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日本陸海軍研究所
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 ガダルカナル島は、東西137キロ、幅45キロの島で、中央には最高頂2440メートルに達する山脈が縦走している。山脈を挟んで北側は山麓から海岸まで、起伏した原野が7キロから13キロの間に広がり、椰子の栽培地が点在している。北側沿岸には、タシンボコ、テテレ、テナル、ルンガ等の村落があり、この地域は外側に珊瑚礁がなく、狭い砂浜となっていることから、船舶の好錨地となっていた。特にタシンボコはコプラ積み出し港、テナルはシドニーとの汽船便が6週間ごとにあり周辺地域の物資積み出し港となっていた。対する山脈南側はほとんど無人の原野が広がっており、未開発であった。
 ソロモン諸島の気候は、1月から3月の期間最も雨が多く月平均22日も降雨がある。最も雨の少ない6月から8月においても、月平均16日の降雨がある。山脈南側は、南東恒風が山脈に遮られることから豪雨が生じ、ソロモン諸島中最も雨が多い地域である。
 

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                    射撃及弾薬ノ装填、抽出

 第百三十六 中隊ノ射撃ハ小隊ヲ指定シテ行ハシメ要スレハ其位置ヲ示ス
 小隊長ハ軽機関銃分隊ヲ部署シ小銃射撃ノ指揮ヲ為ス

 第百三十七 射撃ヲ行フニハ方向、目標、姿勢並照尺要スレハ照準点ヲ令
 スルモノトス
 射撃姿勢ハ要スレハ前列兵ニ低キ姿勢ヲ取ラシムルコトアリ
 伏射ハ通常一列ニテ行フモノトス
 射撃ヲ為サシムルニハ例ヘハ左ノ号令ヲ下ス
     左前方一軒家ノ右ノ騎兵
     立射(膝射)(伏射)ノ構ヘ 銃
     四百(七百)(九百)
     撃テ
 「立射(膝射)の構ヘ」ノ号令ニテ後列兵ハ約一歩左前ニ距離ヲ閉チ「銃」ノ動
 令ニテ前後列兵共ニ射撃姿勢ヲ取ル
 「撃テ」ノ号令ニテ兵卒ハ射撃ヲ開始シ之ヲ連続ス
 押伍列ニ在ル者ハ立射ニ在リテハ動作スルコトナク膝射(伏射、逆射)ニ在
 リテハ折敷(伏臥)ヲ為ス押伍列若前方ニ在ルトキハ予令ニテ後列ノ後方ニ
 移ル
 小隊長及分隊長ハ所要ニ応シ適宜ノ位置ト姿勢トヲ選ヒ敵情並兵卒ノ動作
 ニ注意ス
 射撃ヲ止メタルトキハ分隊長、押伍列ニ在ル者及後列兵ハ定規ノ位置ニ就
 ク
 飛行機ヲ射撃スルニハ立射、膝射ノ姿勢ヲ応用シ又ハ逆射ヲ用フルモノト
 ス

 第百三十八 「弾薬ヲ込メ」或ハ「弾薬ヲ抽ケ」ノ号令ニテ小銃ヲ持ツ者ハ号
 令ニ従ヒ動作シ其他ノ者ハ動作スルコトナシ然レトモ特ニ示サレタルトキ
 ハ軽機関銃射手ハ銃ヲ地ニ置キ適宜ノ姿勢ニテ装填シ銃ヲ安全装置或
 ハ弾薬ヲ抽出ス

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           第二節 密集ノ諸動作

           整頓

 第百三十三 整頓完全ナルトキ各兵卒ハ整頓線上ニ正シキ姿勢ヲ取リ頭ヲ
 右(左)ニ廻ハストキ右(左)ノ眼ヲ以テ其右(左)隣兵ヲ視他ノ眼ヲ以テ全線
 ヲ視通スコトヲ得ルモノトス
 兵卒整頓線ニ就クトキハ足ノ位置ヲ正シクシ頭、肩又ハ上体ヲ前後ニ出ス
 コトナク正確ナル姿勢ヲ以テスルヲ必要トス特ニ足ノ位置正シカラサルト
 キハ之カ為両肩整頓線ニ在ラスシテ其害自己ニ止ラス必ス隣兵ニ及フモノ
 トス

 第百三十四 中隊縦隊ニ在ル中隊ヲ整頓セシムルニハ左ノ号令ヲ下ス
     嚮導何歩前ヘ
 先頭小隊ノ両翼分隊長ハ銃ヲ担フコトナク前進シ中隊長ハ其位置ヲ正シタ
 ル後左ノ号令ヲ下ス
     右、左)へ 準ヘ
     直レ
 「準ヘ」ノ動令ニテ中隊ハ銃ヲ担フコトナク前進シ最後ノ一歩ヲ縮メテ整頓
 線ノ少シク後方ニ止リ次ニ頭ヲ右(左)ニ廻ハシ小歩ニテ静ニ整頓線ニ就キ
 銃ヲ下ロス但翼分隊長及前後列兵(軽機関銃手ヲ除ク)ハ左手ヲ腰ニ当テ
 肘ヲ側方ニ張リ後列及押伍列ニ在ル者ハ先ツ正シク前方ノ兵卒ニ重リテ距
 離ヲ取リ次ニ右(左)ノ方ニ整頓ス
 整頓翼ノ分隊長ハ速ニ整頓ノ基礎ヲ定ムル為反対翼ノ分隊長ヲ目標トシ先
 ツ己ニ近キ二、三兵卒ノ位置ヲ正シ要スレハ逐次ニ整頓ヲ正ス反対翼ノ分
 隊長ハ要スレハ己ニ近キ二、三兵卒ノ位置ヲ正シ以テ整頓ヲ補助ス
 後方小隊ノ整頓翼ノ分隊長ハ正シク距離ヲ取リ前方小隊整頓翼ノ分隊長ニ
 重ルモノトス
 「直レ」ノ号令ニテ中隊ハ頭ヲ正面ニ復シ翼分隊長及前後列兵ハ左手ヲ下ロ
 ス
 其位置ニ於テ整頓セシムルニハ単ニ「右(左)へ 準ヘ、直レ」ノ号令ヲ下ス

 第百三十五 併立縦隊ニ在ル中隊ヲ整頓セシムルニハ通常基準小隊ヲ示シ
 「準ヘ」ノ号令ヲ下ス此号令ニテ小隊ノ先頭分隊長ハ基準小隊ノ方ニ整頓シ
 各小隊旧正面ノ方ニ在ル兵卒及後尾分隊長ハ正シク距離ヲ取リテ先頭分隊
 長ニ重リ其他ノ兵卒及押伍列ニ在ル者ハ前方ノ者ニ重リ且小隊毎ニ旧正面
 ノ方ニ整頓ス
 「直レ」ノ号令ニテ頭ヲ正面ニ復ス

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                    第一節 編成及隊形

 第百二十八 中隊ハ之ヲ三小隊ニ分チ第一乃至第三ノ番号ヲ附ス
 中隊ハ通常先ツ軽機関銃分隊ノ兵員ヲ充足シ次ニ爾余ノ兵員ノ多寡ニ応シ
 小銃分隊ノ数ヲ定ム
 小隊ハ小銃手ヲ概ネ身幹ノ順序ニ従ヒ、軽機関銃手ヲ通常其左翼ニ、前後
 二列ニ排列シテ横隊ヲ作ル而シテ其前後ニ立チタル二人ヲ伍ト謂フ兵員奇
 数ナルトキハ左翼ノ第二列ヲ欠ク之ヲ欠伍ト謂フ
 後列兵ハ前列兵ノ背嚢(背嚢ヲ負ハサルトキハ背)ヨリ胸マテ八十五糎ノ
 距離ヲ取リテ正シク前列兵ニ重リ同方向ニ位置ス
 各兵卒ノ間隔ハ左手ヲ腰ニ当テ肘ヲ側方ニ張リタルトキ軽ク左隣兵ノ右臂
 ニ触ルルヲ度トス
 小隊ノ各伍ハ第一列ニ於テ右ヨリ左ニ番号ヲ附ス之ヲ小隊ノ正面トス
 分隊ハ小隊内ニ於テ右翼ヨリ順序ニ番号ヲ附ス其兵員ハ小銃分隊ニ在リテ
 ハ八乃至十二名、軽機関銃分隊ニ在リテハ七名トス
 小隊ノ両翼ニ各々其翼ノ分隊長ヲ置ク其他ノ分隊長ハ分隊ノ概ネ中央ノ奇
 数伍ニ重リ後列ヨリ二歩ノ所ニ位置ス之ヲ押伍ト謂フ
 中隊ノ編成ニ方リテハ小隊及分隊ノ戦闘能力ヲ考慮スルヲ要ス

 第百二十九 密集隊形ハ中隊縦隊、併立縦隊及側面縦隊トス
 中隊縦隊ハ主トシテ集合及短距離ノ運動ニ、併立縦隊及側面縦隊ハ主トシ
 テ運動ニ用フ

 第百三十 中隊縦隊ノ隊形第一図ノ如シ
 時宜ニ依リ八歩ノ距離ヲ伸縮シ又小隊ノ順序ニ拘ラス重畳シ或ハ小隊ヲ一
 列ト為スコトアリ
 軽機関銃分隊ノ位置ハ要スレハ中隊長適宜之ヲ定ムルコトヲ得
 軽機関銃分隊ノ右翼ニ在ル分隊欠伍ヲ生シタルトキハ軽機関銃分隊ノ後列
 ハ逐次右方ニ移リ之ヲ補填スルモノトス
 特務曹長、曹長、給養掛下士ハ第一小隊、喇叭手ハ第二小隊、看護卒ハ第
 三小隊ノ押伍列ニ在リテ奇数伍ニ重ル如ク位置シ其小隊ト共ニ行動ス時宜
 ニ依リ中隊長ハ此等ノ位置ヲ適宜変更スルコトヲ得

 第百三十一 併立縦隊ハ中隊縦隊ヲ側面ニ向ケタルモノ、側面縦隊ハ側面
 ニ向キタル小隊ヲ重畳シタルモノニシテ通常四列トス又時宜ニ依リ此等ヲ
 三(二)(一)列ト為スコトアリ此場合ニ於ケル各兵ノ距離ハ四列ノ場合ニ同
 シ
 併立縦隊ニ在リテハ押伍列ニ在ル者ハ各々其伍ニ列ヒ小隊長ハ其先頭分隊
 長ノ外側ニ接シテ位置シ中隊長ハ左小隊長(左側面ニ向キタル場合ニ於テ
 ハ右小隊長)ノ外側二歩ノ所ニ位置ス

 第百三十二 軽機関銃分隊ノ横隊及一列側面縦隊ニ於ケル銃手ノ排列第二
 図ノ如シ

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日本陸軍と突撃

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昭和3年に改正発布された歩兵操典や戦闘綱要に基づいて作成された『野戦歩兵小隊長必携』より。これを読めば、日本陸軍の理想とする歩兵突撃が分かる。批判は、この理想が実行されたか否か、問題点がどこにあったのか、という事の検証からやるべきだと考えています。

日露戦争後の偕行社記事には、日本だけでなく海外の白兵突撃についての研究論文が紹介されている。それらに共通することは、火力に頼りすぎていて戦闘がダラダラとしたものになり、時間の無駄となっているという認識。歩兵の前進に合わせて砲兵射撃も前進していき、突撃実施の時には、砲兵射撃の着弾点に飛び込む勢いでなければならない。これには強い精神力が必要だ、とされていた。これが白兵突撃における精神主義の1つ。これをやらなければ、せっかく砲兵射撃で制圧した敵防御火力が復活し、突撃破砕射撃で歩兵はやられてしまうのだ。

砲兵火力で敵の防御火力を破壊出来ないのか?と疑問に思われる方がいるかもしれない。答えとしては、砲兵火力のみでは敵防御火力陣地の破壊は困難。これは、日露戦争奉天会戦での28サンチ榴弾砲の成果から得られた戦訓。榴弾砲射撃は砲弾の性能も相まって、破壊という面では効果は少なかった。
ドイツ観戦武官の評価としては、重砲は敵を怖がらせるには十分だったが防御施設の無効化は出来なかった。結局、歩兵が突撃しなければロシア側は陣地を放棄しなかった、としている。つまり、砲兵と歩兵とが緊密に連携しなければ意味がない、ということだ。

歩兵戦闘で精神主義が強く言われている理由には、敵火力に対するだけでなく友軍支援火力に巻きこまれてしまうという恐怖にも打ち勝つことが含まれている。友軍支援火力の味方撃ちを恐れず敵に突っ込むことが、結局は損害を少なくすると考えていたのである。

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