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外界に世界がひろがる。
広大で、
無限にひろがる宇宙にまでつながる空間。
だから、
そこに基因があると感じ易い。
実は外界ではなく、
ひろがりは自らの内の全てにつながっている。
そこを君に伝えたい。
そしてそれら全てが在ることを、
感知するなにものか。
それが唯一無二の君自身だ。
君が感じる世界。
君が見える世界。
君が触れる世界。
その全ては、
君が在るゆえの賜物。
だから繰り返し語る。
自己受容から、
自己肯定、
自己解放、
自己開放へ。
それを成すための祈りの結晶。
それが芸術における創作行為の動機である、と。
そこを成すためにも、
筆をもつ自分を丹念に、
精魂こめて耕し、
労わり大切にして欲しい。
宝石と汚物の混在である人間。
そして自己。
そこから掘り起こす真を目指し、
自転車を漕ぐ。
そんな君の人生と在り方を、ぼくは応援しております。
他人を大切にすると等しく、
それ以上に自分を大切にするように。
まず、自分に立脚するように。
今巷に蔓延するセルフィッシュは実は、
自己を失ったセルフィッシュに過ぎない。
そこを現代が見失っている。
自己を知り、自己を客体化する。
それはヒトを知り、他者理解の前提条件。
娘よ、
君の格闘は正しいと父は感じているよ。
娘よ、
誕生日おめでとう。
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わが子へ
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異次元にリープしたね。
なにより、
“らしい”
美大生になって、
高校時代キミを縛り付けた、
“受験のための絵”
という呪縛から解放され、
キミが表出されている。
絵に、ね。
よかったね!
誰かのために、
課題のために、
絵を描く。
それは形を変え、
キミの作画人生に今後も介入してくるだろうけれど、
その解放が与える力と、
その間培われたパワーに、
父は感謝します。
兄ちゃんも、
着ウタデビューおめでとう!
二人とも、
存分に!!
父も書くよ
白いカンバスに向かって、
世界を!!
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人との葛藤。 与えられた義務との葛藤。 自分の前に横たわる、 越えなければならない事柄との葛藤。 たとえそれらと対峙し闘って打ち伏せても、 あとに残るものは、 砂漠街に打ち捨てられ、 シャレコウベとなった物たちと等しい。 だから一歩踏み込んで凝視する。 対峙するものを感じ、 対峙する自分を感じ、 自分の中の葛藤を自覚し、 その葛藤を見つめると、 対峙するものが実は、 自分の内部の問題であることがわかる。 そして父が感じ誇る君の宝物は、 物事をそのように捉えるタレントだと、 父は思っている。 これは、 人として在る者がつかさどる、 最も高次な行為、 “芸術” を産み出すクリエーターにとって、 なくてはならないタレントだと思う。 自己との対話、 あるときは懐疑的でもよい。 あるときはそこに、 嫌悪が混じってもよい。 でも時々訪れる、 良い感じ・・・、 自分を励ます感じ、 自分をいたわる感じ、 それらを経てようやく、 自分の中に育まれるもの。 それこそが “糧” と、 呼ばれるものであるから。 糧をつかむための試練や葛藤こそ父には、 “宝”であり“栄養” であると思えます。 その状況で、 書く行為を続けている君は見事なり。 葛藤と対峙した時、 それを内部の問題と捉え、 糧にし消化し、表現として出力する過程で昇華する。 その結果として編み出された君の結果達を、 父は誇っています。 君の兄の表現も、 正にそうであった。 君が今感じている葛藤やストレスの質。 それは、 “試練” であり、 娘や息子が試練を経験することは父にとっては、 金を払ってでも経験させたい、 それほど大事なことです。 何故か? それは、今正に君が、 心を鍛え練っているから。 望んでもなかなか、 そういうフィールドや経験を得ることは少ない。 特に社会に出てからは、 皆無に等しい。 最後に、 父が心を動かされた文章を君に贈る。 これは、ハンドルネーム“KAAZ"さんの、 日記からの引用です。 ここに父が君に伝えたいことが、 キラ星のごとく、輝いているよ。 正念場を迎えて、 結果はどうでも良い。 その時々でベストを、 尽くすことが出来れば、 糧と豊潤な実感が、君の手の中に残るよ。 引用開始 『16歳の頃、アメリカでプロを前提としてボクシングのトレーニングに日々明け暮れていた。 アマチュアの初試合の前までは週3日スパーリングを3R毎回行っていた。 その頃でもすでにマニアと言える自分が名前も顔も知らない相手に苦戦する上にパワー負け(身体のトータル的な意味で)することにまず驚いた。 そしてそんな選手がゴロゴロいて日の目を浴びず埋もれているアメリカの層の厚さを身を持って知る日々だった。
コレは本気でやらないと死ぬな…というのが第一印象だったのだから、あれは相当なものだったと思う。。
そして参加するトーナメントの4週前になって初めて量りに乗って驚いたのは、自分ではなく自分以外の周囲全員だった。当時、身長が170cmギリ無い位でまだ身体も出来てない自分のウェートは56キロ台でトレーニング後には55キロを切ることもままあった。 周囲の人間やコーチは170位の身長でライト級程度のウェート、と疑いもせずいたらしく、普段それくらいの契約ウェートで試合をしている選手をパートナーにしていたらしい。。 ……いかにもアメリカ的というか、、日米の骨格の違いに対して皆が無知だったと言うか……。 プロで言えば4階級上の連中を初端から相手にしていた分、トーナメントの相手はあらゆる面で軽い(そして背丈が低い)、と感じながらデビュー戦から余裕を持って闘うことができた。 ……しかし、、まぁ。。 かつて海老原さんはスパーで何階級も上の選手をバッタバタ倒していたというが…慣れるまではホントにキツかった。 それでも心が折れなかったのは、毎日強くなっている という実感が確かにあったからだろうか?? そして今思うのは困難に思えることにチャレンジすることが精神を鍛える方法、ひとつのアプローチであるのではないかということだろう。 心。 精神を鍛えることは難しい。 そのチャンスに望まれたなら迷うことなく踏み込むべきだ。 無謀でも勇気でもない。 ただ試すわけでもない。 チャレンジすることには奥深いところに在る何かにタッチできるかもしれないという希望も抱かせる。』 引用終了。 KAAZさん、
勝手な引用を、お許しください。 |
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幼き子等の、 小さな守り神だった。 陽が暮れる直前、 娘を保育園に迎えに行き、 帰りに思わぬ渋滞にあい、 すっかり暗く陰った家に飛び込んだことがある。 しかし、 小学校に上がったばかりの、 息子がいない。 あわてて庭に目をやると、 そこには、 白い小さなシピをなでている、 息子がいた。 そうか、 君が癒してくれていたんだ。 時を忘れ、 いつまでもなでている息子とシピに、 目を奪われた。 完全なる許容。 シピは、 身じろぎもせず、 息子を許容し、なでさせるにまかせていた。 シピはすでに老女だった。 この家に移り、 しばらくのち、 天寿をまっとうした。 朝、動けなくなったシピを、 玄関の中に抱きいれ、仕事に行った。 仕事中、シピに呼ばれ、 ぼくは家に帰った。 帰ってみると、 臨終の時を迎えた彼女は、 目だけをぼくに向けた。 “いってしまうのかい” 多少恨みがましくぼくはその時、言ったかもしれない。 たとえ帰りが遅くなっても、 君がぼくの代わりに子等を守り、 慰めてくれていたから、ぼくは安心できたんだ。 その時、 途方に暮れたぼくに彼女は、 はっきり “だいじょうぶですよ” と言った。 ぼくには聞こえたんだ、 “だいじょうぶですよ” と。 その時、 意味は判らなかった。 彼女は最後にペロッと、 ぼくの手を舐めた。 そのままぼくは、 彼女に手で、水を含ませて、 タオルの上に寝かせ、 職場に戻った。 仕事を終え帰宅してみると、 彼女はもう、旅立った後だった。 その後しばらくして、 ぼくの心配は杞憂だったことがわかった。 子等はいつのまにか、新しい環境に適応し、 シピ亡き後、それぞれがたくましく、 自分の世界を歩んでいた。 “だいじょうぶですよ”とは、 そういうことだったんだと、 ぼくは感謝とともに、 理解し、手を合わせ、彼女の無事を祈った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今日家に帰ると、 彼女がいた。 やはり彼女は、 子等の守り神として、 ずっとその心の片隅にいて、 子等を守ってくれていたらしい。 突然の、 久し振りの再会にぼくはまた時を忘れ、 しばし目を奪われた。 するとまた、彼女の声が聞こえた。 “もう、だいじょうぶです” そうか、 そうだね、 ありがとう。 彼等は、今や、 それぞれに自分の道を見つけ、 しっかりと自分の意志でその歩を、踏み出している。 しかし、シピはまだ、 こちらをじっと見ている。 やがてぼくは理解した。 君はぼくをも、 ずっと見守ってくれていたんだね。 そのシピのまなざしを見ているうちに、 ぼくは、シピの真意を、 始めて理解した。 そうか、 ありがとう。 役目は終わり、
また新たな道が、 開けているんだね。 |
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早朝、 |



