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ちゅう陸BDへ書き込みがありました。
中部地区スタッフの方から久しぶりの書き込みでした。
次男君は大学生で大活躍しています。
三男君が居たんですね。肥満児だそうです。
書き込まれた内容が面白いし、気になります
そっと・・・ここで紹介したいと思います。
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肥満児君 ーその1−
次男の応援のため家族全員で札幌(全日中・札幌)に行ってから
早いもので6年が過ぎました。
当時小学2年生だった末っ子の三男も中学2年生になりました。
次男の大会の度に連れ回される三男にとって
陸上大会とは迷惑以外の何者でも無かったと思います。
普段家にいる時も外に遊びに出るでも無く
テレビを見るかゲーム三昧の毎日。
小学2年生の時には立派な肥満児となっていました。
それを見かねた妻が三男が4年生に上がった春
学校の陸上クラブに半ば強制的に入れさせました。
妻からは私に相談など無く、三男からその話を聞きました。
『どうしても陸上をやらないとだめか』という息子の問いかけに
『お前がやりたくなければやらなくて良い』と話したのですが、
結局妻の押し切りで泣く泣く走る事になりました。
妻は私と違い人に強制させるタイプではないのですが・・
小学2年生の冬の校内マラソン大会で
ダントツの最後尾を苦しそうに走る息子を見て以来
次男の自主練習の傍ら三男も競技場に連れて行きました。
肥満児となった息子には練習前のアップがつらく
泣きながらアップの200mを走る、そんな状態でした。
そんな息子に走れと私は言えませんでした。
学校のクラブに入った息子ですが
案の定、仲間についていける訳などなく
本練習など問題外でアップの時点で泣きながら
大きく離れた皆の後姿を追いかけていました。
クラブをやめる事を許可しない母親に抵抗して
それからの3年間、
『中学に入ったら絶対陸上はやらない』
が息子の口ぐせとなりました。
私達の県では学年別の大会参加標準記録なるものがあり
それを突破すると小学生の県大会に出られるシステムになっています。
学校のクラブも夏と秋にあるこの県大会出場を目標に
練習をしますが、真面目に練習に参加している者のうち
息子だけが県大会に出られませんでした。
遅いことを自覚し納得していたとは言え、
一人だけ大会に出られないというのは子供心につらかったと思います。
今は遅くとも一生懸命頑張れば皆と同じように走る事ができる・・
私は泣きながら走る息子にいつもそう話していましたが
今しか見えない息子には絵空事でしかありませんでした。
そんな息子ですが小学5年生の秋の県大会で
初めて皆と一緒に大会に出場する事ができました。
その時から私の言葉に耳を傾けるようになりました。
そして少しずつ肥満体から脱却して行き
『走ること』の楽しさをその体で学んでいったように思います。
それでも息子の言葉は変わりませんでした・・
『陸上を3年間続ける事はかあちゃんとの約束だから
それは守るけど、中学に行ったらもう走らないからね。』
そんなバカ息子ですが小学6年生の秋以降
少しずつですが『走ること』への思いが変わっていきました。
息子の始まりが始まりですから当たり前の事なのですが
息子の3年間の陸上では市内大会を含め
『賞状』には全く縁がありませんでした。
仲の良いA君もB君も県大会で賞状をもらった・・
短距離はダメだけど、もしかしたら高跳びなら跳べるかも知れない。
長距離はどうだろう。ひょっとしたら走れるかも知れない。
バカ息子とは言え、その能天気加減が私には理解できませんでしたが、
とにかく何でもいいから僕も『賞状』が欲しい・・
この思いが息子の陸上への思いの新たなる一歩となりました。
小学生最後の市内大会では高跳びに挑戦して爆沈、
秋の県大会では3種に挑戦するも記録なしに終わり
敢え無くシーズン終了・・と思いきや
最後の校内マラソン大会で1等賞を取りたいと言い出したのです。
校内大会とは言え、いくら何でもそれは無理だ・・
その無節操さに呆れつつ、その時はそう言ったのですが
随分後になってからその理由が分かりました。
『お前ならやれる』そう言って一生懸命息子を
ヨイショしてく下さる先生がいたのです。
校内マラソン大会では5年間ずっと1等を取っているサッカー少年に
息子が付け入る可能性などゼロに等しいだろうと
当然のように私は考えていましたし、
それ以前にそれこそ『それ以前の問題だ』と思っていました。
年明けにあるその大会を目指し、秋以降
近所の友達を引きずりこんで冬休みも休まず
息子たちは『自主錬』ごっこを続けたのですが、
息子が頑張るその陰に先生のヨイショがあったとは
私は夢にも思いませんでした。
そして最後の校内マラソン大会で息子は生まれて初めて1等賞を取り、
小さいけれどもとっても大きな『賞状』を貰いました。
それは今も息子の部屋の壁に大切に飾られています。
ただ、あの時に息子が勝ったサッカー少年には
中学に入って以来いまだに一度も勝てていません。
あの時の思いを思い出し、頑張ってもらいたいものです(笑)
その頃から『陸上やめたい』から
『陸上続ける』発言に変わりました。
ただ長距離はしんどいからという理由で
以後種目選びに悩むこととなりました。
中学入学後、陸上を続けるという思いは固まったものの
短距離にはライバルが多く、息子にはその枠がありませんでした。
(眠くなったので続く)
From : まるび -2009/10/06(Tue)01:39-
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