておくれ。フィレンツェの街中をうめる、メディチ、メディチ、の大合唱を聞きたい」
ジュリアーノ、うやうやしくお辞儀。

クラリーチェ「いまこそ喪服を脱がせるときですわ。そうでしょう、ジュリアーノ。春の女神があなたにカブトをささげるのです。さぞ美しい光景になるでしょう。ぞくぞくしますわ」
第6場 葬列

○フィレンツェの通り。遠くに教会の屋根が見える

教会の鐘が鳴っている。
葬列がしずしずと近づいてくる。
ジュリアーノと従僕のマルコ、立ち止まって見ている。
いつか、橋で出会った老婆、建物の陰からじっとジュリアーノに目を注いでいる。
ジュリアーノ「あれはだれの葬列だろう」
マルコ「ヴェスプッチ家の葬列です」
ジュリアーノ「ヴェスプッチ?・・・で、どなたが亡くなったんだ」
マルコ「さあ」
ジュリアーノ「さあ、だって?早くだれかに聞いてこい」
マルコ「だれもいませんよー。だれにきいたらいいんでしょう」
ジュリアーノ「おまえはほんとバカだね。だれだっていいんだ。そのへんのひとをつかまえて聞きゃあいいじゃないか」
   老婆が近づいてくる。
老婆「あんたジュリアーノさまだね」
ジュリアーノ「そうだよ、おばあさん」
老婆「あれは、マルコ・ヴェスプッチの葬列さ」
ジュリアーノ「マルコ・ヴェスプッチ?」
老婆「知らないのかい。シモネッタの夫さ。金遣いの荒い遊び好きの放蕩もの。商人としてのヴェスプッチも、息子の代で終わりだろうともっぱらの噂だったが・・・まあ、これ以上死者を鞭打つのはやめておこう」
   ジュリアーノ、呆然として立ち尽くす。
鐘の音、ひときは大きく。
葬列の中に、喪服に身をつつんだシモネッタの姿。さめざめと泣いている。ふと顔を上げたときに、ジュリアーノと目が合う。片手を上げかけ、力なく落とす。
ジュリアーノの、走りよろうとする。
老婆、その腕をつかんで引き戻す。
老婆「何をする気だい?だれも葬式を妨害することはできないよ。死者は静かに見送るものだ」
   ジュリアーノ、愕然として立ち尽くす。
ジュリアーノ「あの悲しみようはどうだ。まるでうち萎れた百合の花のようだ。それほどに、あの人は夫を愛していたのだろうか」
老婆、ジュリアーノを見つめる。
   ジュリアーノ、ふと気がついたように老婆に目をやる。
ジュリアーノ「あんたは、だれだい?」
老婆「あら、うれしや。やっと、この婆さんに興味をもってくれたね。ジュリアーノさま、あなたに花をささげるものさ」
マルコ「このお方がだれかわかってるのか」
老婆「ああ、この花の都フィレンツェにこの方がお生まれになり、花の香りのする水で産湯をつかったときからずっとな」
街の女、走りよってくる。
老婆、くるりと背中を向ける。
街の女「おばあさん、こんなところにいたのかい。探したんだよ。・・・この婆さん、ちょっとおかしいの。さあ、もう向こうへいこうよ、昼ごはんの用意ができてるんだよ」
街の女、老婆の背中になだめるように手を置き連れて行く。
老婆、半分抵抗し、いじけるように背中を曲げながら連れていかれる。
   僧・サヴォナローラ(悪魔と二役)前にたちはだかる。
僧・サヴォナローラ「ふーむ、あの男が、産湯をつかったときから・・・そして再び眠りにつくまでを見届けようというのか・・・」
老婆、街の女、ぎくりとして立ち止まり、そのままもつれ合うようにして足早に立ち去る。
サヴォナローラ「ふーむ。なんて美しい若者だ。まるでダビデのような・・・惜しい、実に惜しい」
第5場 ムッジェロのサロン

○ムジェッロの別荘(サロンの中)



ボッティチェリ「ここは、かの有名なムジェッロの山荘。なんで有名かというと、当代随一の、詩人、哲学者、絵描きがみなこの山荘に集まったと言われている。このフィレンツェのみならず、全イタリア、ヨーロッパ中からこのフィレンツェを目指したとされる。というのは、祖父のコジモ、父親のピエロ、そして豪華王といわれるロレンツォと、メディチ家は3代続きの学問、芸術好きの家系。フィレンツェはロレンツォ豪華王の時代に文化の爛熟期を迎え、ヨーロッパ中がこのサロンの話に耳傾けていたと言われる。芸術家や詩人が手あつく保護されたのはもちろん、ギリシアへのあこがれから、プラトン哲学へ深く傾倒していた。たぶん、下卑たおれの推測をいえば、メディチが商人で金貸しを生業としていたからこそ、こんな哲学やら詩や一文にもならないものを保護しようとしたのじゃないか。メディチといえば芸術家のパトロンの代名詞。そのおかげでおれ様にもやっと日の目があたってきたってところさ」

従僕、ロレンツォの耳に何か耳打ち。
ロレンツォ「きたか」
顔をあげる。
ロレンツォ「さあ、こちらへ」
ボッティチェリ、一礼。
ボッティチェリ「サンドロ・ボッティチェリでございます」
ジュリアーノ「ああ、あのきれいな絵を描く人だね」
ボッティチェリ「きれいかどうかはわかりませんが」


ロレンツォ、ジュリアーノ、詩人のポリツィアーノ、哲学者のフィチーノ、その他20人ほどの人々がサロンで話している。
下手の隅の方で、サロンをスケッチしようとしている画家のヴァザーリ。
下手から、ボッティチェリ急ぎ足で登場。ヴァザーリとぶつかりそうになりよける。何度かくり返したあと、頭をさげて、あやまるボッティチェリ。
ヴァザーリ、にらみつけるようにして見送る。
ボッティチェリ中央に(ボッティチェリのみにライト)

ボッティチェリ「やれ、やれ、なんてうるさ型の絵描きに会ってしまったもんだ。一番苦手なタイプだぜ」
サロンの様子を描きつづけるヴァザーリ。
そっと近づいていって後ろから絵を見て、首をすくめるボッティチェリ。
ボッティチェリ「なんてアカデミックな芸風。ああ、中央にすわってなにやら分厚い本を開いて見ているのが、ロレンツォさまなんだ。ぷっぷ。あのお方はこんな謹厳なかたではないぞ。ヴァザーリの絵は美しいが、ちとまじめすぎるのが欠点。あのお方は、仲間を引き連れて町中に出れば、とめどもないらんちき騒ぎをして娘っこでもさらってきてしまおうか、というぐらいのお方。政治に関しては冷徹だといわれ、そんな二面性がある意味怖いお方でもある。まったく、鬼が笑うぞ・・・。
上手のロレンツォたちを手で指し示す。
ボッティチェリ「ここは、かの有名なムジェッロの山荘。なんで有名かというと、当代随一の、詩人、哲学者、絵描きがみなこの山荘に集まったと言われている。このフィレンツェのみならず、全イタリア、ヨーロッパ中からこのフィレンツェを目指したとされる。というのは、祖父のコジモ、父親のピエロ、そして豪華王といわれるロレンツォと、メディチ家は3代続きの学問、芸術好きの家系。フィレンツェはロレンツォ豪華王の時代に文化の爛熟期を迎え、ヨーロッパ中がこのサロンの話に耳傾けていたと言われる。芸術家や詩人が手あつく保護されたのはもちろん、ギリシアへのあこがれから、プラトン哲学へ深く傾倒していた。たぶん、下卑たおれの推測をいえば、メディチが商人で金貸しを生業としていたからこそ、こんな哲学やら詩や一文にもならないものを保護しようとしたのじゃないか。メディチといえば芸術家のパトロンの代名詞。そのおかげでおれ様にもやっと日の目があたってきたってところさ」

従僕、ロレンツォの耳に何か耳打ち。
ロレンツォ「きたか」
顔をあげる。
ロレンツォ「さあ、こちらへ」
ボッティチェリ、一礼。
ボッティチェリ「サンドロ・ボッティチェリでございます」
ジュリアーノ「ああ、あのきれいな絵を描く人だね」
ボッティチェリ「きれいかどうかはわかりませんが」
ジュリアーノ「この世のものとも思えない女たちだと人々は言っている。まるで、天使だと。夜な夜な天使がきみの家にやってきて姿をそっくり写してるのじゃないか、と」
ロレンツォ「おい、きみ。弟の肖像画を描いてくれないか。こいつの美しさを多くのひとに見せて感嘆の声をあげさせたいのだ」
ジュリアーノ「それより、兄さんの肖像画のほうが先です」
ロレンツォ「いや、おれはいい。おれは醜い男だ」
ジュリアーノ「醜いですって。兄さん、あなたは男らしい立派なお顔をしてらっしゃる。そしてその頭脳ときたら・・・アテネの哲学者にだってひけを取らないでしょう」
フランチェスコ・パッツィ「――しかし、百人評議会に40人ものメディチ派の常任議員を送り込んだのは、誤りでした」
あたり、水を打ったように静まりかえる。
ロレンツォ「よく聞こえませんでしたが・・・」
フランチェスコ「ははは。いや、人間だれしも、常に正しいことだけをやれるというわけではありませんから・・・」
ロレンツォ「(笑)まあ、そうだ。あんたも私も」
フランチェスコ「ええ、そうです。あなたも私も間違うことはある」
   哲学者・フィチーノ、杯をもって近づいてくる。
よろけてフランチェスコの肩に手をおく。
ぎくりとする、フランチェスコ。
哲学者・フィチーノ「ロレンツォの祖父のコジモの代から私はメディチとつきあっている。数々の政変も見てきた。一度フィレンツェから追放になったコジモがなぜもどってこれたか知っているか。人々が望んだからだよ。フィレンツェにはメディチが必要なんだ」
フランチェスコ「たしかに・・・」
詩人・ポリツァーノ「(二人の肩をたたきながら)たがいの誤解を言葉によってすみやかに解く。それが人間ってものだ。さあ、さあ、もう堅い話は終わりにして、飲もうじゃないか。ぱあぁとな」
人々、杯をもって歌う。

  ロレンツォの詩から
青春はうるわし
されど逃れゆく
楽しみてあれ
明日は定めなきゆえ

歌、くり返す。

使者がやってきて従僕に耳打ち。
従僕、ロレンツォのそばに近づいてくる。
ロレンツォ「どうした」
従僕「たったいま、奥方様に男の子がお生まれになりました」
ロレンツォ「クラリーチェが赤ん坊を生んだか。すっかり忘れていた」
ジュリアーノ「にいさん、おめでとうございます。早く邸へおもどりください」
ロレンツォ、部屋を去る。
見送るジュリアーノ。
ボッティチェリ、ジュリアーノの耳元にささやく。
ボッティチェリ「お気をつけなさい。パッツィ家の人間に。さしものロレンツォさまも、この別荘では油断しておられる。フランチェスコの叔父の老ヤコボが反メディチ勢力を集めようとしてると噂されてます」
ジュリアーノ、うなずく。
ボッティチェリ「(ずるそうに)それから、シモネッタ・ヴェスプッチさま、ご存じですね」
ジュリアーノ「ああ」
ボッティチェリ「あの方の夫、マルコが亡くなりましたぜ」
ジュリアーノ、呆然と立ちつくす。
ボッティチェリ「シモネッタさまの、喪の衣装姿、さぞ美しいだろう、と街の者たちは噂しています」
ジュリアーノ「あ・・・」
ボッティチェリ「では、私はこれで・・・あまりさぼっていると、また親方にしかられます。シモネッタさまにご用のせつはお知らせ下さい・・・知り合いなんです。ヴェスプッチ家のそばに住んでおりましてね」
ジュリアーノ、手を前に出してとめようとする。
ボッティチェリ、礼をして走り去る。
15世紀、イタリアのフィレンツェは繁栄を極めていた。
共和制をしくこの街の実質的な支配者が、メディチ家だった。
若くしてメディチ家の当主となったロレンツォ、とジュリアーノの兄弟。
兄、ロレンツォは政治的に有能で詩人、芸術の理解者でもあった。
弟、ジュリアーノは美しい若者。シモネッタに出会い恋に落ちる。
やがてこのメディチ家にある悲劇が・・・。
      ◎舞台好きが高じてこんなの書いてます。お暇な方は見てやってください。


第5場b ボッテチェリの苦悩

○聖ガッロの門(その手前)


門が閉じようとしている。

ボッティチェリ「おいおい、爺さん、待ってくれ。ボッテチェリ様のお通り だ。何もそんなにせ っかちに閉めなくたってよさそうなものだ」

門番「せっかちだって。誰に向かって言ってるんだ。俺が門を閉めるのは陽の沈みきるちょうどそ の時間。文句ならお日様に言ってくれ。たとえメディチの者にだって、変えることなんぞできやしね  え」

ボッティチェリ「だから、そのメディチの若様が今しがた、お通りになっただろう」

門番「なんだって?」

ボッティチェリ「まあ、いいさ。とにかく俺を入れてくれ」

○門の内側(街へ向かう通り)

  一人の男がすれ違いざま身体をぶつける。
  ボッティチェリ、にらみつける。

ボッテチェリ「くそ」

  今初めて気づいたように、客席のほうを向き、深々とお辞儀。

ボッティチェリ「会ってまだ二回目なのにもう、二人の心は燃え上がってしまっている。丘に咲く 芥子の花のように。枯れ野を赤々と染める一日の最後の陽のように。これが永遠の恋、というやつだ。 (両腕を広げる)。それにしてもこの胸の動悸はなんだ。あの二人が一緒に立っている姿を見ただけで 胸が早鐘のように打ち始めた。美しいものなら五万と見てきた。我が師、フィリッポ・リッペの絵の聖 女たち。花の聖母教会の壁画。(片手を目に当てる)。俺は泣いているのか。俺は絵描きだ。美とは消 え去るもの。フィレンツェの春の輝きもつかの間だからこそ、よけい愛おしむのだ」

○フリッポ・リッペの工房・前

  ボッテチェリ、扉を開けようとして躊躇。それから虚勢をはったような様子で帽子をとり、勢いよく  ドアを開ける。

○工房・内部

  親方のフィリッポ・リッペ、描きかけの絵の前に立ってしきりと首をかしげ考え、また筆を走らせ   る。
入っていくボッテチェリ。
   フィリッポ・リッペ、不審そうに振り返る。

フィリッポ・リッペ「遅かったじゃないか、サンドラ。またふらふらと外をほっつき歩いていたの か」

ボッテチェリ「いえ、とんでもない。おれは花をさがしにいったんでぇ」

フリッポ・リッペ「ほーお、花をな。おまえは少年の顔にしか興味ないものと思っていた」

   ボッテチェリ、ギクリとする。

ボッテチェリ「親方、それはどういう意味ですか?」

フィリッポ・リッペ「冗談だよ。ところでさっきから、大勢のお客さんがお前をお待ちだ」

ボッテチェリ「おや、だれかな」

フリッポ・リッペ「ほら、お帰りだ」
  
  五、六人の少年たちがにぎやかに入ってくる。

少年1「お兄ちゃん、小遣いおくれよ」

少年2「それから、さっき僕たちと遊んでくれるって約束したじゃないか」

ボッテチェリ「ああ、そうだったね。でもその前にこの絵の続きを仕上げなきゃ」

少年3「ああ、またかよ、じっとしてると、体中がむずむずしてくるんだよな」

ボッテチェリ「さあさあ、君たち、お願いだから少しじっとしててくれないかなー。スケッチをさ っと仕上げてしまうからねー。ああ、なんて美しいアゴのライン。水のように澄んだ瞳。あの子の目は 今にもイタズラしたそうにくるくる動いてるじゃないか。おお、神よ。どうか、この少年達のつかの間 の美を、画布の上に留める力を僕にお与えたまえ。ほかは何も望まぬ。命だってくれてやる。悪魔か神 にか知らないが。・・ちぇ、ここの線はこうじゃない。パンを・・」

  隣でしきりに何か描いている少年が、さっとパンをさしだす。
  無意識に受け取って、線を消すボッテチェリ。ふと気がついて少年のほ  うに顔を向ける。

ボッテチェリ「おめえは?」

少年「レオナルド・ダ・ヴィンチだよ。親方が、しばらくこの工房で修行しろって」

フリッポ・リッペ「面倒を見てやってくれよ。何しろたいした男だ」

ボッテチェリ「(ちょっと気取って)おめえはどんな絵を描いてるんだ。いや、人々にどんな絵で 認められるつもりなのかってことなんだが・・(赤面しながら)」   一人

レオナルド「興味ないや。そんなのどうでもいい」

ボッテチェリ「(独り言)ちぇ、やなやつだな。おそらく謹厳でお堅い宗教画でもかいて、教皇様 にでも気に入られようってタイプだぜ」

  ボッテチェリ、レオナルドのスケッチ帳を手に取る。

ボッテチェリ「これはなんだ」

レオナルド「空飛ぶ機械です」

ボッテチェリ「空飛ぶ機械って。これに人間が乗るのか」

  微笑み、恥ずかしそうにうなずくレオナルド。
  ボッテチェリ、もう一枚のスケッチを高くかかげる。

レオナルド「あ、やめてください。それは水にもぐる装置なんです」

ボッテチェリ「おまえ、ほんと変なやつだな。これは?」

レオナルド「お母さんのようにやさしい聖母マリア様さ」

  ボッテチェリ、感動し言葉をのむ。
  フィリッポ・リッペ、二人を微笑みながら見つめる。

フリッポ・リッペ「実はな、サンドラ。さっきメディチ家のロレンツォ様から使いのかたがみえ  て、ムジェロの山荘にお前を招待したいそうだ」

ボッティチェリ「え、なんですって」

フィリッポ・リッペ「おまえを驚かしてやろうと思ってな。もちろんお受けするだろう。ロレンツ ォさまには、お前の絵がひどくお気に召したらしい。フィレンツェの美そのものだと、おっしゃったと か・・・せいぜい励むことじゃ」

ボッテチェリ「はい。(独り言)きっと認めさせてみせる。メディチ家の連中に。フィレンツェ第一の絵描きになってやる」

  その横で黙々とデッサンを描き続けるレオナルド少年。
後ろからのぞき込むモデルの少年たち。
  一人がレオナルドの髪をひっぱる。
  叫び声をあげるレオナルド。

ボッテチェリ「がんばれよ。どうやら、おれとおめえの、行く道は違っているようだがな」

レオナルド「(あわてて立ち上がり)はい」

  二人、がっしりと握手。

  暗転。
  ボッテチェリにだけ光があたる。

ボッテチェリ「あの少年に出会っておれの心にうまれたのは、劣等感とでもいうようなものだっ  た。これ以降、成功を手にしたいと願うたび、あの少年が小さく笑いながらおれの心の中に現れる。バ ラの花のような小さな棘だ。いや、そんなものどうでもいい。おれはなんとしてもフィレンツェ第一の 絵描きになってやる。メディチはその足がかりだ。成功がおれの前で春の女神のように微笑んでいた」

  横にスポットライト。
  レオナルド少年の顔が浮かび上がる。

レオナルド「成功をお祈りします」

  すぐに完全な闇。
第5場a さまようジュリアーノ


○メディチ邸・母ルクレチアの居間

母ルクレチア「だれかいないの」

  二人の侍女が入ってくる。

侍女たち「はい、奥さま」

ルクレチア「ジュリアーノを呼んでちょうだい」

侍女1「(もじもじと)はい」

ルクレティア「どうかしたの」

侍女2「ジュリアーノ様なら、お昼を召し上がってからお出掛けになりました」

ルクレチア「あら、変ねえ。最近、政庁へ行ったのかしら」

侍女2「さあ・・・」

ルクレチア「最近、あの子は様子がおかしいわね。まるで・・・」

侍女1「まるで・・・」

侍女2「まるで・・・、恋をしているみたい」

ルクレチア「なんですって?」

侍女たち「も、申しわけございません」

ルクレチア「(急にやさしい口ぶりで)まあ、いいわ。もう行きなさい。あ、待って。あの子のこ とで何かわかったら、なんでもこの私に知らせるのよ」
 
  侍女たち、去る。
  窓辺に立つルクレチア。

ルクレチア「あの子のことがなぜか気にかかる。ロレンツォ、ジュリアーノ、可愛い私の息子た ち・・・」 



○フィレンツェ郊外の野

  村の若者たちの踊り。
  村の娘たちの踊り。
  春の妖精たち登場(ボッティチェリの「春」の絵のように)
  春の女神、妖精たち、手に提げたカゴから花を野にまき散らす。
  野や丘がたちまち春一色になる。
  心を奪われたように見ているボッテチェリ。

ボッテチェリ「ああ、春がやってくる。これを俺の筆が写し取れたら。この春を。フィレンツェの 春を・・・。神よ、どうか力をあたえたまえ」

  ボッティチェリ、頭で両手をかかえ、ひざまずき祈る。

  ジュリアーノ、下手からふらふらした様子で歩いてくる。
 ジュリアーノ、立ち止まる。
  妖精たち、しずしずと上手へ去る。
  見送るジュリアーノ。
  
  ジュリアーノ、歌う。

    永遠の恋人
時はうつろい 花はしおれる 
空はやがてかげり 
地上を闇がおおったとしても 変わらない いつまでも

天使の朝のほほえみが 窓辺の光をさざなみの色に変え
小鳥はさえずる いや それはあなたの愛の言葉
どうぞ微笑んでくれ 僕だけに
この地上の闇を永遠に吹き飛ばしてくれ

朝の風のように 春の息吹感じていたい
匂うようなその美しさ 恥じらう唇
ああ、あなたは永遠の恋人 永遠の恋人

  シモネッタ上手から、登場。ジュリアーノを見て、戸惑うように足を止  める。
振り向く、ジュリアーノ。
  二人を離れたところから見ているボッティチェリ。
ジュリアーノ、駆けよる。

ジュリアーノ「ああ、やはり来てくれたんですね」

  シモネッタ、深々と頭をさげる。

シモネッタ「ポンテ・ヴェッキオ橋でお会いしたのはやはりあなたでしたねの、ジュリアーノさ  ま」

ジュリアーノ「そうです、あなたに会ってから僕の時は止まってしまいました。ただ、あなたに再 び会えることだけを願って生きていた」

シモネッタ「今日は、お願いに参ったのです」

ジュリアーノ「・・・・・・」

シモネッタ「どうぞ、わたしにもう手紙を送ることはなさらないで」
  
  ジュリアーノ、一歩前へ。

シモネッタ「私には夫がおります。メディチ家の若殿からの手紙をみな不審がっております」

ジュリアーノ「しかし・・・」

シモネッタ「私を可哀想に思って、どうぞ、(顔をあげる)二度と手紙をお寄越しにはならないで ください」

ジュリアーノ「ひとつだけ教えてください。僕が嫌いですか」

シモネッタ「どうぞ、これ以上苦しめないで・・・。橋であなたに会ってから、あなたの美しい顔ば かりを思い描いておりました。会わずにいる時間に、私が苦しんでいないとでもお思いですか。この身 を引き裂いてしまうほどに、一刻一刻がにくらしい。シモネッタ・ヴェスプッチとして暮らすあの家  が・・・。どうぞ私のことはもうお忘れください。私は、地獄に堕ちるほうが似つかわしい女です」

 シモネッタ、走りさる。
 立ちつくすジュリアーノ。
 鐘の音が、野の上に響き渡っていく。
 ボッティチェリ、ゆっくりと近づいていく。

ボッティチェリ「ジュリアーノ様、お急ぎください」

ジュリアーノ「君は?」

ボッティチェリ「しがない絵描きですよ。ロレンツォ様にお世話になってるものです。さあ、あの 鐘の音が鳴り終わるころには、聖ガッロの門が閉じてしまいますぜ」

 上手へ去るジュリアーノ。
 背後に燃えるような夕暮れ。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
siz**a805
siz**a805
女性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

標準グループ

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事