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名古屋の覚王山の駅からほど近い坂を下っていくとその店はあった。
“STAR EYES”
ツタが絡まる窓
黒く塗られた壁
珈琲の香り
低く漂うジャズ
店内にはいくつもの大きな水槽があり熱帯魚が泳いでいた。
行くたびにそして思い出すたびその店だけがまるで違う時間軸のなかにあるかのように20才の頃の僕は感じていた。
昼間はレコードがかかっていておいしいランチが食べられ、
夜は地元のジャズプレーヤーを中心にライブ演奏を聴くことができる店。
今はすっかり有名になってしまったが当時、トランぺッターの原朋直氏もまだ日本福祉大学の学生。
彼のトランペットのトーンが好きになった僕は毎回欠かさず見に行っていた。
彼とは同じ歳だったこともあって「どっちが先に有名になるかなあ」なんて話したり
ジャズが呼吸しているのを感じられる日々だった。
あの時ジャズはたしかにいきていた。
さらに、地元のミュージシャンだけではなく時には海外からビッグネームがくることもあった。
幸いなことにもSTAREYESで“おえかき君”と呼ばれ何かとかわいがってもらっていた僕はいろいろと特別な機会に恵まれ
ジャッキーマクリーンが来日したときは特別にリハーサルから見せてもらうことが出来た。
店内に入ってきたジャッキーは挨拶もそこそこにケースを開け、サックスを組み立てはじめる。
ジャッキーが発しているオーラはとても力強くそれでいてとてもやわらかい。
リードを軽く湿らせた後、彼の奏でたメロディを聴いた瞬間
僕はまるであわあわとした細胞になってしまったかのようだった。
WHAT A SOUND!
もっとも感受性の強い時期にあれほどの体験をさせてもらったなんてなんというしあわせ。
ライブが終わってからも絵を見てもらったんだけど
ファイルに収めた絵のなかで僕自身あまり気に入ってない作品はサッと飛ばされちゃう。
そのとき“絶対ごまかせないんだって”とてもはっきり教わった。
それと同時に“絶対にちゃんと伝わるんだ”ということもよくわかった。
ジョー・ヘンダーソンにも絵を見てもらう機会にもめぐまれたんだけど
彼らは絵から僕が描きたいと願っているメッセージを確実に感じ取ってくれた。
そのことはとても大きな財産になった。
この時期の様々な体験が今もまだ絵を描き続けるなかで大きな根っこになっている。
エリントン曰く
“音楽にはふたつしか種類がない。いい音楽と、悪い音楽だ”
俺はいい絵を描けるようになりたい。
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