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(参考サイト)

中東・イスラーム諸国の民主化
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~dbmedm06/index.html

抜粋



リビアの正式名称は、「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ」である。ジャマーヒリーヤとは、文字通り「直接民主主義体制」を指し、選挙によって選ばれた国民の代表による政治ではなく、18 歳以上の国民すべてが直接国政に携わるという政治システムである。

政府も議会も否定し、その意味で厳密にはリビアには国家元首も存在しない。国家の基本は家族・部族であり、それが共同体(ウンマ)を形成し、「国家」を支えている。この国家の中心にあるのが全国人民会議で、地方人民会議の代表や各界代表者が加わり約1,000名からなる「全国人民会議」が構成されている。

このような人民大衆(ジュムフール)の究極の集合体であるジャマヒール(ジュムフールの複数形)による支配体制を、カダフィは地上初の先駆的で歴史的な試みであると胸を張る。だが、事実上カダフィが革命指導者(元首)として君臨して最終決定権を有しており、「全国人民委員会」はその意向に従う付属機関に他ならない。



リビアの正式名称が長いなんて知りませんでした。
リビアは選挙が無いんですね。
「直接民主主義体制」を目指したが、決定権を持つ人が必要になり、
結果的に「独裁」になってしまった。




他に類をみないリビアの現在の国家形成は、過去に経験した歴史的経緯にその起源があるとしばしば指摘される。1951年12月、サヌーシー教団のイドリース1世を元首とする王国として独立したが、リビアは長くイタリアの統治下にあり、第二次大戦後は国連の管理下にあった。

イタリアは、青年トルコの革命(1908年)によって弱体化したオスマン帝国に宣戦し、1911年9月、トリポリ、キレナイカを攻略し(イタリア・トルコ戦争)、1912 年10月、トルコの間で条約を結んでリビアを支配下に置いたのだった。

イタリアによる支配は、現地への技術の委譲やリビア人との協同生産には関心がなく、搾取のみで民衆の生活は凄惨を極めた。唯一その支配に抵抗したムハンマド・アリー・アル・サヌーシーを始祖とする土着のイスラーム神秘主義教団「サヌーシー教団」も、教団導師ウマル・アル・ムフタールが1931年にイタリア軍に捕らえられ、絞首刑となると影をひそめた(ウマル・アル・ムフタールはリビアでは現在でも被植民地時代の英雄として奉られ、10ディナール紙幣の肖像にもなっている)。 



リビアでは、過去にイタリアの支配下で、搾取された経験があった。




1951年、国王となったイドリース1世は、サヌーシー教団の始祖アル・サヌーシーの孫である。だが、西欧列強による事実上の傀儡であり、国王には人望もなく、当時北アフリカ最大であったウィラス米軍基地の存続を許し石油の利権も米系メジャーに握られたままであった。独立してもなお、富が国外へ流出する現実に国内では不満が次第に高まっていった。そのような社会背景に、1969年にカダフィ革命が起こるのである。

1969年9月、ムアンマル・カダフィを中心とした青年将校によるクーデターによってイドリース国王は追放され、革命指導評議会がリビア・アラブ共和国の指揮を執ることになった。議長のカダフィは大尉で27歳であった。

カダフィは革命に際し、リビアの使命として、「第三世界の連合」、「社会・経済の低開発の克服」、「反帝国主義」を掲げた。そして理想社会の実現のために地域の連合・連帯を推進すること、厳しい経済条件で競争を強いられる不平等な国際経済環境を改めること、不平等に適用される国際法と、それを都合よく解釈して行動する米国を中心とした国際政治の偽善性を糾弾することに力を注いだ。逆にいえば、カダフィが掲げた目標は帝国主義に蹂躙されたリビアの悲運を映した鏡でもあった。

1973年には資本主義でもなく共産主義でもないイスラームの教えを基盤にした社会構築を目標とする文化革命と、直接統治を基礎とする人民革命を宣言し、1977年3月には「社会主義人民リビア・アラブジャマーヒリーヤ」を宣言して、革命指導評議会を廃止した。

2011年2月28日現在、反体制抗議デモの死者は600名以上にのぼる。アメリカ政府は、2月26日、リビア国内に滞在していたアメリカ人の出国が完了したことを受け、カダフィ大佐などリビア政府の幹部がアメリカ国内に所有する資産を凍結する単独の制裁措置を発動した。さらにアメリカは、多国間の枠組みによる制裁措置の実施に向けて、ヨーロッパ各国や国連などと調整を続けると表明、国連安全保障理事会は同日夕刻、最高指導者カダフィと家族らの渡航禁止や資産凍結などを科す制裁決議案を全会一致で採択した。決議は、国際刑事裁判所(ICC)への付託を盛り込んでおり、今後、カダフィは人道に対する罪に問われることになる



1951当時のリビアは、今の日本の状況と似ている気がします。

「リビアの国王は西欧列強による事実上の傀儡」
⇒ 「日本の総理大臣は○○による事実上の傀儡」

「リビア国王に人望がなく」
⇒ 「日本の総理大臣に人望がなく」

「ウィラス米軍基地の存続を許し」
⇒ 「沖縄米軍基地等の存続を許し」

リビアの石油の利権も米国に握られ、国の富が国外に流れる。。
日本でも、同じようなことがあるのではないでしょうか。


やはり「普通の感覚」では、

「自分の国に外国の軍の基地があるなんておかしい、革命を起こすくらいにおかしい」

ことであるのだと思います。
日本は何故か、教育なのか、テレビのバラエティ攻勢なのか、

「思考を停止」させ、「受動脳」を作り、「協調性が大事」「命令に従うことが善」だと思い込まされてきた。

過去にカダフィが日本のテレビ番組に中継で出演していたとき、

「なぜ日本人は米国に原爆を落とされて、米軍基地があるのに、反抗しないのか?」

と違和感を示していました。
これは、リビアが革命を起こして来た経緯を踏まえると当然の発言だと思いますが、
これが普通の感覚なのかも知れません。


それにしても、カダフィの反政府勢力に対する弾圧は異常でした。
反政府勢力が革命前の王政を支持する人々と重なるから敵対心が強まったのかも知れませんが、
奪った人命が多すぎです。

人道に対する罪に問われるのは当然かと思いますが、
「ミイラ取りがミイラになってしまった」ような感じでしょうか。

最後に、トリポリの画像です。
想像していた以上に都会でした。

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