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人は叶わぬものほど切実に求めてしまう。
心の中では感覚的にわかっている。
あれはどう考えても無理だ。俺には到底届かない。
そんなふうに思っていても、やはり諦めきれないのだ。
でも、ひょっとしたらできるかもしれない。手が届くかもしれない。
根拠も何もない、無謀なチャレンジ精神に体を奪われる。
何故なんだろう。何故そうまでして人は自分にとっての光を求める?
自分にとって、理想だから? 自分が幸せになれるから? ただの自己満足?
少し違うと思う。
その光こそが、一種の夢だからだ。
あの人とただ一緒に居たい。あの人を助けたい。世界を変えたい。
その中で、あわよくば自分も幸せになりたい。
そんな数々の夢こそが、今は全て届かぬ光なのだ。
どうしたら、近づける? どうしたら手が届く?
そう考えたとき、答えを出せるだろうか。
『「真相」は分からない。
それを無理に追うよりも、曖昧さの薄闇の中に、物事をおぼろなままで放置せよ。
そこにあるおぼろな形が人生なのだ。』
人生という言葉を夢と言う言葉に置き換えたい。
夢はまだはっきりとはわからない。
それが叶う瞬間は、案外突然だったりするだろう。
届かぬものに手が届いてしまう時は瞬時に終わる。
だから、我々はその一瞬を信じて諦めることをしないんじゃないか。
暗闇の中で発せられる光は美しい。夢もまた光なら、それは思っているほ遠くにはないのかもしれない。
暗闇の中で心がネガティブになっているだけなのかもしれない。
「どうしたら、近づける? どうしたら手が届く?」
答えは、「発想の転換」
もっと、ポジティブにオプティミズムで人生を見よう。
言ってる事わけわかりませんが、とりあえず飯食ってきます( ^0^)_D イタダキマース
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