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美奈子とは、小さいころからずっといっしょだった。家が同じマンションの下の階だったって事もあるし、どういうわけだか、アップル幼稚園でも、中神小でも、クラスがいつも同じだった。小さかったころは、色黒で、ガリガリにやせていて、目玉もギョロギョロしていて、ちょっと『トトロ』に出てくるまっ黒クロスケに似ていた。気が強いくせに、弱虫なものだから、男子にかまわれたりすると、すぐにビービー泣きはじめる。泣きながら、僕の後をくっついて歩いてばかりいた。そのたびに、みんなから「ヒューヒュー、あついね」とか「チューして、なぐさめてやれよ」なんて、ひやかされた。たしか、ガンちゃんと取っ組み合いの一戦をまじえたのも、それが原因だったと思う。ほんとに、めいわくな話だ。そんな美奈子が、五年生の秋ごろから急にでかくなった。あっという間に、背はおいぬくし、おっぱいも……なんだかふくらんでいる。いつの間にか、なさけない妹というより、しっかり者のお姉さんぽくなって、なんとなく話しづらい。それに、まっ黒クロスケだと思っていた目玉も、よくよく見れば少女マンガのヒロインみたいに、パッチリ、キラキラって言えなくもない。笑うとできるえくぼだって、かなりかわいい。僕は、少し変になっちゃったのかもしれない。ビービー泣きながら後を追いかけていた美奈子は、どこかへ消えてしまった。
あれは、九月の半ば、全校水泳大会が始まる前の日だったと思う。そうじ当番のとき、あいかわらずガンちゃんとふざけ合っていた。そのころ、僕らの定番メニューは、テレビでやっていたスポーツ選手の物まねの物まね。「ブンチャカ、ブンチャブンチャ」と歌いながら、ほうきバットをふりまわしたり、ぞうきんボールでフリーキックを決めるかっこうをした。その日は、「石川遼のドライバー・ショットのまねをしようぜ」ということになって、指のあわせ方はどうだとか、ボールはこう置いて、素振りは二回ね、腰、腰、腰がだいじよ、などとワイワイやり合っていた。
「健ちゃん、いいかげんにしなさいよ! 先生に、言いつけるからね。引っ越すからって、大目に見たりしなからね」
美奈子のきつい声。かわいくない。これは、いつものことだ。僕らは、ヘラヘラ笑いながら、聞き流していた。美奈子の声は、近づいてくる救急車みたいに、だんだん高くなる。これも、いつものこと。(うるさいなー)と思いながら、心がどんどんくすぐったくなるのは、なぜだろう? そして、しまいに「うっせーんだよ」と言いながら、僕は、ぬれぞうきんボールを、ほうきドライバーで打つまねをした……そのつもりだった。そこが、遼くんとのできの違いで、まねしたつもりのほうきに、ぬれぞうきんがドンピシャリと当たってしまった。ぞうきんは、みごとな放物線をえがいて、美奈子の顔にペシャリ。「何すんのよ!」美奈子が、怖い顔をしてつめよってきた。(しまった)という気持ちがそうさせたのか、僕は思わず両手をつき出してしまった。その手のひらに、こんどは胸のふくらみがグニャリ。(あちゃぁ)ガンちゃんが、ぎょっとした顔で僕らを見た。やってはいけないことって、たしかにある。ただそれが、人によってちょっとずつずれるから、むずかしい。あわてて手を引っこめたけれど、もうおそかった。美奈子はその場にしゃがみこむと、胸をおさえながら声を出さずに泣き始めた。いつものように、「健太、ゆるさないからね!」と、つかみかかって来るものとばかり思っていた。なんで? どうして? まさか泣きだすなんて……かなりびっくりした。僕は、今まで何十回、何百回と、美奈子の泣くすがたを見てきた。でも、そんな泣き方を見るのは、初めてだった。なぐさめようもない、こっちまでが悲しくなるような泣き方だった。
それっきり、美奈子とは一言もしゃべっていない。引越しの日、母さんから、
「美奈ちゃんに、さよならして来なさい」
と言われても、無視した。見送りに来てくれたガンちゃんと目が合って、(これでいいんだよな)と、小さくうなづきあった。それが、男というもんだ。(つづく)
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幽霊君は、友だち
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