久保木牧師のきらきら探訪〜ゆるりと生きる〜

オカリナ奏者で鹿児島在住の牧師が描くきらきらした日常。ぼちぼち更新していきます。

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大田俊寛著
なんですが、
8()に図書館で借りて、あまりに面白くてひきつけられたので
9()の夜には283ページあるこの本を全部読み終えてしまいました。
 
著者が「これまで自分が研究してきたキリスト教思想史の知見を用いれば、
意外にもオウム問題の全体像を、これまで以上にうまく捉えることが
できるかもしれない」(282)という
キリスト教異端であるグノーシス主義の研究者が
オウム真理教を解き明かそうとする
意欲的な一冊です。
 
面白い分、学問的(と本人は謳っているが)というよりも、
本人も自覚しているようですが、
大胆な割り切りで論を進めているのもあって、
論文のような緻密な学問的というよりも、
ある程度の学問的な体裁も取りながら、
面白く読める読み物になっているように思います。
宗教学に疎い人にもとっつきやすい配慮とも言うべきでしょう。
 
欧米の思想史としてロマン主義、全体主義、原理主義を解きながら
オウム真理教を解釈しようとする試みは大変面白かったのですが、
同時に、西洋のロマン主義や全体主義がどれだけ日本に浸透していたのか、
はたまたそれが日本的な変化を遂げていたか、という点は
割りにスルーされていたように思いました。
 
もちろん、オウム真理教は著者が言うように、
ロマン主義、全体主義、原理主義の産物なのでしょう。
 
まあでも、原理主義にしたって、
原理主義という言葉が用いられるようになったのは
1995年のオウム事件以前ではなく、
21世紀に入って、911以降であり、
それまでキリスト教界では、ファンダメンタリズムを
原理主義と言わず、根本主義と訳していたわけで、
オウム事件直後の20世紀の議論の中で
原理主義という言葉が出てないことを主張するのには
非常にムリがあるように思いました。
オウム事件から15年以上経つ中で、
原理主義という言葉がまかりとおってきたからこそ
オウムを原理主義という言葉で解釈できる…
そういうものを感じました。
 
ロマン主義はポストモダンとも近似したものとも言えるのでしょうが、
宗教を人間の内面的な感覚からスタートするものと言う意味で、
オウムをロマン主義の系譜で見ることもできるでしょうし、
主義主張が違うものは滅ぼしても構わないという意味で
オウムは全体主義だったし、
ナチスの全体主義的なものの影響がオウムにもあったという意味で
西洋思想からの流れがあることも否めないと思います。
 
まあでも、そういう時代の流れの中で
なぜオウム真理教がそこまで他の新新宗教の中でも暴走したのかは
この本には書かれておらず、そこには物足りなさを感じました。
 
「オウムとは、ロマン主義的で全体主義的で原理主義的なカルトである」
(22)
とあるのですが、
オウムに限らず、
カルトはロマン主義的で全体主義的で原理主義的であるように
思えてならないのは私だけでしょうか。
 
そしてまた、日本人がどこか毛嫌いしている宗教とは
全体主義的で原理主義的なもののように思います。
 
わたしも「きよめ派」という聖霊体験を重視する教派にいるのもあって
思うのですが、
ホーリネス運動というのは、ロマン主義の流れにあるのだろうし、
同時に、源流としては原理主義的な流れにあることも否めません。
それゆえの行き詰まり感というのもあるように思えます。
オウム真理教を他人事として分析する、というよりも
わがふり直す、というかですね。そういう視点でも読んでます。
 
とは言え、
体験強調のロマン主義的な流れを暴走することはいけないんだと
立ち止まったものの、
今、きよめ派はどこに向かえばいいのか、を考えあぐねている感じが
教派内でします。
また、原理主義とどう向き合えばいいかも、
きよめ派は答えを出し切れていないのが、
きよめ派の停滞感にもつながっているのかな、とも思わされています。
 
オウム真理教が何であったかを
ロマン主義、全体主義、原理主義の3点から立体的に考察する本書ですが、
同時に、現代のキリスト教、きよめ派、
そういうものも立体的に考察することが始まっていく…
そんな本でもあるかな、と思わされています。

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