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前回も書いたようにホストでもある我がドラマーさんは大忙しです。実は明日16日からは我々を南イタリーへ案内してくれることになっているのです。しかも、帰国した翌日には本番の音楽祭があるので、その準備も、もちろん明日からの旅の準備もしなければならないのです。と言う訳で、我々は今日一日、ここでゆっくりすることにしたのです。 さて、我々が逗留している家について紹介しておきます。 庭から眺めた外観はこんな感じです。かなりの時代物ですね。 地下一階、といっても庭から見るとここが一階で、地上一階は道路と同じ高さです。そこから見ると3階建てになっています。 裏側に回ると、付属の建物が着いていて、夏には長期逗留者がやって来るようです。 このバラも年々立派になって、それなりの雰囲気を醸し出していました。 次に、内部を少しだけ。 リビングとダイニングキッチンですが、向こう側、南には庭を望むベランダがあり、よくそこで食事をしました。 そして、そのベランダからみた庭です。 一番大きな木はクルミです。庭の写真(一枚目)の中央に写っているのがそのクルミです。正式な種名や品種は分かりませんが、一本だけあって、かなりの実がなり、お使いものにすると喜んでもらえるそうです。 稔るのは秋ですが、実はもうかなり大きくなっていました。 このクルミの実は簡単なクルミ割り器で容易に中の実が取り出せます。秋に来た時には、暖炉に薪を入れながら、沢山剥いて秋の夜長を楽しみました。 ベランダのすぐ脇にあるのが、ここの主が樹木葬にして欲しいと、植えた菩提樹(庭の下の写真の右端に半分写っている)です。 正式な種名は不明ですが、こんな蕾がついていました。広義の菩提樹、シナノキ属の植物ですね。 さて、この辺りには店は一軒もありません。本当の田舎です。多少とも店のあるロット川の畔までは自転車で10分以上かかるでしょうか。町と呼べる県都カオールまでは更に10分以上かかります。途中には狩猟小屋があったり、牧場に馬が群れていたりしますし、鹿や猪が出るようです。 毎日の買い物は?、病院は?、遊興施設は?・・・・などと考え勝ちですが、この村にはお年寄りも住んでいますし、町の住人が引っ越してくる例もあるようです。他人の生活に干渉しないと聞きますが、助け合いの精神は旺盛なようで、それが快適な田舎暮らしを支えているのかもしれません。美味しい、一流のレストランがある、というのも田舎の存在感を示しているようです。 フランスでは田舎に居を移す人が増加している、とも聞きました。ふるさと情報館というHPには、フランスでは今「町より農村に住んだ方がよい」と答える人は、都市住民の79%、農村住民の94%である、とありました。 日本でも、UターンやIターンなどが話題に上りますが魅力的な例はなかなか聞きません。田舎暮らしの質が良いとは言えないように思います。働く世代が、或いは老人が心豊かに田舎暮らしが出来る条件は、今の日本には限りなく少ないのではないでしょうか。地方都市が衰退していく現状では、田舎暮らしなどとても現実のものとはなりそうもありません。
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フランス滞在記'09
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この表題はフランス語風味にしてみましたが、もちろん意味不明です。 実は、我らがホストのドラマーは、ここの大黒柱でもあり、案内役でもあります。この時、音楽祭で練習も打ち合わせも大忙しです。練習なんか夜中の12時を回った頃に始まったりします。ここは、それほど田舎であり、石造りの家は音が漏れにくいということもあります。同じ家で、ドラムがたたかれても、遠くで聞こえる電車の音のようで、子守歌を聴くように眠ってしまいました。 そんな彼に、連日あちこち案内をお願いするのは申し訳ないので、我々は2、3日おとなしく休養することにしました。で(DE)この日、レストランに行く事になりました。というのは、こちらでは、フランスの習いなのか、こんな風に何日も世話になったお礼にレストランでご馳走するのです。まだ、滞在期間の半ばなのですが、後半はスケジュールが詰まっているので、ここでそれをさせて頂くことになりました。 と言っても、何もかも不案内なので、レストランも決めて予約を取って貰い、しかも案内して貰うのです。皆さんが言うのに、パリのレストランは(最近)高くて美味しくない、ここカオール周辺は美味しい所があちこちあるということです。 知人がパック旅行でドイツ、スイス、イタリア、フランスを回り、イタリアを除いてどの国の食事も美味しくなかった、と言っていました。一流をうたうホテルでの食事なのだそうですが、どうしてだろうかと思います。パック旅行の食事はそんなもの、とも聞きます。一般的に、こちらのレストランの食事は安くありません。パック旅行での食事は、嗜好の違いもあるでしょうが、限られた予算の中での団体の食事ですから自ずと限界があるでしょう。一方、食の国フランスとはいえ、立派なお城のレストランでも、ツアーの団体さんを受け入れるのが現状でもあるようです。 昼間は、家の中でくつろいだり庭で草取りをしたりして過ごし、夜8時過ぎに出かけました。 こちらは肉の国、ハトやウサギから鹿や熊まで色々あります。これまで、色々食べましたが、牛と羊が食べ易かったですね。豚は食べた記憶がありません。ン?どうしてでしょう。ここはワインとフォアグラの産地です。自ずと、それらを注文です。 午後9時前に店に入り、ワインが来たのが9時15分、デザートが来たのが10時半頃でした。店を出たのは11時頃だったでしょう。酒を酌み交わすような場ではありませんが、2時間余りのゆっくりとした食事でした。 余談ですが、数年前、かのドラマーさんが来日した時に、こちらの親族が集まって、焼き肉屋で夕食をしましたが、その時の食事の進行の早さに、40分もかからずに食事が済んだと思います、彼が目を丸くして驚いていて、ことある毎にそれが話題にのぼります。
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フランスでは毎年6月に音楽祭(Féte de la Musique(音楽の日))が催されるのだそうです。一年で最も長い夏至の夕べを、色々なジャンルの音楽を聴きながら楽しむ祭典で、こんなフランスの片田舎でも賑やかに開催されていました。 実は、夏至であるその日は6月21日なのですが、近所のある町では、一週間程早く開催されるのでした。何故かと言うと、”こんな小さな街の音楽祭は一般に開催される日に開いても人が来てくれないから”なのだそうです。 と言う訳で、この日その町の音楽祭に行って来ました。というのは、私の近しい人がドラムをたたいていて、この町の音楽祭で演奏したのです。彼は、幾つかのグループに関係していて、この時期は特に忙しいとの事でした。 町の名前を忘れてしまいましたが、知人(女性です)のマツダアテンザ?に乗せて貰い、狭いロット河沿いの道路を100km/h超の猛スピードで走ること1時間、着いた町は谷間の小さな町でした。この町もワインが自慢のようでした。傾斜地に建つ建物が多く、複雑な配置と構造が不思議な小道を作っていました。立派な教会もあり、夜空に尖塔が照明に照らされてそびえていました。(町の名前はまた聞いて書き加えます。) もう午後10時を回っています。沢山の人達が道を歩いています。そんな通りでも、あちこちに音楽グループが、ジャズぽいのやラテン、タンゴなど、色々な音楽を演奏していました。 町の広場には、ちょっと懐かしい感じの出店もあって、祭りの宵を演出していました。 もう11時ですが、もちろん子供達だって沢山楽しんでいました。音楽に合わせ、踊る子もいました。もう少し夜も更けると、皆が踊り出すのだそうです。 そして、こちらが我らの”ドラマー”の演奏するグループです。私とは同年代の人が多いのでしょうか、ドラマーさんもそうですが、懐かしい曲も多く演奏されていました。 宵っ張りでは無い私達のことも考えて頂いたようで、12時頃だったでしょうか、帰宅の途に着きました。 ドラマーさんが帰宅したのは朝の4時を回っていたようです。
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モアサックのサン・ピエール大修道院付属教会を見学し、この町の南東部にある運河の施設などを見に行きました。 ヨーロッパの運河も有名なものが多いですが、鉄道などの発達した現在では、観光や憩いの場として命を繋いでいるものが大半のようです。 フランスには全体では総延長約8,500kmの内陸運河があるそうです。中でも有名なのがミディー運河で、地中海からトゥールーズを結ぶものです。更にここからガロンヌ川並行運河(ガロンヌ運河)を経て大西洋に達します。フランスで最も長い航行可能な人工水路で二つの運河は一緒にカナル・ド・ドゥ・メール(二つの海を結ぶ運河)と呼ばれているそうです。 見学に行った運河はモアサック付近のガロンヌ運河です。 ポプラの並木道をしばらく走りました。 やがて並木の間から、大きな構築物が見えてきました。橋です。煉瓦造りのような立派な物です。 短く見えますが、近付くと、 河原部分が長く、かなりの長さがあります。 橋のたもとの行き止まりのような所に車を止めて、取っつきに作られた階段を登って行きました。 何も知らずに登って行きました もう少しです。なんで、道路の盛り土に階段があるのだろう?。歩道が特別なのか?。
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ジャジャーン。
えっ
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水が・・・・・。
運河だったのです。両側には歩道?が。 自転車が走っています。自転車道?。 真っ直ぐに向こう岸まで。 兎に角、これは運河が川の上を走っている。運河橋でした。 カコール運河橋です。 歩道かと思ったものは船を曳く馬の歩く道でしょうか。1867年という時代を考えると、どうでしょうか。少し調べてみましたが分かりませんでした。 反対方向を眺めると、緑豊かな河畔といった雰囲気です。 歩いていって見ました。 水門です。 折れ曲がるようになっているのでしょうか。 その下流には水路があって、 駅舎のような建物もありました。そこに掲げられた看板、駅案内?です。
ここはカコールの23番?エクルーズ(水位調節装置)。そして来し方と行く先が記されているのでしょうか。
帰り道、輝く緑の間から、キラキラと太陽の光が差し込んで、思わず深呼吸をしたくなりました。ミディ運河だけでも、運河沿いに45,000本ものプラタナスや糸杉が、日差しを遮るために植えられているそうです。それに続くこのガロンヌ運河も同じなのでしょう。 余談ですが、この運河は1996年に世界遺産の文化遺産として登録されているそうです。ヨーロッパはどこにでも運河が張り巡らされているようですね。運河を巡りフランスを一周する事が出来る、とありました。平坦な地域の広いフランス、(ヨーロッパ?)だこらこそ可能なのでしょう。日本のような地形では考えられない事ですね。まあ、海を巡れば日本一周ができますね。 カコール運河橋(Pont-canal du Cacor) 1867年に、ガロンヌ川を跨ぐ運河のための高架橋で15のアーチからなり、長さ356mある。水路の幅は4.2m、両側に幅2m の道が付けられている。 |
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トゥールーズで食事をし、午後2時過ぎに出発。高速道路を走り、40分足らずで、ここ、モアサックにに入りました。この間70km程のようです。 モアサックは「・・・フランス南西部、ミディ・ピレネー地域圏、タルヌ・エ・ガロンヌ県にあるコミューンで、人口約1万3千人。」とあります。 フルーツの産地であり、タルン川とガロンヌ川沿いで収穫されるブドウや果物の集積地となっています。 中世のヨーロッパで最も大きい修道院サン・ピエール大修道院付属教会とその回廊があり、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の一部として、1998年、世界遺産に登録されているそうです。 また、後日紹介させて頂きますが、地中海から続くミディ運河がモアサックでは、タルン川と平行していて、ガロンヌ運河と言われているのですが、とても不思議な光景が見られます。 さて、モアサックと言えばサン・ピエール修道院と関連の施設です。その近くの駐車場に車を止めると、早速、それらしい、その一部が目に入ってきます。 その駐車場の一画に看板がありました。フランス語、英語、スペイン語などで併記されています。この施設の概要が分かります。 階段を下りて行くと教会の正面の広場へ出ました。上の図の右下の当たりです。 教会の正面です。 その奥には回廊などがあるようですが、時間の関係もあり、この教会だけ見学しました。 サンピエール教会の南側、ロマネスク様式の入口は彫刻で飾られ、美しいとことで名高く、1130年の建造だそうです。修道院自体は7世紀半ばにカオール司教(Saint Didier)によって創建されたそうですが。 その彫刻の一部です。これらの彫刻群は素晴らしいもののようです。 内部はこんな様子で、なかなか美しい教会です。 内部には各所に、聖書の一節を現した人形(彫刻)が配置されています。 もちろん、パイプオルガンもありました。 ステンドグラスも。 教会の椅子に座って、静かにしていると心が澄んで来るようです。 帰りがけ、若い女の子達がやって来て、賛美歌の練習?を始めました。綺麗な歌声が構内に響き、これまた敬けんな雰囲気が漂ってきました。 4時過ぎに外に出て、広場にあるこんなカフェでコーヒーを飲み、くつろぎました。
一服したところで次なる目的の運河を見に行きました。 |



