作家 支刈誠也さんを応援する

サラリーマンを卒業しオーストラリヤで作家生活をしています。

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 「品格のすすめ] ・・・・・・・・・・笑えるほどのおかしな企業人」
 笑えるほどに、おかしな品格のない企業人を反面教師として、海外生活30年の作家:支刈誠也さんが、比較文化論的視点を盛り込みながら、企業人の品格論を「面白さ」「ためになる」「考えさせる」を追求した 書き上げたものだそうです。


 不景気風に荒れる日本列島!
 その中で窮地に立たされたサラリーマン諸兄!
 そんな彼らに新たな生き残り作戦を伝授する!
 負けるな、サラリーマン諸兄!

と叫んだ力作です。 是非ご高覧の程宜しくお願い致します。
 新書版212頁。893円(税込み)。発行日12月末。

 本書「海外のすすめ・・・・・・・・・・笑えるほどにおかしな日本」は、リトル・ガリバー社のHPで近日、連載開始予定もしています。
 リトルガリバー社 URL  http://www.l-gulliver.com/

 尚、「ヤマシタ・コード」新書版、二段組、340ページ前後。1月に発行予定です。
終の棲家の調査のためにフィリピンを訪ねた、オジン探偵団員、文太が出合った山下財宝の埋蔵場所を示した暗号の謎解きを通じ、先の戦争を語り、日本人の品格を語る、長編ロマン・ミステリーです。

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山本五十六直筆の「述志」発見と 平成20年12月2日の新聞で各社が一斉に報道しました。 50年以上経過した時点での発見だそうです。

 新聞社の記事はいつまでURLで接続できるのか? 分りませんので 「時事通信社」 の記事を掲載させていたゞきました。

 山本五十六の「述志」発見=「対米英戦争に苦悩や覚悟」
                        原本2通、親友遺族宅で
 太平洋戦争開戦時の山本五十六・旧海軍連合艦隊司令長官(1884−1943)の遺書とみられる文書「述志」の直筆原本2通が、親友だった大分県出身の海軍中将堀悌吉の遺族宅=東京都=にあった遺品の中から見つかった。大分県教委が1日、発表した。
 述志は研究者や海軍関係者によって存在や内容が紹介されていた。山本長官は対米英戦争にある時期まで消極的だったとされるが、平時に書かれた1通には、それを裏付けると解釈できる部分があり、県教委は「反対した戦争の指揮を執ることになった山本長官の深い苦悩や覚悟を表している」と説明している。
 1通は1939年5月31日付。日独伊三国軍事同盟締結(40年)の前年で、「俗論を排し斃(たお)れて後已むの難きを知らむ」(俗論に反対して倒れるまで続けることは容易なことではない)、「此(この)身滅すへし此志奪ふ可からす」(自分は死んでもいいが、志は誰も奪ってはならない)とある。
 同県立先哲史料館は「俗論は対米英戦や3国軍事同盟のことで、志はそれらに反対する意味」と説明する。
 もう1通は41年12月8日付。ハワイ真珠湾攻撃に踏み切った開戦日に「大君の御盾とただに思ふ身は名をも命も惜しまさらなむ」(天皇陛下の盾となる立場であるがゆえに名も命も惜しみません)と歌を詠んでいる。同長官は短期決戦で対米英戦勝利を図る考えに変わっていたとされる。
 述志は、堀中将と山本長官との書簡類など関係資料の中から発見された。同史料館は6日から14日まで述志など一部資料を展示する。来年夏には山本五十六記念館(新潟県長岡市)での展示も計画されている。(2008/12/01-23:13)

 時事通信社のURLは次の通りです。
 http://www.jiji.com/jc/zc?k=200812/2008120100883#font-large

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 同じ会社に勤めていた「支刈誠也」さん。 1981年(27年前)アメリカ−ワシントン州リッチランドにポテトスターチ(じゃが芋の澱粉)の加工工場の建設時大変お世話になりました。
 まだ若かった頃の仕事ですが、写真を取り出して当時を思い出しています。 その写真を下記のURLで公開しています。

     http://www.shinkinrin.jp/801ss.html

 沢山の写真の中から、誠也さんと行動を共にした思い出として今後さらに充実して行く予定です。 一度開いて見てやって下さい。 誠也さんの27年前のハンサムな写真もあります。 

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 オーストラリアにご在住である事は知っていましたが、作家としてご活躍しておられるとは今年の2月まで全く知りませんでした。

 2007年5月に初版発行の「黄色い花の咲く丘」−山本五十六の謎−を読んで驚いてしまいました。
 「支刈誠也」さんがよくもここまで追求されて、当時は帝国海軍 山本五十六元帥の謎を紐解いていかれたバイタリティーに感動させられました。

 このブログは「黄色い花の咲く丘」−山本五十六の謎を読まれた方々が寄せられた読後感等を紹介し合い、「支刈誠也」さんを応援しようとしているものです。

 どうぞ一度「黄色い花の咲く丘」を一読してやって下さい。 彼の幼少の頃と、そして現役時代の姿がまざまざと描き出されてくるような気が致します。 出来れば「読後感」をこのブログに投稿お願い致します。

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ペンネームの由来についてご紹介します。

 サラリーマンの卒論のつもりで、これまで書き溜めていたメモをまとめ、「誰にでも分かるサラリーマン論」(新風舎)として出版しようと決意した時、ペンネームをどうしようか? 思案されたそうです。
 本名では毛恥ずかしい、本名で出版出来ない内容だったというのが実情った、と思っておられたようです。

 母や兄弟、友達から「誠也くん」とか「誠也」と呼ばれて育ち、会社の先輩、同僚、後輩は、みな「誠也」とか「誠也さん」と呼んでくれていたそうです。

 外国人の中には「See You」などと云う、けしからぬ輩もいたそうですが、「誠也」と ファースト・ネームで呼ばれるのを いい響きに感じていたそうです。 だから「誠也」は残したい、「サラリーマンの応援歌」がテーマだったので、それを織り込みたいと考えたそうです。

 さてセカンド・ネームはどうしよう? とこれ又思案にふけり、幼少の頃「勉強せいや」とか、「しっかりせいや」とクラスメートから冷やかされていたのを思いだし、そうだ 「しっかりせいや」 これに決めようと「支刈 誠也」にしたそうです。

 誠也さんは「これが他愛のないペンネームの由来です。」と云っておられますが、私はこの由来を聞くまでは、何故か”北海道”を連想させられ、雄大な大地(オーストラリアも同様ですが)に根ざして行こうと云う願いが込められているのではないかと勝手な想像をしていました。

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  「黄色い花の咲く丘」(発行所 螢螢肇襦Εリヴァー社)で、「支刈誠也」さんを紹介しているプロフィールは以下の通りです。

 昭和19年、新潟県長岡市生まれ。 東京大学農学部農芸化学科卒業後、鐘淵化学に就職、醗酵技術研究を振り出しに、食品営業、フィリピンプロジェジェクト事務局、バイオ関連事業企画部、米国食品子会社、食材開発室に勤務後、退社。 オーストラリアに移住し、製造コンサルタント、食品工場長、生産管理担当を歴任。 在、ゴールドコースト。 著書に「誰でも分かるサラリーマン論」(新風舎)。

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支刈 誠也です

応援サイトなどという、晴れがましいものを作っていただき感謝の気持ちでいっぱいです。

 中でも、作家、細井令子様の読後感は素晴らしく、氏の筆の確かさに脱帽している次第です。このサイトを訪れる方は、是非一読して戴き度存じます。

 「黄色い花の咲く丘」には誤植が多く、色々な方から指摘され、恥じ入っている次第ですが、そういう欠陥にもかかわらず、おおむね前向きな評価を賜っているようで、有難いことだと思っております。

 ちなみに、誤植の例を幾つか。
○五十六さんの短歌が現代仮名遣いになっている。
○アメリカのハワイ合併が100年違う。
○五十六さんの号、長陵が長稜になっているところがある。
○潤一が一人で安西組に乗り込むところで、潤一と十郎がごっちゃになっている。
などなどです。

 次は、「ヤマシタ・コード・・・・山下財宝の謎」です。 オジン探偵団が暗号の謎解きをしながら、戦争を語り日本人の品格を語るという内容です。

支刈誠也

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「黄色い花の咲く丘」読後感   [細井令子] ・・・・・・良い作品を読ませて頂き、有難うございました。

迫力があります。 テーマと構成が異色です。
驚嘆したり感動したり感服したりしで読んだ印象を纏めてみました。
批評ではありません。 あくまで読了印象記です。

著者の文学に対する熱情に敬服いたします。 この作品に心打たれた感想をそのまま書き留めてみたいと思います。

1 この作品のテーマについて
* 山本五十六元帥の死の謎を追って、平和を尊ぶ愛国の軍人山本五十六元帥の苦悩と悔恨、柔和な人柄である私人としての肖像を浮き彫りにし、「戦争」というモンスターの怪を突くことによって、人問の真実、歴史の事実に迫る。
  これがこの小説のテーマだと、私は受け止めました。

* このモチーフは極めて出色です。
  軍神山本五十六を解明する本はいろいろと見掛けますが、この小説は「死に謎あり」とする推理の巧みにとどまらず、仮説をたてて調べていき、真相に肉薄していきます。
   「謎解けぱ真実ここにあり」とする追究を、カリコー-(撃墜された五十六を救助した現地人)の口述を借りて極めていくという、強力で魅力に富むテーマです

* テーマはプロローグにおける序奏に始まり、各章に進むにつれ次第に拡張されていき、終章にて収斂をみる、という、なみなみならぬ作者の筆腕によって展開されます。
   従って、読み進むにつれ、この小説は単なる謎解きを越えた、歴史の皮相の奥にあるものに着眼していることが分かってきます。 読者をして、戦争歴史の事象と真相の乖離を改めて考えさせるものです。

* こうした小説のモチーフは、「黄色い花の咲く丘」という題名に圧縮されていて、このタイトルが「戦争」を象徽していることが汲み取れます。
   爽やかで上品な香りの綺麗な黄色い花は、「特攻」の魂、五十六の魂、するぺきでない戦争に傾斜していかざるを得なかった日本人の悲哀の魂であることが痛切に実感されてきます。
   著者の気迫が波打っているテーマだと感銘しました。

2 この作品の構成について
* 話の筋は、潤一を主軸とした、十郎、文太という三者構成によってぐんぐんと運ぱれていきます。 この三人がそれぞれ独自に謎を追っていき、その結果を持ち寄って意見を出し合い、思索を重ねていくという構成でず。
   この三者構成は、多様であるだけに高度を要する描写法だと思います。

* 著者は、この一人一人の思考と行動を描きつつ、この各人がそれぞれに相手を洞察して目で、相手の性格や人柄を描き出します。
   例えば純一が謎を追って起こす行動や物の考え方を描く一方で、同じ謎を追う十郎を、潤一の視点から捉えた人物像として浮かび上らせています。
 つまり潤一、十郎、文太のそれぞれの目が捉えた主観が、読者の目に客観化された像として写ってくる、という隠れた構成が窺えるのです。 著者の力量によって、それが行間に息づいていて、深みのある構或になっていると思います。

* そしてまた、カリコーなど現地人の登場や種族の争いは、飛躍が飛躍を生むような勇壮な構成の展開であり、これには驚嘩させられました。

* なおまた、目次にあるように、八章の「水上小屋」、十一章の「黄色い花の咲く丘』を除く各章のタイトルが、固有名詞の地名で組み立てられていることも、この作品の特色だと思います。

* この作品におけるプロットの組成に、今一つ見逃せない特性があります。
  それは、回想や挿話が多く、豊かな構成にしているということです。 回想が  回想を醸し出すという多彩な構成であるということです。
ともすれば、どこからどこまでが回想なのかと、二重三重と入り乱れがちになりかねないところを、そうならないよう配慮が凝らされていると思いました。

3 この作品の文章について
* 全体に生き生きとして闊達な文章であり、切れ味のよさが冴えています。
  とりわけ優れた文章として印象に残るものを一つ挙げれぱ、105頁上段、故郷の長岡へ向かう潤一が、川端康或の「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」というフレーズに感応しての心境吐露する下りが、それです。
   「潤一はこの長いトンネルを抜ける瞬間が好きだ。 青空を背景にした舞台が 回り、雪雲を背景にした舞台へ一気に変わると同時に、自分も変わることができるからだ。 陽気な自分から陰気な自分に変わるという意味ではない。
  晴れ着の自分から普段着の自分でもない。 建前の自分から本音の自分にではさらさらない。 それは大人になった自分から子供のままの自分に早変わりするという恵味だ。 国境の長いトンネル。 それは潤一のタイム・トンネルだ。」

  潤一がこのように変われるのは、故郷、懐郷をおいてほかにはなく、その思いが溢れています。
   何々ではない、ではない、と否定を重ねて、何々であるとする肯定を導き出す文章は鮮烈です。 同時に、トンネルのこちら側での俗塵に過ぎていく人生一般を暗示していると統みとるのは思いすぎでしょうか。

* このほか、具体例の引用に優れている文童があります。
  例えば109頁上段の敵機に撃墜された五十六元帥搭乗機の座席だけが「特別に切り取られたように機体から分離された。 しかもそれにベルトを嵌めたままの五十六さんが座って息絶えていた。 顔に傷もなく。 そんなことがありうるだろうか。
 御巣鷹山の日航機事故では四人が無傷で生き残った。 ありうるかもしれない。」とある文章は御巣鷹山の事故を例に引き、説得力があります。

* ちらちらと出てくる文明批評の文章も注目されます。
一例を取れぱ、110頁の上段から下段にかけての、潤一の云う、「苦しいこと、泣きたいこと、腹の立つことをこらえるのはいい。 しかし、言いたいこと、不満なことをじっとこらえていたのでは、外人にやりこめられるだけだ。
しかし、必要なときには、言いたいことを言いい、不満口にすべきだ。
〜〜中間省略〜〜
言いたいことを言い、不満を表明しない人間は、日本の外では人間として認められない。 しかし、それが近頃また変わった。 日本中、ロたけは達者で不満たらたらという適中がはぴこる状況に、この言葉を再評価したのだ」とあるのが、それです。
ここにある、再評価した言葉とは、五十六が遺した書「男の修行」を指していて、それが次のように示されています。

苦しいこともあるだろう
言い度いこともあるだろ
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣き度いこともあるだろう   これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である。

 主人公潤一は、若い頃、この言葉が好きだったけれども、海外勤務を体験して国際感覚を磨くにつれ、隠忍自重を表すこの書に疑問を抱くようになったのです。 隠忍自重だけでは商取引や外交を乗り越えられないことを身をもって知ったからでした。 だが隠忍自重を軽んじて不満表明に過ぎる世相になってみれば、「男の修行』の価値を改めて感得した、というわけです。
ここには、言うまでもなく、著者の文明に対する視点が、潤一に体現化されています。 著者の豊富な経験と円熟した思索を感じさせる文章だと言えるでしう。

* 会話体の話術で文章を繋いでいくのも、この作品の大きな特徴です。
 会話の文体は、ともすれば冗長になりがちですが、著者はかなりの抑制を利かせてかせて、退屈の弊に陥らないよう文体に配意し、滑らかな語り口で読者を引き込んでいきます。
とりわけカリコーの語りは、この小説のテーマを締めるものだけに、重要であり、著者は過不足なきよう入念に書き込んでいる手際は、読者の瞠目するところです。
以上です。
御健筆を御祈りいたします。

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作家 細井令子さんの著書をご紹介します。

「 たたかいの歳月」 四六判・上製・578ページ 2003年7月 7日 1刷発行
                             2004年2月23日 2刷発行

「恋 山」       四六判・上製・248ページ  2005年1月27日発行
「花 妻」      (B6 )              2006年7月発行 

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