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中学陸上(ちゅう陸)

お世話になっています。

中学陸上(ちゅう陸)のHPアドレスが接続サービス会社の
ブランド名称変更に伴い、次のアドレスに変更となりました。
 
http://hwm3.wh.qit.ne.jp/skmtt/
「中学陸上」(ちゅう陸)
 
 
久々の書き込みです。
これを機会に少しずつ、書いていきます。

<初の12秒台!!>

息子の12秒台を心待ちにしていたのですが
中々風の神様にめぐり合う事が出来ない息子でした。

通信・総体の県大会は無理でしたが
7月までの公認大会で12秒84を切れば
県ジュニアに出場できます。

県ジュニアも広義に『県大会』なので
県大会出場ということが息子のステップアップにつながると
バカ親父は考えていました。

そして県ジュニア出場に向けての最後となる
7月のジュニア挑戦記録会でついに息子は13秒を切りました。


この日は私は仕事だったのですが
出走後妻が携帯に電話をしてきました。
メールはあっても電話をかけて来るような正確ではないので
『とうちゃん、●●がやったよ』と電話があった時、
驚愕の11秒台でも出たのかと思いました(笑)


妻もよほどうれしかったのだと思います。
残念ながら県標準には0.02秒足りず、
憧れの県大会には行けませんでしたが
今年中に次男の中1の時のベスト12秒3を破ること、
そして市内大会で1等をとることなど、
新しい目標ができました。


もっともその目標の前に校内の出場枠の確保が先決なので
息子も親も複雑な思いがありました。


たかだか市内大会ですがその大会ですら
出場枠の制限があり、出られるかは分からない。
それなのにその大会で1等なんて・・
小6だった去年の大会ももちろん息子の枠などありませんでした。


色々な思いがあれど、まずは出場枠を死守して
その後はがむしゃらに頑張れ。
そうすれば夢は必ず叶う・・

夏の練習がまた始まりました。





<一瞬の風になれ!!>

この夏なんとか校内出場枠をゲットし、100mに出場したものの
通信支部予選・県総体支部予選ともに県大会には届かず、
個人種目で県大会を走ることが出来ませんでした。


それでも息子なりにアピールをしたようで、
支部大会では走らせてもらえなかった
県総体・低学年リレーの3走を走るチャンスをもらいました。


今期息子の低学年リレーチームは絶好調で
支部戦で地区大会記録を更新し、県大会でも優勝候補でした。

そのため息子に走るチャンスが巡って来るとは思ってもいなかったので
息子から『県のリレーの3走を走るかも知れない』と聞かされた時は
息子の胸中を知らないバカ親父は大いに喜びました。



もともと息子はリレー要員では無かった為バトンあわせもぶっつけ本番、
バトンだけ落とさずに何とかつないで欲しい
あとはアンカーの2年生が何とかしてくれるから・・

そんな思いで予選を走る息子を見守っていました。
応援どころではありませんでした(応援はしましたが・・)

先輩たちが頑張ってくれて予選はトップ通過。
そして決勝も息子の所意外は危なげなく勝ち
ブロック大会進出を決めました。




息子が陸上で初めてもらった賞状は小6の校内マラソン大会でした。
そして息子の2枚目のものとなる今回の賞状は市内大会を飛び越え
県大会の1等の賞状でした。


ところが息子の顔はうれしそうではありませんでした。
実は決勝を走る前に『志気を欠いている』と言うことで
顧問から叱られたようです。

息子のはっきりしない態度がいけなかったのですが
それは3走を外れた仲間への思いでした。
その思いを越えて走らなければ
『走れなかった仲間の思い』の分まで走れません。
顧問の先生が気にされていたのは揺れていた息子の心でした。

そしてその揺れる心がブロック大会まで引きずる事になるとは
バカ親父は考えてもいませんでした。




<強くなれ!!>

昨日隣県のS市で行われた地区中学総体は
15時頃雷雨による中断はあったものの
大会新記録も幾つか出て無事閉幕した。


低学年リレーに出るはずだった息子であるが
この期に及んで積極性を欠くとかでメンバーを外される旨の話を
私たちが現地について早々息子より聞かされた。


『何、それ?』

元々リレーメンバーでなかった息子が県大会を走り
そのためにメーバーを外れた同級生を思い一歩下がっているのだ。
それが一歩下がった走りになっているのだ。

それは県大会の時にもあった事なので少々心配していたが
さすがにその問題がブロック大会にまで及ぶとは思ってもいなかった。
大会前にテンションが上がらなかったのはそのせいだろう。


息子の思いも分かる。
チーム全体としての士気との兼ね合いも分かる。
それでも、だ。

『これからずっと一歩引いて走る気でいるのなら、一生勝てない。
 陸上などやめてしまえ』

朝から怒り心頭の私は妻に当り散らしていた。



勝ち負けなどどうでも良い。
問題はその姿勢だ。私はそんな息子が許せなかった。
自己中なバカ親父は一歩引いた事によりリレーメンバーを
外されたことが悔しかった。

息子にとって初めての大きな大会だ。
でももっと悔しかったのは息子本人だったろう。


息子の走った予選はトップチームと0.04秒差で走り
全チーム中2位の成績だった。
しかし決勝に息子の姿はなかった。




決勝の結果は7位惨敗。
走力不足にバトンミス・・全くお話にならなかった。
息子が欠けたから負けたのではない。

息子などいなくとも決勝で十分戦えるメンバーだったはずだ。
例えバトンミスが無くとも結果は同じだったと思う。


原因は調整不足、アップ不足だ。


予選と決勝の間が長すぎるので、ある意味個人種目を走る人より
不利になる。それに加え、決勝の1時間ほど前に雷雨により
競技が1時間ほど中断した。

しかし、それはどのチームも同じ条件だ。
日頃精力的に部活動を指導して頂いている先生方には感謝しているが
今回の敗因は顧問の指導不足によるものだと思う。
走れなかった子供たちの責任では無い。



駅伝と同じで走れなかった仲間の思いも乗せて走るのがリレーだ。
指導する側はそんな思いをもっと分かってやって欲しいと思う。


そんな訳でバカ親父は怒り心頭の一日であったが
家族の反応はバカ親父には批判的であった。



息子と取った対応については、それが当たり前であると。
メンバーを外れる者の事を思いやれないヤツはいないと。



『強くなれ』次男が三男に声をかけた。
速いのではなく、強くなれと。




心の痛みをしる人間は強くなれる。


【思いやりのある強い人間になれ】と言っていたのは私だ。
そうだ。強くなれ。


正直いまだ怒りは収まらないが、息子たちに教えられた思いだった。

思いも新たに今日から頑張ろう。

     2008・8・10  




<3号今シーズン終了です>

先日の3連休の初日、地区新人大会がありました。

4継・100m・400m、息子は3種目の参加でした。
100mは競争が激しく厳しくはあったのですが
とりあえず本人の目標は3枚の賞状ゲットでした。

テスト期間と重なるため若干参加校が少ないものの
来年の地区通信・総体へ向けての目標が定まるので
息子にとって意義のある大会となったのではないかと思います。


土のトラックに加え風の影響、そして何よりも
本人の士気不足等ありタイム的には望めませんでしたが
まずはシーズンの締めくくりとして
良い感じで走れたのではないかと思います。


リレーは2走を走らせてもらい、
来年の県大会への目標ができました。
400mは予想通り54秒台など問題外で56秒台半ばでした。
その分この冬はしっかり頑張ってもらいましょう。

400mの1時間後に走った100mはタイム的に12秒を切れませんでしたが
なんといっても400に比べれば距離が短いので
気持ちよく走れたそうです。


そんな訳で賞状3枚は無理でしたが、
賞状を2枚ゲットすることができました。
『中間試験』が終わったら速攻
村祭りなどに繰り出さず
来年に向けて走り出して欲しいと思います(笑)


息子の今シーズンは終了しましたが
記録会も何もないのはつまらないという事で
陸上部の仲間たちと誘い合って
市陸協主催の記録会に参加するようです。

記録会といってもこれからの季節、短距離種目は無いので
おじさん達と一緒に1500mを走ります。
今年の1月だか2月だかに走ったときは4分50秒ほどでした。
年明けに校内マラソン大会があるのですが
『口だけ』の息子は今度は勝ちたいそうなので
『お前も30秒台で走れるようにならんかい』とかましておきました。

2週間後にその記録会があるのですが
期間的に短いので自己ベスト更新は難しいと思いますが
来年年明けの校内マラソン大会に向けて
楽しく、それでも自分に厳しく走ってもらいましょう。

いよいよJO

中学生最後のトラック主要大会ジュニアオリンピックが
今週末から開催されます。

金曜日から横浜に泊まり込みで出かけます。

先週は風邪で咳が止まらず1週間仕事を休みました。
今週からマスクをして出かけています。

時節柄、ゴホン、ゴホンでは会社にも行けません。
箱根予選会も、地域の中学生駅伝「東葛駅伝」も
取材に行けず寝込んでいました。

みなさんも風邪には注意しましょうね。

JOは中学生の大会では唯一有料大会です。
昨年までは1500円でしたが今回は1日1000円と500円安くなりました。
プログラムも1部1000円だそうです。昨年は1500円でした。
プログラムは他の大会に比べて割安感があります。

観客は毎年少ないです。一般のお客さんで陸上を楽しむために
来る方は何人いらっしゃるのでしょうか?


この時期の大会ですから毎年、長距離では好記録が続出します。
今年はこのBlogにもいらっしゃる方の息子さんがB1500m
に二人も出場されます。
彼らの走りを見る楽しみもあります。
レースの模様は詳しくレポートします・・・??

肥満児君 ーその2−

中学に入学した三男はあれだけ嫌がっていたいたはずの陸上部に
迷わず仮入部をしました。
そして少しだけ速くなったその足で
短距離選手として頑張って練習するはずでした。


ところが入部早々妻が顧問の先生から聞いた話で
走力順に大会の出場権を得る形となるため
走力で劣る息子には大会に出る以前の問題として
その枠が無かったのです。

長男・次男の時には部員が少なく
校内選抜がある事など考えてもいませんでした。


熱血先生の『ヨイシヨ』のもと、
ダントツだったサッカー少年に大差をつけて1等賞となった
小学校最後のマラソン大会でしたが

その思い今だ覚めやらず・・なんて事は全くなく

しんどい長距離を選択する事には消極的でした。
しかし息子の願い届かず『出場枠』の都合で
息子の中学陸上デビュー戦は1500m走と相成りました。


私としてはむしろコツコツ地道に努力する息子には
長距離の方が向いていると思ったのですが
つらい長距離の練習を経て望んだ(って、3週間だけです)
デビュー戦の学年別1500mも爆沈し、練習時のつらさも加勢して
市内大会後、枠が無くとも短距離を走るんだと迷わず決意したようです。


落ち着いて考えてみれば、
『枠が無いのにどうやって走るんだい?』という事になるのですが・・



それから以後しばらくの間、部活内で熾烈な出場枠争いが
繰り広げられたようです。

もっとも熾烈な争いと言えば聞こえは良いのですが
明らかにタイムの劣る息子は本当は蚊帳の外でした。


息子が短距離にこだわったのには息子なりの
能天気な理由がありました。


ひとつは短距離は長距離走よりも単純に走る距離が短く
楽そうだから。

そしてとうちゃんが『頑張れば必ず早くなると言っているので、
もしかしたら本当に早く走れるかも知れない』という思い。

楽だから、父ちゃんが言ってるからって・・


思っているだけでは速くはなれません。
素質がある訳では無いのだから人一倍頑張って努力して、
そして『走ることへの強い思い』を持てるようになって
はじめて速く走れるようになるのです。

私の息子への『ヨイショ』は歪んだ形で息子の心に
吸収されたようでした。



それでもそんなバカ息子の願いよ届け・・
バカ親父は願わずにおられませんでした。

(注 夢とは全中出場とかの夢ではなく、校内枠獲得の事です)






息子たちが参加できる陸上の試合ですが、
春季市内大会、春季地区、県通信支部予選、県総体支部予選、
秋季市内大会、秋季地区新人、こんなところでしょうか。

そして県通信と県総体は支部大会を突破、
さらには県ジュニアは県標準記録を突破すれば出場できます。


ところが市内大会でさえ学年別100mに出場するためには
各中学2枠しか与えられておらず、普通に考えて
息子の出場できる枠などありませんでした。

そこへ行くと『良心的』と思えたのが県通信支部予選でしょうか。
各種目について各校3名までエントリー可能、
しかもお一人様2種目まで出場可能です。

それはもう・・親子してこの枠に食い込むしかないと思いました。


そしてなんとか通信支部予選の出場枠をゲット。
大会でのタイムがどうだとか、県大会が云々など
はるか彼方の話はさておき、『支部予選出場』を祝して
息子には一発かましておきました。


『頑張れば必ず県大会へ行けるようになる』
『どんなに頑張っても届かなかった仲間たちに追いつけるようになる』と。




そのためにはまず12秒台を目指そう・・




学年ダントツのビリだったマラソンも頑張って1等になったんだ。
これまた徒競走も学年ビリからの出発ではありましたが
小学校卒業時には13秒台で走れるようになっていましたので
もしかしたら100mももっと頑張れるのではないかと
バカ親父は考えたのでした。




通信支部予選ですが風に阻まれて12秒台は出ませんでしたが
学年全体で12番目位、それは本人の自信につながったと思います。



私に似て機嫌の良い時は『舌好調』です。
色々と訳の分からないことをブリます。
息子の夢の向こう側までの事は私には分かりません。




諦めなければ必ず夢は叶う・・
明日からまた頑張ろう。


その3へ続くハズ
From : まるび -2009/10/08(Thu)01:50-

-------------------------------------------
ちゅう陸BDへ書き込みがありました。
中部地区スタッフの方から久しぶりの書き込みでした。
次男君は大学生で大活躍しています。
三男君が居たんですね。肥満児だそうです。

書き込まれた内容が面白いし、気になります
そっと・・・ここで紹介したいと思います。
--------------------------------------------

肥満児君 ーその1−

次男の応援のため家族全員で札幌(全日中・札幌)に行ってから
早いもので6年が過ぎました。

当時小学2年生だった末っ子の三男も中学2年生になりました。

次男の大会の度に連れ回される三男にとって
陸上大会とは迷惑以外の何者でも無かったと思います。

普段家にいる時も外に遊びに出るでも無く
テレビを見るかゲーム三昧の毎日。
小学2年生の時には立派な肥満児となっていました。


それを見かねた妻が三男が4年生に上がった春
学校の陸上クラブに半ば強制的に入れさせました。
妻からは私に相談など無く、三男からその話を聞きました。
『どうしても陸上をやらないとだめか』という息子の問いかけに
『お前がやりたくなければやらなくて良い』と話したのですが、
結局妻の押し切りで泣く泣く走る事になりました。
妻は私と違い人に強制させるタイプではないのですが・・



小学2年生の冬の校内マラソン大会で
ダントツの最後尾を苦しそうに走る息子を見て以来
次男の自主練習の傍ら三男も競技場に連れて行きました。
肥満児となった息子には練習前のアップがつらく
泣きながらアップの200mを走る、そんな状態でした。

そんな息子に走れと私は言えませんでした。


学校のクラブに入った息子ですが
案の定、仲間についていける訳などなく
本練習など問題外でアップの時点で泣きながら
大きく離れた皆の後姿を追いかけていました。

クラブをやめる事を許可しない母親に抵抗して
それからの3年間、
『中学に入ったら絶対陸上はやらない』
が息子の口ぐせとなりました。


私達の県では学年別の大会参加標準記録なるものがあり
それを突破すると小学生の県大会に出られるシステムになっています。

学校のクラブも夏と秋にあるこの県大会出場を目標に
練習をしますが、真面目に練習に参加している者のうち
息子だけが県大会に出られませんでした。

遅いことを自覚し納得していたとは言え、
一人だけ大会に出られないというのは子供心につらかったと思います。



今は遅くとも一生懸命頑張れば皆と同じように走る事ができる・・
私は泣きながら走る息子にいつもそう話していましたが
今しか見えない息子には絵空事でしかありませんでした。


そんな息子ですが小学5年生の秋の県大会で
初めて皆と一緒に大会に出場する事ができました。
その時から私の言葉に耳を傾けるようになりました。
そして少しずつ肥満体から脱却して行き
『走ること』の楽しさをその体で学んでいったように思います。
それでも息子の言葉は変わりませんでした・・


『陸上を3年間続ける事はかあちゃんとの約束だから
それは守るけど、中学に行ったらもう走らないからね。』



そんなバカ息子ですが小学6年生の秋以降
少しずつですが『走ること』への思いが変わっていきました。
息子の始まりが始まりですから当たり前の事なのですが
息子の3年間の陸上では市内大会を含め
『賞状』には全く縁がありませんでした。

仲の良いA君もB君も県大会で賞状をもらった・・


短距離はダメだけど、もしかしたら高跳びなら跳べるかも知れない。
長距離はどうだろう。ひょっとしたら走れるかも知れない。

バカ息子とは言え、その能天気加減が私には理解できませんでしたが、
とにかく何でもいいから僕も『賞状』が欲しい・・
この思いが息子の陸上への思いの新たなる一歩となりました。




小学生最後の市内大会では高跳びに挑戦して爆沈、
秋の県大会では3種に挑戦するも記録なしに終わり
敢え無くシーズン終了・・と思いきや
最後の校内マラソン大会で1等賞を取りたいと言い出したのです。


校内大会とは言え、いくら何でもそれは無理だ・・
その無節操さに呆れつつ、その時はそう言ったのですが
随分後になってからその理由が分かりました。



『お前ならやれる』そう言って一生懸命息子を
ヨイショしてく下さる先生がいたのです。


校内マラソン大会では5年間ずっと1等を取っているサッカー少年に
息子が付け入る可能性などゼロに等しいだろうと
当然のように私は考えていましたし、
それ以前にそれこそ『それ以前の問題だ』と思っていました。

年明けにあるその大会を目指し、秋以降
近所の友達を引きずりこんで冬休みも休まず
息子たちは『自主錬』ごっこを続けたのですが、
息子が頑張るその陰に先生のヨイショがあったとは
私は夢にも思いませんでした。


そして最後の校内マラソン大会で息子は生まれて初めて1等賞を取り、
小さいけれどもとっても大きな『賞状』を貰いました。
それは今も息子の部屋の壁に大切に飾られています。



ただ、あの時に息子が勝ったサッカー少年には
中学に入って以来いまだに一度も勝てていません。
あの時の思いを思い出し、頑張ってもらいたいものです(笑)


その頃から『陸上やめたい』から
『陸上続ける』発言に変わりました。



ただ長距離はしんどいからという理由で
以後種目選びに悩むこととなりました。
中学入学後、陸上を続けるという思いは固まったものの
短距離にはライバルが多く、息子にはその枠がありませんでした。



(眠くなったので続く)
From : まるび -2009/10/06(Tue)01:39-

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