「クズ」になる薬 by 細谷 知司

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孤独と他者

88歳の老人が隣家の住人を金槌で殴打した事件の報道を目にした。
詳しい理由はわからないが、積年の不満が暴発したものであることは間違いないらしい。
本件に限らず、高齢者を巡る隣人とのトラブルが目立って伝えられるようになってきている。
絶対数が増えたのか、メディアの関心が増した(他に関心のある事件が減った)のか。
いずれにせよ、広い目で見れば社会構造の変容ということと無縁ではあるまい。

根底にあるのは孤独なのだと私は思っている。
愛情の反対が無関心であるのと同じで、関心が隔絶されたときに生きる理由もまた遮断される。
「私」という人間が成立するには自己認識に加えて他者からの承認もまた必要だ。
その半分が遮断されてしまうのだ。
己の存立理由を喪失し、孤独という絶海の風景の中で、人は潮風に晒され錆びるようにして朽ち果てていく。

そんな風にして朽ち果てた心が金槌を手に取らせる。
もちろん、孤独だからという理由で他人を傷つけることは絶対に許されない。
それでも、他者への無関心が増大し心の錆を加速させるような状況を個人だけに還元してはいけない。
価値観の多様性は肯定されて然るべきだが、その背後に潜む実に深い闇の存在にも目を向けること。
都会への人口の流入、核家族化、終身雇用制度を始めとする労働環境の変化、それらによって戦後のこの国を柔らかに包んでいた大いなる価値観が崩壊し、私たちは明らかに孤独になった。

そうした孤独の行き先を多くの人たちが見定められずにいる。
会社勤めも終わり、ますます所属するコミュニティが狭くなっていくのが高齢者だ。
私の両親を見ていてもそうだが、日常の中で関係する他者の数は驚くほどに少ない。
子供が巣立ち、配偶者との離別が訪れた先に待っているのは、承認してくれる他者の絶対的な不在だ。
そうではない人も当然にいるだろうが、両親のように極めて「危うい」状況にいる老人の数が、このところ増えているのではないかと懸念される。

だからと言って田舎に戻り同居するわけにもいかない。
つまり、私に何かを語る資格は根源的にないのだが、私なりの孤独の問題は真剣に受け止めようと思う。
他者から認められるのを待つのか、あるいは、自ら他者の中へと飛び込んでいくのか。
社会の変化を止める力など微塵もない私にできるのは、せいぜい後者でしかないかもしれない。
そうであるならば、こうした発信にもそんな機能を意識していくべきなのだろう。
承認のきっかけとなるような他者としての性格、ないしは、機能ということを考えてみるべきなのだろう。


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