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2018年3月15日 17時0分

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日本国内に“韓国疲れ”が広がっています。「どうして約束を守らず、ゴールポストを勝手に動かすのか」。慰安婦問題には同情的だった人たちさえ、さすがに呆れています。

文在寅(ムンジェイン)政権が日韓慰安婦合意(以下、日韓合意)について、年頭に「新方針」を発表したためです。「両国が公式的に合意をした事実は否定できない」故に破棄や再交渉は否定しながらも、「日本が真実を認め、被害者の女性たちに心を尽くして謝罪し、それを教訓に再発しないよう国際社会と努力するとき、(元慰安婦の)おばあさんも日本を許すことができる。それが完全な解決だ」と、日本側に追加措置を促しました。また、日本が元慰安婦の支援財団に拠出した10億円は使わず、韓国が同額を支出すると述べました。

2015年12月に朴槿恵(パククネ)政権下で結ばれた日韓合意で、韓国政府は「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」したはず。ところが文在寅政権に代わった途端、日韓が合意に至る外交過程の検証を行ない、結果として出てきたのが、「新方針」です。

しかし、合意は合意。それを政権が代わるごとにひっくり返されては、外交が成り立たない。そう考えるのが国際的常識です。しかし、今回見せつけられたように韓国には、その常識が通じないことがある。それはなぜか。そして、そんな隣国と日本はどう付き合っていけばいいのか。

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木村幹氏(51)は、神戸大学大学院国際協力研究科の教授。比較政治学と朝鮮半島地域研究を専門とし、『日韓歴史認識問題とは何か』などの著書がある。

日韓関係の内情に通じ、慰安婦合意の交渉過程では、朴槿恵大統領のブレーンから相談を受けた。現在の文在寅政権に近い人物の間にも知己が多い。

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法よりも正義を優先する韓国

韓国が日韓合意を反故にしようとした最大の理由は、韓国人の民主主義に対する考え方に見いだすことができるかもしれません。端的に言えば、それはかなり直接民主主義に寄っています。国民が到達した「正しい」意見に従い、反映するのが政治の役割だという考え方です。

朴槿恵大統領の弾劾が典型です。大規模なろうそくデモをテレビが報じるときの決まり文句に「これは国民の命令だ」というものがありました。国民が望み、命じているのだから、当然弾劾されるべき。結論が先にあって、民衆の「正しい」望みは実現しなければならず、実現のために知恵を出すのが、法律家であり裁判所だという理解。正義は法より上にあるものだから、国民が何が正義かについての合意に達すれば、それに合わせて法の方を変えなければならない、と考える。国際的な合意についても同様です。それが韓国の民主主義です。ある意味、極端な理想主義を奉じている人々と言っても良いでしょう。

だから世論が正義を見つけたら、それに従うのは当然だと考えられ、反論するのは難しい。それは行き過ぎれば、危ない側面も持っています。しかし、その考え方が、朴正熙(パクチョンヒ)、全斗煥(チョンドファン)と続く軍の力を背景とした抑圧的な政権に対して、粘り強く民主化を求める原動力となったことも事実です。民主化を求める勢力は、「悪い軍事政権が国民に押しつけた憲法や法律だから、それらは『正しい』憲法や法律ではない。だから我が手で『正しい』憲法や法律を作り直さなければならない」と国民に呼びかけ、民主化を実現しました。そのため韓国の人々はこの考え方の「正しさ」に自信を持ち、それに従って、民主化以後の社会を築いてきました。

つまり、韓国は日本に対してだけゴールポストを動かしているわけではなく、国内政治でも常に動かし続けています。動かしているというより、常に「正しい」サッカー場の在り方を模索し、「正しい」サッカー場を普請しているような感じです。

日本は、まったく逆の傾向を持っています。たとえ正義にもとる悪法だとわかっていても、法律を変えるまでは、それに従うべきだと考える傾向がある。正義のためであっても、法を破って直線的に、それを実現するのは間違っていると考える。日本は憲法でさえ、一度も自分で改正したことがありません。

かように同じ民主主義について、日本と韓国では考えが違う。だから話が噛み合わない。

しかし、ここで注意すべきは、このような韓国の民主主義についての考え方は、必ずしも孤立したものではない、ということです。イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ大統領など、グローバル化に伴い、かつて国政を牽引してきた統治エリートに対する信頼が揺らぎ、それへの反発から国民の声を直接体現するような政治が世界中で求められるようになってきました。民主主義の「ポピュリズム」化です。ある意味では、韓国はこれらの国々がポピュリズムに突入する以前から、ポピュリズムをやっている。1980年代の民主化、1997年のIMFショックなどの経験によって、既成統治エリートの国政への影響力が、繰り返し排除されてきたからです。

合意は日本に「有利」だった

とは言え、それは韓国の「ポピュリズム」を前にして、日本が匙(さじ)を投げていい、ということではありません。冒頭で述べたように文在寅政権は、1月に「新方針」を発表したものの、日韓合意の再交渉は求めていません。つまり、その意味では日韓合意はちゃんと生きています。しかも、この合意は日本にとっては明らかに「有利」な内容でした。

ここで日韓合意の主な5つのポイントを振り返っておきましょう。

(1)旧日本軍の関与と日本政府の責任を認める。

(2)安倍首相が元慰安婦におわびと反省を表明する。

(3)日本は韓国が元慰安婦の支援を目的として設立する財団に10億円を拠出し、協力して事業を行う。

(4)この合意をもって、問題を最終的かつ不可逆的に解決する。

(5)韓国は在韓日本大使館前の少女像の撤去に向けて努力する。

なぜ、これらの内容が日本にとって「有利」なのか。

その最大の理由は、韓国政府や挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)を中心とする慰安婦支援団体が20年来、要求してきた日本政府による法的賠償を、韓国側が放棄したことです。1995年のアジア女性基金が頓挫してしまったのは、韓国側が日本政府による法的賠償でなければ、受け取らないという方針を固持したためでした。

それに対して、日本政府は一貫して1965年の日韓基本条約及びその付属協定によって「補償問題は完全かつ最終的に解決した」という立場でした。だから、法的賠償は受け容れられない、と主張してきた。

日韓合意は、この積年の最大の対立点を日本が韓国を譲歩させることで乗り越えました。こうして法的賠償ではなく、(3)のような解決法が採られることになりました。法的賠償ではないかたちで、日本政府が拠出したお金を元慰安婦に渡す(3)の方法は、実は95年のアジア女性基金とほとんど変わりませんし、10億円という規模もほぼ同じです。

日本は(1)を1993年の河野談話で認めていますし、(2)は92年の宮沢首相以降、幾人もの首相がおわびと反省を述べてきました。

つまり、日韓合意によって、日本が韓国に対して新たに譲歩しなければならないことは、ほとんどありませんでした。しかも、(4)にあるように、この合意をもって「最終的かつ不可逆的に」この問題を解決できることになり、(5)も韓国に認めさせた。これが日本にとって「有利」でないはずがない。

しかし、韓国側から見れば、これは外交的「敗北」です。しかも、韓国の朴槿恵政権は保守政権だったため、進歩派に近い挺対協や元慰安婦と何の相談もしないまま、この合意をまとめました。当然、国民は強い不満を持ちました。

なぜ韓国はそのような譲歩をしてまで日韓合意を飲んだのか。その最大の理由は、アメリカの圧力があったからです。2013年に政権がスタートした当初、朴槿恵大統領は「慰安婦問題で実効性のある解決案が出ない限り、日本と首脳会談はしない」という強硬姿勢でした。

一方の安倍首相は2013年12月に靖国神社を参拝して、アメリカ世論から厳しく批判されました。2014年4月、日本に次いで韓国を訪問したオバマ大統領は、朴槿恵大統領と会談後の共同会見で慰安婦問題について「恐るべき人権侵害の行為だ。安倍首相や日本国民も、そのことをわかっているはずだ」とかなり踏み込んだ発言もしました。この当時は「韓国優勢」と言われても不思議ではない状況でした。

2015年4月の日米首脳会談で、安倍首相はオバマ大統領に「河野談話を継承し、見直す考えはない」と明言します。このことの重要性に気づいた人は、あまりいませんでした。河野談話は単なる官房長官のコメントであって、誰に向けた約束でもありません。しかし、現職の首相がアメリカ大統領に向かって「守ります」と言った瞬間、河野談話の順守はアメリカに対する約束になり、国際公約になりました。

その間に朴槿恵大統領は、中国シフトを進めていきました。当初アメリカは、この動きに表立って注文をつけませんでした。しかし、中国が南シナ海へ積極的に進出し、米中対立が顕在化すると、「韓国はどっちの味方なのか」という批判が噴出した。決定的だったのは、2015年9月に北京で行なわれた「抗日戦争勝利70周年記念」の軍事パレードでした。天安門の楼上に習近平、プーチン、朴槿恵が揃ってパレードを観閲した。このビジュアルのインパクトは強烈でした。アメリカの多くの人々は違和感を持ち、「日米韓の連携を崩しているのは、朴槿恵の側だ。慰安婦問題でも、安倍はちゃんと譲歩しているじゃないか」という風向きになりました。

そんなアメリカの圧力を受けた韓国政府は、慰安婦問題で結果を出さないといけない状況に追い込まれた。その結果が、2015年12月28日の合意発表になります。

交渉過程の検証は大失敗

しかし、朴槿恵大統領が弾劾され、2017年に次期大統領を決める選挙戦が始まると、文在寅を含め主要候補の全ては、日韓合意の見直しを公約に掲げました。先ほども述べたように、この合意への韓国国民の根深い不満があったからです。しかも朴槿恵大統領を弾劾した勢いで「悪い朴槿恵がやったことは全部やり直せ」という「正しい」意見が出来上がっていました。

この国民の「正しい」声を受けて、文在寅政権は正義の名の下に「日韓合意」という法を変えようとした。しかし、何の理由もなしに破棄はできないので、その理由を見つけ出そうと合意過程の検証を行うことにした。最も望ましいのは、交渉過程における日本側の瑕疵(かし)をあぶり出すことですが、最初からそれは難しいだろうと思われていました。明確にあったのは、韓国内部の手続きに致命的な問題があるのではないか、という期待でした。

合意の時点で存命の元慰安婦は、47人いました。そのうち34人が、昨年末までに和解・癒やし財団を通して1億ウォン(約1000万円)を受け取っています。その事実は、反朴槿恵である進歩派と元慰安婦支援団体にはショックでした。当事者の元慰安婦たちがお金を受け取ることは、彼女らが日韓合意に必ずしも強く反発している訳ではないことを意味しています。合意への反対運動をしている人々にとっては、梯子を外されたも同然です。

95年のアジア女性基金のときには、61人の元慰安婦が日本からの「償い金」を受け取りました。しかし、この元慰安婦の行為は韓国世論からの激しいバッシングを浴びました。支援団体は、お金を受け取った元慰安婦の名前を公表した上、直接電話をかけて「民間基金のカネを受け取ることは、売春婦だったことを自ら認める行為だ」とも非難した。

しかし、今回の日韓合意では、韓国の外交部や日本が拠出したお金を元慰安婦に渡す役割を担う和解・癒し財団の努力もあり、34人の元慰安婦がお金を受け取りました。それに対する世論の批判も、ほとんどありませんでした。韓国社会はいつの間にか変わってしまっていた。

(略)

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