久保木牧師のきらきら探訪〜ゆるりと生きる〜

オカリナ奏者で鹿児島在住の牧師が描くきらきらした日常。ぼちぼち更新していきます。

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牧師の副業を考える

先日、若い牧師から「牧師の副業をどう考えますか?」と質問を受けた。

その際、あれこれ答えたのだが、改めて自分の考えをまとめてみたい。

時給数百円のアルバイトを続けるのはふさわしい?
個人的には、時給数百円のバイトを長期ですることは
(いろんな諸事情もあるので一概に否定もできないだろうが)
避けるに越したことはないと思っている。

例えば、時給800円のバイトを5時間して、4000円稼いだとして、
夕食の準備がおっくうなので、外食にして、
自分へのささやかごほうびとしてコンビニでデザートも買って
1000円を使っちゃうと
バイトに行く時間も足せば5時間半ほどで4000円の収入のはずが
実質は3000円になる。
拘束時間5.5時間で換算すれば、時給545円程度ということだ。

牧師の仕事そのものにそれなりにストレスがある。
なお、長時間の数百円のバイトで稼げたようで疲れもたまり、
さらにストレスが増すことで支出が増えて
さほど実入りがない、ということが起こり得る。

牧師の仕事はそれなりに時間を必要とする。
説教の準備も心身ともにリラックスできているに越したことはない。
副業を持つなら、時給換算して数千円以上になる専門性を
早いうちに投資して
身に着けるほうが良いように思うのだ。

また歳を重ねるほどに副業の専門性が深まっていく方が望ましいように思う。
なぜなら、加齢と共に体力や回復力は衰えるのだ。
時給数百円の仕事をいつまでも若い頃と同じように続けつつ
牧師をすることには無理が出てくるように思う。

副業が無理な牧師もいるだろう
牧師をしつつ副業を持つことが器用にこなせる人もいるだろうが、
これにはある程度のバランス感覚が必要なように思う。
副業をしようとしたら、本体の牧師の働きがままならない人もいると思う。

また雇われた場合に日曜出勤だってあり得るし、
葬儀の司式の必要があっても休めないこともあるだろう。

となると、自営業なり、上司にある程度の理解の得られる職場であったり
それなりの人間関係力がないと
牧師を続けながら副業を持つことが困難なケースを往々にあり得るのだ。

教会の献金収入が少なく、牧師が副業をもたざるを得ないとしても
それを全員に強いるには無理があり、
副業を持つことが厳しい牧師の経済が守られる環境もまた求められると思う。

キリスト教界内で花開かせていく専門性も必要なのでは
ここからは先の質問者には応えていないことなのだが
副業はセキュラーの世界だけでもないようにも思っている。

例えば、キリスト教の結婚カウンセリングに特化して
超教派的に働ける牧師がいてもいいと思う。

キリスト教的なビジネス・コーチングができる牧師が
超教派的に働ける環境もあってもいい。

他にも、家族セミナー、依存症へのアプローチ、
精神科と教会をつなぐ働き人など。

そして、こうした働きをボランティアとして捉えるのでなく、
有償でプロを育てていく土壌が必要なように思う。

遣わされた教会の経済力ゆえに副業をせざるを得ないにしても、
セキュラーで働く専門性を磨くことに力を注ぐ、というベクトルだけでなく、
地方の一教会だけではニーズが小さいことも
超教派となればそれなりに大きなニーズになることに
アプローチできる専門性を育てていくことも必要なのではないだろうか。

国外宣教師を支えるように、経済的に力の弱い教会に遣わされた牧師を
支えるシステムがあってもいいのでは
国内でもKGKの主事はやっているみたいだが(違っていたらすみません)
国外に派遣された宣教師が帰国して
支援者に活動報告をし、献金を募っている。
デプテーションって呼ばれたりしているようだ。

ちなみに、わたしが所属している日本ナザレン教団で
被援助教会の牧師が、ナザレン教団から援助を受けることがあっても
(正確には、派遣された教会に援助しているのだが)
個人に献金支援を募ることはない。
(いろいろややこしいことが起こることが想定されているので
現状のようになっているのだろう。)

ふるさと納税みたいなものかもしれないが、
自分の所属していない教会に献金し、支援し、
また支援を受けたら、活動報告をする、というような関係性があっても良いかと思う。

デプテーションも実際に足を運ぶのが一番だろうが
それだけでなく、
今ならスカイプを使って支援者対象に活動報告会をしたり、
聖書研究会を定期的に開催する、というのは
住む場所を問わず行うことができる。
クラウドファンディングのリターンでもないが、
支援者は献金をし、リターンとしてウェブ聖書研究会に出席できるとか
自分の悩みや祈りの課題をしばし話して祈り続けてもらえるとか
そういう関係性を築くことができれば
赴任教会内の経済としては牧師給が充分に出ないとしても
赴任教会外の活動という意味では副業であるかもしれないけれど
牧師としての専門性を生かしたまま収入は確保できる、
ということもあり得るのでは、と思う。

牧師以外に専門性が持てる人もいるだろうが、
あくまで牧師だけしかできない人の特性を生かすことも可能なように思う。

もちろん、うちの教会員に手を出すな、という牧師がいるのは
想像に難くない。
いろんな混乱や問題も起こるかもしれない。

しかし、日本の現状として
一教会、一牧師であるゆえ、
年齢も価値観も大きく違った牧師しかいないこともある。
自分の所属教会への不満を募らせるような牧師との付き合いは
いかがかと思うが、
比較的、年齢や価値観の近い牧師とネットを通じて
聖書を学べたり、祈ってもらえたりするような関係性を
著しく否定するのもどうなのかなぁ〜と。

そういうことが教会の硬直化を生んでる要素もあるんじゃないかと
思っている。

一億総中流後の格差社会・経済縮小の日本社会の中で
一億総中流で、キリスト者がそれなりに献金できた時代ではなくなり、
格差が広がる格差社会になるだけでなく
団塊の世代が定年を迎え、労働人口が減少していく経済縮小社会に
日本はなりつつある。
とは言え、格差社会である、ということは
高収入の人がいるのも事実なのだ。
だから、牧師によってはそうした高額収入者(他教会員)から支援を受ける、
という選択肢もあって良いようにも思う。

しかし、みんながそういうわけにはいかないだろうし、
赴任教会の献金収入だけでは牧師が生活していくのは困難なケースの只中に
置かれることは十分に起こり得る。

それでも副業を持たないのも選択肢の一つだろうし、
副業もさまざまな形体があるだろう。
そして、牧師の経済を支えるシステムも多様なものであってよいように思う。
というか、これからの時代、
単一のシステムでは支えきれないように思えてならない。


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