久保木牧師のきらきら探訪〜ゆるりと生きる〜

オカリナ奏者で鹿児島在住の牧師が描くきらきらした日常。ぼちぼち更新していきます。

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NVC(非暴力コミュニケーション)について
幾人かの牧師でクローズドの学びを続けています。

NVCのいう「他人から心を傷つけられることがない」ということが
話題になりました

NVCでは「自分の感情に責任を持つ」ということが言われます。

たとえば
「タケシから『お前はダメなやつだ!』と言われて、わたしは傷ついた」と
太郎さんが言ったとします。

太郎さんは
尊敬してほしかったか、わかってもらいたかったか、受け入れてもらいたかったか、
おおよそそんな思いがあったのでしょう。

仮にここでは太郎さんはタケシさんから「わかってもらいたかった」とします。

ここで心の柔軟性が問われる話で
心がカタくて「タケシにわかってもらいたい!」ということから離れられないと
心は傷つきます。

しかし、心に柔軟性があると傷つかないのです。
太郎さんは確かにわかってもらいたいですし、
それはタケシからだと良いんだけど、
タケシじゃなくても、ジローからでも、ゴローからでも良いや、と思っていて
実際、ジローさんなり、ゴローさんにわかってもらえたら、傷つきません。

まぁ言ってみれば、転んだときに、体がカタいと怪我しやすいですけど、
柔軟性があれば怪我しにくい、というのに似ています。

で、心がカタくて「タケシにわかってもらいたい」にロックオンしちゃっているのは
「自分の感情に責任を持つ」ことができていません。
「自分の感情の責任」をタケシさんにしてしまい、
タケシさんの態度でたちまち心が傷ついてしまいます。

この理解は、キリスト教の罪理解にも通じるところがありますので
次回、その辺について書きたいと思います。

※わたしはNVC(非暴力コミュニケーション)の公認トレーナーでも
 なんでもありません。
 正確に知りたい方は、マーシャル・ローゼンバーグの著書や
 NVCの公認トレーナーから学んでいただければと願います。

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