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う〜む、年が明けて、ゆっくりできていいなぁ〜なんて思っていると、今度は生活リズムが崩れ気味という今日この頃。そういえば、サダムさんは2007年を迎えられなかったようだが・・・。
<フセイン元大統領の死刑執行 政権崩壊から3年半>(朝日新聞)
2006年12月31日01時00分
イラクのサダム・フセイン元大統領(69)の死刑が30日、バグダッドで執行された。米英が主導したイラク戦争で旧政権が崩壊してから3年半。約四半世紀にわたり独裁体制を敷いた旧指導者は、26日の死刑確定から4日後に絞首刑となった。イラク政府は旧体制との決別を強調し、復興へ向けた国民の統合を呼びかけたが、激しい宗派対立に荒れる治安状況が改善する見通しはない。30日もバグダッドなどで自動車爆弾が爆発し、ロイター通信によると少なくとも計68人が死亡した。
刑執行はイラク時間30日午前6時(日本時間同正午)ごろ、バグダッド北部にある司法省関連施設内で、政府幹部らが立ち会って行われた。イラク国営テレビ局は執行前後の数分間の録画を無音で放映。元大統領が黒い上下服姿で、抵抗することなくロープに首を通される様子や、執行後に横たえられた遺体の顔などが映された。
幹部らが報道機関に語った話によると、元大統領はイスラム教の聖典コーランを持って刑に臨んだ。目隠しは拒み、執行直前に「神は偉大なり。国家は勝利に満ち、パレスチナはアラブのものだ」と叫んだという。
執行後、マリキ首相は国民向けに声明を発表。「独裁への回帰の道は断たれた」「暗い歴史に終止符を打ち、イラク建設に前進しよう」と表明し、旧政権を支えたイスラム教スンニ派も積極参加して国民統合を進めるよう求めた。
同国は30日からイスラム教の祝日「犠牲祭」の期間に入ったため、執行は宗教感情を傷つける恐れも指摘された。だが、マリキ首相は29日深夜の緊急閣議を経て執行を命じた。迅速な執行で、政府の威信を国民に示すとともに、スンニ派抵抗勢力に早期停戦を促す意図があったとみられる。
ともに死刑が確定しているイブラヒム元大統領顧問、バンダル元革命裁判所長官については、祝日期間が明ける約1週間後に処刑される見通し。
元大統領の遺体の扱いは未定。ロイター通信によると、北部の故郷ティクリートの知事が地元での埋葬を政府に交渉しているほか、ヨルダン在住の元大統領の長女ラガドさんはイエメンでの埋葬を望んでいるという。
元大統領らは、82年に中部ドゥジャイル村のシーア派住民148人を虐殺したことで「人道に対する罪」に問われた。一審にあたる高等法廷は、1年余の審理を経て11月5日に死刑を言い渡した。控訴院は12月26日に支持する決定を出した。
審理の手続きをめぐっては、「法廷の公正さに多くの懸念がある」(アーバー国連人権高等弁務官)との国際批判も多かった。また、元大統領には、ほかにもクルド人虐殺や化学兵器使用など多くの罪状があったが、未解明に終わった(引用終わり)
→しかし、今回の裁判程、茶番臭いものもなかったのではないかと思う。現在のイラク政府(らしきものと言う方が正解か?)のコロコロ変わる首脳陣と同様、時の政権の思惑もあってか裁判官がコロコロ変わり、一番最後に任命された裁判官などは、有名な詐欺師かつ殺人の疑いももたれていた人物らしく、以前はイランに逃亡していたようなのだが、サダムの政治的糾弾から逃れるなどと言うのではなく、単に父親が経営するレストランで盗みを働いたあと、父親の激怒を逃れようとして逃れていたというような話もあるような人物らしい。
まあ、それはいいとしても今回の処刑は、1982年にバグダッド北郊ドゥジャイル村民148人を殺害したという事件の結果でもあったのだが、仮に彼の独裁的な手法、彼の治世下での沢山の人々への弾圧、殺戮などに「正義の鉄槌」を下すのであれば、少なくともイランイラク戦争中に行われたハラブシャでの化学兵器使用の問題や湾岸戦争後のシーア派隆起の際の大量殺傷などにもきちんとスポットを当てるべきだったと思う、どうも、サダムの処刑という名目が先走りすぎて、サダムの犯罪を裁くという目的から外れてしまったのではないかと思う。これは現政府がシーア派主体と言うこともあろうし、ハラブシャの件について深くやらなかったのは、これを追求すると当然ながら当時の西側諸国、特に米国や西ドイツ、フランスなどが、イランに対抗するために兵器を大量に供与しその化学兵器プロジェクトに対しても見て見ぬふりをしていたことが判明するのが嫌だったという事が判明するからでもある。
ようは、アメリカや現シーア派政権にとって都合の良いように収まるように決められた裁判だったのである。もちろん、だからといってサダムが気の毒だとはあまり思わないし、彼の行ってきた事は死刑に値するに相応しい暴政であったのは事実といえるかもしれない。だからこそ、サダム乃至かつて自国や側近がイラクを支援したあげくモンスター化すると手のひらを返したように圧制国家のイラクに自由を!等と言い侵略を始め、すべてを破壊し、今日もイラクで人々が死んでいるのにノウノウと冬休みを楽しんでいるというクロフォードの私邸に滞在中の者やマイアミで有名人の家にタダで泊めてもらって批判されている者も含めた、正式かつ正当性のある裁判をやってほしかったと思うのは、当方だけではないだろう。そして今回の処刑がイラクのスンニ派に彼を殉教者的なイメージをもたらし、内戦の危機をより一層悪化させてしまいかねないなどという心配も少しは軽減できたのではないかと思う。
また確実に言える事は今回の処刑が、新しいイラクとやらの門出などにはならず、むしろ悪化するイラク情勢にまたひとつ火に油を注ぐというものでしかなかった。という事実ではないだろうか。
http://www.sasayama.or.jp/wordpress/?p=692(サダムの最後については左のブログが詳しいようだ)
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