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友人から、あるブログを紹介するメールが送られてきた。
13歳の少女が書いたブログである。
正直言うと、それを開いたとたん、
友人がおかしくなっちまったんじゃないかと、
本気で心配になった。
ところが読み進むにつれ、
自分の顔付きが変わってくるのが分かった。
終わってみれば、彼女の見識の深さや、
視野の広さ、何よりもその冷静さに
感服している自分がいた。
まったく、総理大臣にしたいぐらいだ(笑)
小理屈や自己保身に走る「専門家」なる者たちの
分かりずらい話ばかり聞かせらていたものだから、
一服の春風を味わう心持ちだった。
この子は、ちょっとおませかも知れないが、
どこにでもいる13歳の少女なんだ、きっと。
そこがまたうれしい。
己の思惑だらけの身を恥じ入りつつ、
震災後初めて被災者の方々と、
ダイレクトにつながる心を見る思いがした。
今の日本、捨てたもんじゃないぜ。
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ぜひ、お読みください。
そして、勇気をもらってください。
勇気とは、進むべき道があるということです。
もちろん、その道が同じであっても、違っていても・・・
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3.11が突きつけるもの
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相変わらず、都庁のシンちゃんは、
言いたい放題だ。
クレヨンシンちゃんならいざ知らず、
公僕である彼がそうでは、ちょっと困る。
今回の震災を、
「我欲まみれの日本人への天罰だ」・・・だって!!
ああ、その上から目線と、
何でも「精神主義」に持ち込んじゃう寝技の強引さ。
ちょっと待ってよ。
選挙のたびに、まだネームバリューが衰えない
弟のふんどしで相撲を取っているのは誰でしたっけ。
そんな人に、「我欲」呼ばわりされたくない。
今回の震災で省みなければならない点があるとすれば、
専門家と呼ばれる人たちが声をそろえてのたまう
「想定外でした」という言葉にあるような気がする。
想定外・・・言外に自然をコントロールできるという
おごりがほの見える。
科学はえてして、こういう誤謬に陥りやすい。
膨大なデータと、ウルトラマン太郎みたいな強力な技術力さえあれば、
ゴジラ級の自然だって何のその、スペシウム光線でやっつけられる。
それはまた、明治維新以後、西洋の合理主義に追いつけ追い越せと、
必死にやってきた日本の姿だったのかもしれない。
けっきょく、想定どおりにはならなかった。
避難所に収容されているお年寄りの方々を見ると、
しみじみ思う。
彼らの表情に、恨みつらみはない。
何だか、普段どおりであたりまえな
諦めにも似たものを感じる。
おそらく、昔々から、
そんな風に自然の驚異と、日本人はかかわってきたのだ。
外国の心ある人たちが言う
「日本人の忍耐と冷静さ」とは、そういうことだ。
我欲だって?
シンちゃん、目を開いてちゃんと見てくれよ。
日本人は、どうしてなかなか立派なもんだ。
これを契機に変われるとするならば、
天罰を受ける日本などでなく、
想定できない自然に、謙虚に対峙する科学立国JAPAN
・・・ということに尽きる。
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朝から強い南西風が吹いて、
気温がどんどん上昇した。
牧草地へ出てみると、
枯れ草の合間から、ヨモギの新芽が
顔をのぞかせている。
ふいに、雲雀の声がした。
今年初めて聴くさえずりである。
見上げれば、
小さな翼を必死にはばたかせながら、
どんどん空高く舞い上がった。
どんなことがあっても、
季節は進み、日常は戻ってくる。
野雲雀や 被災の空を 高く舞え 土作り―3 水ひした原土を、厚く敷いた新聞紙の上で、乾かす。
一週間ほどすれば、ちょうどいい硬さになるだろう。 |
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未曾有の災害である。
「地球から、たくさんの愛をもらってきた」
と書いたわずか2時間後に、
東北地方をM9の大地震が襲うとは・・・
地球からの愛は、一筋縄でいかない。
瞬時の巨大津波に命を奪われた方々、
いまだ孤立して救援を待たれている方々、
肉親と離れ離れになりながら、
ようやく此岸にたどり着かれた方々、
それら被災された数十万の方々を思うとき、
ただ黙して祈りを捧げる以外ない。
3月11日午後2時46分・・・
一秒前に、誰がこのような悲劇の到来を予測出来たろう?
きっと、昼下がりの町中は、ゆったりした時が流れていた。
岸壁では、いつもながらに漁師たちが網をつくろい、
八百屋や乾物屋の並ぶ商店街で、かみさん達は、
よもやま話しに花を咲かせた。
子供達は、午後の授業だもの
何だか眠気がさしてきて
ウツラウツラしていたに違いない。
それらを瞬時に飲み込んだ黒い魔の手。
「お母さんをさがしてください」(朝日新聞)
少女の悲痛な叫びが、胸を突く。
僕らは、この事態を想像することしかできない。
だから、・・・いっしょうけんめい、
いっしょうけんめい、想像しよう。
目の前で肉親を波に連れ去られた哀しみを。
ただ、藻くずとなって流れ行く我が家を
見送るしかできなかった無念さを。
そこからきっと、自分が今、
何をしなければならないかが見えてくる。
《今、思うこと》
政府、行政については、がんばってもらう以外ない。
自衛隊、消防、警察等十数万人、
さらに、50ヶ国余りの外国からの救援、
人員は十分にそろった。
後は、リーダーシップをとって、
この災害を最小限にくいとめるよう、的確に指揮してほしい。
報道陣に関しては、NHKと民放とが手を組んで
報道を一本化できないのか?
それぞれの局が、それぞれの方向で流すニュースは、
こんなとき、いらぬ混乱と動揺を招くだけだ。
それに、最も情報を必要としている被災された方々に
伝わらない報道とは何なのか?
TVなどに頼らなくとも、彼らに伝える手立てはあるはずだ。
情報のプロならば、そこに腐心してもらいたい。
スタジオで評論家ぜんとしゃべっている姿に、
胸くそ悪くなる。
そして、僕は何をすべきか?
スーパーやコンビニで買占めが始まっているという。
まだ大きな余震が続いている今、
その気持ちも分からないではない。
ただ、「私一人りなら・・・」の気持ちが、
百人となり、千人となり、万人となる。
それが物流を乱し、
ひいては被災者の救援が滞ることにもなりかねない。
昼食が、ペットボトル1本、パン1個の姿に、
僕らは、己が身を正さなければならないだろう。
京都市災害ボランティアセンターの言葉は、参考になる。
「発生72時間は自衛隊や消防などプロに任せるべき。
通常の災害なら、復興に向けた動きの始まる1週間目ぐらいが
ボランティアの出番となる」
それぞれが、自分の立ち位置で、
自分のできることを行うことに尽きる。
きっと、この大震災は、
自然が僕らに与えた「戒め」と「試練」なのだ。
それにしても、幾万に及ぶ碑はつらすぎる。
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