窯ぐれ日記

こともなき世を面白く・・・

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あと一息


【あと一息】

今回の案内状と栞が出来てきた。
いつも通り素敵に仕上がっている。
ありがとうAmくん。
こちらの想いがストレートに伝わるところが嬉しい。

展示会まであとわずか。
明日中に手入れは終了しそうだ。
後は食器を陳列するテーブルを作成したり、
陶画の吊り金具取付や裏板の張り付けや……
何んとか予定通りにこなせそうだ。
とりあえず、ほっと一息。
コーヒーが美味いぜ(笑)


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【開けてびっくり】

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31日、生徒作品の窯出し。
開けてびっくり、後ろの棚があれほど崩れたのに、
大きなものから小さいものまで生徒の作品はほぼ無傷。
よかった、よかった。ほんとによかった。
一年に一回しかチャンスがない生徒の薪窯への挑戦。
今回も何とか無事に終了することができた。
 
 
 
【春の日の花と輝く】
 
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32日、今年初めて感じた春の息吹。
風は少し冷たいけれど、春ですよ、春。
 
…………………………
 
今回の窯では、初めて表札なる物を焼いた。
高校時代の友人の新築祝いに……
 
彼女は高三の時の同級生。
わが校は旧制中学の名残を引きずっていたから
一学年、400名のうち300人は男子。
100人が女子というアンバランスさ。
けっか、三年間に一回だけ男女クラスになれるという
「馬の前に人参」みたいな学校生活だったのだ(笑)
ただ、考えようによっては一年の時、人参を食っちゃうより、
待たされて入れ込みすぎるきらいはあるにしろ、
僕の様に三年生の時の方がずっといいような気がする。
アフターケアーってやつが新鮮だし(笑)
 
で、そんな学年が始まったとき、
同じクラスになった彼女とは席も近かったように思う。
そうでなきゃ、
山猿のような僕が女性に話しかけられるはずもない。
次第に近場の男子三人と女子三人が緩いグループとなり、
合唱際に歌う課題曲の練習をしたり、
試験の解答合わせなどするようになった。
不思議なことだけどただそれだけで、
グループで遊びに行ったり、
抜け駆けしてデートしたりなんてことはなかった。
まっ、教室内にかぎっていたから
「自主的班活動」みたいなものだったのかもしれない。
 
彼女と「マブダチ」になったのは卒業してからのことだ。
何度も繰り返すようだけど、
3の一月に父に勘当され家を追われた。
姉と僕はすぐ住む家をさがさなくちゃならなくなり、
その頃まだ大学生だった姉の稼ぎで足りるようなアパート探しに
大げさでなく東奔西走、いくつかの候補を見つけたけれど、
その中から姉が選んだのは、国立という閑静な住宅街が広がる
一橋大学キャンバスのすぐ隣にあるアパートだった。
「孟母三遷の教え」みたいに、
受験生であった僕のことを考えた上のことだったのだろう。
まっ、残念ながら僕に孟子ほどの資質があるわきゃない(笑)
 
そのアパートと彼女の家が、偶然にも近所だった。
姉の帰宅は夜遅かったから、
炊事洗濯は自分でこなさなければならず
毎日の買い物や炊事はかなり厄介だった。
で、その日もちんたら、ちんたらと
近所の店々を覗いていて歩いていた時の事、
ばったり彼女と出くわした。
彼女は某国立女子大に一発で受かる模範生。
僕は落ちこぼれのブラックリストに載る困ったやつ。
きっと、「しまった」と思ったに違いない。
僕の方は、まだ卒業したての新鮮さがあるから、
「やややっ」と気安く話しかけた。
 
それが始まりだった。
ばったり会えば、ちょっと遠回りの散歩をしながら、
話す、話す。
むろん、「今の日本はダメだぜ。どげんかせんといかん
みたいな変に力みかえった話ばかり。
きっと彼女はうんざりしていたに違いない。
それでも我慢してよく付き合ってくれた。
そうとも知らず図に乗る僕は、話しても話しても
話たりないとばかり、「交換日記しようや」
ってなことを提案。題は「Why」ね。
その頃『IF』って映画が流行っていたから
それの気分だけパクリ(笑)
一年にも満たない間に大学ノート三冊分になった。
よくも書いたり。
昼間、受験勉強もせず(おいおい)に
思いのたけを言葉にして書く。
それを夕方彼女の家のポストへ投函。
次の朝、彼女は大学へ行く途中、
アパートの一階にある僕の部屋の
少し張り出した手すりの内側にノートを投函。
 
あの情熱は何だったのだろう。
今振り返れば、親に見放された寂しさや
心細さの裏返しじゃなかったかとも思う。
いきがってはいたけれど、かなりまいっていたのだ。
先の見えない不安で押しつぶされそうな震えを感じる。
そんな僕を救ってくれたのは、毎日手を変え品を変え
来襲する悪友たちや彼女だったと思う。
僕は「疑似家族」として彼らを受け入れた。
だから今でも彼女は双子の妹、
いや、彼女の方がしっかりしてるから
姉のような気がしてならない。
これほど長い付き合いなのに
「恋愛感情」にならなかったのは
そのせいに違いない。
だからこうして「マブダチ」の付き合いが
いつまでもできる。
 
新居とともに始まる新しい人生、
応援してまっせ。







大崩壊

【大崩壊】
 
「大崩壊」なんて一言じゃすまされないってぇの。
 
今回の窯焚き、不思議なぐらい順調だった。
前回の窯が「放蕩息子」なら今回は「超」が付くくらい孝行もの。
攻め焚きはいつも通り朝の7時から。温度は800℃。
まずまずの滑り出し。
煙突からの黒煙もまっすぐ昇っていくので、ひきもよさそうだ。
と、ほっと胸をなでおろすのもつかの間、
あれよあれよという間に温度はあがり、
午前9時半、1200度を超える。
うむ、こんなこと今までになかった。
たいてい1100℃のあたりでいったり来たりがあたりまえ。
ようやく午後の3時ごろ大台に、が普通だったから、
どうしちゃったの今日は……と嬉しさ半分、
出来の良すぎる息子に不安半分。
生徒さんには、
「しまいに何かしっぺ返しがありそうだ」ってなことを
冗談めかして話していた。
ああ、窯の前で話すんじゃなかった。
きっと聞き耳を立てていて
信頼しない親に腹を立てたに違いない(笑)
 
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12時過ぎたころ1260℃になるとますます不安はつのる。
だってこの温度、もう焚き上がりじゃないの。
いつもだったら午後5時過ぎの温度だぜ。どうするオレ!!
とにかく、ひたすら温度をあげすぎないように引っ張るほかない。
ガスや灯油窯だったらメモリを下げさえすれば済むことだけど、
薪だとそうはいかない。
自分に温度を上げる手立てはあっても、
温度を効率よく下げるテクニックは持たないことを知る
この二十数年、焚き続けてきたのに……情けない。
もちろんここで止めちゃうわけにもいかず、
四苦八苦しながら続ける。
4時を過ぎたころ、1270℃〜80℃を超えるような
温度になってきた。
もうダメ、器が焼き締まってしまうか、窯自体も破損しかねない。
 
1200℃半ばの焼きを、窯焚き後半の「ねらし焚き」
というのだけれど、それはせいぜい1〜2時間程度。
その状態がもはや6時間も続いている。
嫌な予感がした。
薪くべを替わって10分もたたないころ、窯内から鈍い音。
本来なら、薪のはぜる音と窯鳴り以外聴こえるはずもないのに
明らかに異質な音が響いた。
慌てて焚口から中を覗いてみたら……
後ろにあるはずの施釉した食器が目の前にころがって見える。
なんじゃこりゃ(松田優作風―笑、ごっちゃない)
窯奥に組んだ棚が「大崩壊」しちゃったと気づくのに
少し時間がかかった。
ああ、「好事魔多し」ってこういうことをいうんだ、きっと。

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【不幸中の幸い】
 
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ということで、
先ほど恐る恐る窯を開いてみたら……
な、なんと、食器以外はほとんど無傷。
とにかく「ほっ」
棚が捻じれず倒れたので、
火前に置いてある焼き締め陶に
傘をかぶせたような形で覆いかぶさり、
破損を最小限に食い止められた。


不幸中の幸いというほかない。
原因ははっきりしている。
棚の一段目の棚板が真っ二つに割れていた。
長時間の高温に耐えられなかったのだろう。
この棚板は20数年使い続けてきたもので、
ぼちぼち替えなくてはと思っていた矢先である。
僕の優柔不断が招いた事故というほかなく
反省しきり。
 
 
【住めば都】
 
窯焚き最中の23日、24日に長男坊家族が
新居へ引っ越した。
青森からお義父さん、
お義母さんも手伝いに来られたのだけれど、
「親の死に目にも会えない」と言われた窯焚き最中だったので、
僕はかんべんしてもらった。
その代わり23日にちびっ子たちを預かることに……
じいじはへろへろ状態なので、
今回はインドアで静かにねっ、頼む(笑)

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音読の好きな孫娘が
加藤純子さん作の紙芝居『いちばんはだれのしっぽ?』
を演じて楽しい時間を過ごしていた。
じいじも早くインドアで静かに過ごしたい。




早春賦


【窯焚き週間】
 
先週の金曜日から窯焚き週間に突入した。
いつもながら、ヘロヘロ(笑)
その上、年齢的うっかりも重なっちゃうから、
一日の予定を前日にメモして、
目の前のカレンダーに貼っておく。

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17日(日)に食器類の釉掛け。
18日(月)に奥の窯詰め。
そして今日はこまごました窯焚きの準備。
生徒作品の寸法どりや、
床に敷き詰める陶板の仮置き。
バーナーの配管を新しいものに替えたり、
400リットルを超える灯油の用意。



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そして今、
薪掃除を終えて戻ってきたところ。















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フキノトウの天ぷらで一杯(笑)








 
予報通り先ほどから春の雨が降り始めた。
柔らかなトレモロが薪小屋の屋根を打ち、
潤い始めた土の匂いか、
はたまた草木が芽吹く香りか、
空気の底に清々しい気が流れ込んでくる。
こんな晩の薪掃除は嫌いじゃない。
自然に包まれるとは、
きっとそういう気分を言うのだろう。
背中に広がる闇の向こうに茫々とした牧草地が、
それの果てたところから竹林や雑木林が始まり、
幾重にも幾重にも連なって房総の山々を形作る。
それらにいつしか溶け込みながら、
手にした一本の松薪が
(どんな色彩を生み出してくれるだろう? )と、
天然の恵みに想いを馳せる。
こうした儀式そのものが、窯焚きの一場面なのだと
しみじみ思う。
 
 
 
【ちょっと前は真冬】
 
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窯の火入れは22日(金)にと
思っているけど、
最初の予定では、一週間前の15日。
良かったぜ。
そのままだったら雪に降り込められ
寒々した窯焚き週間になるところだった。
211日にまとまった雪。



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その後も真冬の寒さ。









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でも、今週は大丈夫。
早春を思わせる日々が続きそうだ。
 
 
 
【かみさんのひな祭り】

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我が家は三人息子。
かみさんはひな祭りを迎えるたび、
ちょびっとさみしさを
味わっていたみたいだ。
で、義理の娘ができ、
やがて孫娘が産まれると
がぜん張り切りだした。



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部屋のあちこちに飾られたひな人形。
いやなんつうか、爺さんとしては
「女の園」のようで、いくぶん照れ臭い(笑)
 






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泣いた赤鬼

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(画像は、お借りしました)



ラジオ第一放送に「〇〇相談室」風な子供番組がある。
ちびっ子たちの投書や質問、自己紹介やクイズなど
盛りだくさんなバラエティー仕立になっている。
実はこれ、似たようなものを含めれば長寿番組で、
(放送局もTBSからNHK第一にかわってるけど)
僕がまだ教員をしていた頃、――かれこれ40数年前から、
だいたい同じ趣向で続いている。
その頃の教え子のK君はここの常連だったことを想い出す。
そんな懐かしさも含め、
時々聴くともなく耳を傾けているのだけれど、
先週のテーマの一つが、
節分間近ってこともあり、『桃太郎』だった。
DJが、マイクの向こうのちびっ子たちに呼びかける。
「みんなが鬼に会ったら、
桃太郎みたいに戦う? それとも逃げ出す?
二択だけどどちらかな? 」
実にべたな質問で、
そのうえ大人社会の認識の安直さまで露呈する。
「これって二択じゃないだろう? 」
もう一つ大切な選択肢が抜けているように思える。
「鬼と仲良くなる」……
視野の狭い輩には、思いもよらない発想である。
あの児童文学・『泣いた赤鬼』が不朽の名作である所以は、
ここにある。
それはまた、大人社会ががんじがらめにしている概念
(鬼は邪悪で怖く、人間に害をなすもの)に対し、
実に豊かで示唆に富んだメタモルフォーゼをしてみせる。
以前ブログに書いた「カントの悪魔」とは、えらい違いだ。
あの悪魔たちは、いっ時争いをやめられたとしても、
人間にとって、邪悪な害をなすものに変わりなかった。
 
『泣いた赤鬼』のあら筋を手短に紹介すると、
こんな風になるだろうか。
 
――村人たちと仲良くなりたい、
ちょっと変わり者の赤鬼がいた。
いろいろ手を尽くしてみるけれど、
「鬼はこわいもの」と、思い込んでいる村人たちには
なかなか受け入れてもらえない。
願いかなわずしょぼくれている彼を見かねて、
友達の青鬼が妙案を授ける。
それは……青鬼が村人たちをいじめているところへ
赤鬼が現われ、彼らを助けるというものだった。
この芝居が功を奏し、
赤鬼はたちまち村人たちから歓待され
楽しいひと時を過ごせた。
(とにかく青鬼くんに報告しなくちゃ)
喜び勇み彼の所を訪ねてみれば、もぬけの殻。
青鬼は姿を隠して見当たらない。
戸口にいちまいの張り紙がしてあった。
赤鬼くん、人間たちと仲良くして、
楽しく暮らしてください。
もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、
君も悪い鬼だと思われるかもしれません。
それで、ぼくは、旅に出るけれども、
いつまでも君を忘れません。
さようなら、体を大事にしてください。
どこまでも君の友達、青鬼――
 
なるほどね。概念をメタモルフォーゼするには、
こうした痛みも伴うんだ。
この文学がファンタジーだけでなく、
リアルでもある深さは、こうして生まれる。
 
奥山恵の著した評論『児童文学の新地平 ③』の中に
「出来事のはざまに立つ」という表現がある。
彼女は『ぼくらは海へ』(著―那須正幹)を取り上げながら、
そのエピローグ、いかだを造り大海原に船出して
生死さえわからなくなった二人の友達を思いやる
雅彰という少年と、「はざまに立つ」こととを、
オーバーラップさせる。

 
この少年の祈る姿は、
また『泣いた赤鬼』の姿でもあるような気がしてならない。
 
 



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