トップ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

男女

最近ごめんなさい。

リコメと訪問と小説が滞っております・・・。本当に申し訳ないです。

時間ができたら、一斉にさせてください。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


さて、男女について。
とあるブロガーさんの記事を拝見させてもらって、書くことにしました。


もう随分前になりますが、今でも覚えている言葉があります。
女性専用車両が世の中に出されたときに、街の女性がこんなこと言ってた。

「男性がいないと良い。」

男性である僕。
僕は、邪魔者扱いなのか?
その時は軽く頭きました。

しかし、考えて見れば我々男性も同じようなことを言っている。

「会社のことは女じゃわからない。」

それだって、言われれば頭にくると思います。


社会では、男女共同参画社会なんて言いながら、やたらと男女を区別している。
しかし、そんな大きい範囲で社会を区別することが、プラスに働くわけが無いのだ。

だから、男女なんて枠はもう少し演繹して個人レベルで区別すべきだ。
無論、生理的な問題については男女で区別せざるをえないだろう。
男女がそれぞれでしか共有できない悩みなどは実際にあるのだから。

しかし

「男性がいないと良い。」や「会社のことは女じゃわからない。」

は違うだろう。

世の中の男性皆が痴漢をはたらくのか?
女性で会社に勤務している人は居ないのか?

答えは勿論ノーだ。


ステレオタイプは捨てなければならない。
もっと、個人に着目しなければならない。

どちらが、どちらを支配するのではなく、両性の共存において社会は成り立つ。
そんな状態で、男性と女性を区別しようとすること自体、既にずれている。

異性のことを理解してあげた上で、個人として異性を評価することが今、求められていることじゃないかな???


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


たまに、女が男を支配するとか、男が女を支配するとか言ってる人が居る。
何様のつもりなんだ?
異性は支え合って生きている。
なのに何故、自分たちを優位に立たせたがる?
そんなに自分たちは偉いのか?自分達の性だけの世界で、生きることができるのか?

眠い。寝る。

敗者への花束

ある人は3歳の頃から勝負の世界に放り込まれた。


だから、経験が豊富で、同じ年の勝負師といえども、その格差は歴然だった。


それでいて、負けてしまったそのある人は、自分の敗北に対して慰めを求めた。


しかし、それじゃいけなかったんだ。


その人よりも経験をつんでいた人なんて居ないはずなんだ。


だから、返ってくる答えなんて全て想定内なんだ。




ある人は理解した。


敗北して残るものは何も無い。勝負は勝たなきゃ意味が無い。


敗北したなら、絶望を味わうがいい。そして、すぐさまその場を立ち去るがいい。


次は無い。


負けた者にはそれが相応しい。


それこそが、敗者への花束。

人生としての幸福

どちらが幸せ?



国立医学部に進学して、夢を叶え医者となり、過労死してしまった人。


高卒でも、立派な会社員となって、今では月に50万もらってくる人。



どちらが幸せ?



勉強ができる人


勉強はできないけど、他の技能が多彩な人



どちらが幸せ?



一流大学に進学したけれど、人生を楽しめなかった人。


高卒だけれど、人生を満喫している人。





今ある、状態がベストとは限らない。


今ある、目標がベストとは限らない。




僕らは、気付かぬ間にこの世に生まれ、気付かぬ間にこの世から消えていく。


たった、たった一度しか無い人生。


けれど、一度許された自由。




どうせなら、幸せに生きたい。


そうは思わないか?


どうせなら、死ぬときに笑っていたい。


そうは思わないか?




自分という芸術に最後の筆を施すときに


笑えるように、


輝けるように。


今を、未来を、生きていこう。

言語について

さてさて、やっとこの話題について語ります。。。
今日は頭痛くて15時間くらい寝てました。なので今全然眠くないです。


さて、語るぞ〜

(参考文献:ウェブ人間論)
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

言語とは私達人間が得た、最も便利な道具である。
しかし、言語は長く使われるにつれて少しの問題を生み出してきてしまったのではないだろうか。
その一つに、「言語の不変性」というものがあると思う。(僕が勝手に付けた名前なので、正しいか適当かどうかはわかりません^^;)

つまり、僕がもしA君に「将棋が好きだ」とだけ言ったら、僕が他に好むものは悉く排除されてしまう。具体的には、僕が囲碁やチェスが好きでも「言語の不変性(絶対性?)」により、将棋だけが好きだとA君には認識されてしまうのではないか。
勿論、「将棋が一番好きだけど、囲碁やチェスも好きだよ。」とか言えば、確かに前述した通りには認識されないかもしれない。

しかしながら、ネット上では人々はそんな詳しく自分のことを表現しないのではないか。
現に、ヤフーのプロフィールにも好きなことを書き込む欄があるが、あれがまさに、この問題の象徴だと思う。
みんなが、自分が特に好きなことを書いてしまう。少ししか好きじゃないことはあまり書かない。「これも好きだけど、まぁいいや」とかね。


「言語の不変性」がもたらす問題は、僕が今前述したような小規模なものでは済まされない。
政治や公の場での発言にはタブーと言われるものが存在する。それには、ひとえに言語の問題がある。
もし、間違ってそのタブーを発言してしまえば、本心ではそう思っていなくとも周りの人間に誤認を与えてしまう。いくら、その後で自分の発言を否定したり誤ったりしても、言語というものは出してしまえは戻らない。だから、政治家などはあまり諸問題の核心に迫る部分の発言はしない。

(自分が何言ってるのかそろそろわからなくなってきた・・・。)

言語の問題は他にもある。
それは、日本語独特の敬語。
敬語というものは一見、素晴らしいものに見えて、相手と自分の間に壁を築いてしまうものだと思う。
現に、友達を作ろうとするとき、初めからタメ口では話さないのが普通だしね。
そう考えてみると、一つの見方として「敬語を使う関係=関わりを持たない関係」といえるのかもしれない。無論、他の考え方もできるけれど。


私達の祖先が編み出した言語という道具が今私達に問題を提起している。
では、最初から無いほうが良かったのか?
その問いに対する答えは勿論「ノー」だ。
この前の記事でも書いたが、ある一つのものにはメリットもデメリットもある。

大切なのは、私達人間がいかにその道具のメリットの部分を活かし、デメリットの部分を抑制するかではないだろうか。
いかなる道具にも、使う側に責任があり、使われる道具自体には何の責任も無い。
言語もまた同じ。
いかに、上手く言語を用いるか。それは私達人間が大昔から抱えてきたはずの、最も身近な問題であると思う。

対立概念

言語と感性の記事は土日に回します・・・。結構書くのが大変そうなので・・。


さて、今日は、、、まぁ〜・・・言ってもどうしようもないこと言います。。。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


正しいことが通らない世の中。。。

それぞれの組織の中で道理が通らないことが多い。
それぞれの社会問題なのに対して、根本的な原理として皆が納得する解は得られない。
それを今の各組織は無駄に頑張って、皆が納得する解を導き出そうとする。
だから、最終的に出る解は実にくだらないものになっている場合がなんとなく多い気がする。


数学的に例えると、社会は全ての数に例えられる。
そして、大きく分けてそこには実数と虚数が存在する。
だから、ある方程式つまりは社会問題を解こうとして、実数と虚数の解を同時に導き出そうとすることは不可能なのだ。
それをやたらに、工夫して実数平面の範囲から複素数平面に侵略して答えの幅を広げようとするから変な解が出てきてしまう。


そんなことをしている最も身近な例が政治。
「国民の皆さんが納得できる法案を!」
嘘コケ。
例えば、郵政民営化法案。あれは、本当に皆が納得できる法案だっただろうか。
確かに、その法案を打ち出した小泉元首相の戦略によって自民党が大勝を収めたことは、大多数の国民が納得したことを象徴しているのかもしれない。
しかし、全てではない。全てならば、もっと議席を取れたはずだ。。。
だから、「国民の皆さんが納得できる法案を!」なんて嘘だ。
所詮、奇麗事。ここでも、道理を外れている。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

さて、ここからは書いている途中に思いついたこと。。。

今の世の中は対称性によって作られたといわれている。
(詳しく言えば、そうではないかもしれない。非常に科学的な話になるが、世の中が対称性によって想像されたと仮定すると、矛盾が生じてしまうということが予想されている。なぜならば、宇宙がビッグバンによって成り立ったことは周知の通りだが、ビッグバンが起きる前から対称性は成り立っていることになるから、あの高密度のエネルギーの中には比喩的な表現で、プラスとマイナスのエネルギー的なものが存在していることとになり、それが完全に対称であるならば、打消しあうことになる。だから、宇宙なんて作られない。無論、地球なんて想像されないからである。まぁ、あくまでも現段階では予想ではあるが。)
まぁ、僕が言いたいのはそんな科学論的なことじゃなくて、社会論的なこと。


今の社会、考えてみれば対称性によって成り立っているのではないだろうか。
「需要と供給」「生産者と消費者」「管理者と労働者」「資本主義と社会主義」・・・・


全ての概念には常に、対立概念が存在する。
それ故に、あるものにとって良いものは、対立するものにとっては悪いものなのだ。
どちらにとっても良いなんていうような賢者の石は存在しない。もしそんなものがあるとしたら、根本的に対立が成り立っていないだけ。


「じゃあ、皆が納得するにはどうしたらいい?」
僕はそんなこと聞かれたら困ってしまうが、あえて答えるとするならば
「納得させるしかない」
と答えるかもしれない。「頑張って皆が納得できるものを求め続ける」なんてことは言わない。
そんなことは無責任だから。


(疲れた・・・・。けど、昼寝したから眠くない・・・。
こんな人間でも、今日東大理系の数学の問題一問、一時間くらいかけて解きました・・・。あってるかどうかわからないけど。。)

だから、各組織はある程度割り切って、決断を下すしかない。それが今の現状。
でもね、無責任だけど、やっぱりそれじゃいかんでしょ・・・。
妥協して生きていくのは嫌なことだしね・・・。




そういえば、明日6時までに起きなくちゃならんかったので、もう寝ます。。。zzzzzzzz



プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事