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「矢野くんはね、お父さんの仕事のつごうで、この町に越してきたの」
みどり先生の声が、下を向いている僕の頭の上をす通りする。
「前は、鹿内(しかない)市に住んでいたんだよ。
そこに鹿内オーシャンズっていうJリーグのサッカークラブあるでしょう。
矢野くんは、そのクラブにある小学生チームのレギュラーだったんだぞー」
「おお」とか、「すげぇ」って声が、
教室のあちらこちらで、わき上がった。
僕は、ちょっとうれしくなって、頭を少し持ち上げた。
サザエさんも、そう悪くはない。
「ちぇっ、鹿内オーシャンズね。しがないおっさんず、じゃねぇの」
また、あいつだ。
みどり先生は、「こら」ってにが笑いをうかべながら、話をつづけた。
「もうじき、校内サッカー大会があるでしょ。
矢野くんにも、がんばってもらおうね。
今年は、二組ぜったいブイ。ガンバレ、ガンバレ、にーくーみっ」
顔の前で、指で作ったVの字をゆらゆらしてみせた。
ほんとに、サザエさんそっくりだ。
その時、また天邪鬼の声がした。
さっきとはちがって、せっぱつまった悲鳴みたいに聞こえる。
「あいつがいなくちゃ、だめだ! あいつがいなくちゃ、勝てっこない!
勝ったって、おもしろくない」
とたんに、教室中が深い海のように、静まりかえった。
せっかく潜水艦から脱出できそうだったのに、
今度はみんなの方が、潜水艦よりもっともっと深い海の底に、
沈んでしまったみたいだ。
サザエさんのVサインまで、風がない時の旗になって、
だらりと下がっている。
なんなんだ、このクラスは? とつぜん、沈没。
?(ハテナ)が、うずまいた。それに、あいつって、だれ?……
キョロキョロとあたりを見回してみれば、
シクシクと泣き出した女の子もいる。
先生は、大きな目を開いて、教室の後ろにはられた
「六年二組、わんぱくクラス」なんて標語を見ているけど、
ほんとは何も見ていない、きっと。
なんだか僕のまわりで、わけの分からないことばかりが起こる。
機関銃の連射みたいにしゃべる先生はいるし、
鹿内オーシャンズを、「しがないおっさんず」って言う天邪鬼はいるし、
とつぜん海の底に沈没するクラスはあるし……
それに、だれだか分からないあいつ 。
チョンチョンと左ひじをつつかれ横を向くと、
そこに少しこまったようなマリちゃんの顔があった。
「なに?」
「あの、あのー」ちょっと言葉をつまらせながら、
「矢野くんて、すごい。サッカー、がんばってね」
やっとそれだけ言うと、
半分しか開いていないどびらみたいなさびしい顔で笑った。
いい。マリちゃんて、いい。美奈子の次ぐらいに、いい。
このクラスでちゃんとしているのは、
マリちゃんぐらいしかいないような気がした。
でもきっと美奈子なら、こんな時にはもっと豪華に笑ってくれて、
ウインクまでおまけしてくれたかもしれない。
そう思うと、また泣きそうになった。今度は、わけが分からない涙……
沈没したクラスは、すぐに浮かび上がった。
それから放課後まで、中神小とたいして違わない一日がすぎた。
学校なんて、たいていそんなもんだ。
いつもと変わらない「勉強、トイレ、勉強、遊び、勉強、トイレ、
勉強、給食、勉強、そしておしまいの会」を重ねたサンドイッチ。
いろいろあっても、ちゃんと元どおりになる。
休み時間が来るたびに、何人かの男子が集まってきては、
「どこに住んでるの?」とか、「サッカーのポジションは?」とか、
「好きなゲーム・ソフトは何?」とか、僕を質問ぜめにした。
中には、「納豆にさ、マヨネーズかけたことある?」なんて、
へんてこりんなこと聞くやつもいた。
ちょっとこれ、マンガに出てくる
「転校生登場」の場面とそっくりじゃない?
ぼくは、ようやくホッとできた。
でも……あいつは、無視している。かんぜんに、無視している。
知らんぷりを決めこんでいるくせに、
「天邪鬼」こと良介からは、針みたいなビームが、
僕の方へビシバシ飛んできた。
どうしてそうなるのか分からなかったけど、
そっちがその気なら、こっちだってその気だ。
いずれ、あいつとは一戦まじえなくちゃならないだろう。
そんな気がした。(つづく)
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2011年07月01日
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