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サラリーマンを卒業しオーストラリヤで作家生活をしています。

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「黄色い花の咲く丘」読後感   [細井令子] ・・・・・・良い作品を読ませて頂き、有難うございました。

迫力があります。 テーマと構成が異色です。
驚嘆したり感動したり感服したりしで読んだ印象を纏めてみました。
批評ではありません。 あくまで読了印象記です。

著者の文学に対する熱情に敬服いたします。 この作品に心打たれた感想をそのまま書き留めてみたいと思います。

1 この作品のテーマについて
* 山本五十六元帥の死の謎を追って、平和を尊ぶ愛国の軍人山本五十六元帥の苦悩と悔恨、柔和な人柄である私人としての肖像を浮き彫りにし、「戦争」というモンスターの怪を突くことによって、人問の真実、歴史の事実に迫る。
  これがこの小説のテーマだと、私は受け止めました。

* このモチーフは極めて出色です。
  軍神山本五十六を解明する本はいろいろと見掛けますが、この小説は「死に謎あり」とする推理の巧みにとどまらず、仮説をたてて調べていき、真相に肉薄していきます。
   「謎解けぱ真実ここにあり」とする追究を、カリコー-(撃墜された五十六を救助した現地人)の口述を借りて極めていくという、強力で魅力に富むテーマです

* テーマはプロローグにおける序奏に始まり、各章に進むにつれ次第に拡張されていき、終章にて収斂をみる、という、なみなみならぬ作者の筆腕によって展開されます。
   従って、読み進むにつれ、この小説は単なる謎解きを越えた、歴史の皮相の奥にあるものに着眼していることが分かってきます。 読者をして、戦争歴史の事象と真相の乖離を改めて考えさせるものです。

* こうした小説のモチーフは、「黄色い花の咲く丘」という題名に圧縮されていて、このタイトルが「戦争」を象徽していることが汲み取れます。
   爽やかで上品な香りの綺麗な黄色い花は、「特攻」の魂、五十六の魂、するぺきでない戦争に傾斜していかざるを得なかった日本人の悲哀の魂であることが痛切に実感されてきます。
   著者の気迫が波打っているテーマだと感銘しました。

2 この作品の構成について
* 話の筋は、潤一を主軸とした、十郎、文太という三者構成によってぐんぐんと運ぱれていきます。 この三人がそれぞれ独自に謎を追っていき、その結果を持ち寄って意見を出し合い、思索を重ねていくという構成でず。
   この三者構成は、多様であるだけに高度を要する描写法だと思います。

* 著者は、この一人一人の思考と行動を描きつつ、この各人がそれぞれに相手を洞察して目で、相手の性格や人柄を描き出します。
   例えば純一が謎を追って起こす行動や物の考え方を描く一方で、同じ謎を追う十郎を、潤一の視点から捉えた人物像として浮かび上らせています。
 つまり潤一、十郎、文太のそれぞれの目が捉えた主観が、読者の目に客観化された像として写ってくる、という隠れた構成が窺えるのです。 著者の力量によって、それが行間に息づいていて、深みのある構或になっていると思います。

* そしてまた、カリコーなど現地人の登場や種族の争いは、飛躍が飛躍を生むような勇壮な構成の展開であり、これには驚嘩させられました。

* なおまた、目次にあるように、八章の「水上小屋」、十一章の「黄色い花の咲く丘』を除く各章のタイトルが、固有名詞の地名で組み立てられていることも、この作品の特色だと思います。

* この作品におけるプロットの組成に、今一つ見逃せない特性があります。
  それは、回想や挿話が多く、豊かな構成にしているということです。 回想が  回想を醸し出すという多彩な構成であるということです。
ともすれば、どこからどこまでが回想なのかと、二重三重と入り乱れがちになりかねないところを、そうならないよう配慮が凝らされていると思いました。

3 この作品の文章について
* 全体に生き生きとして闊達な文章であり、切れ味のよさが冴えています。
  とりわけ優れた文章として印象に残るものを一つ挙げれぱ、105頁上段、故郷の長岡へ向かう潤一が、川端康或の「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」というフレーズに感応しての心境吐露する下りが、それです。
   「潤一はこの長いトンネルを抜ける瞬間が好きだ。 青空を背景にした舞台が 回り、雪雲を背景にした舞台へ一気に変わると同時に、自分も変わることができるからだ。 陽気な自分から陰気な自分に変わるという意味ではない。
  晴れ着の自分から普段着の自分でもない。 建前の自分から本音の自分にではさらさらない。 それは大人になった自分から子供のままの自分に早変わりするという恵味だ。 国境の長いトンネル。 それは潤一のタイム・トンネルだ。」

  潤一がこのように変われるのは、故郷、懐郷をおいてほかにはなく、その思いが溢れています。
   何々ではない、ではない、と否定を重ねて、何々であるとする肯定を導き出す文章は鮮烈です。 同時に、トンネルのこちら側での俗塵に過ぎていく人生一般を暗示していると統みとるのは思いすぎでしょうか。

* このほか、具体例の引用に優れている文童があります。
  例えば109頁上段の敵機に撃墜された五十六元帥搭乗機の座席だけが「特別に切り取られたように機体から分離された。 しかもそれにベルトを嵌めたままの五十六さんが座って息絶えていた。 顔に傷もなく。 そんなことがありうるだろうか。
 御巣鷹山の日航機事故では四人が無傷で生き残った。 ありうるかもしれない。」とある文章は御巣鷹山の事故を例に引き、説得力があります。

* ちらちらと出てくる文明批評の文章も注目されます。
一例を取れぱ、110頁の上段から下段にかけての、潤一の云う、「苦しいこと、泣きたいこと、腹の立つことをこらえるのはいい。 しかし、言いたいこと、不満なことをじっとこらえていたのでは、外人にやりこめられるだけだ。
しかし、必要なときには、言いたいことを言いい、不満口にすべきだ。
〜〜中間省略〜〜
言いたいことを言い、不満を表明しない人間は、日本の外では人間として認められない。 しかし、それが近頃また変わった。 日本中、ロたけは達者で不満たらたらという適中がはぴこる状況に、この言葉を再評価したのだ」とあるのが、それです。
ここにある、再評価した言葉とは、五十六が遺した書「男の修行」を指していて、それが次のように示されています。

苦しいこともあるだろう
言い度いこともあるだろ
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣き度いこともあるだろう   これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である。

 主人公潤一は、若い頃、この言葉が好きだったけれども、海外勤務を体験して国際感覚を磨くにつれ、隠忍自重を表すこの書に疑問を抱くようになったのです。 隠忍自重だけでは商取引や外交を乗り越えられないことを身をもって知ったからでした。 だが隠忍自重を軽んじて不満表明に過ぎる世相になってみれば、「男の修行』の価値を改めて感得した、というわけです。
ここには、言うまでもなく、著者の文明に対する視点が、潤一に体現化されています。 著者の豊富な経験と円熟した思索を感じさせる文章だと言えるでしう。

* 会話体の話術で文章を繋いでいくのも、この作品の大きな特徴です。
 会話の文体は、ともすれば冗長になりがちですが、著者はかなりの抑制を利かせてかせて、退屈の弊に陥らないよう文体に配意し、滑らかな語り口で読者を引き込んでいきます。
とりわけカリコーの語りは、この小説のテーマを締めるものだけに、重要であり、著者は過不足なきよう入念に書き込んでいる手際は、読者の瞠目するところです。
以上です。
御健筆を御祈りいたします。

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作家 細井令子さんの著書をご紹介します。

「 たたかいの歳月」 四六判・上製・578ページ 2003年7月 7日 1刷発行
                             2004年2月23日 2刷発行

「恋 山」       四六判・上製・248ページ  2005年1月27日発行
「花 妻」      (B6 )              2006年7月発行 

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