色川武大 という作家が好きだ
1929年生まれ。
ナルコレプシー(睡眠発作症)という持病があり、麻雀をしていても、話していてもいきなり意識を失って、眠ってしまったそうだ。またの名を、阿佐田哲也。「麻雀放浪記」でおなじみだが、わたしはこちらは読んでいない。
また傍らを、猿などの動物が走っていったり、つかみかかってきたりの幻覚が見えたそうだ。
父親は軍人だったが、途中で職をはなれ二度と仕事につこうとしなかった。
息子は学校をさぼり出し、浅草をふらつき、鉄火場をうろつき、ときどきふらりと東京山の手の生家にもどった。
最初折檻した父親も、途中から何も言わなくなった。
彼は自分の家に、泥棒のようにヘイを乗り越え帰っていく。
「生家へ」
(講談社文芸文庫)
「生家に戻りたい、生家に戻って、時が流れるままにうすぼんやりとすごしたい、今かかわりあっている日常を、何もかも遠くへほうり投げて、生家へもどってしまいたい……」
こんな気持ち、父親への愛憎、ナルコプレシーによる幻覚、それらが組み合わさった、夢かうつつかわからない作品1〜9までの小説。
作品3
「音楽が鳴りだした。……なめらかな手がまた出て……
(頭をシャボンで洗ってくれる)。
冷たくも熱くもないぬるま湯で洗い流している気配がする。
ピィ、アール
ピィ、アール
ピィ、アール
ピィ、アール
演奏に乗って、コーラスがそう唄っている。
…………………………
私は身体を硬くしてぎゅっと目をつぶっている。その瞼の中に私の顔が浮かぶ。頬っぺたが
たるんで肥っているが、口の中の息を吸いこんで、頬っぺたをへこませてみる。
上目がち、上目がち、
上目がち、上目がち
あッ、と思った。私は断髪の乙女風であり、まるでレヴューガールのように、瞳を一方に片寄
らせ、コケティッシュな表情をしているのである。」
これを、読んでいると、色川武大さんはつくづく不思議な人だと思う。そしてレヴューガールのように妖しい魅力たっぷりの人だ。
「怪しい来客簿」
(文春文庫)
これは、もともと「話の特集」に連載されていたもの。奇人、変人、どこか狂った人物たちが次々に登場してくる。
その冒頭。
「来客というのはおかしなもので、不意の来客はそれほど驚かないが、きまりきった客が何か
約束があって私の家を訪れてくるというような場合、なんとなくこちらも身構え……電車の
吊革にぶらさがったり車の中にうずくまったりしながら、一路、私のところをめざしてきている。
その姿を思うと、やはり、なんだか怖い」
お婆さんがこわい
「お婆さんの表情は、笑っていなくても、笑っているようであり、笑っていても、笑っていない
ようでもある。お婆さんが訪ねていく先のことだけを念頭に思い浮かべながら、黙々と道を
歩いていく図柄は、私の悪夢のひとつの形式で……」
戦前の東京の街。風呂敷をかかえ、かたわらを通り過ぎていくお婆さん。それを見送る少年。
不思議な光景だ。想像すると、いっとき時間が止まってしまうような…。
劣等生だった
学校でつぎつぎあてられるとき、教師は彼をとばして指名し、
「その瞬間、孤独の味をかみしめ」
やがて学校をさぼって浅草あたりを徘徊するようになる。
制度から逸脱した少年。そんな少年が見つめる変な人々。
ぎょろりとした目で何を見ていたのか
色川さんの目は失礼ながら大きなぎょろ目だ。
あの目で何を見つめていたのか。
ほんとうは、見ていたのは自分。
そんな奇妙な人々の上に、自分の孤独な姿を重ね合わせていたのではないかと思う。
|