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近所に「夏庭」という
素敵なギャラリーがある。
年に一回しかオープンしないという
贅沢な場所。
ゴールデンウィーク中、
展示会とチェロの演奏があると聞き、
昨日かみさんと出かけてきた。
楽器の中ではチェロの音色が一番好き、
というより自分の情緒の振幅と
ぴったり合う。
昨日もその音色に陶酔しちゃいました。
――五月の風――
昼下がりのひと時
古い田舎家の障子にもたれて
チェロの演奏を聴く
土間を潜り抜けてくる涼風は
弦の音色に染まって
夢幻郷へといざなう。
この響きは過去の匂いがする。
おおかたが錆色に覆われているのに
所々めくるめくような光が兆す
あれは、……
好きだった女の子の
擦りむいた膝小僧から
流れ落ちる血の色だったり、
道端に転がっていた
ピーマンの緑だったり
(そうそう、
このピーマンを拾い物として
交番へ届けるか否か
人生の重大事のように
悩んだっけ―笑)
水を満々とたたえたプールの
底に広がる青色だったり
いとこの姉さんに手を引かれ
歩いた菜の花畑の黄色だったり
もう二度と戻れない風景は
恋しくて切ない
それはちょっと
死後の世界に似ている
自分のものであるはずなのに
今の自分には手が届かない
僕らは想い出という死を
一枚一枚重ねながら生きている
バッハの無伴奏チェロ組曲6番が
始まったとき
寄りかかっている障子に
僕とは違う別人の背中を感じた
この古家にも
広がる想い出はあった
ある日、ある時
ここにもたれながら
物思いにふける
少年がいたかもしれない
あの手垢に汚れた木戸の取っ手を
そっと開ける
少女がいたかもしれない
すすけた天井から下げられた
裸電燈のスイッチを
ほっとした気持ちでひねる
父親がいたかもしれない
歳月が深い染みとなって残る
濡れ縁を無心に雑巾がけする
母親がいたかもしれない
この部屋につづられた
想い出のページを
一枚、一枚めくるように
チェロの響きが五月の風となり
僕の傍らをすり抜けていった
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