|
雪見酒の後、 不覚にも爆睡してしまった。 飛び起きて、 エサ・・・ もとい 飯を作って家族に食わせ、 食休みしてから、 正絹のアンサンブルをあてなおす。 実は今、 和服がマイブーム。 父は元来和服好きだった。 週末は常に、 和服で通していた記憶がある。 だから成人を向えた子どもに、 和服を仕立てるのは、 父にしてみれば、 当然至極だったのだろう。 だが、 もらったこちらは閉口至極。 あっけにとられ、 唸るしかない。 「きれねーよ、 いつ着るんだよ、 こんなもん」 と顔で笑って、 心で泣いて。 それでも正月実家に顔を出す時ぐらいは、 父を喜ばすために、 着て帰ったものだった。 で一年間また、 お蔵入り。 兄に至っては、 試着以来、 着た姿をついぞ、 見たこともない。 それが今さらながら、 マイブーム到来。 きっかけは、 一昨年1月に他界した、 父の葬儀にさかのぼる。 (経過省略) 納棺がすみ、 そろそろ出棺準備の段になって、 突然葬儀社のニーチャンが、 母にこう切り出した。 『それでは生前故人がお召しになっていた、 お気に入りの和服をおあて下さい』 母、ビックリして、 『もう着てますが』 ところがニーチャン、 断固として 『いえ、生前故人が気に入られていた中で、 もっとも良い物を皆様あてます』 と譲らない、 母はのろのろと桐箪笥から和服を引っ張り出し、 それでも 『二枚も入れる必要があるのかね〜、 村山大島の良い物なんだけど』 とぶつぶつ。 『いいじゃない、 誰も着ないし』 と母から長着をひったくり、 あてた訳であるが。 ひったくった刹那、 心臓の鼓動が大きく、 ドクン と裏返った。 衝撃。 何が?って、 その触感が、 である。 衣擦れのシャリシャリとした音。 手触り、 まるで、 手のひらに吸い付くよう。 光沢、 角度にしたがって、 色合いがうつろう。 グレーがかった白地に小さな黒の餅柄が、 網膜に焼き付いた。 (再び経過省略) そんな一件後、 生地というものが、 非常に気になるようになった。 着るついでに、 必ず触って、 ムニュムニュしてみる。 う〜ん、 違うな。 試しに洋服箪笥を開け、 片っ端から、背広の生地を、 ムニュムニュしてみた。 だが最も値が張った物でも、 とてもあの触感には程遠く、 及ばない。 では、と、 黒光沢で有名なロロピアーナの スーパー120をムニュムニュ。 う〜ん、 違う。 少し、 にじり寄った気がするが、 記憶の中の感触とはマッチしない。 歴然とした差が、 存在する。 では、 カシミアかなと、 コートをムニュムニュしてみる、 おっ! いい。 いい、手触り。 かなり近い。 だが何か、 決定的に、 物足りない。 あの独特の、 シャリシャリ感が、 ないのだ。 家にはウールのアンサンブルしかおいていない。 で、 預けておいた、 和服を取りにいこうと、 実家に電話を入れると、 母は、 「お父さんの和服が、 他にまだあるわよ、 もっていきなさい」 と嬉しそうに、 のたまう。 聞くと父が結婚したときに、 仕立てた和服だって。 “お〜い、50年も、 前のものじゃねーか” いくら良いものでもね、 半世紀だよ、 背広だって、 良い生地ほど、 痛みも早いだろ。 父の二周忌の後、 実家から、 さして期待もせずに畳紙にくるまれた 和服を持ち帰った。 で、 まず自分のを開けてムニュムニュ・・・。 う〜ん、 これ、これ! あの感触には劣るが、 明らかに質感が同じ。 で、 やおら父のを、 いや、 けっこう恐る恐る、 開けてみると・・・、 『ぶわ〜』 飛び退いた。 家の中に防虫剤の匂いが充満する。 「なにしたの〜!」 「なんの匂い〜?」 家人が口々にモーレツに非難。 「すげー臭いだな〜」 畳紙をオムツの如く顔から離し、 二階に持って行って、 早速叔母に電話すると、 幸い防虫剤の臭いは、 陰干しすれば、キレイさっぱりなくなる との事。 ハンガーに掛けようと、 長着を持つと・・・、 “シャリ” 黒地に緑の亀甲が、 光を反射し、 濃黒緑の光沢の波を返す、 その美しさに、 息を飲む。 そしてあの、 まさにあの時の手触り。 それに合わせる、 漆黒の羽織。 本当にまじまじと、 時を忘れ臭いを忘れ、 魅入ってしまいまいした。 驚くべきは、 半世紀の時を経て、 少しも色あせず、 いや、 なお輝きを増す絹の光沢と、 よれない造り、 クシャらない張り。 早速母に電話して由緒を聞くが、 服より人間様の方が早く痛んだようで、 え〜 だの う〜ん だの、 どうにも要領を得ない。 そこで、 画廊をやっており、 和装に造詣の深い叔母や、 後日、個展に和装で来た先輩に、 その話をしたら、 非常に興味深い話を聞くことが出来た。 長い話になるのでギュっと要約すると、 近年貨幣価値に換算すると気が遠くなる程、 いくつもの行程を経て、 作られているものであること。 そして、 半世紀前はまだ、 和装が当たり前の時代であったからなお、 今より格段に縫製が良いこと。 そしてそのように作られた、 良い和服は、 保管方法さえ間違えなければ、 孫子の代まで着れるのが当たり前な、 ものであるという事であった。 正直泥大島の前では、 ロロピアーナだろうが、 ゼニアだろうが、 低頭して道を空けざるを得ない。 力と心と技芸と、誇りと。 造詣と創造と、美と。 全てが統一された、 粋で、 心地よい集大成だ。 また、 着た感触。 歩いた時の、 えもいわれぬ感覚。 帯を締めると、 下腹がきゅっと整い、 肩がこらないという点では、 洋装の非ではない。 おそるべし、 日本文化だ。 はじめてちょっと、 誇らしい。 身体を整える。 そして心を整える。 また、 心を整え、身体を整える。 そんな、 うってつけなツールとして、 伝統的な和服は、 極めて斬新である。 貴方もいかがですか? 特に御仁。 試しにぜひ、 実家に物色しに行って、 父上の古着を譲り受けて見て下さい。 またはお召し下さい。 長着、羽織があれば、 充分。 襦袢はなければ、 半袖シャツに股引でバッチリ。 角帯が面倒でしたら、 マジックテープ式の物で充分。 気分転換には最適です。 そう、 この気分転換、 気分の切り替えという点でも、 和服は力を発揮する。 いくつか種類の違う仕事を抱える 私のような者には、 ステージを切り替える逸品として、 大変に有効だ。 43にして、 和服がわかるトシになったという ことかな〜。 そこで最近、 ヤフーのオークションをよく覗いている。 すると、 たまに出色の出物が、 非常に安価で、 顔を出す。 集める趣味はないし、 増えると保管場所がないので、 入札は今のところしてないが、 一度やってみようと思う。 そしてぜひ、
妖艶な女性と、 和装のいでたちで、 茶懐石でも、 いこうと、 夢想中だ。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2006年01月22日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]


