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父親に怒られたとか怒鳴られたとか叩かれたということは、まったくなかったと思います。日常的に、父親とよく会話するということはあまりありませんでした。ラーメン屋に連れて行ってもらって、一緒にラーメンを食べても、お互ほとんど喋ることが無かったので、後でラーメン屋の店主が、「おたくの息子さん、喋るのかい?」と聞かれたそうです。本当に不思議なのは、私が10歳になるまで両親は農家を営んでいたのですが、長男の私には、いっさい農家の仕事を手伝わせるということが無かったということです。おそらく、子どもの時の私自身が、まったく農家の仕事に興味や関心を示さなかったことや、普段からも外で走り回るよりは、家で玩具で遊んでいたり絵本を読んでいる方が好きそうな子だったからだとは思いますが、それにしても、まったくやらせなかったというのは本当に不思議なことです。おかげで私は、先祖代々農家を続けてきた家の子孫でありながら、現在でも庭や畑で土をいじったり作物や植物を育てるということには、まったく興味・関心がありません。かといって、父親が私に対して農家以外のなにかに興味・関心を持たせようとしたり、なにかをやらせようとしたこともありませんでした。ではまったくの放任・無関心であったのかというとそうでもなく、父親が市街に出たときの帰りに私への土産として私の大好きなマンガ本やプラモデルを買ってきてくれたりしました。これは母親もそうでしたが、基本的に二人とも、私が好きな事、興味・関心を示したものは、けっして否定せずに認めていくということがあったように思います。今考えると、これは私に対しての最大の愛情であり、引き出すという意味でのエデュケート(教育)であったように思います。(かわ)
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