「クズ」になる薬 by 細谷 知司

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雨に打たれるのが好きではない。
どう頑張っても必ずどこかが濡れるし、濡れた自分が殊のほか惨めに感じられる。
そこまでしなくても十分現実に打たれている。
そんな風に追い打ちをかけられているように感じるから余計に惨めに映るのだろう。
間もなく訪れる梅雨の時期は一年のどんなときよりも鬱陶しい。

それでも雨のよいところを探そうと今日は珍しく思った。
こんなことを考えるのは、このくだらない人生の中でも初めてのことではないかとさえ思う。
濡れない雨はないから他のことを考える。
たとえば雨上がり。
自分の中の汚いものが洗い流されたような錯覚はたしかに悪いものではない。

金曜日の雨に打たれ、そして雨上がりの街を歩きながら、5月のことを想い返す。
逐一を書くことはしないけれど、あまりに濃密な空気が胸を支配し、本当に息苦しくなったのはご愛敬か。
通り過ぎてきた日々のことをとても愛おしく思う。
苦悩はなかったが選択を繰り返した日々。
ある種の状況にもっとも相応しい言葉を選び続けた瞬間が私を支えたのはたしかだ。

紡ぎ続けた多くの言葉の先に見えてきたもの。
多くの仲間が力を貸してくれたことに、心から感謝している。
私自身の無力さと、それ故にもがき続けることの意味を知ることができた。
ロープに追い詰められた二流のボクサーが取り得る道は二つしかない。
抵抗せずに天井を見上げるか、あるいは、顎をしっかりと引いて打ち合うか。

私は圧倒的に後者でありたい。
地下を出て目にした光景は常に敵対的だったが、その狭間に私は打ち合うだけのたしかな理由を見出した。
まだ何も始まっていない、本当のスタートはこれからだ。
私にとって一番大切な今月の用事がまだひとつだけ残っている。
それを超えた先にこそ、通るべき「けものみち」が開けることになるだろう。

始まりはいつも雨。
今そんなことを口にしたら嗤われるかもしれないが、嗤われること自体は決して怖れるべきことではない。
怖れるべきはむしろ嗤う側の人間になってしまうことだ。
ようやくそのことの意味が腹の底で理解できたような気がする。
それは本当に大切なものに気づいたということと、ほとんど同じ意味なのだと信じている。


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波の歌

遠くで波の音が騒めいている。
自分たちだけにわかる言葉で甘美な秘密を囁いている。
どこまでいけば哀しみが終わるのか。
あるいは、どこまでいけば笑顔を取り戻すことができるのか。
暗く深い夜の海はたぶんそのことを知っている。
 
しかし私は未だ閉ざされている。
どこまでいけば哀しみが終わるのか。
あるいは、どこまでいけば笑顔を取り戻すことができるのか。
暗く深い夜の海にそっと足を踏み入れる。
途端に波たちが騒めくのを止める。
 
昼の世界がお前を待っている。
波たちは悪意と共に私に囁きかける。
眩しい光に焼かれ、己を失い、大いなる意志へと同化すること。
だが、そんなものはただの有難迷惑でしかない。
私は夜の闇の深い静寂を愛する者なのだ。
 
だから波たちよ、これ以上騒めくな。
私は彼ら/彼女らにはわからない言葉でそう叫ぶ。
お前たちは私を邪魔者だと思っている。
しかし私は仲間だ。
ただ、夜の闇の深い静寂を愛する者なのだ。
 
だから波たちよ、どうか私を包み込んでくれ。
どこまでいけば哀しみが終わるのか。
あるいは、どこまでいけば笑顔を取り戻すことができるのか。
神秘の歌を私に聴かせてくれ。
私は知らなければならないのだ。


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甘受

全き肯定の海へと泳ぎ出した朝。
私は太陽に焼かれる覚悟と共に我が身を泥のような水に横たえた。
差異をあるがままに受け容れ賞賛する。
そして、まさにそれこそが生そのものなのだと喝采を叫ぶ。
暗い夜の海の底で、声なき声で。
 
それでも、空隙を縫って底を打つ光に心が揺さぶられる。
一切は偶然などではなく、どこまでも運命の所作なのだという悪魔の囁き。
悪魔は私を海の上、光の下へ引きずり出そうと試みる。
その必死の形相が事態の深刻さを表している。
お前には焼かれる運命がお似合いなのだ、と悪魔は囁き続ける。
 
そう、焼かれることは別に構わない。
問題は何のために焼かれるのかだ。
私を焼くものは運命などではなく、一個の偶然であってほしい。
私は一個の偶然のために焼かれることを心から喜ばしいと思う。
神々は戯れ、私はそれを私自身の意志と呼ぶ。
 
戯れが怒りであっても、私はそれを怖れない。
どんなに残酷にこの身が切り刻まれようとも、一向にそれを怖れない。
私には怖れないだけの理由があり、怖れるだけの必然性がない。
そして私は悪魔にそのことを告げる。
昼の光はたしかに苛烈だが私を焼くことは絶対にできない、と。
 
再び全き肯定の海が私に戻る。
暗く深い海の底で幸せが歓喜の産声を上げその帰還を喜んでいる。
差異は差異としてある静寂を回復し、夜の闇の深さが唯一の生を彩る。
私は海(ないしは、生)と溶け合いひとつの水になる。
ひとつの水になる。


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産声

微睡みが断続的に訪れ、そして去っていく。
私は痛む氷の心を見透かされ、しかし何も抵抗することができない。
温かい泥のような微睡みに解け始める私の氷。
零れる滴が冷たいのか生温いのか、それを決めるのは誰なのだろう?
ぽたぽたと響く乾いた音に疑問が掻き消される。
 
氷はどんどん解け堕ちていく。
形が変わっていく私の心、あるいは、優しさ。
真の優しさは夜の深い闇の中で生まれる。
そして生きることが持つ本性的な哀しみによって育まれる。
昼の光は余りに眩しい。
 
目の眩むような華々しさよりも、今を想う優しさを私は愛する。
哀しみを知り接する愛を、私は何よりも尊いと思う。
孤独と孤独が触れ合う瞬間。
そっと触れ合う優しさの音が夜の闇の底を打つ。
乾いていて、しかし愛おしい音。
 
私はその音に耳を澄ませる。
哀しみや憎しみや怒りややるせなさや喜びや愛が虹の層になって重なり合う。
それはまさに奇跡のような瞬間だ。
解け堕ちた氷の中から何かが産声を上げる。
歌っているのは静かで深い歓喜の歌だ。
 
泥のような産声(ないしは、歌)が暗闇に彩を与える。
さあ、これからは夜の時間だ。
昼の光は微睡み、長い幸福の闇が緩やかに世界を包み込む。
私はそこで心から解放される。
弛緩した全体から零れ落ちる滴のこと…


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月雪

薄曇りの空に混じる白。
霞む雲と淡い雪との狭間に滲む苦い想い出。
せめて甘美の欠片でもあれば、との思いが心の底に暗く光る。
やがて日が落ち、まるで月が零れるように降り続ける淡雪。
そんな光景をずっと眺め続けてきたような錯覚が私を襲う。
 
空気は澄み、世界は乾いている。
あるいは、緊張している。
肌を甘噛みするような寒さと、零れる雪に溶け合う私の溜め息。
溜め息の量に魅せられて、世界は少しずつ弛緩し始める。
空気は這う舌へと変容し、更に切ない溜め息が唇の端から零れ落ちる。
 
長きに渡って一人抱えてきた孤独のことを想う。
ただ、想う。
まるで世界のように緊張していた日々のこと。
あるいは、甘噛みすることさえ拒絶し続けた暗くて旧い時間の束。
昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか…
 
そして私は闇のことを想う。
深い夜の闇の深淵に、月は零れて雪になりそして堕ちていく。
私はそれを眺める者であり、同時に受ける者でもありたいと強く願う。
闇に零れる溜め息を口に含み、私の息を乗せて吐き出したいと願う。
屹立した世界の冬を柔らかに弛緩させたい、心からそう願う。
 
私は世界を抱きしめる。
その柔らかな肌を甘噛みし、来るべき春に備えるのだ。
陽は再び昇り、その熱い舌で世界を包み込むだろう。
月は永遠に零れ続ける。
私はそれを眺め続ける者であり、同時に受ける者でもあり続ける、永遠に…


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