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笑いの耐えない、
破天荒な君達が、
笑いを忘れ、
コトバも忘れ、
沈うつな面持ちで、
とりつくろうことも忘れ。
27才も年上のぼくは、
ただ見守るしか出来ない。
けれど、
願わくば、
コトバを失うほど傷ついた今こそ、
詩を歌って欲しい。
音を奏でて欲しい。
コトバをつむいで欲しい。
18の君らが、
君らを庇護し、
インディーズデビューも果たし、
まばゆいステージに魅せられ、
目標と仰いだ先輩を、
みまった、
突然の交通事故。
この無常に、
父もコトバが無い。
昨日の朝刊、
多摩版に、
彼の訃報が出ていたね。
時はあらゆる事象を
風化させる。
けれど、
それでも風化しないもの。
それが、
コアであり、
色あせない想い。
そして、
出来るなら、
今生まれたそのコトバは、
君たちが一番伝えたい人に、
伝えて欲しい。
恥じらいや、
虚栄が、
いかにアホらしいことか。
今のきみたちなら、
痛い程、
わかるはずだから。
ねたんだり
不満をぶつけても
心地良くないだろ、
命が、
すさむだけで。
ヒトゴトでなく
自分の命も
有限であるという
実感。
ぼくもそれを、
多くの死や死線から、
学んできた。
そして忘れないように、
いつも生まれたコトバは、
記録しているよ。
でないと
失った命から受けた恩に
報えない。
だからヒトには、
コトバがあり、
歌があり、
音をつむぐのだろう。
思い出すよ。
なにげないまなざしと、
かつて投げてくれたコトバ。
それらに、
その、
何気ない励ましに、
なんと
癒され鼓舞されたことか。
その前では、
報い奨されることを求める欲など、
いかに陳腐なことか。
きみたちの痛みに思いを馳せつつ、
そう思う。
かけがいの無い君の命を、
大切に、
じっくりと味わい、
謳歌すること。
なにより、
じっくり燃焼すること。
消えゆく命の残照にむかって、
誓いましょう。
それが、
レクイエムと、
いう。
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