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備忘録 忘備録
日本語
[ tor*o*en ]
2019/6/8(土) 午前 2:51
漢語はどうも述目構造がひっくり返ると名詞化するような振る舞いがあるようで、例えば古代の処刑で腰を斬ることを本来ならば「斬腰」というべきですが、これをひっくり返すことで名詞化して「腰斬」となったり、篆書を刻することを(刻篆)を名詞化して「篆刻」と言ったりします。故に券売機は間違いではないと見ています。複数の知り合いの中国人に真剣に答えてね、と前置きした上で、券売機っておかしい?というと、おかしくはない、と口をそろえて言います。そして述目がひっくり返ると名詞化しない?と聞くと、ああ、お店の名前とかそうだね、と。普段は意識しないのですが、これは確実にありますね。典拠になる文法書が未だ見つけられないのですが。
朝鮮戦争
中国
[ 皆で街を安全にしましょう ]
2017/1/29(日) 午後 10:55
朝鮮戦争時において、イスケンデル港より海路で朝鮮半島に向かったトルコ軍は、妻や、1歳にも満たない子供、父を、母を、そして兄弟たちを残し、7000キロ彼方の援助要請にに応えるため出征したのだった。
大多数が20〜25歳であったトルコ人兵士は、21日間で朝鮮半島の東南部にある釜山港に到着。国連軍に合流し、各戦地で勇敢な戦闘をみせたが、軍隅里において四方を敵軍に囲まれ大損害を与えて、戦闘地域からは脱出し得た。
また、トルコ師団は、順川湾をも守ぬき、国連軍を全滅から救った功績により米国議会から「名誉勲章」を贈られ、韓国大統領府からもトルコ国軍に「連合勲章」を贈られている。
しかし朝鮮戦争は1953年7月27日、ソ連が米国の提案を承認したことにより休戦。戦争開始時から各作戦の要所で任務にあたっていたトルコ軍は、みずからに与えられた任務を最高の形で遂行したが、戦闘において将校37名、下士官26名、兵卒658名の合計721名が戦死した。同時に、戦争で2147名の兵士が負傷し、346名が疾病に罹患。234名の兵士が捕虜となり、175名が行方不明とされている。
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[ 39819 ]
2013/11/1(金) 午後 2:11
貧富の差
中国
[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]
2012/10/28(日) 午後 1:47
中国では貧富の格差の問題が、ますます深刻している。都市と農村部の格差だけでなく、農村内でも深刻な格差が発生していることが分かった。
「豊かな農民」と「貧しい農民」の両グループで、収入格差は10倍以上の開きがあるという。
中国では東部地区での農民は比較的豊かとされているが、東部地区内でも7.71倍の収入格差が発生しており、豊かな農民と貧しい農民の差が大きいことが分かった。中部地区では7.16倍、西部地区では8.81倍だった。
収入の上位20%のグループに占める「務工農戸」の割合は88.9%で、ほぼ農業収入に頼って生計を立てる「務農農戸」の割合は11.1%だった。
下位20%のグループでは「務工農戸」が17.5%、「務農農戸」82.5%だった。
貧富の格差を示すジニ係数は2011年時点で、国際的に「警戒ライン」とされる0.4に迫る0.3949だった。
ただし、世界銀行の調査によると、中国のジニ係数は2008年時点ですでに0.47に達したという。
ジニ係数が0.4以上になると、「貧富の格差」の大きさにより、社会騒乱が多発する場合があるとされる
[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]
2011/10/15(土) 午後 9:14
1937年12月、日本軍は支那事変を終結させるため、南京へ侵攻。12月13日にそこを占領しました。
なお小規模の虐殺さえも、実際にはなかったことが多くの証拠によって明らかになっています。
日本軍の活動をみてみると、非常に人道的なもののほうが多く目につきます。
南京戦の最中、南京市内にいた民間人は全員、南京市内に設けられた「安全区」に集まっていました。日本軍はそこを攻撃しなかったので、安全区の民間人らは誰一人死にませんでした。
中国兵の多くは軍服を脱ぎ捨て、民間人に化けて南京の安全区に逃げ込みました。
しかし、反日工作の者たちもいました。
日本軍は、市民や捕虜に対し多くの人道的援助活動を行なっています。
その結果、日本軍占領下で飢えのために死ぬ南京市民は一人もいなかったのです。また日本軍の活動に感激して、そののち汪兆銘の親日政府軍に入った中国人捕虜たちも多くいました。
いわゆる「南京大虐殺」はなかったのです。
[ 日本語を勉強しろとよく言われる日本人 ]
2011/6/29(水) 午後 2:29
[ 日本語を勉強しろとよく言われる日本人 ]
2011/6/29(水) 午後 2:27
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2011/2/20(日) 午前 11:52
[ CYJ ]
2009/12/31(木) 午後 6:33



