窯ぐれ日記

こともなき世を面白く・・・

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ダンゴムシの「渋滞」


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「渋滞してる」――
丸太の下の冬ごもりしているダンゴムシたちを見つけて
思わず呟いた孫の一言が、
あらぬ方向へ繋がり、心に引っかかっている。
もちろん年中君にしてみれば
見たままを口にしたにすぎぬのだろうけど、
どこかで、そればかりじゃないような気がしている。
見た目だったら、「行列してる」とか
「まっすぐだね」の方がずっと直截だし、
「渋滞してる」には、もうちょっと内側に入り込んだ、
ダンゴムシとの「対話」みたいなものが感じられてならい。
大人の反応と比べてみれば明らかだ。
おそらく僕だったら、ハッとした後すぐさま
「うむ、一列に並んでるのも、
ダンゴそのものになりまるまってるのも、
熱を逃がさないためなんだよね。……」
なんて、訳知り顔に解説し始めちゃう。
概念化するという行為は、
ある現象に対し解説文を盛りだくさんくり返して、
存在のエッジを鋭くすることに他ならない。
果たしてそれは、現象の本質を語ることになるのだろうか?
ずっと、疑念に膨れた気持ちを抱えてきた。
エッジが鋭くなればなるほど、
本質は遠のいてしまうように思えてならなかったからだ。
ちびっ子たちが思わず漏らす言葉は、
どちらかと言えば、詩的言語に近い。
現象の周りで「解説」をくり返すんじゃなく、
現象そのものに入り込み、
その源泉から命の成分を嗅ぎ取る風がある。
 
そんな想いに捉われていたやさき、
たまたま読んでいた二冊の本から、
同じような響きのセンテンスを見つけた。
一冊は、アンリ・ベルクソンの「形而上学入門」
(『哲学的直観』中央公論ラシックス)
もう一冊は、中沢新一の『チベットのモーツァルト』
(講談社学術文庫)
著書の中でベルクソンは言う。
「哲学者たちは形而上の問題にかかわるとき
二つの方法を区別している」と前置きした後、
一つは、対象の周囲を回るという意味を含んでおり、
他は、対象の内部へ入り込むということを意味する」
と続け、「第一の方法は我々がとる見地と、
表現に用いる記号に依存しており、
第二の方法は、見地というものを考えず、
記号に頼らない方法である」と具体化し、
「前者は相対の内にとどまる認識であるが、
後者はそれが可能な場合は、
絶対に到達する認識である」と結んでいる。
もちろんベルクソンは、第二の認識方法に
哲学的必然と真理を見出しているのであり、
これはまた解説(見地や記号)をくり返す
「大人」の姿勢ではなく、ダイレクトに現象(存在)
と結びつく詩的言語の世界に他ならない。
ちびっ子たちの発想は、
そういった認識世界に近い所で生きている。
 
ベルグソンとは少しニュアンスは違うけれど
『チベットのモーツァルト』の中にもこんな下りがある。
人類学者・ガーフィンケルが提唱した
「エスノメソドロジー」を説明する引用に
60年代始めのカリフォルニア大学ロスアンジェルス校の
キャンパスは、【ガーフィンケルする】のが流行にさえなった。
ガーフィンケルする】人類学科の学生を皮肉る
こんな小話まで残っている。
 
――私、試験にしくじっちゃった。
――しくじった?
――そう、中間試験にね。
――しくじったって言ったけど、それどういう意味?
――中間試験の出来がひどけりゃ、
しくじったって言うでしょ。
――それもっと説明してくれない?
――あなた、試験にしくじるってどういう意味か
わからないの?
――いま君が言った“あなた”って、
どういうことか分からないんだけど……
――私は別にみんながそう言っているような意味で
“あなた”って言っただけよ。
――それどういうこと?
――あなた何か変なもの食べたんじゃない。
……」
 
こんな禅問答のような会話が延々と続いた結びに、
「ガーフィンケルは学生たちに“当惑、どっちつかず、
内的葛藤、心理的―性的孤立、人格を失うことから来る
様々な症候をともなう鋭角的で名付けようのない不安
の状態になれるような精神を期待した」
と書き起こしている。
二冊の本は、形而上学的、心理学的という違いはあるにせよ、
同じことを示唆している。
それは、メタモルフォーゼ(変容)する概念とでも言おうか。
見地と記号とで造られた約束世界に暮らす住人にとっては、
全てをはぎ取られたような不安感にさいなまれるに違いない。
もっとも、概念化された世界が
「実在」だと思い続けてきたのだから、
概念の輪郭が揺らいだり、消滅しちゃったら、
たちまち気分は、サルトルの『嘔吐』色に
染められてしまうだろう。
 
ガーフィンケルが言う
「状態になれるような精神」とは、
それへのアンチ・テーゼに他ならない。
近代自我の洗礼を受けている僕らは、
心の奥底に灯る情念(ソフィア)と、
意識の表面で存在をナビゲートする理性(ロゴス)とを、
線形独立なものとして捉えてしまう。
二つのベクトルは交じり合うことなく、
背中合わせになってから久しい。
情念を形(有形、無形も含めて)――理性化するもの作りは、
今、そのような状況に立たされている。
情念の虜になり、理性の光をあてられなくなるか、
エッジの鋭い造形、デザイン、ストーリー、etcにより、
形のための形作りになるか……
そんな危険をいつも孕んでいる。
情念と理性をつなぐ紐帯を
常に微分する行為が、
もの作りに開けられた唯一の杣道かも知れない。
できれば、その道行きは牛ならぬ
ちびっ子たちにひかれて行きたいものだ(笑)
 
 
※  微分値とは、連続が現わす性質と、
   連続が現わす形との瞬間的傾向に他ならない。
 
 



猪 Vs オレ


【輪花のコーヒーカップ】

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今回の食器のテーマは、不定形な襞。
コーヒーカップにも初めてほどこしてみた。
飲み口の位置が決め手になるけれど、
なるべく襞のない部分にあたるよう成形。
結果はいかに……
これで灰釉の食器づくりはすべておしまい。
これから焼き締め陶器の小物を作り、
いよいよ来月22日に窯の火が入る。
 
 

【猪 Vs オレ
 
正月早々、猪突猛進をくらったオレ。
それからはおっかなびっくりの散歩が続いていた。
ほんとに怖かったんだってば……(笑)
猪に追っかけられたことを話すと、
十人中四人はクスクス笑い、あと四人は大笑い。
あのね、突進されたことない人には分からないんだよ。
「えっ、イノシシ? ペットみたいで可愛いじゃん」
なぁんてけしからんことをのたまわる。
一メートル近い巨体が、スクーターぐらいのスピードで
接近してくるんだよ。
可愛いなんてもんじゃない。
オレは「美味い、美味い」なんつって、猪肉を食らったことを、
心底後悔したね。
「腹に入っちゃったイノシシさん、
これから心を入れ替えて、毎日供養します。
ほんとだってば……」
懸命に手を合わせても猛進は止まらず
相手は目と鼻の先。
トムが吠えかかってくれたからよかったものの、
一瞬遅れていたら……
(先日も、狩猟されていた方が猪に噛みつかれて、
亡くなったという報道がった)
で、この半月あまり、風の音にもヒヤリ。
木の影にもヒヤリ。小鳥のさえずりさえヒヤリ。
散歩するだけで、もうくたくた。
これを一年365日続けるのかと思うとうんざりだよな。
そこで対策を練った。
ほらあれ、「出合がしら」ってのが良くない。
オレもビビるけど、相手もビビるに違いない。
パニクる余りとんでもない行動に出ちゃうわけだ。

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ということで、こんなものを購入した。
――審判用のフォイッスルね。
猪が出そうな場所になったら、
吹き鳴らしてイエローカードや
レッドカードを連発しちゃう。
出鼻をくじくってやつだけど、
果たして効果はあるのか。
とりあえず、二日前から始めている。


いやまて、かつての試合で審判の誤審から
乱闘騒ぎになったってこともあったような……(笑)


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  猪が出没する獣道            猪が掘った穴




 




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【楠灰釉の食器】
 
今回の窯に詰める楠灰釉の食器が
ほぼ仕上がった。
メインになる尺角皿。
彫りはうわみず桜の絵柄。
うわみず桜は、
房総の山野どこにでも自生している。
5月にトラノオのような白い小花の房を付ける。
まだ蕾のころに花房ごと摘んで塩漬けにすると
これが美味いんだよね。
酒の摘みに良し、おにぎりにまぜても良し。
その風味は、あんずの実の杏仁に似ているから
杏仁子とも呼ばれる。
今年は作ってみようっと。
もちろん秋に真っ赤く熟した実の果実酒は
これまた格別に美味いらしい。
こちらも、いただきまーす(笑)
で、そんな想いを込めて、
角皿に彫ってみたけれど、
美味しそうに仕上がるだろうか……
 
 
 
【もう一つの「家族の肖像」】

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正月に息子たち家族が帰省していた時、
次男坊の孫娘が描いてくれたもの。
彼女はお絵描き大好きで、
気付けば、テーブルに向かいクレヨンを手にしていることが多い。
「いとこたちの肖像?」も、これで何度目だろう?
年齢を重ねるとともに、輪郭線のたしかさと、色の豊富さが加わり、
上手い、下手は別にしても、しみじみ好きなんだなと思う。
それに比べて少年のころの僕は……大の「お絵描き」苦手だった。
(決して嫌いじゃなかったんだけど)
小・中の図工の時間は、もっぱらいたずらタイムだったし、
高校は音楽・美術の選択制だったから、もちろん音楽を専攻した。
その頃の好きなものと言えば数学とサッカー。
それは今でもさほど変わらないような気がする。おいおい(笑)
振り返れば僕の人生、苦手なものにまっしぐらって感じがある。
行動的天の邪鬼? やれやれ(笑)
ただこの年になると、苦手だからこそ続けられたのかも……
なぁんて、不思議なパラドックスに捉われる。
これから先も、いくつかの苦手街道が待ってるやもしれず。
嬉しいのか、辛いのか……
まっ、バラエティーに富むことだけは確かだ。
ちびっ子たちは、果たしてどんな人生模様を描くのだろう?
少なくとも、じいじには似ないでほしい(笑)





【食器づくり】

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ちょっと前から、食器の新作に取り組んでいる。
不定形な襞(ひだ)がテーマだけど、
ようやく狙っていた形に落ち着いてきた。
ただし焼くのが難しそう。
厚さ5ミリなので、高温だと変形してしまうだろうな。
厚くすれば柔らかい襞の感じは出ないし……
まっ、とりあえずやってみよう。
 
食器づくりと並行して取り組んできた花器たちが
ぼちぼち仕上げの段階に入った。
これから焼き締め陶のロクロ挽をして、
2月の中旬に素焼き、そして本焼きが始まる。
 
 

【小正月狂騒曲(笑)】
 
ちびっ子たちはほんに十人十色だ。
長男坊家族が来訪した14日(小正月)
前出ちびっ子たちとは違った反応があり、
また違った遊び方があり見ていて面白い。


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相変わらず豪快な凧揚げをする孫娘(長女)
やっぱり今年も糸が切れて、
どこかへ舞って行ってしまった。
そのさまがおかしいと、
今回もケラケラ(笑)
 










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下の孫娘は、なんでもおん姉の真似。
糸を持ったはいいけど、
あとはどうしていいのやら……
うろうろ(笑)
 




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年中君はもっぱら、冬眠中の虫探し。
丸太をどかしたら…… ダンゴムシが一列にびっしりと!
思わず「渋滞してる」(笑)
言いえて妙。
確かにそうなんだよね、冬は命がとどこうる季節でもある。
ちびっ子のこうした言葉遣いには脱帽しちゃう。


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大ばあばの部屋で……トムも一緒に。
きっと空の上から三人の成長をニコニコ見てるだろうな。
 





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しまいは、みんな揃って「ダンシング オール ナイト」
じゃねぇ「ダンシング オール デイ」(笑)
 
 
 
【三月の個展に向けて】
 
317日(日)から始まるギャラリー・ゴトウでの
個展の案内状の試案がAm君から送られてきた。
斬新なデザインで、これいけてるじゃん(笑)
今回は陶画をメインにしているので、
案内状とともに栞の作製も彼にお願いした。
仕上がりが楽しみ、楽しみ。
昨日、写真にとる陶画類を彼のところへと
届けてきた。
いよいよ個展準備の最終段階に入った気がする。
泣いても、笑っても……。
 

家族の肖像

長男坊家族が今年初めて来訪。
これで我が家のメンツがすべて出そろった。
麻雀するわけじゃないけれど……(笑)

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平成31年1月3日
次男坊、三男坊家族と一緒に

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平成31年1月14日
長男坊家族と一緒に


今年もよろしくお願いいたします。


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