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0630 D51-498は撮ったけど (2) ヤケのヤンパチ・・・ 低解像度を最大限に利用して、昨日撮った画像を最大限アップします D51-498スペック ※北東北イベント列車の旅パンフレットより 重量:機関車運転整備79.2t、炭水車運転整備46.4t 長さ:最大19730mm 幅:最大2936mm 高さ:最大3980mm 動輪直径:1400mm 使用蒸気圧:14kgw/cm2 最大馬力:1280PS 最大速度:85km/h 水タンク容量:20m3 石炭積載量:8t(重油併燃装置付き) JR東日本 498号機 ※ウィキペディアより 国鉄分割民営化後の1987年10月、JR東日本では「地域密着」をテーマに「蒸気機関車を復活して走らせよう」との動きがあった。折から横浜の「みなとみらい21」地区で、1989年に開催する「横浜博覧会」から品川〜博覧会会場間をSL列車で運転したいと正式に申し入れがあり、これに間に合わせるためSLの復元計画がJR東日本内で正式に決まった。これにより、関東に保存されている様々な静態保存機をリストアップし、調査の結果、交通博物館に保存されていたC57-135とこのD51-498が一番良く整備されている機関車である事が分かった。JR東日本は地域密着を図るべく、蒸気機関車の代名詞的存在であり、最もポピュラーな「デゴイチ」を走らせる事が最も効果的であるという意見の下、このD51-498の復元が決定した。1988年3月に復線し高崎運転所へ回送、6月に大宮工場(現:大宮総合車両センター)へ入場(分解の上陸送)し、動態復元に向けた大掛かりな復元工事を11月25日までに完了して動態保存機として車籍編入され、同日付で正式に高崎運転所に転属となっている。復元に際し、できるだけ原型に近付けるためにヘッドライトの変更(LP403→LP42)、デフレクターバイパス弁点検口の閉口、キャブ屋根延長部の切除、蒸気ドーム前方手摺りの小型化、テンダー車重油タンクの小型化などの工事も行われている。また、ボイラー保護のため使用圧力を所定の15kg/cm²から14kg/cm²に下げて使用されている。 当初予定されていた「横浜博覧会」での運転は諸事情により中止となったが、その代わりに当時来日が予定されていたオリエント急行のラストランに合わせ、上野→大宮間で当該列車を牽引し、復活記念の運転を行う事が決定された。1988年12月23日、お召し機関車であるEF58-61を後ろに従え、前部補機として先頭に立ち復活をアピールした。この運用に限り、テンダー側面にはオリエント急行に使用されているワゴン・リ客車の側面エンブレムを模した特別塗装が施されていた。秩父鉄道のC58-363は一時期、この特別塗装を真似ている(テンダーの飾りなど)。 その後は主に上越線の「EL&SL奥利根号」を中心に、毎年2月運転の磐越西線「SL磐梯会津路号」、釜石線「SL銀河ドリーム号」や北上線「SL錦秋湖号」など様々なイベント臨時列車に起用され、東日本全域で活躍している。特に近年注目的なのは、現役時代の縁の地:新潟地区にもC57-180の代行運転などとしても使用される事などが挙げられる。また、イベント列車以外でも高崎運転所(現:高崎車両センター高崎支所)構内の他、「EL&SL奥利根号」の使用区間の上越線高崎〜水上間や「SL碓氷号」の信越本線高崎→横川間において蒸気機関車運転士育成のための実車訓練にも使用されている。 なお、1989年には上越線では当時高崎駅構内のみに導入されていた保安装置(ATS-P型)へ対応するため、動態復元工事の際に重油タンク設置と同時にテンダー後部にATS-P型の電源が追設され、本務機関士席の加減弁の上にATS-Pの表示機が設置された(ATS-P型はその後首都圏全域に導入範囲が拡大された)。あまり知られていないが、8月31日にはATS-P型が全線に導入されていた京葉線の蘇我〜新木場間で「SLコニカ号」として運転されたという実績もある。さらに、近年仙台地区と新潟地区に普及している保安装置に対応するべく、2006年12月にはATS-Ps型も追加装備された。これらは現存する蒸気機関車では唯一の装備であり、保安装置という観点からは最も広範囲の走行が可能な動態保存機となっている。最近では、2007年2月に「ちばディスティネーションキャンペーン」の一環として千葉県の内房線で運転され、沿線住民を歓喜させた「SLちばDC号」及び「SL南房総号」でも設置されている保安装置の関係からATS-P装備の同機が使用されている。3月18日に運行された「SL村上ひな街道号」でも、ATS-Ps設置区間であることから同機が使用された。 また、D51形の迫力をさらに向上させるため、スノープロウの常時取り付け(1998年〜)やヘッドライトのヒサシ(2002年〜)が追加されている(ヒサシ追加の際、ヘッドライト自体も別形式の物に交換している)。正面のナンバープレートは復活時には赤地に金抜き文字で形式入りの大型のものであったが、1996年頃に形式のない原型ナンバープレートに取り替えられた。その後、赤や緑のものや青地に白抜き文字のものなど何種類かのナンバープレートを取り付けた姿も過去に数回見受けられた。赤は奥利根10周年の1999年と15周年の2004年、緑も同じく2004年に実現。青プレートは、2003年の「ELSLみなかみ物語号」で実現した(かつて中央本線で活躍していたD51形でも青プレートが実在した)。 汽笛の音色は復活以来5回以上に渡ってチューニングが変更がされている。2回目のチューニング変更では、乗車時のD51の力強さを表現した。3回目の調整では1996年は前側が甲高くその分後ろ側は更に力強さが増したが、これが好評で2004年1月まで維持された。2004年2月から2006年5月の検査入場までの間は「レトロ」を意識した音調に変更。2006年10月の全般検査出場後の現時点の音色は、C11形などでよく聞く伝統的な音に近いものとなっている。
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鉄道写真
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0629 D51-498は撮ったけど 7月1日・2日に走行する北上線「SL北東北DC号」の今日は試運転 車庫に入るところを狙おうとして、ホームに停車中の大船渡線の気動車の先に出てカメラを構えていたら・・・ 警笛を2度鳴らして、いよいよ発進 ん・・・けむりが遠のいていく感じ 前に停車中の列車が邪魔してまったく見えない 時既に遅し バックで引込み線へ・・・ 動画撮影失敗 その後、車庫に入って来ることを期待して待っていると、今度は留置き車両の向こう側を・・・ 静止画も十分撮ったからいいやと帰宅して再生したら 前回高速連写するために低解像度にしたままだったことに気付き・・・号泣 |
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0609 ロング・パスを尋ねて三十三里 昨日は出張があり、普通は列車で行くのですが、会場の近くに盛岡貨物ターミナル駅があるので、車で行くことに決定 高速代をケチって国道4号を使ったので、平均速度は40Km/hで2時間半もかかる始末 昼休みは勿論、ターミナル駅の下見に行き、終わってから1時間ほどうろちょろしつつ撮影 ロング・パスの終着駅だけにトヨタ専用コンテナが山済み 機関車はEH500が2機、「ED75」のロゴ入りなどED75が3機待機していた他、DE10が時折貨車入れ替作業 その間、上り下りのEH500貨物が数本通過・到着・・・ ロング・パスを尋ねて三十三里 帰りも三十三里・・・ |





